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俺は銃を担いで、朝日の中を進んだ。
暫くすると、足跡がだいぶ新しくなってくるのがわかる。
餌を食べるために立ち止まった分、距離が縮まっているのだ。
獲物が近くなる空気を感じて、俺は銃の状態を確認した。
まず風系統の魔石やら変な草やらの粉末を筒に入れて、次に鏃が付いた棒を入れる。
あとは構えて、火の魔力をこめれば発射だ。
火の魔力が扱えない奴は、魔石で筒の外側から粉末を叩いたっていい。火によって勢いづくのは当然風だ。
風の魔力が筒の中で膨らんで、鏃を押し出すのだ。
それで鏃は風の魔力を十分に受けて、弓矢よりも早く飛ぶ。
俺は銃を撃つのは上手くなかった。
そりゃ人並みにはできるが、中には目を撃ち抜くやつもいる。
軍人ともなれば何百メートルも離れたところから飛んでる鳥を落とすやつもいるらしい。
足跡や食痕を確認すると、まだ剥がれたばかりの木の皮があった。
近くにいる。
足跡を確認して、先回りをしようとルートを確認する。
山を登りながら突っ切れば、短縮することができる。鹿の癖は長年の経験でわかる。
待ち伏せてやって来たところを打てばいい。
どうやら、この足跡から見るに、牡鹿が一匹で行動しているようだ。
秋に雌の群れと合流する以外は牡鹿は単独行動だ。
この牡鹿は相当でかい。
これを狩れば、俺も一躍有名人、どころか英雄になれるだろう。
西日で影がびよんと伸びていた。夜になれば奴は山を下る習性がある。
天敵の狼が活発になる時刻になって、追われる立場になったときに、登り坂を駆け上がれるようにするため、らしい。
獣道と思われる場所について、荷物を降ろす。
干し肉を取り出して、そのまま噛む。
あまり旨くはないが、何かしてないと気がくるってしまう。
もう野営地を決めなければ、というところでそいつは現れた。
白波鹿。
白い毛並みにうっすらと濃淡がついていて、それが金持ちに受けてるらしい。
冬になると毛は白くなるのと、育てば育つほど波模様が複雑になる。
泡波や輪島など、模様に名前が付いていて、珍しい模様ともなれば一頭で数年遊んで暮らせる程の金になる。
毛並みは分からなかったが、妙な違和感があった。
俺は山を下るようにして降りてくると思って、上の方を見ていた。
だがそいつは予想に反して、下から現れたのだ。
まぁ、上を狙うよりは下を狙った方がいい。
俺は銃を構えて、白波鹿を狙った。
筒の元と先についてる印が3つ並ぶようにすれば、まっすぐ飛ぶ。
俺は狙いを絞った。
距離は30メートルくらい。ちょっと先を狙うくらいでいいだろう。
引き金を引こうとした瞬間、違和感の正体に気が付いた。
その鹿は追われているようだった。
慌てて銃を降ろして見回す。
なんということだ。
雪煙を上げて疾走するのは、馬鹿みたいにでかい熊だった。
雪崩熊。
おとぎ話じゃ月と相撲を取るほどにでかいという。
たしかにそうだ。
あれはやばい。
しばらく呆然とするが、身の危険に気が付いた。
鹿は後ろ足の力が強く、登り坂を登るのが得意だ。
たぶん逃げ切るだろう。
そして雪崩熊の目の前に残るのは俺だ。
やばい。
俺は慌てて荷物をつかんで立とうとした。
そのとき、いきなり鹿がスピードを上げた。
手を伸ばせばとどくほどの距離を、波が通り抜ける。
こいつ、嵌めやがったのか……!!
もう逃げられない。
雪崩熊が白波鹿を襲うなら逃げられる。
だが、熊と鹿の間には俺がいる。
雪崩熊は茶色い毛並みをしたバカでかい熊だ。
青っぽい目はこちらを見ている。
目標が俺に変わったのがわかった。
俺は慌てて銃を構えた。
心臓がばくばくと音を立てる。
あまりのでかさに手が震えて、銃口があっちこっちへと暴れた。
でもこのまま何もしないで死ぬのも癪だ。
熊の肩辺りがぐっと膨らむ。
毛皮の上からでもわかるほどの太い筋肉。
それで顔を殴られれば、俺の頭は卵と同然。
ぴしゃっとなってしまう。
熊がとびかかってくる。
何もしないでやられるつもりはない。
無意識に勇者様に祈りながら、俺は一か八かで火の魔力を込めた。
火事場の馬鹿力か、一瞬で魔力が籠って、すぐに鏃が射出される。
次の瞬間、雪崩熊は大口を開けたまま時を止めた。
が、勢いそのままにジャンプしてくる。
盛り上がった筋肉が伸びきるのと同時に、熊は口から吐血した。
何とも言えない音が聞こえたかと思うと、雪の色が変わった。
変わった雪からは湯気が立ち上っている。
雪崩熊ゆっくりと倒れた。
その緩慢な動きとは裏腹に、地響きとともに横たわる。
そして森は静かになった。
俺は、やったのか?
い、いきてる、のか?
この数秒が信じられなくて、尻もちをついてしまう。
足がガタガタと震え始める。
思考もまとまらない。
ふと視線を感じて、山の頂上の方をみると、そこには白波鹿がいて、こちらをみていた。
じ、っとこちらを見ている。
賢しげな黒目で、見下ろすようにしていた。
俺を見ているのか、熊を見ているのか、それとも、この信じられない光景を理解しようとしているのか。
そ、そうだ、そうに違いない。
俺は、やったんだ。
鹿を見ていたら急に現実味を帯びてきた。
銃を杖にして、なんとか立ち上がる。
足はがくがくと、それこそ小鹿のように震えている。
鹿はグフ、と鼻を鳴らすとくるりとこちらに背を向けて歩いて行った。
俺が銃をもう一発撃つとは微塵も思っていないのだろう。
立派な角を上下に少しゆらしながら、そいつは去っていった。
しばらくそいつが消えた方を息荒く見つめることで、落ち着きを取り戻してきた。
薄暗くなってきた。
急いで熊の頭が下になるように方向転換させる。傷を下に向けて、血抜きを行うのだ。
でかい熊だ。力自慢の俺でも、引きずるのが精いっぱいだった。
木を一本切り倒して焚き火を作る。
なんとか完全な暗闇に包まれる状態は避けることができた。
少し休んだ俺は、たき火の近くで熊の解体を始めた。
明日運ぶ時に、ばらしとけば楽にできる。
血と酒を合わせて煮立てて飲むのもいいし、内臓は狩りに参加したやつしか食べれない。
ロープを片足ずつ結び、仰向けにして股を開くように木に括り付ける。
白い腹部にナイフを入れて、のどまで切り下す。
やたら重い内臓をだせば、熊自体は軽くなる。薄暗い中の作業だし、雪崩熊の解体なんて3回くらいしか経験したことがない。
坂道の中の作業は体力も奪う。
ここで休憩だ。
濡れた手を雪で拭う。
採れたばかりの臓を火であぶって食らう。
火にぼんやりと照らされた熊を見ていると、今更ながら実感がわいてくる。
リーダーや仲間どころか、社長も祝福してくれるだろう。
それを想像しながら、酒に血を入れて飲み干す。カッと身体が熱くなる気がした。
残りの作業を進める。
人間でいう足首のあたりに、くるりと一周切れ込みをいれ、内側から腹に向かって切れ込みを入れていく。
毛皮をはぐのだ。一応傷つけないように注意を払うが、全く心配はしていない。
臓を出すにも皮を剥ぐにも、本当は色んな専用のナイフが必要なのだが、どうしようもない。
今は一人だし、このままでは運べないのだ。
吊るせないという不便な状況でも、俺は何とか作業を終えた。
雪の上に毛皮を広げておいて、今日は休むことにする。
肉の解体は明日にする。
俺は何とも言えない気持ちで眠りについた。




