玻璃の色
ガラス玉の中に夢を閉じ込めることができたとして、一体どんな夢を詰め込むのでしょうか。
僕には「彼女」の夢も、「僕」の夢もわかりませんが……。
僕なら「来世は猫に生まれ変わりたい」という夢を是非閉じ込めたいです。きっと雛菊みたいな色だと思います。
小さなガラス玉の中に、夢を溶かし込んでいた。手のひらの上に載るような、透き通ったガラス玉。その内側で、儚い夢が輝いている。
幼い頃から胸の内で守ってきた夢は、酸化ケイ素に包まれて光を反射した。
僕は手のひらに載ったガラス玉をつまみ上げて、太陽の陽にかざしてみる。
「綺麗…」
思わず呟いてから、ガラスをテーブルの上の瓶に戻した。コーヒー豆の入っていた瓶は、ガラス玉でほとんどいっぱいになっている。
僕が今までに集めてきた夢だ。ひとつひとつに詰め込まれて守られている。
初めて僕が夢をガラス玉に閉じ込めたのは、僕が十三になってから初めて迎えた夏で、初恋の少女のものだった。
彼女は綺麗な歌声をしていて、たまに僕だけに歌を聴かせてくれた。
「私の夢は、いつかきっと消える。だから、あなたの作るものの中に閉じ込めて、消えないようにしてくれないかな。そうだ、ビー玉がいい」
僕はガラス細工師の息子で、幼い頃からよく色々なものを作っていた。それを知っていた彼女は、僕にそう頼んだのだ。
「消えない夢にしてよ」
僕は約束した。彼女が歌に込めた夢を永遠にすると。僕は彼女に預かった夢を大切に、綺麗なままでガラス玉の中に仕舞った。
それが僕の、一番最初に夢の欠片だった。
あれから何人もの夢を欠片にしてきた。それは、本人にプレゼントすることもあれば、僕の手元に残ることもあった。
だけど、確かなのは、どれも美しく光り輝いていたことだ。
僕は作業終わりに紅茶を淹れながら窓の外に目をやる。庭では亜麻色の髪が風になびいている。
「お茶にしよう」
窓を開けると、彼女は振り返って、はぁい、と返事をした。
初夏の風とともに帰ってきた彼女の目には夢が宿っている。僕には作ることのできないガラス玉の輝きだ。
「ねえ、昨日のあの人、あの夢は弟にあげちゃったんだって」
彼女はお行儀悪く立ったままティーカップに口をつける。僕は座ってのんびりとお茶を楽しんだ。
昨日、若い女性が僕のもとを訪れた。海の向こうを旅したかったが、二年前に体を壊して叶わぬ夢となったのだという。そしてその夢をガラス玉にして欲しい、とやって来たのだ。
僕は彼女の夢を、その場で丁寧にガラス玉に閉じ込めた。ガラス玉は、今まで見たどれよりも強い光を秘めていた。
どうやら彼女はその夢を弟に託したらしい。燻る思いは再び燃えることだろう。
「誰かに夢を託すことで夢を守る人もいるんだよ」
彼女はわかっている、と毒づいた。
彼女自身もその内のひとりだ。
「…私の夢は、あのガラス玉の中でずっと生き続ければいい」
僕は作業机の上に飾っているガラス玉を見つめる。透明なガラスの中で、太陽の光を浴びて眩しく輝いていた。
それは、僕があの日に初めて作った、彼女の夢の詰まったガラス玉だ。
彼女は僕がプレゼントしたガラス玉を受け取ってはくれなかった。
「私が持ってたら、嫌になった時にきっと割る。だから、代わりに持っていて」
僕が彼女にガラス玉を差し出すと、彼女は僕にそう言ったのだ。
だから僕はその初めてのガラス玉を、今も大切に飾っている。少しだけ、歪なガラス玉を。
「…まだ、割りたいと思う?」
彼女はカップをソーサーに戻し、にっこりと笑った。
「ただあなたに持ってて欲しいだけだよ」
子供っぽさの残る瞳がまっすぐに僕を見つめている。陽の光が透けて、あの四年前の初恋を思い出す。
僕は先ほど完成したばかりのガラス玉をもう一度陽に透かしてみた。この中には、僕の今の夢が詰まっている。
僕は学校をやめて、今は父の仕事の手伝いをしながらガラス玉を作って小遣い稼ぎをしている。彼女はまだ学校に通っていて、たくさんのことを僕に教えてくれていた。僕たちを形を変えて幼馴染としての付き合いを続けている。
そんな僕の今の小さな夢は、ガラス玉の中で美しく輝いてくれる。
僕はそれを、彼女の手のひらに載せた。
「ただ、君に持っていて欲しい。僕の夢だから。」
ガラス玉の上に、一粒の涙が落ちた。