宗教戦争 2日目
とりあえずの勝利に沸き立つ村内。
だが、その先を見据えられる者らにとっては楽観どころか苦難の幕開けにしか見えない。
グレイからの報告だとこの先も日を追うごとに軍勢は増えるとされている。
配下のフォレストウルフらに襲わせ、更にはアダムの息が掛かった冒険者が動いているらしいが、それでも行軍を若干遅らせる程度に留まっているらしい。
目と鼻の先に敵が陣を張っているとなれば寝ずの番を立てなければならない。
昼間押し返せたとはいえ、それが逆鱗となり夜襲、焼き討ちに手をだす可能性はある。
「人数がおるなら…むしろ嫌がらせで昼夜を問わずちょっかい掛けるのが常道じゃが…グレイらの奇襲が功を奏したらしいの。夜目の効かない奴らは亀のように閉じこもるしかあるまい」
「それでも見張りを女子供にやらせられん。若い衆に頼もう」
「…魔法組は先に休ませてもらうよ。少しでも魔力を回復して即応できるようにするさ」
「俺は見張りに同行しよう。人種よりは目も、鼻も、耳も効く」
「ゴートさん、あんたこそ休んでくれよ。戦力の要が寝不足でしたじゃどうにもならんぞ?」
「心配ご無用。アダム様から賜った装備とポーションのお陰で不思議な事に疲れぬのだ」
「右に同じ…むしろ、このまま夜襲しても良い」
「それでもだ。万が一アンタら2名に何があれば明日でこの村が消える可能性だって有る。それに二人を死なせたとあればアダム様に申し訳が立たねぇだろう?」
「…村の為に死んだとあれば…いや、あの御方なら死ぬなと仰るかな。分かった。見張りだけ手伝ってその後、休ませてもらうとしようか」
「理解してもらって助かるぜ。俺ぁ昼間ほとんど動けなかったからこういう時に率先するぜ」
魔法組は早々に休み、夜半にかけて村の若衆とゴート、キルト。
夜半から朝方に欠けてキニーク、ギルが付く事となった。
こういう時にはゴーレムというのは便利なもので、2号から4号は常に村の外周を探り、警戒している。
製作者はゴーレムのメンテナンスが終わると即座にベッドに入り「さっさと寝て、今夜から1号の準備する」と閉じこもった。
村長は、というと矢傷はポーションで癒したが、やはり司令塔になるべき人が前線に居ては…と自宅兼司令部に常駐することとなった。
本人も多少の衰えは感じていたが、見えても動けずという事実が心に突き刺さっていたらしい。
「私も、もう若くないのだなぁ」
「あらあら、それだとアナタに付き添った私まで年寄り扱いですよ?」
「い、いやそういう訳では無くてだな…!」
「ふふ、分かっていますよ。冗談です」
「…眼の奥が笑っていなかったぞ…と、教会の様子は?」
「万が一の為にみんな教会で寝泊まりして貰ってますけども、明るいのは子供たちだけね。その明るさが救いでもあるんだけど」
「…とりあえずまだ1日だが、反応無しか…」
「アダム様に届いているのかしらねぇ…」
「あの人の事だ。見捨てるというのは無いと思うが…いずれにしても今は信じて耐える以外に選択肢は無い」
「…やっぱり今からでも王都に使いを――」
「出したところで、たどり着かんよ…仮にたどり着いたとしてもこの前の議論の通り、着くころには全てが終わっているだろう」
「世知辛いわねぇ」
気を紛らわすために多少のアルコールを呷るが、いつもの旨さは感じない。
ただ、緊張の為に苦く、悪酔いの気配だけに至った。
動きがあったのは2日目の早朝だった。
盆地故に薄く霧が立ち込め、季節特有の寒さが相まって露出した顔が若干痛むような朝だ。
村の入り口から聞こえる鎧が擦れる音、昨日と同じ部隊だろうが編成は若干変わっており、何よりも先頭に見えるのは攻城兵器にさえ見えた。
即興なのだろう、筏を盾のように掲げ、支えを付けて丸太を車輪代わりに付けている。
ゴロ…ゴロ…と遠雷のように盆地に響いた。
迎え撃つ村の面々は昨日と変わらず意気軒昂の様子だ。
そして再び対峙する村と教会の面々、あの指揮官――ホンブル司教が声を上げた。
「慈悲深い教会の意思の元にもう一度だけ通告する。今日中には3000の後発隊、明日になれば更に5000、その後は…まぁ良いか…総勢で2万に及ぶ部隊が控えている。この計算するまでもない戦力差はどんな阿呆でも理解できるだろう? 今降伏すれば昨日の件は不問としても良い…どうだ?破格の温情だろう」
「お生憎ですが司教様、我らの意思は変わりません。それとも教会の教えは死にそうになったら自らの信ずる神を捨てても生き残れと教えているのでしょうか?」
「…愚民風情が、私の温情を無下にしたことを後悔させてやる。そうだなぁ、村長は活かして捕らえろ。邪教に魂を売ったことを後悔させるには……お前の妻や子供を目の前で犯し殺してやるかな。安心しろ、これだけの人数が居れは年増好みも子供好きもいるだろうし…何より部下を慰労するのは上官の務めだしなぁ!」
隠す事の無い悪意。
嫌悪すべき、汚れた意思。
愛する妻子に限らず、こいつらを野放しにしては不幸しか生まない。
もう殺さないという甘い果実の如き考えは溜飲するしかない。
ここからは、本当の殺し合いだ。
「神の名の元、邪教を滅ぼせ!村長以外は殺しても構わん!好きに奪い、教えを体に叩き込んでやれ!」
「みんな来るぞ!構えろ!」
「「「応ッ!」」」
先日は様子見という面もあったためになるべく殺さない、という方針で動いていた。
その結果、死者は数名で重軽傷者が100名ほど…どちらも教会側の痛手で終わった。
今日の悪意はその枷を外させ、村の面々は正に鬼神の如くというに相応しい。
やはり突出しているのはゴートとキルトであろう。
もはや手加減の文字を彼方に置き忘れたがごとく奮戦し、こん棒を、爪を朱に染めている。
即席の丸太を組み合わせただけの盾で止められるはずもなく、開始数分と立たずに木片と化した。
「ゴーレム隊、爆発弾装填。敵集団後方を狙って……放てー!」
『『『『発射』』』』
何よりも凄惨な被害を生んでいるのはエミエ率いるゴーレムだ。
敵の頭上を越え、降り注ぐ破壊の権化は着弾した箇所を阿鼻叫喚…一帯を人だったもの…血と肉と臓物の海に変える。
前方はゴート、キルトを筆頭にした数人に押し込まれ、動けない後方はエミエにかき回される。
逃げ場を求めて森に入ればグレイとその配下に襲われる。
一種のタワーディフェンスとなっているが、攻める側は一向に進めず、いつ自分の元に死が迫るのか気が気ではない。
「アタシらがこれだけの数を圧倒しているとはいえ…胸糞だねぇ…!」
「手を緩めればワシらが肉塊じゃ。気にすることは無い。奴らを野盗か何かとでも思え」
「生憎とアタシは爺さんと違って健全な精神を持ち合わせた常識人でね、野盗でも人種相手は胸糞さ」
「ほっほっほ、常識人ならば知っておろう。街中で10人殺せば処刑じゃが、戦争…ここでは100人殺して英雄じゃ」
「チッ、無駄口開くなら援護呪文でも喋ってな!」
「ほいほいっと。"チャーム"」
足かせ、盲目、魅惑、混乱と年季の入った嫌がらせは多岐に渡る。
直接手を出さずとも魅惑でこちらの意のままに操り同士討ち、駄目でも混乱で無差別にと案外エグイ。
もちろん耐性のある奴には効かない、又は効きにくいが精神防御の魔法か同様の効果を持つ装飾品でもない限り防ぎにくい。
高位の神官であれば防げるかもしれないが、目の前にいる一般の雑兵には効果覿面だ。
昨日は重症程度で済んでいたが今日は酷いという言葉すら生ぬるい。
人が弾ける瞬間など今まで見た事が無かった者達は既に恐慌状態で一方的な虐殺に近い。
既に半数が死傷者となり、今回も敗北の色は濃厚だ。
前日とは打って変わった損耗率に副官も思わずホンブル司教に進言してしまう。
「司教!このままではこちらがすり潰されるだけです!一時だけでも撤退の指示を!」
「…引いてどうなる…」
「え、体勢を立て直したり、新たな策を…」
「明日には援軍が来る、そこで成果無しで迎えて見ろ!私の首だけでなくお前の首も飛ぶぞ!」
「っ…それでもここで無為に減らすよりも可能な限り相手の情報を持ち帰り、後発と合流し、今度こそ万全を期すべきでは!?」
「………それくらい分かっている。元より今日は情報収集が最優先だ。 10分後に撤退準備の指示を出せ!それと前線で奴らと対峙し、情報を持っている奴らは優先的に後方に下げろ!」
「ハッ!直ちに」
これだけの大部隊を率いる経験が無かったといえ、この男は無能ではない。
しかし、高々村一つ…とう慢心があった事は否定できない。
「何が何でも…石にかじりついてでも必ず打ち取ってやるからな…!」