王都への道程
はい、皆さんどうも。
管理者こと、アダムです。
私はオースからエネキア王国首都を目指して馬車移動中なのですがね…これがね…。
既に5日目に突入して非常に暇を持て余しております。
こういう道中によくある盗賊がーとか凶悪なモンスターがーとか…一切ございません。
つい先日もコーウェルさんとキルスティンさんに釘を刺されたので『冒険者』としてなるべく常識的な振る舞いを頑張っているのですがどうにもね…。
周りには御者とか馬車の相乗りとか護衛の冒険者も居るから転移する訳にもいかず、夜になっても耐性解除して寝る訳にもいかず…夜は見張りの交代なんかを代わることで若干憂さ晴らしはやっているけどね。
それでも後2日か3日は覚悟しなければならないとか。
「暇だ…」
「…移動中が暇、というのは大変よろしい事です」
呟きがつい口から滑り落ちてしまった。
ガタゴトとお世辞にも乗り心地の良い馬車ではないので騒音もそれなりに有る。
その中で私の独り言を拾われるとは思っていなかった。
顔を上げると身なりの良いご老人がニコニコと笑顔でこちらを見ていた。
歳は50後半は確実に越えた顔の皺に8割の白髪、だが年齢を感じさせない強い瞳が印象的だ…ご老人と評したのは失礼かも。
数日も同じ車内…といっても数台が列をなすキャラバンだから見ていない顔も多い。
恐らくは初めてじゃないかな?
「独り言を聞かれたようで、お恥ずかしい」
「ほっほっほ…暇ということであれば同じ暇人の世間話に付き合って頂けませんかな?」
「ええ、暇を潰せてなおかつ、有益なお話がお聞きできるのであればお付き合い致しましょうとも」
ご老人はよっこらしょっとゆっくり体を動かすと「ごめんなさいねぇ」と揺れる馬車の中を後方へ驚くほどスムーズに移動する。
馬車の一番後ろ、丁度積んである荷物が影になり、御者や中ほどに乗っている乗客の死角に入った辺りに座り込み、胸元から煙草っぽいものを取り出した。
見た目はキセルに近い、恐らく煙草の類かな。
「ちょいと失礼………ぷふぅ~………いやはやいくつになってもコレだけは止めれんでねぇ…」
「周りに配慮もされているようで…」
「ほっほ…妻から毎回お小言を言われましてね。コレをやるときは『周りの皆さんに配慮しなさい!商人は顔売りと心配りが命でしょ!』とね…」
「なるほど、ご立派な奥さんですね」
「私からすれば口五月蠅いだけですが、特色の方に褒めて頂けるのならば良い土産話になるでしょうなぁ」
分煙の概念があろうが無かろうが周りからすれば煙い、臭いなど苦情は出る。
それと、当然私が特色であることも知られているよね。
王国でさえ話で既に伝わるならオースの中ではそれこそ知らない人いないのかもしれない。
「申し遅れましたな。私は赤い狐行商団のスコッチ・コールマンと言います。以後良しなに」
「あぁ、メトヴェーチさんの所の…どうもお世話になってます」
「そう言えばオースはあの方の管理でしたな…王都で時間があれば是非に行商団の王都本部へいらしてください。ウチの上司から是が非でも…と仰せつかっておりますので」
「はぁ…」
メトヴェーチさんの所とはそれなりに懇意にさせて貰ってるが、本部に是が非でもと言われるほどの事か?
怪訝な顔をしているとスコッチさんから理由が語られた。
「おっと、いきなり是非にと言っても何故?という疑問が浮かんでいますので少し説明させて頂きますとね…」
そう言って紫煙をぷかぁ…と出すと幌の外へと流れていく。
私は煙草を嗜んだことは無いが映画やドラマ等で見る姿にあこがれるものはあった。
…今のイケメン具合(自称)であれば様になるのでは?
いや、むせて恥を晒す前に自重するか。
「ウチの上司…コンディーヌ様というのですが、最近メトヴェーチさんが大きな成果を上げているのを大変危惧しておりまして…。で、調べた結果、成果の裏にはとある冒険者の影が有ったとか…」
あっはい…私ですね。
と言ってもそこまでの大きな成果だったか?
ハンバーガーもどきに馬車用のゴム替わりのクッション材、板バネ用材料の買い付け…ぐらいだったと思う。
「向こうが先に手を付けた案件に後から乗るのも癪ではありますが、ウチの上司もかなりの負けず嫌いで…特にライバルともいえるメトヴェーチさんには絶対に負けたくないようで…如何でしょう、ご一考頂けませんか?」
「ええと、伺うぐらいでしたら…」
「あぁ!そうですか、いやぁ助かりますわぁ」
柔和だった顔が破顔し、安堵に染まる所を見ればこの人も恐らくは中間管理ぐらいなのだろう。
上司からは無茶振りされ、客先には飲んでもらえるか分らない条件を振る…営業のつらい所だ。
「これで私の首もまだ繋がっていられるというものです」
「…そんなに厳しい方なんですか?」
「まぁ…承諾頂けたってことで雑談程度にですが…厳しいというよりお金に、と言った方が宜しいですかねぇ。文字通り守銭奴ってやつですか…あ、もちろんですがこの話は内緒でお願い致しますね? あの地獄耳にコレが入ったら私なんてどんな無理難題振られるかわかったもんじゃありませんから」
「はははは、私も以前は上司が居た身ですからその辺は大丈夫ですよ」
「ほう…特色ほどの方に上司とは…どこかにお仕えしていた身ですかな?それとも騎士団や兵団などでしょうか…?」
「あー、まぁそのへんは…察して頂ければ…」
「…私としたことが少々出過ぎた事を聞いてしまいましたか、いやいや失敬」
咄嗟にに誤魔化したが良いように?勘違いしてくれたようだし良い事にしよう。
それにしてもあの元上司の課長はどうしてるのか、今となっても罪悪感すら微塵も感じないけどどうなったかぐらいは興味はある。 知る由は無いのだが…。
「お近づきの印に、どうですか?」
差し出されたのはこちらであまり見た事の無い金属製の缶。
恐らく中身はお酒だろうか。
「頂きます」
開けた缶から漂うのは煙と酒精の強そうな香り…となれば…お酒だ。
この管理者の体はあらゆる耐性を持っているがゆえに酔えない。
酔うとすれば耐性解除する必要があるが前述の通りにここで解除などすればどうなるか分からない。
だが、コミュニケーションの為には飲むことも必要というジレンマ。
「蒸留酒…ですかね?」
「流石、お詳しいですな! これをチビリと含み、コイツで…ぷかぁーっとやるのが生きがいでして」
すっと軽く口に含むと広がるスモーキーな香りにほろ苦い味わい。
喉を焼くアルコールの熱さが残る。
これで酔わないというのは何とも罪深い体だよ…今度の解除の日には飲もうと心に決めた。
「中々強めな酒ですね、では私からは摘まむ物でも出しましょうか」
と言ってもお酒なんて付き合いとか居酒屋で飲むぐらいしか経験がない。
定番どころを見繕って準備して見る。
「これなんか如何ですか?」
「これは…チーズ?にしては色が少々小さく…黒いですな……」
さらっと定番として出してしまったがこちらではスモークチーズって無い?
商人だし、蒸留酒も嗜んでいることから摘みにも詳しいと思ったがそうでもないのかな?
摘まんだチーズをくるくると見まわし、口に放り込むと目の色が変わった。
「………んむっ!? これは!! 何という濃厚なチーズの旨味…それだけではない、その強い旨味にも負けない芳醇でそれでいて馨しい薫り……これならばッ!」
と鼻息荒く、私に預けていたあの酒の入った缶――スキットルというらしいね、それをなるべく丁寧に奪うと一口。
チーズの後味を残したままの口内に蒸留酒を流し込む。
もう顔の朗らかさから結果は言わんでも良いと思う。
「………うまい…」
シンプル故にそれ以上が無い回答です。
私は以前からそれほど酒を嗜む訳では無いのであまり、合う合わないの感性が無いのでちょっと羨ましい。
唐揚げにハイボールとかは分かる気がするけどね。
「アダムさん、何ですかこれは!?」
「えっと…チーズにちょっと手を加えた物でして…何をしたかは秘密ですが」
「是非ウチの商会…いや、ウチの部門で扱わせて頂きたい!」
これはやっちゃった感あるなぁ…。
お待たせしております(定型文)
100話で少しだらけてしまったので引き締めねば