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動く白い闇

 エネキア王国で新たな特色ランク冒険者、虹のアダム誕生に大いに賑わい城下でも半ば祭り状態となっていた。

 そんな国が盛り上がっている夜に人気のない教会の中で唯一人、神に祈るのは黒髪の乙女。

 名前も知らない巨匠が作り上げたというステンドグラス、その価値やありがたみは知らないがこの窓から入り込んだ月光が七色に変わり、内部を照らす情景は乙女の好みだった。


『時間だ、報告を』


 どこからともなく聞こえるしわがれ、くぐもった声。

 教会内に他の人影は無い。

 しかし、乙女は臆する事も無く問いに答える。


『…確証無し。しかし状況証拠から見るに……黒の可能性、極めて大』


 乙女の口は動いていない。

 教会内に響く声は彼女にしか聞こえず、また彼女が発する声なき声も相手以外には聞こえない。

 念話である。

 本来は数十メートルから長くて熟達した者同士でも100メートルに届くか否か。

 これは教会の秘匿技術で拠点間を繋ぐ長距離の念話通信だった。


『状況証拠の提示を求む』


『物証無し。我が目による確認のみに留まる』


『なんだそれは? そんなものが証拠になるものか!』


『…お主は彼女の目を知らぬと?』


『奴は前任からの交代したばかりじゃ。引継ぎ不足じゃな』


『落ち着け、新参者は少し口を閉じていろ。 詳細な報告を求む』


 脳内に響く声が急に増えたがこれにも乙女は動じない。

 当然ではあるが乙女はこの念話による会話が会議である事を理解していた。

 大陸に散らばる教会の拠点を同時にいくつも結び、定期的に情報共有を行う事で何処よりも優位に立つ。

 情報の有用性を知る事に関しては商人達よりも一歩抜きん出ていた。


『了解、この場では口頭にて報告。後日書簡をもって正式な報告とし、迅速な採決を望む』


『許可する。報告を』


『まず決まった新たな色は虹、力量に関しては未知数。だが現状で判明している分としては同じクラスの金と銀を圧倒とのこと』


『金と銀を圧倒だと!?』


『…予想以上ではあるな』


『予想以上、予想外というのは常に起こりうる。計画の修正をせねばならん』


『…未知数という言葉を各自忘れるな。続きを』


『…金と銀から認められる近接戦闘能力に加え、魔法も使用できるという証言あり』


『な、何だその化け物は…!!』


『正に未知数か…』


『はぁ……常識という定義を変える所から計画変更せねばなるまい…』


 脳内の繋がる先、狼狽える老人共を想像して乙女は薄く笑った。

 いつも上から偉そうに、実際偉い連中はチェス盤の駒を動かすようなつもりで組織を動かし、自らの理と利を高めて来た。

 そんな日常の中、自らの陣地にいきなりキングが沸いてきたなら慌てふためくだろう。

 それが、そんなルール無視の展開が乙女にとって途轍もなく、愉快だった。


『…我々もいい歳だ。この際、心臓に悪い知らせは一気に済ませたい。続きは?』


『有り。これも確定ではないが本人の発言の為、信ぴょう性は非常に高。拠点は北に有り』


『北…目立った都市と言えばオースくらいか』


『ならば使節を派遣し、オース含め、周辺の調査に向かわせよう』


『化け物に直接挑むのは無謀。勝てぬなら周りからの絡め手、定石だな』


『これで先ずは一手という所か』


『あと2点追加有り』


『…続きを』


『対象の信仰力は少なく見ても枢機卿レベルである事、補足して私でも太刀打ち出来ない事も付け加える』


『『……!?』』


 もはや驚き、喚く言葉すら出ない。

 そのために乙女は最大の爆弾を最後まで隠していたのだ。

 内心で「ざまぁみろ」とすら思ってしまう。


『それは…確かなのか?』


『私はただこの目を信ずるのみ』


『邪教が我らと同等の信仰力を持つだと…ありえん…ありえん』


 冒頭にも言った確証は無いが信じるかどうかは己次第。

 この類稀なる信仰を見る力は少なくとも教会に属する者の中に持っている者は居なかった。

 だから教会内で上に上がるのは造作も無かった。

 教会という組織では上に居る者ほど信仰の力を持っている。

 それを有効に使えるかと言われたら甚だ疑問な所だが、組織人としては非常に優秀な証拠でもあった。

 その実情は子羊を騙し、牧羊犬を侍らせ、聖職者の皮を被った豚共だった。

 乙女は力と権力の為に上を望み、豚共は自分らの理にそぐわない邪教の炙り出しに乙女を奔らせる。


『…他に、補足はあるか?』


『口頭では以上。仔細は書簡にて』


『了承。各自、報告と書簡を元に次回までに対策案を提示。異論が無ければこれにて第305回定例報告会を終了する。』


『…』


『…』


『…』


 ふっと脳内に響いていた雑音混じりの繋がりが消え去った。

 異論無しという沈黙の肯定。

 きっとあいつらは慌てふためいて自らに降りかかる火の粉を払わんが為、我先にと情報収集に乗り出すだろう。

 同じ大司教の身でありながら神への敬意で無く自己保身…引いてはただ一つの枢機卿の席を狙って互いを出し抜こうとする仮初の協力関係を結ぶ偽善者とも呼べぬ権力の豚共…と乙女は唾棄する。

 教会内の立場もあることから表立っての足の引っ張り合いは自らの破滅を招く。

 故に他者よりも先に、より良い立ち位置と情報を欲するだろう。


「…現状ならば、私が一番優位。 ここまで来た、焦って死んでは意味が無い」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 それは普段、寡黙な彼女にしては珍しく、他人に決して見せる事の無い光景。


「最高目標は枢機卿の椅子、次点で脱落者の誘発。最低目標は現状維持。……よし」


 少し耳を澄ませば街の喧噪が微かに聞こえる。

 偶には年頃の少女に戻り、この喧噪に少しだけ身を浸してみるのも悪くないかもしれないと思う。

 それぐらい近頃は驚く事が多すぎた。

 そんな事を思いながら純白のノワールは虹色を内包した教会を後にする。


「…果実入りのクレープ、あれば良いな」



第三者視点は書きやすいけど情報量多くなっちゃってバランスが難しい…精進せねば

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