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パーティ

 誤解を恐れずに言うなら死刑執行前の囚人の気持ちだ。

 実際に断頭台に昇った経験がある訳でも無いが、それぐらい気が重いと思ってもらえればいい。

 大型の馬車は揺れも少なく、石畳の上でも振動が気にならないレベルだ。

 もしかしたらウチの村産の板バネ搭載型かもしれない。


「もう一回確認しますけれども、私は礼儀作法を習った事はありませんからね?」


「わぁってるわぁってる。俺らに任せとけ」


「ワシらが誘導するからそれに倣えば問題になる事はなかろう」


 アルミレオさんとエルネティアさんもパーティ用のいつもより煌びやかな恰好をしている。

 トレードマークとも言える無精髭を剃り、髪をオールバックに整えた姿はダンディという言葉が相応しく、こういったパーティにも慣れている感じを醸し出している。

 エルネティアさんもグレーのドレスで派手さこそ無いが背中が大胆に開いていることで妖艶さがかなりのものだ。

 下した髪で隠されているが、「どうじゃ、ワシも中々のもんじゃろ?」と聞かれた時は言葉に詰まった。

 それは「綺麗だ」とか「美しい」とか女性に向ける言葉を私が知らないというのもあるがね…。


「本当に頼みますよ…」


「大丈夫だって。別にヘマしたって処刑なんてありえねぇよ」


 緊張でソレをやらかす可能性だってあるかもしれないんだ。

 加えて常識の差でとんでもないことをやらかさないといいけどね…。







 馬車から降りるとそこは別世界でした。

 輝くシャンデリア、耳に心地の良い楽団の演奏、モーゼが割る海の如く両脇に群がる人々、注がれる大量の視線、フカフカの絨毯…一番近いのはカンヌ映画祭みたいなの(適当)。

 奥に見える王様っぽい人と王妃っぽい人。

 そして慣れない光景に心が死にかけている私。

 少なくとも描写が雑になる程度に精神的な負荷が酷い。

 帰りたい。


「……」


「おい、ぼーっとしてんな。行くぞ」


「とりあえず目線は真っすぐ、しかし国王陛下を直接見てはいかんぞ。目線は少し下げつつ、陛下の一段下で止まって跪くだけじゃ。よいな?」


「はっ…はいぃ…」


 これから歩むであろうランウェイはどこまで果てしなく長く感じる。

 これだけ集まった国中のお偉方と著名人が口を紡ぐ中で歩を進めるのは想像するだけで胃からこみ上げそうなる。

 2人に付いて歩くだけで…歩く…歩く?

 どうやって歩くんだっけ?


「アダム様」


 声を掛けてきたのは赤く、まだ幼げながらも大輪の華を思わせる色合いの少女。

 親譲りのふわっとした真っ赤な髪とそれに合わせた赤を基調にしたドレス…派手目に感じるが上手く着こなしている。

 まだ10代そこそこだろうに、堂々とした振る舞いは私なんかよりも余程大人びている。


「メリーベル…さん。ごきげんよう」


「お久しぶりですわ。アダム様ったら当家に来ても、私に会う時間を中々作って頂けないのでお父様に少し無理を言って連れてきてもらいました」


 エネキア王国のコーウェル公爵の愛娘であり、私に信仰をくれる対象でもある。

 スカートをちょっと摘まんで会釈をする姿はもう淑女と言っても過言ではない。

 方や私は…慣れない事に怯え、何とか型にハマろうと気ばかり焦る始末。


「本当は陛下にご挨拶する前に、声を掛けるのはよろしい事ではないのですが…あまりにもアダム様の笑顔が引きつって見えましたので…ご容赦下さいませ」


「そうですか…それは気を使わせてしまって申し訳ありませんでした。少し、気合を入れねばなりませんね」


 貴族という世界に生まれ、育てられた娘と平均的な家庭に生まれた平民では責任も、教育も、積み重ねられた覚悟も違う。

 それでも男であるならば少しくらいカッコいい所を見せる為に気合くらい入れなくてどうする!

 礼儀?作法?

 足りないのは百も承知だ。

 付け焼き刃で真似た所で猿真似未満だ。

 それならば少しでも堂々と振舞ってやろうじゃないか!


「ありがとう、メリーベルさん。お陰で踏ん切りが付きました」


「ふふっ、いつもの柔和な顔のアダム様ですね。そのお顔の方が私としては大変好みです」


 周りから何を喋っているんだ、陛下の御前だぞ、とヒソヒソ話が聞こえてくる。

 付き添いの2人も空気を読んでか歩みを進めていない。

 今の自分に必要なのは…これだ。


「…フッ!」


 パァァァァァン!と破裂音が響く。

 情けない自分への戒めと覚悟を決める為の一撃。

 きっと音速を越えた頬への平手打ちは予想外に周りをビビらせたようでもあった。


「…そろそろいいかい?」


「顔つきが変わったな。行こうかの」


「…はい!」


 切っ掛けをくれたメリーベルさんには感謝しないとな。





 たかが20メートル、されど20メートル。

 果てしないと感じた道のりも過ぎてしまえば大したことはなく、もはや覚悟を決めた私に怖い物は……あんまり無い!

 少なくとも会社のプレゼンやお偉方の接待くらいでは動じないだろう。

 国王と王妃の前で跪いて頭を垂れる。


「冒険者ギルド王都本部現ギルドマスター、エルネティア・リーン・エリエルサ…お呼びにより参上して御座います」


「冒険者ギルド所属、特色クラス、銀閃のアルミレオでございます」


 え、これに倣うの?

 自分の色を名乗るとかちょっと恥ずかしい。

 覚悟とかどーのこーの熱く語ってた数分前の自分をぶん殴りたい…。


「同じく冒険者ギルド所属、虹のアダムと申します」


 当たり障りのない最低限の名乗り。

 しかし、付き添いの2人は不満だったようで「もう一言!」と小声で諭して来た。

 ええい、ここまで来たらもうやってやるぁ!


「…この度、栄光ある特色クラスに席を置けること。虹を名乗れる許しが得られた事を非常に感慨深く思い、またこのような国中の重鎮の方々の前で陛下にお目通り出来た事を心より感謝致します」


 取って付けたようなおべんちゃら。

 即興の名乗りにしては70点くらいじゃないか?


「苦しゅうないぞ。楽にな」


「市政で噂になっているそうね。その男ぶりな顔を見せてくださいな」


 これは顔を上げてよい、という許可だよな?とぽそぽそと会話し、顔を上げる。

 初めて近くで見る国王と王妃は温和という言葉が相応しい老夫婦だった。

 年のころは70かもっと上だろう。

 真っ白に染まった髪としわくちゃの皮膚…それでも曲がっていない背中は芯の強さを感じた。

 以前にコーウェルさんから「陛下は貴族同士の勢力争いに手を出さない」と聞いたことがあったと思う。

 ある意味で公爵を信頼し、自分は象徴として留まっているに過ぎないのかもしれない。


「あらまぁ…噂はあてにならないと言いますが、確かに…噂よりもよい男ですね」


「そうだのう、この皆の前で自らに活を入れる事が出来る男などそうそうおるまい。流石、コーウェル公のお墨付きじゃ」


「恐縮にございます」


 あ、コーウェルさんの根回しもあったのね…。

 気負い過ぎて損……でもないか。

 いくら肉体が最強でも自分の精神が貧弱ではお話にならんもんね。


「あまり堅苦しくなさらないでね。貴方達はあくまでも任命式の主役なのだから。気兼ねなくパーティを楽しんでちょうだい」


「うむうむ。今後とも民の為に力を奮ってくれると嬉しく思うぞ」


「はっ、お心遣い感謝致します」


 挨拶もそこそこに陛下は立ち上がって一歩前に出る。

 その際に小声でよっこいしょと口に出していたのは内緒だ。


「お集りの皆の集よ、今宵は王国にとって…いや、民にとっての希望ともいえる新たな特色クラスがここに誕生した。民の安寧こそ国を束ねる者の喜びじゃ。まずはそれを祝おうでは無いか!」


 見た目通りと言えばそれまでかもしれないが、手元に強力なカードが来たことを喜ぶ訳でも無い。

 特色クラスとして認められれば一騎当千とはいかなくとも100や200人分の働きは可能だろう。

 それを軍事利用と考えない辺り人が良いのか、平和主義なのか。

 そう言えば…エネキア王国では軍隊らしい軍隊を見ていなかったような気がする。


「「「「乾杯!」」」」


 っと考え事をしていたら乾杯の発声に乗り遅れてしまった。

 陛下らは挨拶が終わると早々に御付の者達と後ろに移動してしまわれた。

 杖を突いたり王妃にも介添えが居るなど足並みが少々怪しく、祖父母を思い出した。


 どうも私を含めエルネティアさんとアルミレオさん、加えてコーウェル公に恐らくは国の重鎮と思われる人が2名…これが玉座に近く、テーブルも一際豪華な事から上座なのだろう。

 他のテーブルからチラチラと視線が飛んでくるが挨拶に乗り込んでくるという気配は無い。

 少しは落ち着いて食事が出来そうだ…。


「貴公が巷で噂のアダム君か。噂は尾ひれ腹ひれが付くものだが実際の所どうなのだ?」


「どう…とは何を指したお言葉でしょうか。強さでしょうか、出回った噂の真相でしょうか?」


「ワシは噂などに左程興味はない。求めるのは強さのみだ」


 第一印象は厳つい武人と言った立ち振る舞い。

 年齢は50前半くらいか、顔や若干除く胸元に見える古傷と筋骨隆々の体。

 公式の…謁見の場であるが簡易的ながらも鎧と帯剣している事、上座に居る事から導き出される事は一つ。


「彼の実力は俺が保証しますよ、ライトン軍務大臣」


 やはり軍務絡み、しかもトップに位置する人だった。

 アルミレオさんとは知己なのかそれとも素か、二人の間は気安い空気だった。


「ほう、貴様が保証するとはな。一度部下の訓練に付き合って貰いたいものだ」


「あはは…私なんかが教えられる事があれば良いのですが…」


「そう謙遜するな。強者とまみえ、死線を感じられるだけでも価値は有ろう。特に若い連中は過去の動乱を知らぬ。王都周辺の雑魚では経験とすら言えん」


「ちょっと前みたいに自信無くして田舎に帰る奴が出なきゃいいがな」


「ふん! それであれば経費も無駄死にも減らせるから一石二鳥というものよ。という訳で時間が空いた時で構わぬゆえ、若い連中を叩きのめしてくれ」


「まぁ…ご要望とあれば…」


 安請け合いしちゃった感あるけども国の重鎮との繋がりは重要だ。

 軍務となればこの世界の一般的な強さという基準も見やすいからこちらとしても結構な利がある。

 考え事を飲み込むようにぐいっと杯を煽る。


「おお、アダム殿はイケる口ですなぁ。ささ、どうぞどうぞ」


「これはどうも、ありがとうございます」


 並々と注がれるワイン…のような果実酒。

 口に含むと仄かな葡萄の香りに渋みに苦みに酸味に…うん、私の好みではない。

 我ながら子供舌だとは思うがこの旨いとは思えない飲み物に大枚を出す気持ちも分かんない。

 でも、ここは付き合いの場だ。


「美味しいですね。味に深みとコク…仄かに香る葡萄本来の香りと少し混じった樽…。年代物ですか?」


「流石お目が高い!陛下の計らいで年代物の何本か許可が出ましてな。その1本ですぞ。その価値なんと――」


「レフティヌス財務大臣殿、客人の舌を金貨で楽しませるおつもりか?」


 満を持して登場のコーウェルさん…いや、この場では公爵付きで呼ぶのが正しいかな。

 ついでに私に酒を注いでたのは財務大臣かよ…。


「いやはやこれはお恥ずかしいですな。どうも日頃から金貨を相手にしているとどうしても尺度が…ですな、はっはっは」


「それは仕方のない事ではありますが、偶には書類と金貨ではなく王都内の物流でも視察なさっては如何ですか?そうすればその裕福な腹も少しは引っ込むというものです」


「いやはや公に言われては中々厳しいですな」


 コーウェルさん、いやコーウェル公っょぃ。

 今やエネキア王国内の約1/4くらいを公爵家のみで支えているとか居ないとか…もしそうならかなりの権力は持つしお金もがっぽりということだ。

 国の舵取りを担う人からすれば無下にも出来ず、かといってやり過ぎて他国に逃げられると超困るという難しい相手だろう。


「そもそも酒の味わいと言うものは―――」


 あー、これは私も逃げられん奴だ…。


ポイントが地味に伸びてて嬉しいよ!

感想も気兼ねなく送ってくれていいんだよ?



懐かしさでラグナロクマスターズ始めました。

自分がBOT狩り出来るとこんなに楽なんだねぇ…


2019/6/20 誤記修正

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