宗教戦争 4日目:前編
森に囲まれたテントの中で杯を揺らす糸目の男と、片膝を付き報告している男が一人。
「そうですか…アーマー兵がやられましたか。で、効果は?」
「はっ、魔法防御、物理防御…いずれも防ぐには心もとなしと…」
「なるほど…ホンブル司教の情報もあながち間違っていなかったという事ですね。しかし困りましたねぇ…現段階で可能な限り最高峰の防御を付与しても耐えて2回とは…」
「…ソーモン様はホンブル様の言を信用なさっていなかったのでしょうか」
「ん? 信用はしていますとも。ただ何事にも絶対はありませんし、鵜呑みにして兵を失ってはフシア様にも愛想を付かされてしまいますからねぇ…重要なのは観察と検証、試行錯誤は欠かせないという事です。して、作業はどうなのです?」
「はい、こちらも予想されていた妨害は多々ありましたが予定の15%程度の遅れで済んでいます」
「よろしい。ホンブル司教には存分に…昼夜を問わず働いていただきましょう。明日までに可能な限り道を開けよと伝令を」
「ハッ」
ソーモン司教は報告と自分の脳内にある図面に加筆し、修正し、発展させていく。
2番手となれば手柄は減るかな、考えていたが予想以上にてこずってくれたお陰で私が目立った功績をあげる事が出来る。
最悪なのは4番手…ノワール大司教が付く前に大勢を決しなければならない。
「そうでないとあの女に手柄を取られてしまいますからねぇ…。目指すべきは可能な限りの選択肢の構築と兵を減らさないこと。フシア様のご満足いただけるような結果を残さないといけませんからね」
野営地に木霊する木を切る音は、ここだと尚よく聞こえる。
少々煩く、安眠妨害であるがここは戦地で向こうは敵地だ。
「早く終わらせて静かに眠りたいものです。そうですねぇ…明日もアーマー兵の実験で情報収集を行いましょうか……」
ソーモンは考えをさっとまとめると早々に寝床に潜り込み、目を閉じた。
身を丸くし、胎児の如く眠る様子はさながらとぐろを巻いた蛇を連想させた。
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既に開戦から4日目が経過した。
伝わる後発の情報では間もなく3つ目の部隊が合流し、総数はついに万の位に届くかとされた。
賢明に村を守り、祈りを届けるが未だにアダムの降臨は無い。
流石に村民からも不安の声が上がり、逃げ出そうとする者も出た。
「こんだけ祈ってもアダム様は現れねぇ!俺は逃げるぞ!!」
「…どこへ逃げると?」
「どこでも良いさ、山に登るでも森に入るでも…ここに居たら殺されちまう!」
「好きにしなさい。ただ、アダム様と交わした誓約だけは忘れないようにな」
戦う者、祈る者、逃げる者。
誰が偉いとか尊いとか比べるものではない。
誰もが自分の決めた道を歩んでいるに過ぎない。
「…今ので何人目だ?」
「…4人かな」
「思ったよりは少ないな、健康で若い男なら山を越えられる可能性もあるが…そもそも女子供じゃ自力が違う。逃げられるって選択肢があるだけでも幸運だな」
ゲイツとキニークは気心の知れた中だからこのような愚痴まがいの事を打ち明けられる。
恐怖や不安は伝播しやすく、一人逃げればもう一人…と連鎖し、組織の崩壊に成り得る。
「やはり、この事態を根本から打開できるのはアダム様くらいだろう…。私だって本当は逃げ出したいさ…」
「…さてと、俺ぁ見回りに戻るぜ」
親友の心の内は聞かなかった事にした。
それが長い付き合いのキニークに出来る唯一の優しさだった。
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事態の急変は4日目の正午だった。
グレイより奴らは森を開拓して村へ急接近との報が入ったからだ。
相変わらず案山子による陽動もあったが、間もなく1ヵ所が開通しそう、妨害も限界と言われては対応せざるを得ない。
村の戦力を2分し、対応した。
「ぬぁっはっは!忌々しいモンスター共め、森を切り開いたからにはもう手出しはさせんぞ!」
倒された木の後ろから現れたのはホンブル司教だった。
自分たちの陣営から地道に、木を伐り、芝を刈り、少しずつ軍が通れる道を整備していたらしい。
眼の下にはクマがあり、衣服も薄汚れてほつれが目立ち、別人の印象すら受ける。
ただ陽の光を浴びて輝く汗は爽快感を感じさせた。
「これで村への侵入経路が完せ…い…」
森を切り開く事に集中しているがために貫通後には敵が待ち構えているなど予想もしていなかったらしい。
切り株に足を掛け、いい気になっている所に憎き村民の姿を見つけ、言葉を失う。
「指揮官様が自ら伐採とは教会は案外良い所なのかもしれねぇなぁ」
「部下と一緒に働く上司は好印象だね。だがアイツは勘弁してもらいたいね」
「…何よりこの森は村の敷地。勝手に伐採されるのは王国法に抵触します」
「不法侵入者。つまり先手必勝!ゴーレムちゃん撃てー!」
『トリモチ弾発射』
『ローション弾発射』
開通して呆けている所へ嫌がらせ弾の雨あられ。
ホンブル司教はそのまま逃げかえるしかなかった。
この1両日で慣れた斧と鎌であるが、戦闘では使えるものではないからだ。
「くそっ!なんであいつらは私が出てくる場所が分かったんだ!」
「…村の真横に穴が出来りゃアホでも気づくわ」
「!! 今言ったのはどいつだぁ!」
「「「…」」」
「それより、今は生還する方が大切かと」
「糞ッ、さっさと逃げるぞ!」
こうして本来はエリートで机にふんぞり返る方が多い司教が額に汗して作った侵入経路。
すたこらさっさと逃げるその姿はもはや司教という言葉は当てはまらなかった。
「無様…ではありますが、仕事を成し遂げて頂けましたのでまずはお疲れ様です」
「ハァ…ハァ…糞が…俺たちばかりにやらせやがって…そっちの進行状況はどうなんだ!?」
「もちろん順調です。そちらが注目を集めてくれたおかげであと僅か…最後の仕掛けはこの後です」
「では、仕掛けるのはいつだ?これからか?それとも明日か?」
「今夜です。後発の部隊を待つ手もありますが…手柄が減るのはホンブル司教、貴方もお望みではないでしょう?」
「…山分けで無いにしろ、取り分は…な」
「という訳で数時間後には本攻略を始めますのでご準備を。楽しい夜会になりますよ。うふ、うふふふ…」
「分かった。………この蛇野郎が…」
薄気味悪い笑いを浮かべるソーモンのテントを出ると奴の配下が慌ただしく侵攻の準備を進めていた。
一時的に奴の配下に入ったとはいえ、一軍の指揮官たるもの部下へ疲れ、情けない姿を見せる訳にも行かない。
「まずは身を清め、栄養補給!祈り!そして本番だ!」
脅威は知らぬところで育ち、大きくなる。
気づくころには手遅れになる…かもしれない。
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村はここ数日で一番の焦りの空気に包まれていた。
今までは唯一の入り口であった森が新たに切り開かれ、入り口が2つになってしまった。
これまでは一か所に集中して侵攻していた為に最大戦力をぶつける事で相殺していた。
しかし、これからは戦力を分けるにしてもどちらかが本命かはたまた両方か…戦術が要求されていた。
「どうじゃろうなぁ…どっちじゃろうなぁ」
「爺さん経験豊富なんだろう? 敵の思考くらい読めねぇのかよ」
「…生意気抜かすな筋肉だけが自慢の小僧が。ある程度の選択肢は用意できるが、正解がわかりゃ神様にでもなれるわい」
「キニークはもう少し頭を使う事に慣れた方がいいね」
「うるせぇ、俺は今までもこれだしこれからもコレだ!」
自慢の筋肉を誇示するが誰も構ってやる余裕などない。
この戦力分配によって命運が左右されるとなれば慎重を期すのも仕方の無い事だ。
「後発が加わった途端の戦術変更…あの案山子ともいえる鎧ゴーレム…ダメじゃ。情報が増えた事と攻め方の選択肢が多くて的と意図が絞れんわ」
「その案山子の事だが、ゴーレムの専門家の意見は?」
「壊した物から読み取ったからはっきりしない所はあるけども…主構造に関しては一般的な全身鎧…フルプレートね。鉄製の。それに魔法防御や剛性の向上なんかの強化を掛けた物に魔力結晶を付与して無理やり四肢を繋いでた感じ。一時的には動くけど、非効率過ぎて15分も動けば魔力欠乏で瓦解するわね」
「…正に案山子か」
「次からは案山子は無視しても良さそうだね」
「ちょい待った。それは安直だと思うね。もし私がこの案山子の製作者ならもっとエグイ手を考えるね」
「…例えばどんなもんじゃ?」
「中身は空の案山子鎧…だけど中身が入ってましたーとか。もっと効率的なのを隠す為とか…信条に反するけど爆発させるとか?」
「わざわざ戦場で貴重な鎧を的にする理由としては充分にあり得るのぅ」
「補足するなら何度かぶつかった結果、ゴートさんとキルトさんは危険視されてる可能性があるでしょ? 鎧一つと敵の重要戦力…比べるまでもなくない? 可能性の域は出ないけど放置して痛い目を見るよりはマシでしょ」
「…という訳だ。敵の動きを見るに頭が変わったのは高確率であり得る。深追いはせずに生き残る事を重要視してくれ」
「危なくなったら私も1号を出すからね。そん時はちょーっと…ごめんね?」
「村が無くなるよりはマシ―――」
カン、カン、カン――カン、カン、カン―――
甲高い鐘の音に誰もがハッとした、この音が聞こえたという事は、そう敵が来たという事だ。
「正面と横からそれぞれ敵!数はざっと300と100!あと正面に案山子!」
報告を受け、陣営を分けた。
案山子は危険性が考えられるため、エミエ率いるゴーレムとキニーク、オーバ、引っ張り出されたミルレートの姿も見える。
ビルドも手製の純ミスリルのハンマーを携えておりその意気は高かった。
「私なんて無理ですよぉ…今はただの学校の先生なんですからぁ…」
「しゃんとしな!アダム様から弓を貰ってるだろう、耳長なら弓と決まってるじゃないか!」
「人並みには使えますけどぉ…」
「お前もアダム様に救われたんなら恩を返すべきじゃろうが、少しは気張らんかい!」
「そうだぞ、やらなきゃ俺たちに明日は無いんだからな!」
「…こっちだけ熱量おかしくない?」
根っからの姉さん肌のオーバ、鍛冶師のビルド、筋肉モリモリのキニークの圧倒的熱量。
それに対してどちらかと言えば静寂を好む耳長種のミルレートと引きこも…ゴーレムのエミエ。
力量は人並みだがアダムから貰った装備があるというだけでその力は計り知れない。
方や側面にはゴート、キルト、ジェイと少数精鋭で背後の森にはにグレイが控えていた。
村の戦術としてはさっさと側面を片して正面へ援護に行くというものだった。
「ほう、側面に出て来たのは私の腹に爪を立ててくれた貴様か。今日こそは覚悟してもらうぞ」
「…今度は首と胴体、分けてあげる」
「もしくは圧死でも撲殺でも好きな方を選ばせてやろう」
「もはや多くは語るまい。かかれぇ!!奴らを討ち取った者は私の名において昇格を約束してやるぞ!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」
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陽が完全に落ち、代わりに月の光が盆地に届く。
今日は幸いな事に晴れており、松明が無くとも見えるぐらいに照らされていた。
自然が作り出す情景の元で明らかになる惨状は目を覆いたくなるものだった。
放置される遺体に怪我を負って放置されている者、流れた血が地面を濡らしてさながら血の池を作っている。
気温の低さからまだ流れた血からは湯気が漂い、静かな農村は既に修羅の地と化していた。
既に幾度目かの開戦から数時間が経過し、倒した数は300を超えたが手が緩まる気配は無い。
村民の被害はゼロだが、矢面に立つ彼らの消耗は果てしない。
「もう、嫌がらせ弾も…無い!近接モードも無傷じゃすまないし!」
「まだ来るんですかぁ?もう疲れましたよぅ!」
「ぐちぐち言わんと手を緩めるな!」
「乳酸が溜まって動きが…糞!」
死屍累々の教会側であるが、まだまだ人的余裕はある。
むしろ減った分だけ糧食が浮くと指揮官は若干安堵していた。
「もうそろそろ…いや、ホンブル司教がもうちょっと引き入れてくれるまで我慢我慢…んふふふ」
「…死者の数がそろそろ1000に届きますが…」
「それが何か?」
「…いえ、何でもありません」
「手が空いているなら第2部隊へ連絡を出しなさい。間もなく鐘2つ。その後に行動開始せよ、と」
「ハッ!」
「楽しみですねぇ。細工は流流、後は仕上げを御覧じろ…と。フシア様へ我が策を献上いたします」
「逃げるな…!」
「高潔に死ぬぐらいなら、卑賎に生き残るわ!」
「キルト!出過ぎだ、抑えろ!」
村の側面に開けられた抜け道はそれほどの広さは無い。
既に半数以上の兵を潰され、部下と共に逃げるホンブル司教を追ってゴートとキルトは疾走していた。
人種とて奇跡を用いて自身を強化すれば亜人と正面切って殴り合う事すら可能となる。
現在は逃げる事に重きを置いているようだが。
まとわりつく敵兵を薙ぎ払うゴートに指揮官に執着するキルト、徐々にではあるが村から離れ、2人も分断されつつあった。
カーン、カーン、カーン…
村の物ではない鐘が鳴り響いた。
それは新しい苦難の始まりを告げるものだった。
あーなんか時系列と人数がめちゃくちゃな気が…風呂敷広げ過ぎはいかんね
あと誰が喋ってるかいまいち分かりにくいね。
説明入れると間延びするし、しょうがない(妥協&反省&改善点)