やってきました本部
いろいろと寄り道をしたがようやく、冒険者ギルドの本部にたどり着けた。
「でっけぇべなぁ…」
鈍りとお上りさんの常套句が出るぐらいには大きい。
王都のほぼ中心に位置し、煌びやかな繁華街のこれまた中心にそびえる少々異質な空気を纏った塔がそれだという。
円盤がいくつか重なったような形状で明らかに周りから浮いている。
しかし、周りの人々も頻繁に出入りしている冒険者らしき人も気にしている様子もない。
むしろ立ち尽くし、本部を見上げている私の方が怪しい人物かもしれない。
「そこな素敵な銀髪のおにいさん、ちょっといいかい?」
「ん?」
振り返ると自分の胸の少し下に頭がある、腰の曲がった老婆が私を見ていた。
身なりはお世辞にも良いとは言えず、着いている杖もその辺に落ちていた木の棒だろう。
「私…ですよね」
「ほっほ…そんな綺麗な銀の髪は他におらんじゃろう?」
「確かに」と認めるのは自惚れになってしまうだろうか?
とりあえず老婆は私に用があるみたいなので話しやすいように片膝を着いて目線を合わせる。
「何でしょうかご婦人。私に何か依頼でも?」
「いやなに、目を見てみたかっただけじゃ……ふむ…ふむ?」
老婆の瞳は老齢を感じさせない強い光が見えた気がした。
一線を退いたがまだまだ…という社長みたいな人の目に近いかもしれない。
…この老婆の正体は実は!?ていう展開か?
「………ふむ」
「私の目から何か分かりましたか?」
「…分からん!」
ガクッと肩を落とす私に老婆は続けざまに言葉を投げて来た。
語る老婆の見た目、姿勢に変化は無いが威圧感というか凄みのようなものを感じた。
「不思議な目じゃぁ…幾人も相手にしてきたがここまで読めない目も初めてじゃ…」
踵を返す老婆は「じゃぁの」と言うと、腰が曲がった老人とは思えない流れるような仕草で人込みに溶け込み見えなくなった。
疑問だけ残していった老婆に呆気を取られる私だった。
冒険者ギルドは流石に王都、そして本部という事もあり常に人が出入りしている。
依頼者と思われる身なりの良い壮年の男性に、明らかに荒くれ者と言った様相の集団、年のころは10代前半、男女混成駆け出しパーティ…どれも人種で思ったよりも亜人種が少ないように感じた。
入り口観察をしていてもしょうがないので意を決して扉を開けると、奇抜さは外観だけで中の造りは至って平凡で依頼人用カウンターに冒険者用窓口に新規・昇格用ときっちり分けられている。
だが人の動きは中はさながら混沌と言った所か。
窓口への待ち行列と掲示板をチェックする群れ、即席パーティ結成の為に声を張り上げる者。
「とりあえずは…昇格だよな?」
誰に向けるでもない独り言をつぶやきで自らの間を持たせる。
そう言えば本当に一人で…というのは久々かもしれない。
オースではマルダやフルー達が、管理者の仕事となればハチが…案外私は寂しがりやかもしれないな。
「すみません、昇格の申請をしたいのですが」
「畏まりました。この辺ではあまり見ない顔ですね、ランクは…緑ですので赤への昇格ですか。こちらの用紙に記載して提出下さい」
いかにもルールに厳しそうなおば…お姉さんだ。
あだ名はお局様に決定…とそんなくだらない事は置いといて、文字は読めるけど書けない案件がまた発生だ。
ついでに赤ランクじゃなくてその上なんだけど…。
「あー、えーと…特色への推薦があって来たのですが…」
「……これは失礼致しました。推薦状を拝見させてください」
腰に下げた革袋…の中からアイテムボックスに繋いで本部からの使者に貰った任命書を取り出す。
他には金のアイツからの手紙もあるけどあれは果たし状みたいな内容だから出さなくてもいいでしょ。
「………!?」
読み進めていくうちに顔と書面の距離が縮まり、最後まで進むころには既にキスの距離だ。
冷静沈着で気難しそうな(偏見)お局様が額に汗を滲ませながら「少々お待ちください!」といって裏へ駆けていくのにさほど時間は掛からなかった。
待つのは構わないけども後ろに少しでも待ちが出来るのは困る。
レジ待ちで「唐揚げ下さい」という事は言えても「おでん下さい」までは流石に気が引けるみたいな。
「ねー、おじさん。緑ってことはベテランなんでしょ?」
「おじっ……せめてお兄さんにしてくれないかな?」
とても勝気そうな釣り目の…少女から声を掛けられた。
年のころは10代中ごろだろうか、化粧は良く分からないが頬紅や濃い目の印影などフルー達よりも垢抜けている感はある。
装備からして杖にローブなら魔法を使う後衛職だろう。
「んじゃお兄さんね、あたしさぁ来る日も来る日も害獣駆除やってさぁ、薬草とかを集めてねぇやっと今日青に上がれるのよ」
「それはおめでとうございます」
「…あんがと。 でもさぁ、ランクが上がっても報酬って意味ではあんまし変わらないしぃ…別に英雄になりたいって訳でもないしねぇ…」
何のことはないたかりか?
それとも待ち時間の愚痴聞きかな?
「清貧に喘ぐうら若き少女に施しとかさぁ…どお? 何ならあたしをさ、買わない?」
YESロリコンNoタッチ!じゃない!私はロリコンではない!
子供は可愛いとは思うが男女の関係になりたいかと言われたらノゥだ。
私としてはもう少し豊満とは言わないまでもゲフンゲフン。
私の趣味嗜好は置いといて、そもそも買うという意味だって戦力としてという意味合いもあるだろうから断じて怪しい意味では無い…のかも?
「申し訳ないですが戦力は足りていますので」
「はぁー…にっぶ…」
大きなため息と共に辟易した態度。
今度は距離を詰め、耳元で甘く囁いてくる。
「あたしを、一晩好きにしてもいいからさ…報酬をね? おにーさん中々イケてるから安くしといてあげるよ?」
はい、怪しい意味だったのが確定ですが流石に見ず知らずの少女の売りを買う気はない。
言葉を返せば知っている少女なら買うのかと言われればそれも違うからね?
大人の男として最低限の道徳はね…持ち合わせているつもりだよ?
…人殺しが何を、と言われたらおしまいだけどね。
「…お嬢さん。こんな危険な稼業で金を稼ぐというのは非常に難しいというのは分かります。女性特有の問題も多いでしょう。だからと言って体を売るというのは頂けません……どうしても、というと時にはこれに祈りなさい。きっとあなたの手助けになるでしょう」
「あーはいはい。お堅いベテラン様は教会関係者かよ…まぁ、貰えるもんは貰っとくけどね」
切り替え早ッ!
って今度は更に後ろに並んだ黄ランクに声を掛けてるし…逞しいというか何というか…。
それと今は冒険者活動中だから管理者としての仕事は控えないとな。
「お待たせしました。奥の部屋へどうぞ。ギルドマスターがお待ちです」
案内役の職員に付いて受付の間を抜けていく。
とりあえず書類を書く危機は無事に抜けられたようだ。
「はい、次の方どうぞ」
「はいはーい、ランクアップよろしくー」
「はい…確かに、ですがヴィーティーさん…ギルド内での"売り"は止めるように言いましたよね?次に発見されたら資格を停止まであり得ると伝えましたよね?」
「そーだっけ?」
「…罰則規定に則り、今回の昇格は却下します。同時に次の申請も半年後まで延期となりますので悪しからず」
「はぁぁぁぁぁ!?何でよ!期限切れのバb(罵詈雑言の為、自主規制致します)」
後ろから聞こえてくる内容からギルドはそれなりに道徳には厳しいようで安心した。
職員に案内された部屋の扉には"4階"と書かれている。
入り口からここまで階を上下した記憶はない。
「どうぞ」
職員に促されて部屋に入るが中には何もなく、椅子も家具も窓も無い。
応接室…にはどう見ても見えないが…?
職員は扉を閉めると部屋の隅にぶら下がっていた紐を引っ張る…と途端に変化が訪れた。
ゴゴゴゴ…と部屋自体が微振動を始め、"壁"が動き出した。
「驚かれたでしょう?まだこのギルドにしか設置されていない昇降機です」
エレベーターだ!
それも部屋が、ではなく床が上下するタイプか。
「凄いですね。原理はどうなっているのですか?」
「それが詳しい原理については秘匿されていまして…噂では土系統の魔法を用いているのではと…」
「なるほど…」
土系統はその名の通り、土、岩、砂…それらを操作する事に特化している。
水の次に汎用性があるが魔法なのに物理的ダメージの為、副次効果を与えられないのがデメリットだろうか。
あとは見た目がとても地味。
推測の域を出ないが、石柱みたいなのを生み出して上げたり、土を盛り上げてといった手段ではないだろうか。
ゴゴ…ンと微振動が止まり、壁もピタリと新しい物に代わっている。
「お待たせしました。こちらがギルドマスターの部屋になります」
キルスティンさんや他の支部をまとめる長はどんな傑物だろうか。
願わくばパワハラ上司や権利に塗れた俗物は遠慮したいな。
トントントン、とノックし中からの応答を待つ。
エレベーターもどきの轟音で到着済みなのは向こうも承知のはず。
「お入りなさい」
聞こえたのは若い女性の声だ。
何はともあれ許しが出たので中へ進むと見知らぬ顔がいくつか、それとヤツの顔。
部屋の最奥に座るのが本部のギルドマスターだろう…妙齢の女性というのが少し以外だった。
後はやたら身長の低いおっさんにシスターっぽい女性に………金のアイツだな。
「ようこそいらっしゃいましたねアダムさん。ここの責任者をしていますエルネティアです。初めての方もいますので簡単に紹介もしますね」
「よろしくお願いします」
席から立つとソファーの後ろに立ち、一人一人の解説を始めていった。
最初はシスターっぽい女性らしい。
「彼女は『純白』の色を持つノワール。冒険者ギルドに席を置きながら教会の王都支部の名代としても責任を持つ才女じゃな」
「…どうも」ペコリ
物静かな方らしい。
シスターが殺生を体現したような冒険者に所属するとは異色な感じもするが、そもそもシスターという概念があるのかすら分からんしそういう物だろうと思って置こう。
確かマルダから聞いた話では回復しながら殴殺する脳筋とか…見た目方は想像も出来んなぁ。
「次は、『銀』の――「アルミレオだ、よろしくな兄ちゃん。見た所、銀髪で『銀』を使いたい所だろうがこればっかりは先取りだから勘弁してくれよ?」
「小僧、私の言葉を遮るな…彼は見ての通り小人種でな、小さい体を活かした素早さは特色随一じゃ」
妙齢…案外年が若いと思ったが見るからにおっさんのアルミレオさんを小僧呼ばわりとはもしかしたら見た目よりもいっているのかもしれない。
あと口調も少し、いやかなりおばあちゃんぽくなった?
女性に対して年齢の話は地雷だからしないけどね。
「最後は金の―「あ、彼はいいです」
年上の言を遮るのは大変に失礼だが、マジに彼については聞く必要も価値も無いと思う。
実際、私を特色という厄介な枠組みに取り込んだ張本人だし。
「はぁ…最近の若いモンは年寄りを敬わんのぅ」
「アダムくんはババアの話――」
ヒュカッ…という微かな音は聞こえ、カインドの耳の位置、正確に言えば耳の有った位置に小さな亀裂が生まれ、中の綿が少しだけ溢れ出していた。
エルネティアさんが右手を動かしたのは見えたから恐らく何かしたのだろう。
「小僧の次はガキか、礼儀も聞けない耳は削ごうとおもったんじゃがなぁ」
「年季だけを積み重ねたバb…お姉さんには負ける気がしないけどね」
本気で殺しあうつもりは無いのだろうけども圧迫感は本物だ。
つまりギルドマスターであるエルネティアさんも相当な実力者という事を示している。
「はいはい2人とも、新しいメンバーの前で喧嘩なんて糞ほど面白くもねぇ。リーダーも抑えて抑えて…」
「とうに小僧んとこのリーダーは譲ったじゃろうが、ギルドマスターと呼ばんかい」
「はいはい、分かりましたよ。ギルドマスター殿」
「よろしい。っと少々じゃれ合いが過ぎたの…ここにおらん他のメンバーじゃが、色とか名前くらいは知っとるじゃろ?」
「えーと、黒と灰と無色であっていますか?」
「そうじゃな。暗黒のエリンズ、灰道グリムゲルデ、無色の"D"じゃな。エリンズは既に隠居の身で相当な事が起きん限りは呼ばない約束になっておる。灰は…今もどこぞをうろついて自分磨きに必死じゃろう。無色は別件で活動中のはずじゃ。という訳で王都に常駐というか都合のつくのがこれだけしかおらんのは申し訳ない」
「お気になさらないでください。私も王都に常駐する事にはならないと思いますので」
「…そうか、さすればホームは北かの?」
「そうですね。何かと縁がありまして、腰を据えるならとは思っています」
これは隠さない私の本心だ。
何よりも私の事情を知るものも増えたし、あの村もある。
王都にも来ようと思えばいつでも来れるわけだしあまり執着するつもりは無い。
「金のガキが認めるほどの猛者が田舎常駐というのは聊か勿体ない感じはするが、居場所が明確なだけ幾分マシかの」
ガキと言い放つがそれでも力量は認めているのか。
あと最初の丁寧な口調から完全におばあちゃん口調になってる。
「それでじゃ…何にする?」
「??」
「色じゃよ色。連絡に送った使いからも注意あったと思うが、決まっておるか?」
やっべ、忘れてた。
王都に付くまで時間あるしゆっくり考えよーって思ってそれを失念するという痛恨のミス!
候補は多少あるがどれも本決まりではない。
「今ここで決めなきゃ…ダメですか?」
「今すぐとは言わんがこっちにも準備があってな…その色に応じた宝石なりを用意せにゃならんのじゃ」
そう言われてみれば金の剣聖カインドの耳には黄金のピアス、純白のノワールさんには乳白色の宝石がはめ込まれている。
アルミレオさんにも銀の意匠がされた耳飾りだ。
「…石はこちらで用意しても?」
「ん、構わんがそれは費用としての支払いは出来んぞ」
「構いません」
準備というのが石を用意してピアスなり耳飾りとして仕上げるというのであれば問題無い。
一番の問題点になる部分が私自身で解決できるのだから。
「であれば……この宝石を使って、色を名乗りましょう」
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一応のストーリー区切りまでに1000ポイント目指したいなぁ…!