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降りかかる大火

 今日のアダム村は晴れ。

 寒いのはいつものことだけど、山脈の稜線から太陽が顔を出しているから気持ちは晴れやか。

 私は家族の中で一番起きるのが早いので、今日も井戸に水を汲みに出ていた。


「…ん゛っ…重い…」


 アダム様のお陰で生活はかなり…いや、凄く…いやいや、ものすごーーーく楽になったけどこの重みはいつまでも変わらない。

 かといってこんな桶を片手で軽々と振り回せるような娘を、アダム様は好んで下さるだろうか。

 ミルレート先生のお陰で少しだけ数字も使えるようになった。

 ビルドさんの農具は凄い切れ味と耐久性で、研ぎ要らずで作業が捗る。

 ゴートさんとキルトさん、ついでにギルさんが狩りに出てくれるお陰で食卓に肉が出るのが日常になった。

 そのおかげかちょっとだけ身長と…その胸が…ね?

 つまり私は今、女として物凄く価値が高まっているのではないか?

 今が売り時なのでは…。


「4号さん、おはよう」


『オハヨウ、リリアナサン』


「今日の調子は?」


『村ノ安全ニ異常ナシ』


「それは何よりね。それじゃ警備がんばってね」


『ゴ安全ニ』


 このゴーレムはエミエさんの作品らしい。

 警備という事だけどこの村で盗みや暴力沙汰なんてほとんど無いし、何から警備しているんだろう?

 どれもこれも元をみれば全部アダム様のお陰かな。

 ほんと凄い。


 ふらっと現れたと思えばお母さんと弟を流行り病から救ってくれたし、村の窮地も救ってくれた。

 一時期、知らない人が一気に増えたけどみんなアダム様を慕う人達ばかりだから仲良くなるまで時間は掛からなかった。

 そしてその人たちのお陰で瞬く間に村が強くなった…?表現違うかな?

 まぁ、いっか。

 定期的な交易の人も来るから街の流行も知り易くなった。

 流行の可愛い服は高くて買えないけど…。


「次の行商さんは…3日後だっけ…。まだお小遣い溜まらないしなぁ…」


 生活に困らなくなると悩みがでるのはお金、服、アクセサリー。

 生きるには不要だけど、無いと他に負けてしまう。

 他って?

 アダム様だもん、素敵な女性といっぱい出会いがあるはずだし…私を選んで!なんて口が裂けても言えないけど、せめて可愛い私は見てもらいたい。

 貴族様には無い、田舎娘の精一杯を見てもらうのが私の唯一の楽しみ。

 出来れば可愛いって言って欲しい。

 出来たのなら頭を撫でて欲しい。


「出来たなら………キャーー!」


「……何やってんの、姉ちゃん」


 考え事をしながら歩いていたらもう家の前だ。

 弟が不審な目で見ていた。

 朝っぱらからふしだらな妄想をしていたなど言える訳もない。


「ちょっと…虫が…ね?」


「この前ローチを踏みつぶしてた姉ちゃんが今更虫ごときでキャーって――」


ゴッ…


 無言の鉄拳制裁。

 重いとはいえ、水桶を毎日運び、農作業をしている女性の腕力は決してか弱くは無い。


「いだっ!?」


「女性がそう言ったのなら、そう言うものだと理解しなさい。察してあげるのも男の度量よ。ふん!」


 今日もいつのと変わらない一日。

 弟に痴態を見られたのが、ちょっと違うだけの一日…その時はそう思っていた。




 今日のお昼はパンにサラダにスープに、なんとベーコンと卵まで付いた贅沢の極み!

 うん…おいひぃ。


「こら、アナ。ほっぺにソースが付いたままよ」


「は~い」


「ごちそーさま!羊の所にいってくるね」


「気を付けるのよ」


 はーいの声も既に遠くから微かに聞こえる程度の返事を残して弟は走り去った。

 自分で初めて一から羊の世話(一頭だけ)を任されたので嬉しいのやら忙しいのやら…。

 こんなに美味しいご飯を味わいもせずに平らげるとは何たる事か。

 晩はもっと味わうように言ってあげなきゃ。


「……ん?」


 何か、地響きのような…耳鳴りのような何か聞こえるような感じがする。

 食事の手が止まった私に怪訝な顔をするお母さんだけど、お母さんも何となく感じ取ったらしい?


「地震…かしら?」


「それにしては弱い…よね」


「とりあえずリールの様子を見に行ってちょうだい。こういう時は動物たちは敏感だから」


「分かった」


 名残惜しいが、最後に取っておいたベーコンと卵を口に押し込み、かみ砕いて水で流し込む。

 あぁ…切ない。


「行ってくる!」


「気を付けるのよ~」


 私は村の牧場目掛けて駆け出した。




 外に出ると地震のような感覚は強まり、耳鳴りもしっかりした音がずっと鳴り響いているのが分かる。

 牧場に向かう途中でゴートさん、キルトさん、村長さんと顔役らが顔を合わせていた。

 傍にはグレイちゃんとハクちゃんもいるし…何かあったんだろうか?


「何か…あったんですか?」


「アナちゃんか…ちょうどいい。私の名を使っていいから村民を教会に集めてくれ。あぁ、家にゲントが居るだろうから手伝わせてやってくれ。しばらくしたら私が説明に向かうから」


「はい…?分かりました」


 村長から急に頼まれごとだ。

 村民に~って話だからまずはリールに声を掛けて、ゲントも引っ張って…3人でやれば早いだろう。


 前よりも豊かになったとはいえそれほど広くない村なので1時間もしないうちに9割?くらいの人が集まった。

 こういう表現が出来るのは勉強したお陰だよね!


 ここに居ないのはエミエさんとゴートさん、顔役の3人、ギルさん。

 グレイとハクもいないかな?


「まずはみんな、急に集まって貰って申し訳ない。言葉を濁しても仕方がないのではっきり言う。まずは冷静に、騒がず、焦らず聞いて欲しい。」


 こうやって村長が声を掛けて人を集めるのは……多分、私の記憶では初めて。

 つまりそれだけ重要な事なんだろう。


「この村に向けて、最低5000…最悪で数万に及ぶ軍隊が迫っている」


 え…?

 周りもきょとんとしているか、冷や汗か、子供たちは総じて理解できていない。

 私も多分、分からないうちの一人。


「軍隊は教会の部隊というのが判明している。モンスター討伐という線も無い訳では無いが…十中八九はこの村…アダム様を信奉する我々が標的だろう」


 つまり、アダム様に祈っているから軍が来る?

 アダム様に祈るのはダメな事なの?


「皆も感じているかもしれないが、この地鳴りのような地響きは行軍によるものだろう。偵察の話では明日の夕方か明後日の早朝には何かしらの接触があるはずだ」


 敵は少なく見ても5000、村民は200人…戦える人は10人くらい?

 算数を勉強した私でも分かるくらいには絶望的だ。


「に、逃げよう!戦力差があり過ぎる!」


「…この四方を山脈に囲まれた盆地で何処へ逃げるのだ」


「降伏は!?」


「これは私の意見だが、教会が兵を起したという事は捕縛などと言う生易しい目的の為ではないと思う。むしろ捕縛の方が悲惨な目にあう可能性が高いな」


「…何だよ、積んでるじゃねぇか…」


「あの…私達3人はコーウェル公爵家に少なからず縁があります。そちらから止める事はどうでしょうか」


 そうだ。

 アダム様の家にいるメイドさんは公爵様で働いていたって聞いてる。

 可能性は―――


「…可能性はある。だが王都からオースまで軽く1週間、そのオースからここまでの日数を考えれば…」


「…そうですね。失礼いたしました」


「あの…!」


「アナ! 今は大事な話をしているのよ。静かに」


「構わないよ。見える選択肢はかなり限られている。どんな意見でも集めたいんだ。アナ、喋ってくれるかい?」


 思い出せ、最初にアダム様に会った時に言っていたことを。

 それが村を救う可能性になるかもしれない。


「私のお母さんと弟はアダム様に命を救われました。その時に仰ったんです。『我を呼んだのは汝か』と」


 村人みんなの視線が私に集中する。

 こんなに見られたのはきっと初めて。

 緊張で舌が回らなくなりそう。


「その時、ここで、この教会で祈ったんです。神様でも悪魔でもいい、家族を助けてって…」


「するってーと何かぁ?祈ればアダム様が降臨するってか?」


「…あながち外れでも無いかもしれん。新しく来た村民の中にもアダム様に救われた者、旧来の村民は…あのギル・レドの襲撃の件は記憶に新しいだろう。あの時も確かに神に祈っていたような気はする」


「祈れば…届く…?」


「確かに俺ぁ神に祈った…そうしたらあの人が現れた」


「俺もだ、千切れた腕が元に戻ったんだ!」


 新しく来た人の多くはアダム様に助けられ、祈りをささげる為にこの村にたどり着いた人が多い。

 少なくとも教会や国は信じられなくともアダム様は信じられるという気持ちはみんなが持っている。


「…それでは僭越ながら方針を決めたい。戦えるものは武器をもって時間を稼ぐ。動ける者は戦闘の支援や治療、家畜の避難など。それ以外の者は教会にてアダム様への祈りを……異論がある者は遠慮なく言ってくれ。この村を捨てて逃げても恨みはしない」


 この空気の中で手を上げるのはちょっとキツイ。

 でもみんなの顔つきはもう決まっている。

 みんな笑っている。


「よし。それではみんなで生き残る為に、行動を開始しよう!」


「「「おう!」」」


 絶望的な日々が幕を開けた。

主人公さんはまだお眠です。

期待しながらお待ちください。

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