王都にて その2
うたた寝が出来るというのは非常に恵まれていたと今にして思う。
いや、午後の会議などに眠くならないという利点もあるので一概にはどちらが良いとは言い難い。
などとカタカタ揺れる馬車の中で一人思う。
「……お、この焚き火台いいなぁ…」
と舟もこげない現状でぼーっとウインドウショッピングに興じるくらいしかする事が無い。
あの使いの女性が出てから何分経ったか知る由は無い。
馬車は変わらず進んでいるので待つだけだ。
「十得ナイフとかいざ使うときは微妙だけどこの機能性と多様性は男心をくすぐられるよなぁ」
何を置いても、暇である。
ダラダラとおすすめ商品やら限定品を見ていると馬車の揺れが止まった事に気づく。
到着したかな?と思ったが一向にドアが開かない。
代わりに聞こえたのは男の大声だった。
「馬車の中にいる奴!さっさと出てこい!」
どう聞いても歓迎の声じゃないよねー…。
出ない事には始まらないからまずは出てみましょうかと、ドアを開けた先は檻でした。
「……何で?」
馬車がまるまる檻の中でご丁寧に馬も取り外し済み。
広さに対して明るさが絶対的に少ない為、壁から離れるほど暗く、私のいる場所はほぼ足元が見えるか見えないかぐらい。
見える限りで分かるのは木箱が積み重なっていることぐらいで一見すれば倉庫だな。
「冒険者ギルド本部って意外と暗いんですね。あと檻の中という他では中々やっていない出迎えは新鮮でしたけどね」
「状況を分かって嫌味を喋れるならまぁ…最低限は合格かしらね」
暗がりからギルドの使いの方が出てきたが先ほどまでのギルド制服の時とは服装が違う。
出来る秘書のイメージから………峰不二子になった感じだな!
言うならばボン、キュッ、ボン!
正直たまらん! ゲフンゲフン…。
「これは貴女が手引きしてたんですか?」
「私が手引きというのは当たらずとも…かしら。黒幕はこっちよ」
そういって指さした方向で木箱に腰かけているのは茶髪の短髪でいかにもワルといった様相の洋装……ギャグじゃないよ?
野盗連中とは違い、鎧やローブで無くスーツ然とした服装だ。
胸元が大きく開き、厚く筋肉質な胸板にダンディな胸毛が見え隠れしている。
「よぉ、ハジメマシテ。新しい特色サマよ」
「どうも。お名前を伺っても?」
「…通り名は"クロウ"だ」
「私はアダムと言いますどうぞよろしく。それではクロウさん、ここから出して頂いてもよろしいですか?」
「そりゃぁこっちの要求を呑んでくれたらすぐにでも出してやるさ」
「聞くだけは聞きましょう」
「簡単な話だ、俺らの下に付け。こう見えてもウチは王国有数の規模でな、武器も金も…なんなら女も選り取り見取りだ。能力次第では幹部扱いも―――」
スカウトに見せかけた恐喝案件だよねこれ。
従う理由は無いし、こちとら一応正義の味方…こっちは裏の顔だけどね。
「断る…と言えば?」
少しだけ空気がピリッと張り詰めた気がした。
クロウと名乗った男が右手を上げると周りの取り巻きが杖や弓を構えた。
分かり易いアピールだ。
断れば何かしらの魔法で攻撃する…つまりは断る=死であると。
「…分かるだろ? 世間じゃ特色だ、金だ、銀だと持て囃されちゃいるがそれはあくまで表の話だ」
「では裏の強者がこの程度ですか? こんな雑兵で私をどうにか出来ると思っているなら、もう少し相手を見る目を養う事と念入りな調査ををお勧めします」
見渡しても程度の低さは確認するまでもない。
装備も下の下、魔法に関しては中程度はあるかな?
「んだとてめぇ!」
「今すぐ串刺しにしてやろうか!」
「ねぇヤっていい?ヤっていい??」
クロウが手を上げると吠えていた連中が一斉に静かになった。
狂犬揃いでもしつけは出来ているようだ。
「これでもそれなりの人数の頭をやってんだ。少しは人を見る目も考える頭もあるわ…で、それを考慮した上でのこの策だとは思わないか?」
「そうそう、強がりは止めときなって。もっともあの馬車で私の魅了に掛かって惑わされていた方がいろいろと気持ちよく幸せだったかもしれないね」
「はっはっはっは!! 耐性高いってのも厄介もんだな!コイツの手練手管を味わえないなんてな! 味わってたらこんな強硬手段に出なくても済んだわけだが…で、そろそろ答えを聞こうか?」
こちらの世界に来て体が一新され、ビッグになった息子も未だ出番無しなのであのお姉さんの手練手管…今からでもお願いしたい所ではあるがそれはぐっと、グッ!と堪えて…。
「お断りします」
「…そうかよ」
クロウはその一言だけ呟くと手を振り下ろす。
その動作を皮切りに初級から中級程度の火魔法が矢継ぎ早に飛んでくる。
ちょっとだけ熱く、爆炎が眩しく煙い。
簡易炙りスモークアダムさんの出来上がりです。
20~30発ほど着弾した所で部屋の中は煙で覆われ、何も見えなくなる。
「あーあ…あれだけの力と将来性を持った男とヤる機会なんて滅多にないの…もったいないなぁ…顔もかなり好みだったのに…」
「そう言うなよイレーヌ、今晩は可愛がってやるからよ」
「上物のワイン付けてくれなきゃ嫌よ?あと前金だからね」
「分かってるって」
死亡確認する前からお金あっての関係とは言えどもいちゃつくとかちょっとイラっとする。
攻撃を当てられた事よりも目の前の(煙で見えないが)リア充の方が気に障るとか私もまだまだ子供(童貞)だな。
「これで終わりですか?なんとも温く、煙いだけの花火ですね」
「!?」
「え!?」
「戸を開けろ!煙を流せ!」
バタバタと走り回る音が聞こえ、間もなく風と日光を感じられる。
埃をパタパタと払い、余裕をもって手鏡で顔を確認する。
冒険者の状態で纏っている装備は程度の低い物なので多少の破損はあれども肉体とイケメンは健在でした。
「火がダメなら別属性で攻めろ!確実にここで決めろ!!」
「…はぁ…」
圧倒的な強者感の演出って難しいな。
「…そろそろ玉切れですか?」
「何だよてめぇ…物理型で成り上がった特色じゃねぇのかよ…」
「あの金の剣聖とかいう人には剣で応対しましたけどそれが私の全てではありませんので」
「ふん…いいさ。どちらにしても剣でも魔法でもその檻は破れねぇだろうし、計画変更だ。じわじわとなぶってやるよ」
「規格外なら猶更惜しいわ。今からでも私の僕になれば色々とすんごーい良い目を見せてあげられるわよ?」
「…………非常に魅力的なお誘いですが、まずはお友達からお願いします」
「チッ…私の誘いを断るおバカには少し教育が必要ね!」
横の手下が持っていた弩を奪い取ると私の胸を目掛けて躊躇なく引き金を引いた。
いろいろな意味でやり慣れているのだろう。
狭い倉庫の中、それも10メートルと無い至近距離で放たれた矢は私の胸に突き立った。
「ふん…舐めた態度の割には案外呆気なかったね」
心臓の位置に突き立つ矢は誰が見ても即死…それでなくとも致命傷には違いない。
その安堵したような顔も平然と立ったままの私と一切流れていない血に気づくと徐々に焦りが見えて来た。
言わずもがな。
私は躱せる、掴める矢をあえて受けたまでに過ぎず、矢も胸のプレートは抜いたが肉体には刺さっていない。
「そろそろ茶番を演じるのも飽きて来たので種明かしでもしましょうか」
一度はやってみたい仕草No.9、ボロボロになった装備を引きちぎる様に剥ぎ、上半身裸になる。
玉の肌と鋼の肉体の融合、まさにギリシャ彫刻のような肉体。
「御覧の通り、貴方達の攻撃は私に一切届いていません。装備はお気に入りだったので少々惜しいですが…買えば済む話です」
「……はっ、いくら防御が凄くても…だ。この檻は―――」
「よいしょ」
檻の格子を掴み、横に広げる。
ギギギギと軋む音を立てて人が通れるほどの隙間が作れた。
穴を通って外に出たらまた格子を戻して現状復帰させておくが、若干いびつな形状になったのは目を瞑ってほしい。
「これで一応元通りっと。 檻が…何でしたっけ?」
「魔法強化済みのミスリル鋼の檻を素手で…!? いや、能力低下系の付与もしてあったんだぞ!? どんな手品だ!!」
「あ、あんたらぼさっとしてんじゃないよ!」
使いの方…イレーヌさんが檄を飛ばすと呆気に取られていた有象無象が動き出した。
四方八方から矢、魔法、ナイフ…投石も?
今度は受けてあげる理由は無いのでささっと躱してクロウの目の前へ。
向こうからすれば視界から消えた瞬間に目の前に現れたと感じるだろう。
「王手」
「へ?」
下手に殴ると殺してしまいかね無いので魔法で麻痺させる。
なすすべも無く地面とキスする親分を目の当たりにした部下たちの対応はおよそ2通りに分かれる。
今までの事柄から絶対に勝てないと悟り逃げる者、そして仇討に燃える者。
「少なくともクロウさんとイレーヌさん、貴方達は捕まえさせていただきます。そして向かってくる有象無象は憲兵へのお土産にでもしましょうか」
「………」(麻痺して痙攣中)
「殺せぇ!」
「生かして返すな!!」
逃げる者はとりあえず放っておく。
捕まえた奴らの口を割らせれば何とでもなるだろうし、こういう集団は一度砕けばそれほど大きな事は出来ないはずだ。
向かってくる阿呆は…片っ端から麻痺、睡眠、恐怖、威圧…行動不能になる魔法を浴びせて無力化する。
あれだけの人数がいた倉庫も数分と持たず、現時点でまともな状態にあるのは2人だけ。
私と、彼女のみ。
「ヒッ! そ、そうだ。ただで!タダでヤらせてあげるからさ!見逃して――」
「………ダメです」
間が有ったのは決して、決して天秤に自分の理性と感情を載せて検分していた訳では無い事を付け加えておく。
お待たせしております。
まだPCが治らない…よりは買い換えレベルだなぁ。
痛い出費ですわ…