発見、進行
アダムの足取りが途絶えて2ヶ月が経過する頃、オースにて大きな異変が起こりつつあった。
予兆は以前からあったが、明確な意思を持って動き出したのがここ数日だ。
かつてのチキンと呼ばれた元冒険者であり冒険者ギルド、オース支部長――キルスティン・ギモンはその予兆を掴みつつも苦慮していた。
「どうしても賛同してくれないかね?」
「何度でも、言う。無理。これ、教会の、意思」
「せめて君が参加しないだけでも彼への義理立ては出来る。それに君だって分かっているんじゃないか? 彼を敵に回すとどうなるか…少なくとも無駄死にだけは避けられると…」
「そんな事は分かっている!アイツは化け物だ。私を含めても勝ち目は到底見えない。何千、何万と集めようが同じだ。でももう遅い。あちらからも手を出して来た。既に戦端は開かれている」
いつもはたどたどしいノワールとは思えない滑らかな口調。
彼女としても思うところがあるのだろうが、その言葉通りに戦端は既に開かれた。
その開かれた戦端とは何か。
事の起こりは1週間程前に遡る。
アダムの行方を見つけられない教会連中は痺れを切らし、情報の一元化に努めた。
確執、手柄の取り合いで時間を無駄にすれば相手にも時間を与える事になる…と強引に情報を集め始めたのだ。
その過程で判明したのがオースの更に北、山間に位置するアダム村の存在。
教会はその財力でオース所属の冒険者を片っ端から半強制的に雇い、情報収集に走らせ、つい先日所在が割れた。
この時点で冒険者ギルドは教会に対し警告を発し、教会と半敵対状態に移行した。
もとより自由を重んじ、民の依頼をこなすことで回って来た歯車を急に止められたのだ。
市民はもとい、貴族、商人らからも反発が上がるが教会は我関せず『邪教討伐』の意思を掲げた。
「邪教を排斥する事、之即ち教会の存在意義を問われる事に相違ない。批判大いに結構、どのような意見でも甘受しよう。誤った教えを広める事に比べれば些事である。」
現教会の最高責任者のラルカンシェル枢機卿から発せられた声明により声は抑えられた。
教会は正しい事をやってます。
批判はどうぞお好きなように…ただし、終わったらどうなるか覚えとけよ?という訳だ。
市民、貴族においても何より大切なのは己の命、人によってはプライドだが。
それゆえに表立って抗う事も、理由も無くなった。
ただ冒険者ギルドにあっては「我らは民の為に存在する。民一番に変わる信念無し」と教会の為だけに動かずと表明した。
それ以降は教会による冒険者占有も無くなり、希望する者のみ依頼という形で動く事となった。
教会としては目的の所在さえ分かってしまえば冒険者など用済み、もしくは先兵としての捨て駒と考えていたらしい。
その声明がオースへ届くころには街中、郊外問わずに教会関係者でごった返していた。
大陸の教会各部から集められた邪教討伐軍――大司教3名に司教20名ほど、司祭以下の戦闘員が約2万名と村一つには過剰に過ぎる戦力が集められていた。
誰もが清貧を謳う教会にこれほどの財力、戦力があったのか、と口にはしないが内心は思っていた。
如何に大群を集めようとも向かう先は山間の小さな村。
行軍するには狭く、険しい道のりが待っている。
先発隊が明日か明後日には出発すると街中でも噂になる頃、事件が起こった。
邪教討伐軍の一つ、討伐に積極的なアズゥー大司教配下の一人が毒殺された。
「ぐっ!? …うっ…」
「司教様?」
ドサッ…
「司教様? 司教様!? 誰か!誰か!司教様へ解毒の奇跡を早く!――ぐぅ!? ごはっ…」
気づいたころにはテントの中に入った者が1名、また1名と倒れていった。
テントの中に充満していた無味無臭の毒にやられ、合計4名が命を落とした。
同様の事件はたて続けに発生し、出陣前に司教が4名と司教以下13名――それも全て好戦派のアズゥー大司教かイヴォワ大司教の配下であった。
その手口から穏健派か中立派の犯行が疑われ、調査の為に出陣は3日ほど延期された。
しかし、枢機卿の声明の元で大義に逆らう理由も無い為、外部の犯行として指揮権を持つ者への接触は限定されるに留まった。
警戒を密にしたお陰かその後は毒殺事件は鳴りを潜めた。
そして話は現在へと戻る。
彼女とて権力と戦う力を持てどもつまるところは組織人でしかない。
組織からはみ出れば只の人種でしかない。
ただでさえ人との繋がりが薄い彼女にとっては世界との断絶に近い。
「…支部長、あなた、彼の、正体を、知ってた。違う?」
「もう隠すまでも無いね。補足しておくとこの辺りで彼の正体について知っているのは、私とマルダ、フルー達ぐらいのものだ。だから何度でも言う。貴女の部隊だけでも下げてもらえないか」
「参加、拒否すれば、全て、失う」
「…特色としての経歴を活かし、冒険者を専業とは出来ないのかね?」
「無理。教会として、の立場、失えば、回復魔法、使えない。それに、眼も、約に、立たない」
「そうか…」
ギモンも教会の内情に関しては調査の手が及ばず、情報法不足であったがある程度は読めて来た。
眼とは何を意味するのかは調査が必要だが、少なくとも教会でしか使えない、教会の利にしかならない事象と記憶した。
少なくとも彼女も崖っぷちにあり、目の前で戦って死ぬか拒否して社会的に死ぬかの2択しか残っていない事を。
「もし、もしもの話ですが…彼と対峙するのが怖くなり、全てを捨てても命だけは、となった場合はこちらにお越しください。戦闘能力は無くなったとしても経験は残ります。そしてウチには経験豊富な講師を雇う余裕ぐらいはあるつもりです」
「…考慮、しておく」
既に戦端は開かれた、と言うが、実質的な攻撃がそもそもそれにあたるのか。
相手からすれば明確な侵攻対象として認識し、これだけの準備を行っている事こそが攻撃の意思有り…つまりは敵対行為。
歴史は往々にして勝者が残す記録こそ『歴史』として刻まれる。
この歴史上稀に見る邪教討伐…教会が正しき信仰心を持って邪教を制した、となるか、村一つに万を超える軍勢を用意しつつも敗北を喫し、世界から批判を買った…いずれにせよ大量の血が流れる事は間違いない。
時系列と1話ごとに視点が変わりますがご容赦を。
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