表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/155

ある神官の手記

 セント・チャリストス教会。

 通称は教会。

 この世界の創造神を唯一神として崇拝し、世界中に信者を持つ。

 信仰者の数は世界一で推測だが最大時は200万人は下らないとされており、およそ全人口の30%程と当時では随一の権力と金、発言力を持っていた世界最大の組織である。

 現在では信者はかき集めても10万人に届くか?と言った所だが…。

 これから綴る手記は、教会最大の汚点として今なお語り継がれ、議論の対象となる重大事件"邪教討伐戦"である。

 

 当時、3万とも5万とも言われた邪教討伐の数少ない生き残り…だった侍祭の手記である。

 過激な表現や発狂に等しい内容が記述されているが、当時の状況を鮮明に示す意味で原文のまま残す。






― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 





 拝啓、お母さんへ。

 後で手紙へ纏める練習も兼ねて書きます。

 僕は初めての任務として、かのノワール大司教様の配下の1名として邪教討伐軍として参加しています。

 下っ端も下っ端ですがこんな僕にも4人の部下が出来ました。

 体はデカい癖におどおどしているニッチ、わんぱくなワドル、貧弱だけど頭が良さそうなスクリー。

 みんな農村とか孤児院から集められたみたいで協調性という言葉とはちょっと縁遠いけどリーダーとして頑張ります!




 従軍10日目

 従軍っていってもずーっと調査、調査で歩き回って聞くだけ。

 後は薪を拾ったり、木の実を集めたりしています。

 やっぱり北は寒い。

 お母さんのシチューが恋しいです。




 従軍30日目

 今日はノワール大司教様が部隊に顔を出して下さいました。

 チラッとだけ見えたけどあの小さな体つきで大きなモンスターをばったばったと倒すんだよなぁ…凄いなぁ。

 僕ももっと精進してノワール様を支えられるような男を目指すんだ!

 とりあえずはお祈りとトレーニングだな。




 従軍45日目

 寒さが日に日に増している気がする。

 後は他の大司教様の部隊が続々と集まってきている。

 部隊を与えられたとはいえ、僕なんか下っ端の下っ端だ…周りは全て目上として気を付けないと。

 トレーニングのお陰かちょっと筋肉が付いてきたかな?




 従軍59日目

 大事件です。

 多くの部隊を統率する司教様の一人が殺されたらしい。

 巻き添えで何人も亡くなったそうで、周りの空気もピリピリしてて嫌な感じ。




 従軍60日目

 また司教様が毒殺されたらしい。

 穏健派がーとか中立派がーってなんだろう?

 先輩に聞いた所だと何でも派閥ってのがあって、どこに入るかで教会での立場が変わるとか?

 良く分かんないけどノワール様の配下ならノワール様の派閥ってことになるのかな?




 従軍62日目

 またまた司教様が…それも今回は2名も亡くなったと。

 ご冥福をお祈りします。

 目撃証言があったそうで全身を外套で隠した小柄な体躯だったと。

 全軍に身なりの統一を呼びかけ、怪しい場合はその場で殺しても構わないとのお達しだった。

 フードを被って「ふふふ、俺は伝説の暗殺者だぞ!」って遊んでたワドルがお叱りを受けた。

 僕もとばっちりを受けた…リーダーって面倒なんだな。




 従軍65日目

 ようやく出発が決まりました。

 アズゥー大司教様の部隊が先発、1日遅れでフシア大司教様の隊、3番目がイヴォワ大司教様の所。

 そして4番目にノワール様の部隊…僕たちが動く事となりました。

 待ちに待った出陣です。




 従軍70日目

 雪がちらつく山道は酷い状態です。

 ただでさえぬかるんでいるのに、既に1万人と馬やら荷車が通った後なのでもう沼です。

 道の脇は一歩入れば光が差し込まない深い森…先発隊からの話だと散発的なモンスターの襲撃と、この森特有のガスで体を壊すものが続出しているらしい。

 森と言えばウルフ、北であればスノーマンとかだろうか?

 何より一番の敵は寒さだ。

 この行軍に比べればオース近郊での野営が天国にさえ感じる。




 従軍75日目

 寒さでペンを持つ手が震える。

 状況、まだ先発隊、村に着かない。

 死傷者ざっと1000名…なのに何で誰も進むことに疑問を覚えないんだろう。

 帰りたい。




 従軍80日目

 スクリーとワドルがガスにやられたらしい。

 下痢と嘔吐が止まらない。

 他の部隊でも似たような症状が多く出ている。

 まだ僕は回復の奇跡も解毒も使えない。

 先輩に聞いてみたが「ダメだ」と一蹴された。

 腹下し用の薬を飲ませて経過を見る。




 従軍81日目

 朝、起きるとワドルが死んでいた。

 吐いた物が喉に詰まったらしい。

 ニッチと二人でわき道に穴を掘って埋めた。

 スクリーも体調が戻らず、行軍もかなりきつそうだ…どうしよう。




 従軍83日目

 スクリーが夜中に姿を消した。

 朝になって死体が見つかった。

 モンスターにやられたらしい…腹が無かった。

 リーダーって何だろう。




 従軍85日目

 噂で先発隊が村を発見したらしい。

 同時に返り討ちにあったという情報も入った。

 大部隊を集めた理由が何となくわかった。

 僕なんかより余程強い人たちが揃っている先発隊が返り討ちに合うなら僕らが居ても無駄じゃないのか?

 帰りたいよ、母さん…。




 従軍86日目

 フシア大司教様の部隊も追いつき、2部隊でぶつかったがこれも惜敗らしい。

 後方部隊にはその情報だけで暗雲が立ち込めている。

 もう死傷者は総数で3000名を超えたとか…。

 後方ではいまだに散発的なモンスターの襲撃で夜も碌に寝れない日が続いている。

 逃げ出したという話も聞かない日は無い。

 僕も逃げ出したいよ。




 従軍87日目

 行軍速度を上げ、夕方には先発隊に追いついた。

 弔う余裕も無く、癒す薬も奇跡も無い…死者、負傷者の山だ。

 地獄はここにあったのだと思った。

 道中の病気や散発的な襲撃で医薬品が絶対的に足りないのだ。

 見込みのない傷病者には『薬』を使えと司祭様より指示が出た。

 僕は部隊を回って、重症とされた人たちに『薬』を飲ませた。

 みんな安らぎの顔で寝入った。

 僕は…何のために教会に入ったんだっけ。




 従軍88日目

 ノワール大司教様と精鋭の司教様らが先陣となり戦いが始まった。

 こちらは村…というよりは町を覆わんばかりの数で圧倒するが、向こうも尋常ではない強さだ。

 先頭で暴れまわる亜人種、白い狼のモンスター、人種が見える限りで5人くらい。

 後は良く分からない人形のようなものが並んでいる。

 強者と強者で相殺されたらしく、今回は引き分けかそれ以上と思えた。

 こちらの損害は今日までで5000~6000では?と聞いた。

 明日には僕も先陣入りだ。

 日記も今日で終わりかもしれない。

 でも明日にはノワゼット大司教様の部隊も加わる予定なので今度こそ押せるかもしれない。




 89

 あくまがでた

 かみかもしれない

 おこってた

 いっぱいしんだ。

 みんなにげた

 ノワールさまゆくえふめい

 せんぱいも、うでだけになっちゃった

 かみさまたすけて





 よくわからない

 みんなもりをはしってにげた

 あれがおってくる

 にげなきゃ





 かあさんたすけて

 くわれたくない

 

 たすけてたすけてたすけてたすけて――※この先は乱れており解読不能。







― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 






 この侍祭は半狂乱ながらも森を抜け、オース近郊で保護された。

 邪教討伐軍は事実上消滅し、生き残りはこの侍祭を含めて10人程と報告されている。

 余程の事が、と推測されるが侍祭は若くして白髪となり、数ヶ月に自ら命を絶った。

 他の生き残りも同列で、幻覚に怯える、自傷に走るなど精神を病み、長くない人生を歩んだ。


 現在分かっているのは、村周辺の広大な盆地(元は森と推測される)はこの時の何かしらの極大破壊魔法かそれに類する術式の行使によるものではないかと研究結果が出されている。

 そしてその一撃(数は不明)により壊滅的な打撃を受けた部隊は撤退を余儀なくされ、散り散りに敗走。

 追撃か、森に生息するモンスターに襲われたかして更に数を減らしたとの見解が一般的である。

 運良く生き延びた者だけがオースにたどり着いたが、結果を見れば運が良かったとは言い難い。

 

 何にせよ当時の状況を記した記録はこの手記しか存在せず、引用するならば『神』の怒りを買った教会は邪教に敗北を喫した。

 この件は教会の威信、威厳を根元からひっくり返し、セント・チャリストス教会の信者は神の怒りを買うとされ、熱心な信者以外は教会の元を去り、世間からは教会こそ邪教との認定を貰う事となる。





「そして現在に至る…っと。しかしなぁ…状況から見て当時のオースの北にあるのはあの村だし、記録がこれだけってのがどうにも胡散くせぇ」


 時代の勝者が記す物こそ歴史となる。

 ただこの場合、例の村こそが勝者となるがその村にこの時の記録は無い。

 そもそも、この手記を本物の『記録』とすることすら議論の余地がある。


「でもなぁ、自分らの汚点となる記録なんて普通は隠すか残さないし…当時も何万人と居たのであれば末端まで目は届かねぇはず…。ってことは本物の線が濃厚なんだよなぁ」


 それとて状況から見る判断に過ぎず。

 異端論としては教会が何万人を生贄として悪魔を召喚し、御せなかった結果として消滅したとする意見もある。

 教会が悪魔を呼び出すなど…という隠れ蓑に手記を作ったとすれば話は通じる。


「ま、それこそ真実は神のみぞ…ってやつか?」


 その独り言に返すものはおらず、男は黙って論文をまとめるのであった。


いつもご愛読ありがとうございます。

ちょっと勢いにのってますのでお付き合い頂ければと思います。


ブックマーク、評価はじゃんじゃんどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ