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宗教戦争 3日目

 村にもたらされる後発隊が合流したという悲報…しかし、村の戦意は下がらなかった。

 2日続けて撃退したという実績が若干ながら慢心を生んでいた。

 そう、ここに至っても教会は一般兵とされる下位の兵士、僧兵、神官しか出していないことに気づいていた者は少なかった。


「教会なんて有象無象だな!アダム様が来る前に終わっちまうんじゃないか?」


「ゴーレムちゃんの新兵器…自分で作っておきながらちょっとえげつないですね。才能が怖い」


「ほっほっほ…連勝に浸るのは良いが、これが教会の本気などと思うなよ、小童ども」


「…ジェイの言う通りだ。雑兵をいくら倒したところで焼け石に水。こちらは少なからず消費している。これからはもっと圧が強くなるだろう」


「…次は強者が出てくると?」


「可能性の話じゃよ。最初にも話したがこちらは人数がそのまま戦力じゃ。一人でも減れば一気に瓦解しかねん。向こうは長期行軍で疲弊しているとはいえ準備は万全じゃろう。教会には特色クラスレベルの実力者が結構おるという噂もある」


「という訳で、各々は警戒を。休憩は取れるときに取っておいてくれ」


「「応!」」


 敵は大多数、それに更に多数が加わりさらに膨大となるが今のところは立地が味方し、瓦解を防げている。

 その森こそが現状の要という事を理解しているのは村民だけでは無かった。







― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 






「無様ですな。ホンブル司教殿?」


「ぐっ…返す言葉も無い…!」


「ですが…敵方の強者の情報、戦術、地理…500名程の死傷者で得た情報としてはまぁ…及第点と言った所でしょうか」


 司教という立場では同格であるが、今やホンブル司教は2度の敗走で後発に助力を求める以外の手段は無い。

 将来の競争相手に塩を送り、あまつさえ食料まで渡すような事はしたくなかった。


「安心してください。貴方から得た情報で新しい戦術を立てましょう。もちろん貴方の部隊も遊ばせるつもりはありません。存分に活躍して頂きますよ」


「…宜しく頼みます」


「あぁ、それと傷病兵の件ですが。『薬』を使ってください」


「なっ!?それは…」


「大司教様より使用の権限は頂いております。我らも道中での傷病で医薬品が不足しているのですよ。仮に明日にでも村を占拠したとしても高々200人程度の村では部隊を癒すほどの薬など無いでしょうしね」


 悲しむような仕草をしているがこの蛇の如き思考のソーモン・クレー司教はそんな殊勝な心など持ち合わせていない。

 先発の部隊が失敗したのをいい事に旨いように立ち回って自分の利を高めるつもりなのは明白だ。


「ゆえに…治せる見込みもなく、苦しむだけの皆を救ってあげる事こそ神の慈悲に基づくものではありませんか?」


「…私とて部隊を預かる者だ。小を切り捨て大を取るくらいの分別はある。だがそれはあくまでも最後の手段だと思う」


「では傷病兵を抱えたまま、私の部隊と2正面作戦を行うと? 比率は7:3となれば打ち破られる未来しか見えませんが?」


「……ソーモン殿の部隊をお貸し頂ければ、と」


「それは出来かねます。あくまでも私の配下はフシア様の所有物ですので悪しからず。逆にホンブル司教、貴方の部隊が併合されてくれるのであれば5:5の部隊として分けられますが…如何です?」


「…背に腹は代えられぬか…。併合の件は事後承諾という事で受ける。しかし、こちらの部隊の指揮権ぐらいは頂くぞ」


「ご自由に。貴方が如何様な手柄を上げても私の部隊である…という事はお忘れなく」


「それくらい分かっている…!」


「それではまず情報を元に次の手を練りますかね。皆には一時休憩を、但し周囲への警戒は厳にと指示をよろしく」


「…了解した」


 こんな山奥で傷病兵が山のように転がる場所でも権力、手柄の争い。

 人とはどこまで醜くなれるのか。

 蛇は絡め手を持って村への侵攻を開始する。






― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 






 嵐の前の静けさとも言うべき静寂。

 その中に微かに聞こえる乾いた音、コーン…コーン…と断続的に聞こえている。


「…? 何だ?」


「昼くらいから聞こえるよな…一応村長たちに伝えるか?」


「そうだな、伝えてくるから引き続き見張り頼むわ」


「おっけー」


 普段から聞き覚えのあるような、そうでもないような音。

 既に報告に行くまでもなく村長宅には十数人が集まっていた。

 議題はこの音に関してのようで結論までもほぼ出ている様子だった。


「すぐにでも妨害すべきだ!」


「それは賛成するが、グレイのみにやらせると?」


「他に森を自在に動ける奴は……」


「…責任感だけでグレイに同行させても足手まといという可能性もあるぞ。適材適所じゃ」


「グレイとて村の一員。森の中での行動であれば随一だが、やはり負担の大きさは見過ごせない」


「村長はそう悩むのは分かるが、あまり悩んでいても事態は変わらぬし…選択肢は狭まると思うぞ」


 いつも相談役となっている爺さんはこちらに目線を寄越した。

 俺を見たと思ったが、そうでなく後ろから駆けてくる相棒の姿を見ていたようだ。

 見張りの継続をお願いしていたがこちらに来るという事は…。


「てっ、敵襲!昨日とは違う部隊!ざっと50!!」


「ほらのぅ。恐らくそいつらは陽動じゃ。しかし、放置しては村が蹂躙される。これで選択肢は無くなったの」


「こりゃぁ合流した新しい部隊の指揮官かな? 嫌らしい奴ってのはすぐわかったぜ」


「戦争という物は相手の嫌がる事をしてなんぼじゃ。こちらが取れる手は最速で相手の手を挫く、これしかあるまい」


「関係者を入り口へ集めろ!グレイには苦しいだろうが森から敵集団への妨害工作を仕掛けてもらう」


「ウォン!」




 即応できるように準備されていた村の面々は迅速に終結し、相手を見据える。

 この2日間とは装備が違う。

 鎧を纏ったものはそれなりの数が居たが、まず色合いが違う。

 以前は青を基調としていたが、今回は赤系統で統一されており何よりも重装歩兵とも言うべき壁が迫るような圧迫感だ。

 指揮官の姿も見えず、置物のように鎮座する赤重装兵(仮)…としよう。


「お前らも教会の回し者かぁ!」


「……」


「何とか言えよ!!」


 無言の回答。

 先ほどのジェイの進言では陽動…時間稼ぎが主と思われるが、先日の集団と違う以上、教会の線は濃厚だが確定ではない。

 ただにらみ合っても埒が明かず、このままでは奴らの思うつぼである。

 そこでゲイツが前に立った。


「私はこの村の代表者だ。貴殿らにどのような要件があろうとも武装しての威圧、これは明確な敵意と判断する。よって5分後に退却の意思を見せない場合はこちらから攻撃を開始する」


「お、おい…いいのかよ」


 不安を見せるキニークだが、ゲイツは笑い返した。


「戦争と言ってもルールはある。こちらからは宣言した。このまま引かないなら攻撃するぞ」


「お、おう…戦争ってめんどくせぇんだな。俺には物理的なやり取りの方が性に合ってるぜ」


「…そうだな」


 宣言した5分ですら勿体ないという心境は誰しも持っているが、自分たちの身を守る戦いであっても将来的にはアダム様の名前に紐づけられる可能性が少なからずある。

 そうなれば、「アダムの信徒、言葉を交わせぬ暴徒」などと揶揄されてはたまらない。

 仮に教会が勝者となれば偏見に満ちた醜聞が広まるのは目に見えているが…。


「5分だ!これより防衛線を開始する!…グレイにも指示を」


「任せとけ!」


 宣言したにも関わらず見た目では相手からの動きは無い。

 流石に敵…とはいえ無抵抗の相手に矢を射かけるのは少々気後れするのか、とりあえずは様子見の手となった。


「んじゃ、ゴーレムちゃん達!嫌がらせ弾順次発射!」


『胡椒弾発射』

『石鹸水発射』

『粘液弾発射』

『油弾発射』


 嫌がらせに磨きが掛かったのか行動不能に至らせるものが多い。

 それが重装兵のフルプレートにどれだけ影響を及ぼすのかは難しいが、粉末や水分の多い物は隙間を縫って効果があるだろう。

 ボフ、ビチャ、と正確な射撃で順次命中するが呻く、転ぶなどの反応すら無い。

 代わりに向こうが1歩、また1歩と牛歩ながら距離を詰めて来た。


「んー、効果無さそうですね…胡椒位なら効果あると思ったんですが」


「…仕方あるまい。昨日の爆発するやつ、いけるか?」


「そんなに数ありませんけど…もとよりフルプレートに効果が期待できる武器なんてそうそうありませんしね!」


 即座に弾の交換を指示するエミエ、従うゴーレム。

 昨日と変わらずに暴力の限りを尽くすであろう破壊の権化がフルプレートの集団に降り注ぐ。

 破裂音が木霊し、もうもうと砂煙を上げる。

 誰もが血みどろの悲惨な現場をまた見なければならないのか、と悲嘆にくれたがそれは予想外に裏切られた。


「なっ…空っぽ!?」


「かかし…?いや、動いていたし…」


 訝し気に視線を送る村人など気にもせず、空っぽのフルプレートが歩を進める。

 爆発により腕や兜が無くなっているがダメージを感じさせずに進んでくる。

 足を失った奴は盾を杖替わりに少し遅れて進むなど、若干の影響は見えた。


「…鎧を媒介にしたゴーレム…? 鎧だけでは難しい…触媒は…あー駆動の秘密が分かんない!悔しい!けどあれはゴーレムです!間違いなく!」


 ゴーレムと言ったらエミエ、エミエと言ったらゴーレムという事は村民であれば誰しもが理解している。

 その専門家がゴーレムだと言うのだ。


「ならばどこかに核があるはずです!被害から見るに恐らく胸!そこを壊してください!」


「承知!」


「…了解」


 相手がゴーレムであれ、フルプレートであれ棒立ちの案山子ならばさしたる問題も無し。

 ゴートの金剛百鬼が振り下ろされ、胴体もろとも圧縮さ凹の字の鉄塊と変えた。

 方やキルトの爪は野菜でも着るように胴が輪切りにされ、その結果はさながら玉ねぎのようだ。

 鉄塊と輪切りは動く事はなく、エミエの洞察力は正しかったと証明された。


「流石私!冴えてるぅ。ってことで弾も無いので残りはよろしく!」


 もはや訓練用の木人と変わらず、鉄くずの山となるのにさほどの時間は掛からなかった。

 不思議な事にこの鎧ゴーレム以外に敵の姿は無く、肩透かしに思うほどだった。


「時間稼ぎ…だったのでしょうか」


「分からん…。腕試しにしては手ごたえが無さすぎる」


「まずは情報共有に努めましょう。あ、ゴーレムの残骸は全て回収してくださいね」


 その日はさしたる衝突も無く、コーン…コーン…の音だけがずうっと響いていた。

 目先で勝利を拾っているとはいえ、攻勢をかけてこない相手に少し不気味さを感じる夜となった。


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