いぶし銀
向かい合う2人の男。
方や銀髪の美青年、もう片方は無精髭の小さなおじさん。
って自分で解説を入れるのめっちゃ恥ずかしいし、美青年っていうのも痛々しいな…。
「カインド、開始の合図を頼むぜ」
「終わったら次は僕ですからね!」
「わぁったわぁった」
私の意思は無いものとされました。
一応向こうが先輩だから顔は立てて、試合は受けてあげようとは思うけど。
訓練用の模造剣を持って構える。
普段使用している両手剣よりもリーチが短く、軽いがその分振り易さはある。
対するアルミレオさんは2本のナイフをくるくるとジャグリングのように投げたり、逆手に持ち替えたりとせわしない。
「終了条件は……気絶、負け宣言でいい?」
「いいぜ」
「分かりました」
「それでは構えて――「あ、ちょっと待って。その剣、留め具緩んでない?」
「え?」
模造剣に目を落とす私。
それほど武具に対しての知識は無いが、一体物で鋳造されたほぼ鉄の塊と言え、言ってしまえば鉄パイプと変わらない。
それに留め具?と、一瞬の油断、視線の移動が試合開始の合図となった。
「ッ!!」
体が勝手に反応したため、一撃で終わる事は避けられた。
背後から頭部を狙った奇襲…実際に当たっても痛いだけだろうが、木の棒とて本気で叩けば骨が、打ちどころによっては容易に死を与えられる。
ましてや鉄であれば殺傷能力は更に上がる。
「良く避けた!」
何とか奇襲を躱して後ろを見ても既にそこにアルミレオさんの姿は無し。
だだっ広い部屋に隠れる場所は無く、また背後か!?と振り返っても姿は無い。
ヒュヒュッと2つの風切り音。
音の正体は私の左右から迫る投げナイフだった。
気づかない間に挟むように投げる技量は常軌を逸している。
それでいて居場所を掴ませない立ち回り。
とりあえずナイフを叩き落とし――と矢継ぎ早に顔、足、右肩を狙ったナイフが新たに放たれる。
「もう!何本持ってんだよ!」
叩き落とすナイフに一瞬でも視線を移す度に死角を移動しているのだろうか。
音ゲーのようにリズミカルな程度に時間差を付けているのはその為か。
…自分で言って気づいたが叩き落としたナイフが消えている。
回収して再利用しているということは、この状況が続く限り無限という訳だな。
「このままじゃぁ埒が明かねぇな。一段階上げるぜ?」
周囲から不思議と反響するように聞こえる声に身を固くする。
またもヒュヒュヒュとナイフが3本飛んでくるが、1本は大きく私を越える的外れだった。
腹と太ももを狙った2本を弾くと共に新たな1本が飛んでくる…がこれも外れ…?
背後でカキッと金属音。
嫌な予感がして大きく、跳躍して壁に背を付ける。
さっきまで私が居た場所にナイフがカランと転がった。
「投げたナイフにぶつけて跳弾…反射させたのか!」
「ご名答!初手対応されるのはちょっとおじさんちょーっとキツイねぇ」
壁を背にしたことで死角が極端に狭まった為か、堂々と正面に立つ。
身長は自分の半分より無いぐらいだがそれでもこれだけの肉体が視界に収まらなかったというのは脅威だ。
「今まで全て直撃コースだったのにいきなり外されれば疑問にも思いますよ」
「あちゃー…俺としたことが、先手を取ったなら使っとけば良かったなぁ」
ポリポリと頭をかくと降参とばかりに手を上げて近づいてくるアルミレオさん。
ご丁寧にナイフも鞘に仕舞ってある。
「坊主が認めるだけあって基礎は合格ってとこだな。だが…」
奇襲、不意打ちの話と今回の初手と脳裏に蘇る。
きっとこの人はまだ何かしてくるという予感がしてならない。
「…そう警戒すんなよー、ほら武器だって仕舞ってるだろ?」
そう言って一歩一歩近づく。
牛歩なのは自分の攻められる距離と私が反応できるギリギリのラインを探っているのだろう。
ならばブラフにはブラフだ。
「…そうですね」
露骨に臨戦態勢を解き、剣先を下す。
向こうは騙す事に関しては私なんかが比べるまでもない程に専門家だろう。
恐らく警戒は微塵も解いていない。
2人の距離が私の歩数にして5歩有るか無いか程度になった時、ボフンという音と共に視界が煙に包まれた。
「ぶわっ…! 煙幕!?」
視界を塞ぐのと同時に前方よりヒュヒュヒュヒュ、カカカカカンッと先ほどまでよりも多い投擲と反射の音が聞こえた。
背中が狙えない以上は正面に弾幕のつもりで撒いてきたはず。
視界を奪われ、その場に留まればハリネズミ、、前方に進めば少なからず数本は貰う事になるだろう。
ちょっと真剣みはあるとはいえたかが試合…怒られるかもしれないがこの体なら殴られようが刺されようが余程の事では大事には至らないという確信もある。
だが余りイキり過ぎれば目立つことに………あれ、何で目立つとダメなんだっけ?
1、市政の情報に詳しくならないと救済という管理者のお仕事に影響があるかも。
2、情報を手に入れる為に冒険者という稼業ばバッチリ! 働きながら情報を得よう!
3、冒険者として目立てば管理者として動きにくくなるから注意しよう!
あのカインドのせいで既に目立たないという点で失敗してるじゃねぇか!
つまりはもう力を隠す必要は無いに等しい。
着弾までの瞬きの間に加速した思考で決断し、実行に移す。
「ゲイル!」
初級の風魔法、名前の通り突風を生み出すだけで攻撃力は皆無だが煙幕を晴らすには一役買うだろうと思ったがブワッと発生した風はもはや衝撃波と言っても過言ではなく、煙幕どころかナイフも吹き飛ばし、私の正面を綺麗に掃除してくれた。
「ぬぉぉぅわっ!?」
「何だこれぇッ!」
魔法効果は常時バフのせいで威力がおかしい事になっているのを忘れがちだ。
一度どっかで試し打ちのでもしないと他の魔法は危なくて使ってられんな。
私も思っていた以上だが、相対していたアルミレオさんは当然として審判兼観客のカインドも巻き添えを食らっていた。
これは流石に想定外だったのか風を受け、ころころと転がっていく。
素早さには定評のある低身長、低体重だがそれがデメリットとなっている。
数回転転がると即座に態勢を整えてくる。
「チッ…俺としたことが。坊主が認めるほどの剣の腕ならって物理タイプと思いこんじまったな」
「隠していた訳ではありませんが手札は多い方が良いでしょう?」
「はっはっは!違ぇねぇや」
次なるナイフを構えるが今度は投げつけてくる様子は無い。
恐らく魔法という新たな手札を見せた事でどう攻めるか思考中だろうか。
10秒も経たずに構えを解き、ナイフを仕舞うアルミレオさん。
「ダメだ。魔法って手が見えただけで手札が数えきれんわ。手札が多すぎる以上、今は勝ち目が薄すぎるから……降参だ」
両手を上げるポーズは万国…異世界?も共通だろうか。
ともあれ、両者怪我無く終わる事が出来て少々ほっとしている。
「ふぅ……流石の腕前でした。熟練の手練手管には驚かされるばかりです」
「良く言うぜ、汗一つ掻かずに対応されちゃこっちのプライドがズタズタだ」
とは言うものの口調は至って軽い感じだ。
とりあえずガッチリ握手をして健闘をたたえ合う。
うん、この人は信頼できる人だ。
「じゃあ次は僕だね!」
もうやる気満々といった感じで模造剣をヒュンヒュンを素振りするカインド。
私に休憩を与える気は無いらしい。
「連戦で良いのか?少しくらい休憩挟まねぇと持たねぇぞ」
「構いません。彼にはいろいろと『恩義』があるので…すこーし本気でやりますよ」
「おっ、この前よりも本気だね!? いいよいいよ! 僕もこの前のようにやられはしな―――
奇襲はアルミレオさんだけの特権ではない。
訓練であっても本気でやるのなら殺られる前に殺るだけだ。
「…シッ!」
開始の合図も無いままにカインドに向かって突進、剣を狙って切りつける。
向こうも奇襲には驚いていたようだがそこは実力者だ。
それなりの力で切りつけたがそれを上手くいなして鍔迫り合い状態になる。
「あははははは!これだよ、この僕を受けに回らせる力量!」
先ほどのトリッキーなアルミレオさんとはまた違う純粋な技量。
ただ剣を剣で受け止めただけであればどちらかが粉砕される程度には力は込めていたが、受ける瞬間に剣を寝かせた事や自分から後方に飛び衝撃を減衰させてるなどを瞬時に実行している。
それでも私のそれなりに力を込めた一撃の重さは消しきれなかったのか床が少々陥没している。
「それだけの力で少しかよ!」
野次が飛んでくるが気にしない。
そして私は忘れていない。
コイツの技量は確かに卓越した物であるが、人間としては一切信用に値しない事を。
また、これは個人的な意見でもあるが恩義には恩義を、仇には仇を…脅しには実力行使を!
「…『麻痺』」
「ンガッ!?」
変な叫び声を上げて脱力、顔面から床に激突するカインド。
ピクピクと四肢を痙攣させるに金の剣聖たる面影は一切感じられない。
奴の公算ではあれこれ魔法を使用してくるという事は考慮していただろうが、試合で麻痺や睡眠等の状態異常を用いるとは思っていないだろう。
現に普段着に近い装備だから身を守る魔法が付与された装飾品も無い。
これもある意味不意打ちではあるだろうがね。
「はい、これで戦闘不能ですよね?」
「あ…あぁ…そこまで! それで、何したんだ?」
「それは企業秘密です」
ポイント増えてるぅ!
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今後も頑張ります