ノワール先生の楽しい講義
この教会は私の聖域。
何者にも侵されぬ、侵させぬ私の今持てる限りの全て。
所属を同じくする権力の貉共にも邪魔させぬ私の寄る辺。
言い忘れた。
私はノワール。
この教会の主にして、冒険者ギルドにも登録している変わり者。
腕はそれなりと自負している。
今日の話は私の教会への来客について少し記録を残す。
私の聖域を犯す者にはそれ相応に痛い目を見てもらうが、今回ばかりはなるべく丁寧に、ある意味で先輩として対処する。
現段階では『推定敵』であるが、私単騎では勝ち目が万が一から皆無と予想される。
つまりは挑むだけ無駄。
また、相手の意を汲む目的で会話をなるべくそのまま残す。
では、開始――
「ようこそ、私の教会へ…歓迎します」
「お忙しいところお邪魔してしまってすみません…あ、これは焼き菓子の詰め合わせです。皆さんでどうぞ」
「…甘い物?」
「ウチの…家族にも好評なので、皆さんにも是非気に入って頂けるかと思いますよ」
「そう、なら貰う」
家族とは誰の事だろうか。
簡易調査では血縁関係は今の所不明との報告が上がっている。
本拠地であると目されるオースに居るのであれば良い交渉材料になりそうだ。
これで奴らより更に一歩先んじられる。
「で…回復魔法、何が、聞きたい?」
「お手数ですが初歩の初歩から伺えれば…何分と浅学なもので、碌な師にも仕えられず常識に疎いと色々な方から言われる始末で」
また、新しい情報。
亜人種含め、荒事の社会における頂点と言っても良い特色クラスの技量と魔法を独学で?
誰にも師事していない?
あり得ない。
嘘にしては幼稚で白々し過ぎる。
では真意は?
教会か私の調査か?
もしや教会が敵対行為に及び掛けている事を察知した?
チッ、この場では情報不足と推測が多すぎる。
情報を得る絶好の機会だが表面上だけでも取り繕ってさっさと帰って貰うべき。
「…そう。ならこっち」
教会に併設された教室へ案内する。
この教室は孤児達から才気のある者を選抜するための物であり、各地の教会には同様の設備が備わっている。
ここならば他の目も入りにくく、魔法の演習などもあるので多少暴れる事があっても被害は抑えられる。
何よりも黒板があるので教えるのが楽だ。
「あまり、他人に教える機会、少ない。慣れてない」
「こちらが教えを乞う立場ですので、思ったままに進めて下さい」
「…わかった」
いつの間にか机に座った彼の手元には紙とペンだろうか?
…とても白い紙だ…恐らく特上品。
ペンも羽でも木炭でも無い。
どんどんと新たな情報が転がり込んでくる。
「回復魔法は教会関係者、高位の神官だけ使える。流石に分かる、よね?」
本当の意味で初歩の初歩というよりも常識の部類。
その辺の子供でも知っている話だ。
「へ~」
真剣な顔で紙に書いている。
…あの言葉は嘘でも何でもなく、彼に関しては『常識』という概念を消し去らねばならないかもしれない。
常識はずれな近接戦能力に魔法と聞いて大司教の一人は『常識の定義を変える』と言っていたが同様の意味で常識を壊しながら話さないといけないかも。
あと書いている言葉が王国語でも亜人の部族語でも耳長語でも無い。
読めはせずとも大体は大陸のどこの国のものか、どの部族のものかという知識はあるがどれとも当てはまらない。
「…それ、どこの言葉?」
「あー…えっと…私の故郷の言葉です」
故郷…家族の言からもオースの近辺だろうか。
しかし、北部にあのような言語が存在するとは聞いたことが無い。
教える立場の私があまり踏み込んで余計な警戒心を植え付けてしまうのは不味い。
あくまでも興味ないという体裁を整えなければなならない。
「そう…じゃ、次。高位の神官しか、使えない、理由…分かる?」
「…分かりません」
「信仰の力、これ、使うには、一定以上、の力が必要」
「高位の神官…つまりは祈られる立場に居る。そして高位になるほど祈られる力が集まる。そして使えるようになる…」
「…そう。誤差は、あるけど大体は、司祭が目安」
理解は早い…?
以前に他の大司教連中にも報告したが、彼の信仰力は異常に過ぎる。
私はおろか、現枢機卿クラスに匹敵し、数日見なかっただけで若干だが力が増している。
このままの推移では半年と掛からず法皇すら超える可能性も充分にある。
…信仰の力を行使するには既に余裕過ぎる力を持っている。
であれば、もしかして回復魔法を習いに来た…本気で教えを請いに、という線もありえる。
それは許されない考えではあるが…。
「司祭なら、2~3日でヒール1回、司教はその倍、大司教…私なら、その上も使える」
しきりに紙に記録している。
時折、独り言と思われる呟きが漏れている。
「マジかー」とか「うそん」とか…ちょっと意味は理解しかねる。
「質問いいですか?」
「はい」
「回復魔法による治療とポーションによる治療の違いに差はあるのですか?」
「…得られる結果、に差はない。違いは経過」
回復魔法の原理に関しては詳細な解明がなされていない。
原理の解明は神に唾吐く行為として、神の僕は粛々と力を借り受ける事が美徳とされた。
その為、使い方と得られる結果が延々と伝えられて来たに過ぎず、それも一定の例外を除けば教会関係者に限られる。
ここでこの件を説明すべきか、少し迷った。
だが、それは誰が話すかの違いだけで何れ自分でたどり着くのは目に見えている。
彼も特色というある意味、特権階級に片足を突っ込んだ身であれば様々な人脈が付いてくる。
つまりは体裁の為に答えても問題に成り得ないということ。
「ポーションの中身、回復薬。つまり薬、体を元気にする。結果、体が治る」
「ふむふむ」
「ヒール、体を、元気にする、ちょっと違う。体を元気な時に戻す魔法」
「…え?」
「私は、そう教わった。それ以上に、説明できない」
教会の司祭となった時にそう教育された。
それ以上でもそれ以下でもない。
ヒールを覚え、初めて使った時の感動は今でも覚えている。
なんせこの手が、指が生えたのだから。
「ヒールは、1日分くらい、戻って回復可能。その上は1週間。その上、は1か月?」
「…最後は疑問形ですか?」
「使えるの、法皇猊下だけ。見た事はある、けど詳細、知らされない」
「そうですか…」
彼が何を思ってこの話を聞きに来たのかは知らない。
先ほどからペンが動いていない。
聞いた話が衝撃だったのか、想定外なのか、彼の常識は本当に分からない。
「もう一つ質問いいですか?」
「…どうぞ」
「例えば健康な人にヒールを掛けたら意味はあるのですか?」
「…? 意味無い…かな?」
「実験した前例は無いのですか?」
ここにも彼の常識が破綻している場所があった。
教会は無償の奉仕を行う存在ではない。
神に使える身でも腹が減るし、王国民として暮らす以上は税もある。
「ヒール1回、相場、金貨10枚。無意味な実験、高価すぎる」
「ハイヒールならもっと…エクスヒールならば天井知らずという所ですか」
「……王族か教会の緊急時、のみ。金額は法外」
何故法皇猊下しか使えず、王族の一部にしか伝えられぬヒールの最上位を知っている?
特色という地位から色々なツテが生まれるのは必然…にしては情報の流れ、持っている情報が見えなさすぎる。
これ以上情報を流してはこちらが流し過ぎる可能性が大きい。
さっさとこの講義を終わらせなければならない。
「そろそろ、終わってもいい? 用事ある」
「あぁ、最後に一つだけ聞かせてください」
「…何?」
「教会の奇跡…ヒールでも薬でも秘術でも何でも構いません。死んだ者を生き返す事は可能ですか?」
「…そんな奇跡、存在しない。出来れば、もうそれは、神に等しい」
馬鹿馬鹿しい。
おとぎ話であれば復活の奇跡や神の祝福――というのはある。
だが、物語と違って現実では人が生き返る事はない。
死んだら、そのまま死ぬか、死に返ってモンスターとして処理されるだけ。
「そう…ですよね。死んだ人を生き返らせる事なんて不可能ですよね…」
だが、いくら常識知らずとしても、先ほどの質問への私の回答にしても…彼は、いや、奴は口調こそ落胆しているように聞こえるが顔が、雰囲気が物語る。
奴は人が生き返らないと聞いて当たり前とも思っていない。
もしや教会でも知らない生き返りの方法に心当たりでもあるのか?
「…生き返り、仮にあるなら、世界の秩序を乱す。権力者、放っておかない」
「死から逃れられる…つまりは永遠の命。もしかしたら…これは私の想像でしかありませんが、回復魔法と併用出来れば永遠に近い若さを保つという事も可能ですかねぇ?」
これが奴の核心?
ヒールを健康な人に掛けるという常識外の考え方。
人を健康な状態に戻すという事であればハイヒールならば1週間ほど戻る。
エクスヒールならもっと戻る。
「……若くなる…?」
「ま、これは単なる私の疑問です。そんな金貨10枚でヒールを貰った所で1日…もっと高価なハイヒールでも1週間足らず…定期的に掛ければ効果はあるでしょうが、1度や2度では実感も得られなそうですね」
「……そろそろ、仕事、戻る」
「おっと、最後と言ったのに色々と結構引き留めてしまって申し訳ないです。有意義な話が聞けました。代わりと言っては何ですがもう少しは王都に滞在しますので困りごとがあればお声かけ下さい」
「…分かった。貸し、覚えて置く」
広げた紙やらを懐へ仕舞い、慇懃無礼に頭を下げて教室を後にする。
早急にまとめるべき情報が溢れている。
普段の仕事なぞ部下の司教に押し付けて部屋に籠ろう。
きっと今夜は徹夜だ。
――了。
以上、記憶からの再生を終了。
権力の貉共へは抜粋して報告とし、この文書はノワール大司教の名の元に第1級封印とする。
同時にノワールによる魔力鍵を無しに開封した場合、文書の消滅も合わせて追記する。
記憶の再生と書き出しは思ったよりも体に疲労を残す。
窓から見える空も少し白んでいる。
「…疲れた。」
いつの間にやら夜食と思われるお茶と菓子が置いてあった。
集中し過ぎていたせいか気にも留めなかったらしい。
奴…アダムが持ってきた焼き菓子、甘いという話なので疲れた体には丁度良いだろうと、一つ摘まんで口に入れる。
見た目は赤に緑に白と色とりどりで歯を立てるとサクッと気持ちのいい触感が伝わった。
中には果物を思わせるクリームが入っているようで口内に幸せが満ちる。
「…甘い…」
すっかり冷めたお茶で喉を潤し、次に手を伸ばす。
今度は違う果物の香りが広がる。
「あ…この焼き菓子、美味しい、も追記しよ」
当物語では目安として以下のように解釈下さい。
法皇 :会長
枢機卿:社長
大司教:部長
司教 :部長付
司祭 :課長
助祭 :課長補佐
副助祭:係長
侍祭 :主任
侍者 :ヒラ
今の所は全役職でる予定はありませんが…。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
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