王都にて その1
でかい。
途轍もなくでかい、というのが私の第一印象だ。
既に何度も訪れているとはいえ、見慣れているのは貴族街の一部のみ。
正面の門から入るのは初めての経験だ。
門をぶち破って外に出たのはノーカウントとする。
重厚な石造りの城壁、高さは15メートル程だろうか、一部突出した塔のような物見にバリスタのような兵器もちらっと見えた。
門の大きさは現代の大型トラックでも余裕をもって通れそうな程大きく、ここの扉を据え付けるのは余程の苦労が有ったと想像に難くない。
ほえー…と半放心状態の正にお上りさんな私に声が掛けられる。
「失礼いたします。特色冒険者のアダム様とお見受けしますが」
「…あぁ、はい。アダムは私ですが…貴女は?」
ブロンドの艶やかな髪は肩ぐらいまでに揃えられ、やや自己主張の強そうな釣り目に自信と冷静さを兼ね備えた顔。
何よりも制服に収まらんばかりの豊満な胸とスカートから見える艶めかしい足。
これで事務員?無理でしょと笑い飛ばせるほどの美女だ。
「私は冒険者ギルド王国本部の支部長の使いでございます。馬車を用意しておりますのでこちらへどうぞ」
「はぁ…お世話になっております」
流されるままに守衛?検閲?門番?をスルーして女性の後ろについていく。
風に運ばれて恐らく使いの女性のものと思われる香水が香って来た。
…この香りは…と思考する間もなく後ろから聞こえる大声に振り向いた。
「アダムさーん!約束をお忘れなきようにー!」
歳の割にすげぇ大声だ。
結局、スモークチーズで商人魂に火が着いたスコッチさんはアレヤコレヤと商材に目を輝かせて騒ぎ、それを聞きつけた他の商人も一口噛ませろだのその味はどんなもんだのちょっとしたお祭りになった。
最終的にはスコッチさんが取りまとめてくれるらしいがスモークチーズの生産が決まらないうちに販売権利が決まってしまった。
作るのはまぁ…チーズを燻製すればいいだけ(ど素人感の考え)だし、アダム村に打診して見よう。
っとスコッチさんに向けて手を振っておく。
「…こちらへ」
はいはい、今行きますよっと。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
用意された馬車は一見すると普通の、どノーマルの馬車だった。
特別待遇を期待していたわけでは無いがちょびっとだけがっかり。
「どうぞ」
使いの方がドアを開け、私を誘導してくれる。
大企業の社長のような扱いを受けるがそんな重役になったことも無い訳で…。
「ありがとうございます」
と、澄まして馬車の踏み台を上がる。
馬車の中は薄暗い…というより暗い。
中にはカーテンどころか窓も無く、これが本当に賓客用か?と思えるほどに疑問が高まっていく。
とりあえず後部席に座りると、使いの方が扉を閉めて対面側に座る。
すると間もなく馬車が軽く揺れて走り出したことが分かった。
「まずはこのような馬車での移動をお許しください」
会釈では無く40度は有ろうかという深めの謝罪。
自分が頭を下げる事はあっても下げられる経験はほとんどないのでちょっと狼狽してしまう。
「頭を上げてください。きっと理由があってのことでしょう?」
「…ご明察の通りです。如何に王国内とはいえ多少なりとも悪事を働く者もおりますれば貴族も一枚岩ではありません」
「そんなに?」
「悪党であれば白昼堂々…というのはほぼありませんが貴族であれば多少強引な手段でも『是非ご挨拶を』という方もいらっしゃると思います。相手が特色であれば猶更…その価値は目先の金、悪評に勝るかと」
「でも普通そんな事をされて招待されても好印象は持たないのでは?」
「特色もいろいろな方がいらっしゃいますので…。報酬、名声、信仰心…戦いそのものが理由だったり、自らの力の向上のみを目指す方もいらっしゃいますね」
「へー」
「興味本位なのですがアダム様はどのようなきっかけで冒険者に?」
「え゛…」
会話というのはキャッチボールである。
良い所に投げれば相手も受け取り易いのは当然であるが、ドコが良いのかは人によって差異が激しい。
この場合、相手にとっては当たり障りのない内容であると思った上での問いだが私にとっては非常に取り辛い暴投だ。
何しろ世間一般の常識を学ぶために冒険者になったなど到底言える訳も無く。
「…えーと、大した理由なんてありませんよ。食っていくために他に道が無かっただけです」
「? アダム様は異例のスタートで確か…緑ランクからだったとか。そして金の剣聖に認められ、これも異例中の異例として特色に認定されたと伺っていましたが…それもかなり短い期間で。それほどの腕をお持ちで食うのに困るというのは聊かおかしな話ですね」
はい、嘘はつくもんじゃないですね…。
有名人でかつ異例の出世をしていれば過去も掘り下げられる訳で…。
「えーとですね………私が金に疎い事と縁あってオースに流れ着いた所でいろいろありまして、ギルドの支部長と懇意になり、実力を認められて……ってことですね」
「なるほど…元は旅を……凄く遠方となれば隣の大陸ですか?それとも別の?」
「…その辺は追々。まだ誰も踏み入った事の無い地図に無い地…とでも表現しましょうか」
「前人未到の地…ともなれば付きまとう危険も相当のもの、ましてお金など意味も無くなる事も…その強さの理由の一端が分かった気がします」
嘘に嘘を重ねたが、これは全てが嘘では無い。
実際に向こうはすごーく遠いし、こちらの人は誰も行った事の無い未踏の地だしね。
と少々長い間、あれこれ会話をしていると使いのお姉さんの具合がちょっとおかしい。
「……ふぅ…」
「どうかされましたか?」
「あっ…失礼しました。締めきっているので少々暑くて…」
「窓…は無いですもんね…上着でも脱げたら楽なんでしょうがね…」
「よろしいですか?」
「え、どうぞ?」
何がよろしいのか、反射的に許可を出してしまったがその意味はすぐに判明した。
使いの方が胸のボタンを一つ、また一つと外していったのだ。
流石に全てのボタンを外さなかったのは少々残念…ゴホンゴホン!当然として、胸元をはだけ、足を組みなおし…という様は異様に、猛烈に異性を意識させる。
こんな密室でそんな状態にあったら以前の私であれば恐らく男性としての性が芽を出していたかもしれない。
「ふぅ…お見苦しい物を晒してしまい申し訳ございません」
と深々と謝罪すると余計に谷間があぁぁぁぁぁ!!!
だが奇妙な事に精神的にはそれほど慌ててもおらず男性の男性たる部分が主張する事も無く。
「お見苦しいなど…むしろ目の保養になります」
とニッコリ返せる始末。
イケメンの今だからこそ許される所業であることを付け加えておく。
また、胸元が開放されてから一層匂いが濃くなったように感じる。
王都についてから香っていたやはりあの匂いだ。
「この香り…ラベンダー…ですよね?」
「あら、お詳しいですね。最近やっと王都へも供給されるようになった新商品ですね。もしかして…ご不快でしたか?」
「いやいやそんな! その香水には私も一枚噛んでいましてね、無事流通に乗っていることを実感できてうれしい限りです。それにこの香りは安らぎますしね」
「…安らぐのであれば宜しゅうございました」
実家のトイレの芳香剤を思い出して安心するなんて口が裂けても言えない。
それはさておきメトヴェーチさんに話していたラベンダーの利用は上手く運んでいるようで重畳だ。
で、会話の種も尽きかけているがまだ到着しないのか?
体感では30分ぐらいは過ぎていると思うけど。
「……ギルド本部って結構離れているんですか?」
「えぇと…そんなに時間は掛からないと思っていたのですがどうにも道が混んでおりますようで…少々見てまいります」
そういうと御者の窓をコンコンと叩いて「少し止めて」と話すとすぐに馬車が止まった。
使いの方はすぐ戻りますと残して消え、戻って来ないまま馬車が動き出した。
「え、ちょっ…」
慌ててコンコンと御者窓を叩くと少しだけ戸が開き、「事情説明の為に先に向かった」と不愛想に話された。
まぁ、そんなもんか…と思いカタカタと揺れる車内に身を任せる事にした。
長年愛用していたPCが逝ってしまわれた…
ちょっと修理か自作で時間使うかもしれません(予防線