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とあるバーでの話

ちょっと視点と描写が入り乱れています。分かりにくかったらごめんなさい。

「糞ッ!糞ッ!糞ッッッッ!!」


 金の剣聖カインドはエールを一気に流し込み呪詛を吐き捨てるとジョッキを叩きつける。

 如何にジョッキが木製で樽を模した造りとはいえ、力いっぱい叩けば寿命を急激に速める事になる。

 バーのマスターの眉間が少々皺を寄せるが相手が上客中の上客という事もあり、態々いらぬ言葉で刺激するのも藪蛇と黙々と片付けに勤しんだ。


「……次はもっと強いのをくれよ」


「坊主、ヤケ酒は体に悪いぞ。少しペースを落とせっての」


「……」


 肯定とは取れない返事に銀閃のアルミレオは隠すことなく大きなため息を付いた。

 それもそのはず、と多少なりとも年長者でもあるアルミレオは若手の愚痴を聞くために馴染みのバーに誘ったのだ。

 こじんまりとはしているが落ち着いた雰囲気に上物の品揃え、何よりも隠れ家的で、あまり客が多くないのが好みであった。


「…蒸留酒でございます。非常に強いお酒ですので軽く口に含む程度でご賞味を。またこちらの水と交互にお飲みください。余韻を楽しむことに加え、悪酔いを抑えてくれます」


 マスターへのお礼とツマミを頼みつつ、アルミレオはこれだけカインドが荒れる原因を素直に言うべきか悩んでいた。

 強さという点に於いてほぼ成長しきっているが為に精神の成長が追い付いていない。

 理解をさせる事は出来ても納得させるのは非常に困難に思えた。

 言葉をひねり出すのに躊躇し、とりあえずは喉と唇を潤すという選択肢を選び、マスターに指摘されたように酒を軽く口に含む。


「…ん!? ……くぅ~!強い!だが旨いな…」


「………!! ……ゲホッゲホッ!」


「あーあー、少しずつやれっていわれたろーが。酒に合った楽しみ方を覚えないと良い大人になれんぞ」


「ングッ…ングッ…ぷはぁ……酒なんて嫌な事を忘れる為に飲むもんだろうが…旨いと思った事なんてない」


「あちゃー…そりゃ勿体ない」


 傍から見れば親子にすら感じられるほどの年齢差。

 しかし、両名共に特色クラスに席を置く冒険者のトップに位置する者だ。

 多少なりとも酒も入り、喉も潤った所で今日の本題を切り出す事にした。


「で…坊主、お前のことだから俺が誘った理由くらい察しは付いているんだろ?」


「……あの無様な負けの慰めだろ…」


「当たらずとも…ってとこだな」


 仄かに口内に残る香りを楽しめないのは成長しきっていない体故か、大人としての未成熟な精神か…。

 もう一口、酒を味わい、余韻を楽しみつつ次の言を口に出す。


「坊主、お前は…冒険者になって何年になる?」


「…大体5、6年かな」


「はぁー…才能が羨ましいねぇ…。俺ぁ今年で30年だ…そろそろ引退だって考えてるよ」


 カインドも自分の才能に自惚れている節はあるが実力と才能はピカイチだ。

 今度はゆっくりと蒸留酒を飲んでいるが口に含む度に眉間に皺を寄せて「苦い…」と呟いている。


「で、その冒険者になって…いや、なる前からでも良いが…負けたと、コイツには絶対勝てないと感じた事は何度ある?」


「一度だって無い」


「……自慢じゃないが俺ぁ数えきれない程あるぜ。最初は確か―――」


 何のことは無い年寄りの「昔は~」ってやつか、とカインドは自ら注文した飲みやすい酒、果実酒に手を伸ばした。

 分かり易い人だ。

 要は冒険者のトップクラスに居るとはいえまだまだ挫折、敗北を知らない若造に負ける悔しさを知れと。

 それを糧にすればまだまだお前は伸びしろが有るという話だ。


「―――ってな感じだ。だからよ、俺らはあくまでも『冒険者』としてのトップに過ぎない。人の手に負えないモンスターだって発見されてないだけかもしれない。王国の騎士団はそうでもねぇけど今回のアダムのように隠れた猛者ってのもいる。常に相手が自分より勝る可能性を考慮して戦えってこった」


「……昔、同じような事を言われたよ。まだ冒険者にもなっていないくらいの駆け出しだったけどね」


「へぇー、中々の経験を持った人がいたじゃねぇの」


「…時にアルミレオさん。初めて武器を握った時の感覚を覚えていますか?」


「あぁん? 初めてか……漠然とだが重いとか冷たいぐらいじゃねぇか?」


「僕はね。腕が伸びたと感じたんですよ――――




 誰しも子供の頃、木の棒を振りかざし冒険者ないしは騎士、剣士ごっこに興じた事があるだろう。

 それは僕も同じだ。

 僕が初めて違和感を感じたのははっきりとは覚えていないが5歳ぐらいの時だったと思う。

 前述した周りの友達とのごっこ遊びの最中だ。

 長さ1メートルほどの木の棒を握った時に腕が伸びたかのように錯覚した。

 不思議なことに誰も棒を持った僕に勝てなかった。

 棒を持った僕の前に立つと不思議なことに相手がどう動くか、どう打ち込んでくるかが見えるんだ。

 最初こそ錯覚と思ったけど2度、3度繰り返し…年齢を重ねる内にこれは僕に備わった才能と確信した。

 そしてその才能は剣や棒を持った時にしか発揮されないという事も知った…何も無いと相手の拳を避ける事すら出来なかった。

 その後は反撃して2度と逆らえないようにしたけどね

 人口が1000人程度の小さな町だったが僕は若干10歳ながら無法者、不良者、ならず者…おおよそ真っ当な道を歩んでいない者達をまとめ上げるまでに成長した。

 だが僕は無法者の頂点に立ちたい訳でも無いし、この町で一生を終えるつもりも無い。

 そして僕は12歳になった夏、つまらない日常に嫌気がさし町を飛び出した。

 僕は荷物…と言っても愛用しているロングソードと最低限の賃金を持って2つ離れた街へ向かう。

 確かあの街には冒険者ギルドがあったと聞いたからだ。

 それに…もうあの町では『ワクワク』しないからね。




 冒険者ギルドは思ったよりも微妙な感じだった。

 中は薄暗く、荒事を生業にするのを体現したような繊細さとは程遠い輩がテーブルを囲んでいる。

 昼間から飲んでいるとは暇なのかな?

 えーと受付は…あの暇そうに爪を磨いている若作りの人だろうか?


「美人のおねーさん、冒険者になるにはここでいいの?」


「あらあら…可愛い僕ちゃんだこと。でも君のような子供じゃ冒険者になるのはまだ早いわヨ?」


「早かろうと遅かろうと、僕の将来を決めるのはおねーさんじゃない」


「小生意気ね、死んでも知らないわヨ?」


「大丈夫。僕、強いから」


「自信過剰な坊やは多く見て来たけど君はその中でも飛び切りネ。そこまで言うなら試験を受けさせてあげるけど、大けがしてもギルドで責任は持たないからネ?」


「そう来なくっちゃ」


「おいおいおい!僕ちゃんよぉ!冒険者を目指すにはちょびーっと早すぎやしねぇかぁ?」


 テーブルで飲んでいた冒険者っぽい奴らの1人が声を上げた。

 歳の頃は30台前半の無精ひげ…身のこなしは下の下、装備は下の中って所かな。

 うだつの上がらない奴はとりあえず相手の上位に立ちたがる。

 それは冒険者もならず者も変わらないと見える。


「何?おっさん…邪魔しないでよ」


「おいおい、冒険者に夢見る若者の守る為に助言してやろうというのに…それに俺はおっさんじゃねぇよ。まだ30そこそこだ」


「僕より弱い雑魚に教わる事なんて何も無いね。大人しく酒でも飲んでれば?」


「僕ちゃん…その飲んだくれはネ、一応冒険者の端くれ。経験は人一倍ってとこかしらネ。まぁ、貴方の未来の先輩になるかもしれない男ヨ? 先輩を敬えない人に未来は無いわねぇ~」


「なぜ僕よりも弱い雑魚を敬わなければならないの?」


「ぎゃはははははは!新人未満に雑魚扱いされてらぁ!」

「万年黄ランクだもんなぁwww」

「それはお前らもだろうが!!」


「…そこのテーブルの誰1人、僕が敬えるほどの強さでは無いね。他に敬える点があればいいけど」


「僕ちゃん…万年黄ランクとはいえ、人並み以上に戦えるのヨ? あんまり挑発は…」


「いい度胸だな、新人未満野郎…エカテリーナ!試験やるんだろう、俺が相手になってやるぞ!!」


「ビスティオ…まぁ、誰かに頼まなきゃいけないからいいんだけどさぁ、やりすぎないでヨ?」


 受付の若作りおばさんがエカテリーナさんで万年黄ランクのリーダーっぽい無精髭雑魚がビスティオか。

 他の飲んだくれチームは…覚えるまでも無いや。

 試験は戦闘っぽいし、相手があの雑魚なら合格も余裕かな~。






 冒険者ギルドの裏に併設された簡易闘技場…という名の整地されただけの広場。

 割と大きい街の割に冒険者ギルドにいた人数は少ない。

 名ばかりの試験…私闘の見学者は受付さんと雑魚PTの飲んだくれ2名。

 僕と対峙するのは無精髭雑魚の…何だっけ?


「おい新人未満!今なら土下座すれば腕一本ぐらいで済ませてやるぞ!」


「んー…何だっけなぁ…」


「おい!クルァァ!! 聞いてんのか!?」


「五月蠅いなぁ…あんたの名前を思い出そうと頑張ってるんだから雑魚の癖に邪魔しないでよ」


 僕自身、発言が挑発とは思っていない。

 だって名前を思い出せないのも雑魚なのも事実なんだから。


「…いい度胸だ。その度胸に免じて両腕、両足の骨と髪の毛丸刈りで勘弁してやるよ…!!」


 相手の印象が少し変わった。

 怒気が薄れてほんの少しだけど殺気を感じる程度には。

 町にいた頃は殺気を感じることなどほとんど無かった…それだけでもこの街に来た甲斐がある。


「へぇ…雑魚は撤回しようかな? 5…いや10秒は楽しめるかも」


 相手との距離は歩数にして4歩、踏み込めば一瞬だ。

 雑魚と呷られ、秒殺宣言にもう我慢が出来なかったらしい。

 僕が腰の木刀に手を掛けるとそれを合図にビス…ピス…ピスタチオ?――が木刀を上段に振りかぶり駆け出した。




 遅い…。

 行間を感じさせるほどに遅い。




 殺気を出せるほどだからもう少し出来るかと思ったけど論外だ。

 ゴブリンやコボルド程度の有象無象レベルが相手であればその振り下ろし程度でも何とかなるだろう。

 愚直な振り下ろし…半身をずらすだけでどうとでもなる…なるが、それでは面白みも何もない。

 ちょっとだけ力の差を見せようか。







― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 



 当たらない。

 当たらない。

 当たらない!

 どれだけ踏み込んでも、肩を狙っても、胴を狙っても…多少汚く蹴りや肘を流れに組み込んでもかすりもしない。

 涼しい笑みを浮かべながら踊る様に、俺の剣を掻い潜る。

 もう何回撃ち込んだか分からないが呼吸が続かない。

 最初は「何やってんだ!」「しっかり狙え!」など野次を飛ばしていた仲間も静かになったという事はやっと理解したのだろう。

 まだ中堅とさえ言えない黄ランクだがそれでも、何年と過ごし、それなりには戦えるという自信はあったんだ。

 幼い子供が危険な道に入る前に諫めて家に返そう、というちっぽけな親切心も混じって喧嘩腰で声を掛けたのは認める。

 しかし、世界は残酷だ。

 俺の年齢の半分以下であろうこの子供は既に俺よりも遥か高みに存在している。

 対峙した俺自身が一番分かる。


「随分息が上がっているけど大丈夫? そろそろ準備運動にも飽きて来たんだけど」


 傍から見れば相手を煽る言葉ではあるが、当人達にとっては純然たる事実…俺の力量では『今のまま』では後何百回狙おうが当たれないのは明白だ。

 子供相手、試験という名目の練習試合ではあるが流石にここでぼろ雑巾未満で終われないというプライドぐらいはある。

 幸いなことに相手は俺を舐め腐っているからそこに極僅かだが勝機がある。

 向こうが手を出してこないのをいい事に息を整え、最初で最後の手段を出す。

 もう子供相手に本気を出すなどという汚名なんぞ糞喰らえだ。

 自分より遥かに強い相手に本気を出して何が悪い!


「……スゥ…ハァ…スゥ…ハァ………"加速"!!」


 魔法とは違う技術に分類される技…魔法と違って魔力に頼らず後天的な努力で誰でも使用可能だ。

 だが欠点も多い。

 肉体に可能な限りの負荷を掛ける技が非常に多く、回数に限度がある。

 俺みたいな凡人中の凡人はこの1つの技しかまだ使えず、回数も1日1回が限度…無理をして2回使おうものなら最低でも翌日の筋肉痛程度から最悪で腱の断裂もありえる諸刃の剣だ。


 余裕を噛まし過ぎて相手から目線を外し、欠伸まで――隠してきた奥の手…視界から色が消え、全ての動きがゆっくりになる。

 踏み込み3歩の距離をゼロに、今こうして瞬きする間にも俺の木剣がアイツの肩を打ち据えるだろう。

 練習試合で本気を出すなんて大人げない…10分前の俺であればそう思っただろう。

 せめて、せめて一撃入れなければ俺は―――




― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 








「がぁぁぁぁ?!!」


 ちょっとだけ驚いた。

 あーゆー自分の能力を爆発的に上げる技術があるっては聞いていたけど周りに教えてくれるような人も使える人もいなかったし…それを体験できただけでも収穫アリだ。

 窮鼠猫を噛むだっけ?

 驚いてちょっとだけ本気で腕を打ち払ったら右の前腕が真ん中あたりでぷらーんってしている。

 あれだけの速度を出していたなら木剣を通り道に置いておくだけでも充分な破壊力になりそう…勉強になるなぁ。


「それで、もう終わり?」


「ぐっ……ざけんなよ……まだ右腕だけ、だろうが…!」


 額に脂汗が浮かんでいる所を見ると相当痛いのを我慢していると思うけど思ったよりも根性はあるみたいだ。

 ならもう少し勉強させてもらおうかな。


「こちとら…てめぇが母ちゃんのおっぱい吸ってた頃から冒険者やってんだ…! 片腕取った位の…ハンデなんざ、屁でもねぇ!」


 それがハッタリであることは本人が一番理解しているだろうけどそのプライドを言葉だけで否定するのは面白くない。

 利き腕じゃない腕で防御なんてどれほど難しいかはビス…もう雑魚でいいか――も分かっているだろうし。


「じゃあ今度は攻勢変更ね。がんばって左手だけでしのいで…ね!」





 残念ながら両腕と右足を砕いて立てなくなった所でストップが掛かった。

 誰の目にも明らかな勝敗だもんね。

 とはいえここまでやられてもギブアップしなかった根性は見習わないといけないかな。

 万年黄ランクとはいえ、経験を積んだだけの凡人と才覚のある素人…世の中とは残酷だ。

 才能の有無でこれほどスタートラインに差があるなんて、こっち側で良かった。

 でもあの技、凡人でも必殺の一撃になる可能性があるから注意しないと…まぁ当てられるような達人に限り、ね。

 という訳で僕は無事に試験に合格し、冒険者となった。


「ねぇ黄ランクのあの人を倒したのに何で僕が白なの? せめて青とか黄とかさぁ…」


「あのねぇ…僕ちゃん、ちょっと世の中というもの教えてあげるわ」


 流石にやり過ぎだとギルドの偉い人から怒られ、おねーさんも若干ピリッとした空気を纏っている。

 座りなさい、と促しているのでここはおとなしく説教されておきますか。

 しばらくはここの厄介になるわけだしね。


「いくら戦う力があってもあなたはまだ『何もしていない』の。 それに引き換え僕ちゃんが散々痛めつけたビスティオは万年黄とはいえそれこそ何百か千に届くかか…私が知る限り10年以上このギルドに貢献してきたわ。実力という意味では残念ながらビスティオのほうが数段下でも信頼という点では真逆ね」


 そうだそうだ、ビスティオだ。

 今度は忘れないように努力だけしよう。

 覚える価値は果てしなくないと思うけどね。


「ふーん…弱くても長くやればそれなりになるんだ」


「ついでにもう1つ忠告しておくわ。戦うだけ…モンスターを殺すだけが冒険者じゃないわ。 護衛で誰かを守ったり、探し物をしたり、調べものに届け物…それこそ変わり種なら舞踏会のエスコートから恋人の代役なんてのもあるわ。僕ちゃんが思っている以上に冒険者というのは何でも屋、そして信用を大切にしている職業なの」


「へー…でも僕に出来るのは戦う事だけだから討伐専門で行こうかな」


「…僕ちゃんが強いし、自信満々なのは分かったわ。けど上しか見ずに足元を掬われた人たちを多く見て来た私からの助言くらいは受け取っておきなさい」


「?」


「"相手が自分に勝る可能性を常に忘れるべからず"よ。少なくとも私が見た冒険者達の半分以上は油断か…慢心で引退を余儀なくされているわ…。これはあくまで戻って来れた人に限った話よ。戻って来れなかった人も含めると6割か7割か…心にとめておきなさい」

「逆におねーさんに宣言しよう。そんな有象無象と一緒にしないで欲しい…とね」


「この忠告をして同じように自信過剰な発言をして帰らなかった人も沢山いるのヨ」


 はぁ……と大きなため息を付く姿は予想通りの反応だ、と取られたようでちょっと腹立たしい。

 今はまだ良いさ。

 数か月後~半年後くらいにはココでのトップに、1年後には大きな街へ、5年後くらいには冒険者のトップに立ってみようかな。





ーーーーーって感じ。僕の脚色も多少入っているけど後はアルミレオさんも知っているでしょ」


「鳴り物入りだったのは知ってたがそんな経緯があったとはなぁ…」


 アルミレオは初めて聞くカインドの経歴にある意味納得していた。

 幼いころから持っていた剣の才能と向上心、良き師に出会えればそれこそ変われたであろう人生が、幼い頃のまま…歪んだままでここまで来てしまっている。

 やはり、危ういと再認識していた。


「それでアダムに負けてどう思った?」


「僕はまだ本気を出していない!」


 再びガン!とグラスを叩きつける。

 先ほどのエールとは違い、ガラス製の器は脆くも砕け散り、暗めに設定されていたバーの照明にきらきらと光が舞った。


「…マスターすまんな。代金は俺に付けといてくれ」


「防具だって!支援魔法だって!何よりも、あの剣を使っていーーー「カインド!」


 今まで穏やかに諭していたアルミレオが口を荒げるのは非常に稀な事であった。

 その為にカインドもバーのマスターも少々驚いている。

 カインドも数年の間、幾度か仕事で組んだ事はあるがいつだって飄々とした態度だった。


「てめぇ…本気で、本気の装備でやりあうって事の意味を分かって喋ってんだろうな。 酒に酔った上での言葉として今は流してやる。だが、次に公の場で『本気でやりあう』なんて発言して見ろ…俺がお前を放っておかねぇぞ」


 冒険者であれば誰でも知っている当然のルール。

 それは過去に貴族の代理決闘で高ランク同士の冒険者達が命を落としたとかで、それ以来冒険者同士の決闘、殺し合いは禁じられている。

 だが特別である特色までもがそれに縛られるのか、とカインドは常々不満だった。

 アルミレオの突然の激情、恐らくその当該冒険者の関係者だったのではとの噂も耳にしたことがあたった。


「…俺も声を荒げるなんざ悪酔いしちまったようだ…すまんな。今日はこれでお開きにしようや」


「そうですね…」


 マスターに慰謝料、グラスの破損費用込みかなり多めの金額を払いバーを後にする2名。

 互いに楽しくも、旨くも無い酒ではあったが若干でも、半歩分でも理解は深まったはずと、アルミレオは寝床へ向かう。

 一方のカインドはそうでは無かった。


「何が放っておかねぇぞ、だ。とっくにあんたの技は見切ってるんだよ。あくまでも僕の目標…いや、標的はアダム君のみ……ふふふ、待っててねアダム君」


 王都といえども既に夜半を過ぎた街に人影は無く、その言を知る者は当人しかいない。


またポイントが増えていました。

清き1ポイントをありがとうございます!

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