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鮮烈なる帰還:後

「私を、帰路に、同行させて、ほしい」


 エネキア王国での最後の朝はそんな波乱に満ちた申し出から始まった。

 着ぶくれして見えるのは修道服の下にあれこれと詰め込んでいるからだろう。

 背中には小さなリュック…背嚢だっけ?も見えるし、それなり準備をしていた事が伺える。


「ちょいノワールや、いきなり行くって言ってもじゃな…特色の移動に関しては一応事前申請と報告の義務があってな…」


「悪い、けど、これは、教会の仕事。私に、拒否権無し」


「ぬぅ…教会と言われてはもう口出しは出来んの…」


「掛け持ちとはいえ嬢ちゃんもかよ。寂しくなるな」


「…ごめん」


 有給申請と似た空気を感じる。

 何にせよ特色でしか対応できない依頼が多すぎるというのも問題だろう。

 後は依頼主との相談だろうが、赤ランクを複数とか引退したベテランを教育役として雇って緑以下を引率して貰うとか。

 短い期間ではあるが私が王都で暮らした感じでは特色の扱いが軽すぎると思った次第だ。

 長年動いている組織の動きに、新参の私があれこれ口を挟んでかき回す訳にも行かないので、エルネティアさんに後でこそっと話すだけに留めて置こう。

 いつ話すのって?

 ……オースに着いたら手紙とかコーウェルさん経由で?


「待たせた。行こう」


 お涙頂戴という訳でも無いが、とりあえず別れの挨拶も済んだらしい。

 今更だが、私に拒否権と言うものは無かったらしい。

 帰るついでだから良いんだけどね。


「では街中だとちょっと騒ぎになりそうなのでここで失礼しますね」


「いやいやいや!その特急便とやらを見るまで帰らぬぞ」


「そうだぜ。アダムの隠し玉なら話のタネとしても抜群だろうしな」


 という事でギルドから馬車を出し、一番近い外門まで来た。

 何か建物の並びに見覚えあるなーと思ったらこの門はコーウェルさんの奥さんと娘さん…メリーベル嬢を助けたときにアレコレあってぶち抜いた門じゃないか?

 以前は厚みのある板材を組み合わせた2枚扉の門だったが…鉄の格子が追加されていた。

 もしかしなくても私のせいかも?

 流石にこれは体当たりであれは壊せない…かもしれないな。

 門番の衛士が馬車の中を確認しに来たようだ。


「失礼します。身分証明と行先、目的を提示願います」


「ん」

「…」

「ほれ」


 皆が自らのピアスであったり、認証書を見せる。

 私も習ってアイテムボックスからライセンスを取り出した。


「拝見致します…!? 純白…銀、虹!! それとギルドマスター……! 失礼いたしました!目的をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「何、ただの散歩じゃよ。ちょっと外の空気を吸いたいと思ってな。すぐ戻るゆえさっと通しておくれると助かる」


「ハッ!直ちに」


 戻った衛士は伝声管のようなもので開門を伝えているのだろうか。

 ちょっと衛士達の動きがあわただしくなった。


「それにしてもなりすましって無いんですかね?」


「なりすまし?何になるんじゃ?」


「いえ、例えばですけども金髪にして身なりを整えて、良い剣を持って『俺が金の剣聖だー』とか」


「そんな事する馬鹿はここんとこ見た事ねぇなぁ」


「…右に、同じ」


「昔はいくらでもあったのぅ。今でこそほぼ無くなったがな…門も開く迄時間もあるしちょっとだけ語るかの」


 馬車の窓を少し開けると外の喧噪と空気が流れ込んでくる。

 如何に移動用の乗り物とはいえ、狭い所に4人は流石に少し蒸していたので心地が良い。

 そして若干アンニュイな表情でエルネティアさんが語りだした。


「あれはざっと100…いや、150年…。まぁ、結構前じゃが当時の特色は5名くらいじゃったかな。黒と灰は今と変わらずで、純白も3代前くらいで他は紅と…ってメンツはどうでも良いな。あの当時もな、ライセンスとピアスなりアクセサリーの付与という意味では変わっておらん」


 懐からキセルのようなものを取り出して口に含む。

 煙草では無いのか、火もつけずそのまま香りを楽しんでいるようだ。


「今でもじゃが…当時で言えば黒…暗黒のエリンズと言えば泣く子も黙るどころか、盗賊だって裏社会の連中すら裸で逃げ出すほどじゃった。その皆が逃げ出すほどになった理由になるんじゃがな、とある冬の暇を利用してエリンズは里帰りして王都にいなかったんじゃ。そこにエリンズを名乗る者が現れたのじゃ。ワシも報告でしか見なかったが見た目こそエリンズにそっくり。じゃが弓の腕はお察しという体たらくで特色の名前を使っていろいろと美味しい目を見たようじゃが、その後に途轍もない地獄を見たらしい」


「…地獄ですか?」


「死人に口は無いが生き地獄という言葉が相応しいじゃろうな。噂を聞きつけたエリンズが王都に戻るとすぐに偽物狩りに出かけたそうじゃ。偽物エリンズを筆頭に人種が4人、耳長が2人、亜人が2人のそれなりに腕の立つごろつきの寄せ集めだったらしい。奴らも本物が戻って来たと聞き、身支度も早々に王都から逃げ出した。だが逃げた先が奴らの命運を分けたと言ってもいいじゃろ。寄りにもよってそ奴らは森に用意した隠れ家に身を隠した。短慮じゃよなぁ…森に生きる耳長から逃げる為に森に逃げるなぞモンスターの口に入るも同義じゃ」


 地獄という言葉と暗黒の二つ名になった理由を思い出すとスプラッタな予感しかしない。

 暗黒の由来は―――。


「足元っちゅーのは案外見えないもんだ。森が得意な種族だからこそ…って裏をかくつもりだったのかもな」


「今となっては分からんがな。ともかく奴らはモンスターの口に飛び込んだのじゃ。奴らの痕跡を見つけたエリンズは一晩中どころか昼夜問わずに奴らに付きまとい、一人ずつ、容赦なく仕留めていったらしい。およそ1週間ほど、偽物を演じた者は特に容赦なく追い回し、痛めつけ…本人の報告だから脚色もあるかもしれぬが、発狂させるほどだったとか。確か…こんな感じじゃったぞ」


『初 日・夜 人種2名を仕留めた。気づかずに死ねただけ幸福だろう』

『2日目・朝 移動の為に出て来た犬型亜人1、人種1をやった。追跡に気づいたはずだ』

『3日目   用心深くなってきたがまだまだ甘い。今後を考慮して耳長2を仕留めた。同族殺しは少々胸糞悪い』

『4日目・夜 逃げ出した人種を狩った』

『5日目   偽物の私と虎型亜人のみだが、仲間割れをし始めたから先に虎型を黒く染めてやった。偽物は糞尿を垂れ流しながら逃げている。追跡は容易だ。もっと逃げろ、後悔する時間はたっぷりくれてやる』

『6日目   仲間もおらず、物資も無く疲弊が見える。耳長だというのに森の暮らしに慣れていないようだ。軟弱者め』

『7日目・朝 降参すると喚き散らしている。降参するぐらいなら最初からやるな。左手の指のみ落とした』

『7日目・昼 気力も体力も限界なのか朝から移動していない』

『7日目・夜 森の獣が餌を求めて寄って来た。寄る端から射る。そいつは私の得物だ』

『8日目   雨。少し移動しようとしたので右目を―――


「もういいです!充分です!」


「そうかの?」


「うえぇ…あの婆さん、厳しい弓の師匠くらいにしか思ってなかったがこりゃやべぇな」


「…陰惨」


「まぁ、そんな訳でな、偽物は凄惨な最期を遂げた事と当人が存命な事から、"騙ると黒が来る"というのがいつの間にか定着した訳じゃ。あれ以来は名を騙る詐欺はかなり減ったのぅ」


 システムで防止する訳でなく、暴力での抑止力か…。

 当人が長命かつ存命だからこその荒業だな。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ…


 長話のお陰か門が開くまで退屈しなかった。

 気持ちいいかどうかは別としてね…。








「このくらい離れれば良いじゃろ?」


「恐らくは大丈夫です」


 門を出る事15分ほど、まだまだ街道沿いだし門も城壁も見えるが人影は無い。

 ここならば左程問題になる事も無いだろう。


「それでは呼びますね」


 『来い』と念じれば足元に魔法陣が以下略。

 ハチの時とは違い形成されるシルエットは大きく、横に長く広がってゆく。

 光が収まるとそこには太陽光を浴び、眩い程に艶めく白銀の毛を持った、巨大な狼が立っていた。


「よーしよしよし。よく来たな~」


 ここぞとばかりに首の周りをわしわし、もふもふする。

 ぎゅーっとしても獣臭さは無く、毛の量も相まってむしろ干したての布団の様だ。


『うぉぅ、うぉぅぅ』(ハチも向こうに帰って暇だったぞ、ご主人!)


「ちょっと呼ぶまでいろいろあってなー、ごめんなー」


『うぉぉん』(もうちょっと撫でてくれたら許す)


「そーかそーか、よーしよしよし」


「…あ…アダム…君? ソレは何だい?」


「……そいつ…危険は、ねぇのか?」


「…フェン、リル…!?」


「私の召喚獣の1体ですから安全ですよ。ほら、この通り」


 今度は真正面から顔をわしわし、喉をごしごしして存分に甘えさせる。

 モンスターのフェンリルもいるらしいので皆さんは恐らく警戒心がマックスなのだろう。

 アルミレオさんは腰の短剣に手を掛けているし、ノワールさんも懐にある何かに手を伸ばしている。

 安全である事をアピールするために存分にスキンシップせねば。


「言葉は話せませんが意思疎通は出来ますので、例えば…」


 アイテムボックスからザ・骨!と言わんばかりの物を取り出す。

 先日の調査時にゲットしていたスケルトンの素材だ。

 それを思い切り投げる。


「そら、シロ! 取ってこーい!」


 思いのほか本気で投げたために2、300メートルでは効かないくらい飛んだ。

 そして即座に視界から消えるシロ。

 音と風を置き去りにし、走り出した部分の地面が少々えぐれていた。


「…規格外って…何じゃろうなぁ…それともこれは白昼夢かのぅ」


「大丈夫だ。ちゃんと痛みはあるし、幻術系の技でも魔法でもないぞ…」


「…常識、壊れる」


 シロが戻って来たのは物の10秒足らずでちゃんと投げた骨を加えていた。

 むしろかみ砕いてぼりぼりと食していた。


「…って感じでこの子の俊足を使って帰ろうかと思っています」


「はぁーーーーーーーーーーー………」


 露骨なまでの大きい溜息のエルネティアさん。

 常識外ってのは何となく把握していたが、あまりにもな反応じゃない?


「ばっかもぉぉぉぉん! そんなの許可できるかぁぁぁぁ!!!」


「あのなぁ…本物かどうかは置いといてもフェンリルったら伝説どころか空想上だぞ? ガルムやレッサーフェンリルだって大騒ぎなのにそれ以上? 本気で他国同盟でも出来るぞ」


「…敵なら、教会も、総動員…」


「そんな強大な奴を召喚って…しかも馬代わりとか…はぁ…」


 結論、めっちゃ怒られたので馬車で帰ることにしました。

 シロはまた管理者の間でお留守番です。


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