オースにおける調査結果:初回報告
やはり大陸最北都市というだけあり、オースの秋は王都とは違う。
何着かは教会から支給される冬用の外套もあったが、寒さを防ぐには心もとない。
やはり本場で売られている方が信頼性が高く…やはり暖かい。
少々着ぶくれした修道女…ノワールは、地味目なコートにご満悦なようで心なしか足取りが軽い。
「…寒い、けど、活気、ある」
本格的な冬になるともっと寒くなるだろうが、そこは北部の都市ゆえの慣れもあるだろう。
王都であれば露店の数が減り、自然と路上の活気は減ってゆく。
まだ到着初日である為、まずは活気のある場所、そして情報が集まる場所と調べるつもりだった。
「これ、2つ、ちょうだい」
まだ少し昼には早いが、屋台でパンに肉と野菜と特製ソースを挟んだ物を購入した。
未知の街でも人が並ぶという事は結構な確率で味の保証があるということ。
少女…と言っても差し支えない体系の彼女にしては多めに見える事から露店の女将は問いかけた。
「結構な量になるけどいいのかい?」
「……(コクリ)、あとその、芋も」
「あいよ!揚げたてだから気を付けてね」
「…ありがとう」
「またよろしくね!」
見た目から教会関係者と思われるのは必然、役職まで知られる事はないが歩きながら食べるのは流石に憚られる。
ちょっと冷めてしまうのは仕方ないと思いつつ教会のオース支部へ足を向けた。
教会は強大かつ広大な組織故に一枚岩ではない。
主要な都市から山村まで幅広く設置されており、重要度によって責任者の役職は変わる。
そしてそれらを束ねるのが大司教であり、この大司教の誰に帰順するか、師事するかで派閥が変わるという難解さもある。
得てして巨大な組織とは切磋琢磨する面もあれば、上り詰める為に蟲毒のように他者同士をいがみ合わせ、蹴り落とし、漁夫の利を得ると非道をしでかす輩もいる。
幸い、オースの教会は彼女にとって敵は無い。
現状で味方でも無いが、派閥としては穏健派の大司教に仕えている事もあり、ぞんざいな扱いはされなかった。
「ノワール大司教様、ご到着お待ちしておりました。……それは露店の物ですか?」
「…そう」
「お言いつけ下されば昼食の用意も……」
「不要、これも、調査の、一環。拠点として、の、部屋だけ、あればいい」
「左様でございますか。ご入用の際はお声掛けください」
「…例の、調査。追加、ある?」
「………申し訳ございません。かの人物の足取りが途絶えまして…」
「…失敗?」
辺りを見渡しこちらへ、と大き目な部屋へ案内される。
恐らくはこの支部を取り仕切る彼の部屋だろう。
閂を掛けると小声で語りだした。
「はい。付けていた調査員3名…いずれも探知系や透視系など調査に特化した面々でしたが3人共が口を揃えて、消えた、と」
戦う術として剣や槍、弓など武器を習い、一人前となるには当然それなりの年月が掛かる。
同じく魔法とて習得に時間と労力を払ってようやく自らのものとなる。
そんな世にあって教会は諜報系に特化した要員を育成していた。
暗殺者などは隠れる事に力を注ぐが、教会の幹部ともなれば命を狙われることも少なく無い。
いわば自衛の為の育成だが、こういった時には率先して駆り出される……が、その専任者が見失った、と。
「……最後の、足取り、教えて」
「……ムタードゥ大司教様に情報開示の許可を頂かないと…」
「彼には、私から、無理に、聞いたと、報告する、問題ない」
「…分かりました。少々お待ちを」
派閥が違えど上役には逆らいにくい…報告用に纏めていたのだろう、机から手の平くらいの小さな金属質の板切れを取り出した。
教会の暗号通信に用いられる連絡版だ。
解読用の魔力を籠める事で刻印された文章を読むこととが出来る
「…こちらを。解読のキーは『月』です」
もちろん簡単に読み取られないように複数の暗号化パターンも用意されており、違うキー、波長を入れると即座に内容の消去、合わせて居場所特定用魔法の発信、違法解除者へのマーキングなど徹底されている。
もちろん司教以上の幹部クラスは全ての解除キーを把握済みではあるが。
受け取るとノワールは手に神経を集中させて暗号を解く。
表面に細かい文字が次々と浮き出し、文章を形成していった。
「………ギルド…次…宿…冒険者、4名……解散後、路地裏……消失」
「…1名なら過失も考えられますが、3名同時と言うのは考え難い話です。しかもその後周囲を捜索しても移動の痕跡すら無しと…かの人物は手練れの暗殺者か何かですか?」
「まだ、不明。…この、最後に、会ってた、冒険者、情報、欲しい」
「今の所、判明しているのは名前と拠点だけです」
「…追加、調査は?」
「足取りは把握しております。今はかの人物の捜索に駆り出していますので…近日中に、と」
「…そう」
すっかり冷めてしなびた芋を口に運ぶ。
揚げたてを食べられたらどれほど美味しかったろうか、次は絶対に熱いうちにと決心する。
幸いなことにバーガーなるパンに肉と野菜を挟んだ方は多少冷めても味を損なう事はなかった。
手に付いたソースをペロリと嘗め、包んでいた包装紙を一まとめにして司教へ渡す。
「追加で、調査、してくる。冒険者の、立場、不信感、少ない」
「…調査結果は是非とも当方へも頂けると助かります」
「分かった。それぐらい、手間賃、払う」
「何卒、よろしくお願い致します」
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曲がりなりにもオースに特色が来たとなればギルドも放っておかない。
便利に使われるのであればそれ相応にこちらの無茶も捻じ込めるという物だ。
そしてオース到着から早2週間が経過したが手に入った情報は些細な物であった。
「あぁ、アダム君なら休暇と言っていたよ。期間は未定だけど1ヶ月とも2ヶ月とも…待つしかないねぇ…。むしろ連絡手段があるならこっちが聞きたいくらいだよ」
冒険者ギルド オース支部 支部長 キルスティン・ギモンの言
「アダム様っすか? ちょーっと長い休みを取るって言ってたっすね。行先? 私らは聞いてないっすね~。お役に立てず申し訳ないっす。この槍? えへへへぇ…いいでしょ!アダム様から貰ったんすよ!」
オース支部所属 緑ランク冒険者 マルダの言
アダムが最後に会っていた冒険者の一人、言動から親しい間柄と思われる。
要監視対象を推奨。
「…アダム様の行先ですか? 申し訳ございませんが私共には伝えられずに何処かへ向かわれてしまいました。まぁ、知っていても?アダム様の事をこそこそ嗅ぎまわっている輩に話す舌はございませんがね。アダム様を信奉するというのであれば、多少見どころもあるでしょうがその身なり……むしろ敵ですね。ここがギルド内で良かったですねぇ。私達…いえ、私は相手が誰であろうともあの御方の邪魔をするのであれば排除するまでです。忠告しましたからね?それではごきげんよう」
オース支部所属 黄ランク冒険者 フルーの言
アダムが最後に会っていた冒険者の一人、言動から分かるように狂信的な感あり。
要監視対象を強く推奨。
「アダム様の行先?あたしらに聞いても分かんない…ですね。フルーにも聞いた―ーんですよね?ならそれ以上の情報はないですよ。ん、この指輪と首飾りですか? アダム様から頂いたんですけどたぶん凄い物…なんですよね?元々はただの村民なんで…へへへ」
オース支部所属 黄ランク冒険者 レッタの言
アダムが最後に会っていた冒険者の一人、フルーとパーティを組んで居ながらこちらは理性的だが、情報収集先としては次点。
「フルーちゃんとレッタちゃんに聞いても分かんないことをイロエにはわかんない分かんないの。アダム様の事ならフルーちゃんが一番詳しいし熱心なの!フルーちゃんはダメ? あー…良く分かるの…。フルーちゃん一度ダメと決めたら意地でもダメなの。え、好きな物頼んでいい?じゃ、ブルーハーブティーに胡桃のパンケーキにフワトロ卵にホイップマシマシ果物マシマシ黒糖カラメの特盛!!アイスも付けて!んふぅおねーさん良い人なの!イロエに答えられる事ならなんでも聞いて欲しいの! アダム様との出会い? それはねーーー…」
オース支部所属 黄ランク冒険者 イロエの言
アダムが最後に会っていた冒険者の一人…情報を引き出すのは容易いが重要度は低めと判断。
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報告書をまとめ、自分で読み返し頭を抱える。
何だこの脈絡の無さは…提出用はもう少し重点に絞ろう。
数少ない足取りの最後だからと思い接触して見れば収穫はほぼ無いに等しい。
新たに判明した事柄もあるがアダムの懐事情が潤沢に過ぎると謎を深めるだけにしかならなかった。
他の冒険者にも聞いてみたがアダム自身が鳴り物入りでオースに現れ、あれよあれよという間に特色まで駆け上がった。
途中からは金の話ともつじつまが合うため、信ぴょう性は非常に高いと思われる。
「…なぜ、女性、ばかり?」
冒険者という職業を見れば男性が7割を占める。
理由は単純明快で腕っぷしが物を言う場面が多すぎるからだ。
それにいざ…となれば女性は生き残る可能性は高い。
だが、そのために支払うものが膨大に過ぎる。
アダムからの供与と思えば彼女らを特別視しているとさえ思える。
そこから導き出される結果は…
「…情婦?」
しかし、その線も近時の調査で『無し』とされている。
この1ヶ月の調査でアダムのお手付きになったという話は聞かなかった。
オースにも赤ランクのパーティに所属する女性はいるが、その人と関係性、関連性は今の所見られない。
やはりもっと情報を集めなければ。
ポイントが800越えてましたー!
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