赤い狐と
馬車の中で雑談がてら行商団について宣伝も兼ね、いろいろと話を聞けた。
赤い狐行商団。
エネキア王国、王都に本部を持つ世界有数の行商団である。
元はコンディーヌさんの両親が立ち上げ、食品からスタートし徐々にいろいろなものを扱うようになったと。
衣服、武器に及ばず人、情報…金になるものは何でも取り扱い、1代で構成人数約500人にまで規模を拡大させた。
もっともエネキア王国に関しては奴隷に関する法律が強化されたので扱う事すら難しくなったという。
逆に言えば他国ではいまだに奴隷は商品として扱われているという事を指し示している。
「なんやアダムはんは奴隷に興味深々だけども……欲しいんか?」
「そういう訳ではありません…ちょっと奴隷という制度自体にあまり慣れていないもので…」
「めずらしいなぁ…まぁ、アダムはんくらいの美丈夫なら奴隷を買わんでも寄ってくる女は山ほどおるやろ?」
え!?奴隷ってそういう性的な…!
いや、俺も男だしこっちに来てからご無沙汰…いやいや、向こうにいたときはセルフだっけども。
今まで救った元奴隷達の中にもそういう目に合ってた娘もいるから自分で買おうとは思わないしね。
「自分等に寄ってくるような酔狂な女性は……と、それは置いておきまして。私の故郷では人を商品とするような風習は無かったもので…未だに抵抗があるのですよ」
「酔狂って…まぁ、後学の為に教えて欲しいんやけども、アダムはんの故郷じゃ借金や犯罪で奴隷になった奴らはどうなるん?」
「……借金だったら場合に寄りますが肩代わりして貰ったり、自分の持ち物を没収されたりですかね。犯罪も場合によりけりですけど金で解決したり逮捕…国に捕まって服役……えーと、国の管理下で強制労働が近いかなぁ」
「誰が管理するかであんま変わらんように思えるけど…」
「少なくとも、強制的に性的な奉仕や拷問…いや玩具のように殺される事はありません」
「…ま、確かにウチらの商売では売った奴隷が最終的にどうなるか…までは保証はせんよ。でもなこれだけは言わせて貰うで。ウチらだって好き好んで変態に売る訳やない。奴隷と契約を結んだうえで新しい主まで繋ぐんや。ウチらは商人や、契約だけは絶対に反故にせんで!」
自信満々にニィっと口角を上げる彼女の姿勢はとても好ましく思える。
奴隷でも身分が下という訳でなく、誰とでも契約ありきで対等に仕事をこなす彼女なりのプライドか。
「まぁ……一部で非合法に捕まえて売るような糞ったれのはみ出しもんもおるけどな…」
「すみません、今まで私が見て来たのはそういう卑劣な輩ばかりでしたもので…そのせいか制度にまで疑問を持っていたようです」
そうか、奴隷って最下級の労働層ってイメージが付いて回っていたけども犯罪でなるパターンとか借金が返せなくて身売りのような形でなるパターンもあるのか。
これは向こうの常識に引っ張られた自分の不勉強さと思い込みの弊害だ…反省。
「ええねんええねん!ウチとしてはアダムはんの人柄がちょこっとは見えたから儲けもんや…っとそろそろやね」
「?」
その言葉の意味はすぐに分かった。
続いていた馬車の揺れが止まったからだ。
間もなくドアが開き、誘われるままに出ればそこにあるのは大きな屋敷、貴族の邸宅にも負けないような豪邸。
国内有数の大貴族のコーウェルさんの家と比較するのは流石に可哀そうだがそれでも貴族街にあっても遜色がないぐらいにはデカく、広さが見て取れた。
驚いたのは出迎えだ。
「……総出のお出迎えなんて初めて見た」
玄関から門までずらっと、優に100名は越すであろうメイドと執事。
人種に限らず多種多様な亜人種、中にはちらほらと耳長種が見て取れる。
「「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」」
一糸乱れぬとは正に事こと。
そしてそれを当たり前としているコンディーヌさんの感覚が凄い。
「ほな、行きましょ」
先頭をコンディーヌさん、次にスコッチさん、最後に私が続くが皆顔を下げたままピクリともしない。
物珍しさで覗き見るような人は1人もいなかった。
玄関の前にはもう1人のコンディーヌさんが居た。
正確にはコンディーヌさんの発展形、身長はさほど変わらないが妖艶さ、という意味ではコンディーヌさんが霞むほどであった。
毛並みはもはや金色と言えるほどに光を纏い、尻尾のボリュームは孔雀のように広がりつつモフみも兼ね備えている。
あれをモフモフできたらどれほどの幸せを感じられるだろうか。
「アダム様ですね…ようこそ御出で下さいました。赤い狐の行商団の頭目をしております、コャンキーヌ子爵と言います、良しなに。それとコンちゃんおかえり」
「ご丁寧にどうも。冒険者をしておりますアダムです。まさか貴族位をお持ちの方だったとは…無作法などありましたら大目に見て頂ければ幸いです」
「ただいまやでー」
自分の中で最大限に敬意を払うような姿勢でお辞儀をする。
未だにこちらの常識、しかも王侯貴族に関するものは見よう見まねレベルでしかない。
「……足らぬを知るは…ですね。アダム様は充分に礼節を分かった方だとお見受けしますのでそう堅くならないで下さいな。それにこんな所で立ち話も何ですし、娘の部下も一緒であればお仕事の話でしょう? 部屋を用意させますので存分に語らって下さいな」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「おほほほほ、がっぽり…頼みますね?」
あの広げた尻尾の威光は威圧用か応接用なのか、踵を返すとシュッとボリュームが消えて省スペース化された。
あーゆーのを見るとシロを存分にモフりたくなってくるな…。
「どや?ウチの母ちゃん凄いやろ?」
「…確かにすごい。あれは流石と言わざるを得ない…」
「それに耐えているアダムはんも結構…いや、かなりのもんやで」
「…そう…ですかね?」
「謙虚も過ぎると嫌味やでぇ? まぁ、いこか」
応接室のソファにドカッと座るコンディーヌさん、もともと着崩していたり、喋りが独特だったりとどうにも堅苦しい事柄は苦手な印象だ。
それを建前上は窘めるスコッチさんの声もどこ吹く風…つまり平常運転だ。
「時は金なりや、ちゃっちゃと行こう。まずはアダムはん…あそこへ救いの手を差し伸べたウチらに対しての報酬を頂きましょか」
「…いくらほどをご所望ですか?」
「誠意で」
はい、一番厄介なパターンですよ。
少なければ「おいゴルァ!」で、多ければカモられる。
だが正直なところ助けてもらわなくても王都でなら使える手は在った。
それを使う前に助けられたというのは多少の省略はあったにしろ私にはそれほどメリットはない。
強いて言うなら公爵との繋がりの露呈が後回しになる程度だ。
つまりは…。
「ありがとうございます」
と最大限のスマイルで感謝を伝える。
誠意を示す手段は何も金品や菓子折りを渡すだけではない。
明確な感謝の意が何にも勝る場合だってある。
「…それだけ?」
「はい」
「はぁぁぁぁぁぁぁ………」
大きく息を吐き俯くコンディーヌさん。
これはどっちだ?失望のため息か?後悔か?
「…アダムはんはウチらに払うモンは無いと…?」
「はい」
「…そっか…なら馬車の使用代にアダムはんを見つけるのに裂いた人工、衛士達への賄賂…つきましては銀貨62枚の支払いをお願いしますわ」
「その前にそれは何の支払いですか?」
「何って…掛かった費用やで?」
せめて賄賂に関しては表に出さないで欲しかったけど。
最大限譲歩するにしても馬車の使用代ぐらいではないだろうか?
「なぜ、私がその条件を飲まなければならないのですか?」
「はぁ? あんたコレか? ウチらが助けたからやろ!それとも何か?特色サマはこの程度の支払いにも困るほど貧しいんか?」
指で頭をくるくるとする仕草は分かり易い。
相手が商人であれば絶対にやってはいけないことがある。
という事は恐らくだがこれは釣り針だ。
「金額の問題では無いでしょう? 私は助けを求めていた訳ではありません。貴女方が『勝手に』私を連れ出したと思っていますが…どうですか?」
「なっ…! 減らず口もそこまでいけば大したもんや」
「そして私は誠意として謝意をお支払いしました」
「ほーん…払えんじゃなく払わん、そして支払い済みか…答えは変わらんようやな。 時にアダムはん、なんでウチらが『赤い狐』を名乗っているか知ってるか?」
うどん!って答えられないのは百も承知で。
しかし、母娘を見る限り赤というよりは白か金が合っているように感じる。
「道中の話でもそこはお聞きしませんでしたね。お伺いしても?」
「ええやろ、これが答えや!!」
そして室内が、目の前が朱に染まる。
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補足
「どや?ウチの母ちゃん凄いやろ?」(ひゃー威圧感やばいっちゅーに!)
「…確かにすごい。あれは流石と言わざるを得ない…」(確かに美人でモフモフはヤバイ)
「それに耐えているアダムはんも結構…いや、かなりのもんやで」(数度経験しているウチでもキてるのにコイツ何ともないんか? やっぱコイツヤバイな…)
「…そう…ですかね?」(流石に人妻に手は出さないし、モフモフするのも失礼だから自重するがそれがかなり? うーん、良く分からん)
大変お待たせ致しました。
あれ?
ぼくのGWどこ?
あんなにいっぱいあったのに…
2019/5/11
誤記修正