フルー、孤独な闘い
あのノワールとかいう教会の回し者と嫌々ながらも手を組んだことで依頼の達成速度は飛躍的に増しました。
ゴブリンなどベテラン冒険者からすれば屁でも無い存在ですが、やはり力量のある前衛がいれば私達後衛は気兼ねなく戦えるのはありがたいです。
あくまでもパーティとしての話で、教会としてのあの人は認めていません。
「脱退?」
「うん、近々、教会の、仕事、控えてる」
「ノワールちゃんがいると楽なのに…悲しいの…」
「その仕事が終わったら復帰ですか? それとも王都へ帰るのですか?」
「…まだ、分から、ない。生き残、れるか、すらも…」
「うへぇ…教会って大変っすねぇ」
…最近、オースにやたらと教会関係者が集まっている事と無関係…ではないですよね。
この女もアダム様の事をレッタやイロエに聞いていたようだし、恐らくマルダさんにも探りは入れているでしょう。
ちょっと情報を集めないといけないようですね。
「分かりました。前衛を失うのは惜しいですが、事情は誰にでもあること…パーティとしては復帰して頂ける事を期待しています」
「あり、がとう」
「また一緒にゴブリンボコボコにするの!」
「終わったらまた服買いに行こうな」
「是非、お願い、したい」
教会関係者はそこら中に居ます。
市場を見て何を買っているかを調べれば行動目標はある程度見えますが、目的は流石に分かりません。
教会でなくとも組織というのは役職が高くなればそれだけ保有する情報が多くなる。
欲しい情報を得るに為に狙うは司祭か司教でしょう。
それもなるべく私を買いそうな貞操観念が緩そうな奴…もとよりゴブリンに汚された身、あの方の役に立つのならこの身を売る事に抵抗などあるはずもありません。
あとは金という方法もあるが、情報を買うとなれば、向こうも警戒する事が予想されますので次点ですね。
「そこの立派なお姿の神官様」
「ん、ワシかね?」
見るからに出た腹とそれなりに重ねた年齢、何よりも僧服の襟に記された金の刺繍が司教である事が分かります。
そして呼び止めた瞬間にじろじろと品定めするような視線…早々に当たりを引いたかもしれません。
「……何かね?ワシは忙しい身だ。お布施ならいつでも受け付けるがね」
「申し訳ございません…。敬虔な信徒でありますが所詮は田舎娘…お布施として出せるものはさほど持ち合わせては……」
誰の信徒かは明言する必要もありませんね。
よよよ…と悲しそうに身を捩り、科を作ります。
イメージ通りの奴であれば…これで…。
「んむ…神は何も金銭のみにて人を計るに非ず。その者の行いを常に見ておられる。そちの敬虔な行いこそ神への何よりのお布施となるであろう」
「何を行えばよろしいのでしょう。卑賎な田舎娘にご教授頂ければ幸いでございます」
「ふむ…そうさなぁ…」
ずっと感じる値踏みのような視線…舌なめずりはちょっと止めて下さい。
本気で鳥肌が立ちます。
私もそれを煽る様に体のラインが見えるような服を選んでいるのですけれども。
「今夜、8つの鐘になったら雅の園という宿までお出でなさい。神への奉仕に関してワシ自らが教えてあげよう」
「あぁ!感謝致します。司教様」
「では、ワシはこれでな。ぬっふっふっふ……思わぬ楽しみが出来たわ」
はいはい、釣れました。
いくらゴブリンに汚されたとて本気で体を許す気はありません。
まずは手なり、足なり…覚えた手練手管で1、2発出せば口も軽くなるでしょう。
体は最後の武器として取っておきます。
それが外れたら…痛い目を見て頂きましょう。
昨夜はお楽しみでしたね、などと軽口を叩けるほど私の心境は穏やかではありません。
男という物はアレを出した後が一番頭が悪くなると書物で読んだが正にその通りでした。
手で……これは別に書く必要はありませんね。
まぁ、手に入れた情報は非常に重要です。
奴らはアダム様を邪神と断じ、アダム様の庇護下にある村を制圧せんがために軍を起したと。
臣下としては見過ごせません。
後はこれをレッタ、イロエ、マルダさんに話すかどうか、という所です。
心情的にはアダム様の信徒たる者ならば是が非でも戦いなさいと言いたい所ですが、彼女らはあくまでも助けられたから祈っているという節が感じられます。
信じる度合いはよりけりです。
だから無理強いはなるべくしたくありません。
それに友人、幼馴染に…同族殺し、人殺しになれと言うのは流石の私でも口に出すのが憚られます。
だから私は一人で逝きます。
これから犯す罪も、背負う業も、私だけの物です。
アダム様の為であれば喜んで手を血に染めましょう、血で濡らしましょう。
全てはアダム様の為に。
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啖呵を切って飛び込んだのは良いものの流石に私一人で数万…どれだけ甘く見ても正面から戦っては100人も殺せないでしょう。
ゴブリンなんかとは違い、連携、練度、対応は雲泥の差です。
だから私に出来るのは嫌がらせ…それも存分に悪辣で卑劣で執拗な。
狙うのは指揮系統のみ。
そしてここに取り出したるは、山から摘んできた私が知る限り体に影響のある毒草、毒キノコ、毒虫などなどをじっくりコトコト煮込んだスープでございます。
ゴブリンで試したところでは1分と掛からずに呼吸困難、眩暈、痙攣、吐き気、吐血…間もなく死と効果は抜群でした。
幸いな事に野営している教会の陣営は人数も膨大なために街から給仕を多く呼び込んでおり、陣営の中に一街人として入り込むのは容易でした。
あとはこのスープを飲ませれば…とそんな露骨に目の前で倒れられたら私が真っ先に疑われて殺されますので一工夫します。
アダム様から賜ったこの杖は水を生み出すことも出来れば、ある程度操る事も可能です。
フルー特性毒スープを杖でちょいちょい…とすればあら不思議、霧となって空気中に広がりテントの中へ…。
「ぐっ!? …うっ…」
「司教様?」
ドサッ…
「司教様? 司教様!? 誰か!誰か!司教様へ解毒の奇跡を早く!――ぐぅ!? ごはっ…」
はい、この通りです。
残念な事に他は数人ほどしかやれませんでしたが、これで中間とはいえ指揮官を一人…まだまだこれからです。
流石に向こうも烏合ではなく同じ手は3回ほどまでしか使えませんでした。
陣営も広く、指揮系統も複数に分かれているのでもう少し鈍重かど思えば…忌々しいですね。
少なくともこの妨害で4日は行軍を遅らせる事が出来たので重畳としましょう。
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私は戦いの舞台を森へと移しました。
大勢での行軍で重要な物は何か?
恐らく兵糧…食料でしょう。
では足かせとなるものは何か?
怪我人、病人でしょう。
見捨てる訳にも行かず、処分して置いていくわけにもいかない。
治療のために薬と包帯を消費し、運ぶために無用な労力を必要とする。
という事で森に入った先発隊の行軍を鈍らせるための嫌がらせに切り替えます。
ここは殺す必要は無いので少しだけ、ほんの少しだけ気は楽です。
「アダム様に矛を向けた事、地獄の底で後悔なさい」
この前の毒殺スープはもう品切れ…なので殺傷効果はほぼ無いが人体への影響は多大なとある薬草をすり潰し水に溶かして霧化させる。
森に掛かる靄のように薄く、広く、そのために効果は薄目で、影響が出るのも少し時間がかかるでしょう。
地獄は数時間後か…はたまた明日か、震えて待っていなさい。
眼に見えて効果が出始めたのは野営中でした。
常に靄の中にいるせいで碌に火も炊けず、保存食を口にしています。
そして嘔吐、続いて下痢。
全体の3割ほどが体調不良となりました。
ここで私にとって嬉しい計算外が起こりました。
体調を崩し、木陰や茂みで用を足している神官らや兵士をモンスターが襲ったのです。
モンスターも一当てするとすぐに撤退…被害は軽微でしたが、先発隊ざっと100名ほどが負傷兵となりました。
この靄で一晩明かせば体調不良者は半数を超えるでしょう。
そうなれば次発へ目標を切り替えます。
「ふふっ…まだまだこれからです」
モンスターが周りにいるという事は私も襲われる可能性は十分にあるでしょう。
その懸念を頭に入れながら次発、更に後発の軍へ嫌がらせを実施します。
昼夜を問わずに魔法を使い、周りに気を巡らせながら行動するのは非常に精神に負担を掛けるのは明白で、特にここ数日はポーションしか口にしていません。
鏡を見てはいませんが恐らく体重は落ち、顔は酷い有様でしょう。
レッタとイロエも心配しているかも…。
いいえ、この指名を終えるまでは戻りません。
4つ目の軍が見えてきました。
先発隊からの情報で下痢や嘔吐に対する対策を講じてきているのか効果が徐々に薄くなってきている気がします。
それでも無駄と言う訳ではないのでまた靄を―――
「あれは……ッ!!」
4つ目の軍の先頭を歩く、着ぶくれした小柄な体躯は…あの教会の糞女じゃないか!
しかも纏う僧服は周りを歩く誰よりも豪奢な大司教服!
つまりは、冒険者の特色で?教会の地位は大司教サマ?
寄りにも寄って私たちは大司教サマと行動を共にして情報を垂れ流していた…ということですか。
滑稽過ぎて笑えてきます。
だからとてここで頭に血を上らせ、ノワールに突撃した所で無駄死には明らかです。
冷静に、冷静に…私が行うべきはアダム様の庇護下にある村…引いてはアダム様の為に可能な限り軍をすり減らす事です。
「…覚えておきなさいノワール…アダム様に敵対したこと。私は決して忘れませんからね」
そして、まだ後ろに続く軍への嫌がらせを行う。
私は冷静だ…です。
自分に出来る事をするまでです。
私の行いは非道――というのは自分が一番自覚しています。
しかし、他者が信ずるものを認めず、殺すのが正義と言うのであれば、私が成した事は正に正義でしょう。
教会が村を滅ぼすために軍を進めた事と、私が行った行為に何の違いがありましょう?
あるとすれば、権力者が殺せと、滅ぼせとの命に従うだけの兵士と私が私の意思によって殺すかぐらいの差かと。
この罪も業も、人を殺した背徳感でさえもアダム様と私を繋ぐ絆です。
この絆だけはたとえ、アダム様以外の別の神が居たとしても許させはしない。
一つの事柄をいろんな視点で書くの楽しいですなぁ…。
次もお楽しみに!