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俺は小さいころから、父親に育てられてきた。母は早いうちに死んでいた。
父は町のギルドに属する職人親方で、数少ない見習いと、工房を切り盛りしていた。
小さいころは父のことが好きだったと思う。
休みの日には見世物小屋に連れて行ってもらったこともあるし、カルタだって買ってもらった。
物ごころついて暫くすると、父は俺にいろいろ教え込もうとした。7つか8つの時だ。
父はギルドに参加する、工房の親方だし、いずれは独立しても自分の仕事を継いでほしかったのだろう。
そんな父の教えはよく言えば熱心、悪く言えば暴力的だった。
毎日のように殴られ、馬鹿だ愚図だと罵られた。
でも休日になれば父は優しかった。
ガキの頃はそれでよかったが、十にもなれば、周りが見え始めてくる。当時の俺は、そのギャップが怖く感じられてきたころで、否定的な感情を向け始めるようになった。反抗期ってやつかもしれない。
妻がいなくなってしまい、身内が俺しかいなかったことも、父をそうさせたのかもしれなかった。
今となってはなんとなくわかる気もするが、その頃の俺は到底そんなものは受けれられたもんじゃなかった。
殴ってくる父は敵だったし、仕事終わりや休日にいきなり優しくなる様は不気味だった。
俺はついに父の仕事自体にも否定的になり始めた。
なんでこんな思いをしなきゃならないんだ、と毎日のように思った時期もあった。
そんなとき、一つの噂を聞いた。
どうやら、異国の地で、会社というものが興されるのだという。
その会社、というやつでは、個人個人が思い思いに商売をしていいことになってるらしい、と聞いた。
その会社という奴が、うでっぷしの強いやつを集めているのだ。
これだ、と思った。
親方と見習い、という関係にうんざりしていたし、ギルドなんて古臭いとおもっていた。
会社こそこれからの商売の在り方だ。
幸いうでっぷしには自信があった。
俺は会社という響きに魅了され、俺の興味はカンテラに群がる羽虫のように、ふらふらとそちらに向かっていった。
父のもとで作業しているときにも、頭ん中は新しい会社という組織についての妄想であふれていた。
会社の噂を聞いた次の日のことはよく覚えている。
父が俺の作ったものをみて、何も言わなかったのだ。
一目見て父は固まった。
やばい殴られる。そう思ったが、父は何も言わずにくるりと背をむけ、自分の作業場に戻っていった。
かっと顔が熱くなった。
自分に愛想をつかされたような、諦められたような気がした。
それから数時間後には、俺は街をでて、その会社がある国を目指していた。
その国は北にあるという。
金は、自分に与えられていた道具を質に入れてつくった。後は荷物運びなんかをしながら、行商とともに北を目指した。
道すがら、やはり後悔の念が襲ってきたが、そのたびに最後に見た父のあの無表情な横顔がでてきて、後戻りのきっかけをぶち壊していった。
いろんな人に話を聞いて、その会社の情報を集めた。
どうやら、北には雪深い森林地帯があって、そこにはたくさんの動物がいるらしい。暖かく手触りのいい動物の毛皮は大人気だ。
そこでその国では、動物から毛皮をとって、他の国の金持ちに売るっていう商売が始まったのだという。
昔は王様しか持てなかったようだが、今じゃ違う。ちょっと高い金を出せば、奥さんに毛皮をおくることだってできる、というのだ(商人のちょっと、だから、どれだけの額かは分からないが)。
沢山動物を狩って、世界中の金持ちに売りつける。
なるほど、こりゃ儲かりそうだ。
俺の中で、もう道具を売ったことや黙って出てきたことは忘れていた。
そしてこの地で働いて5年。
もう俺だって狩猟部隊の中堅だ。歳は19だが、腕は一人前だ。
が、リーダーになるには今一つ大きな成果が足りないようだ。
そこで降ってわいたのが今回の遠征だ。
というのも、少し前にこの一帯で、雪崩熊と銀星狼のでかい抗争があったらしい。
雪崩熊というのは馬鹿みたいにでかい熊で、春に雪崩をおこすのはその熊が山に突進するから、というおとぎ話がここら辺にあって、そこからつけられた名前だ。
銀星狼は冬になると銀色の真っ白な毛色になって、そこにぽつぽつと黒い斑点が混ざることがある狼だ。
この二つの獣は群れを作って生活するらしいのだが、そこで生活圏がぶつかったらしい。
もともと狼と熊は同じ生き物だったという伝説がこの国にはあるらしい。そこから二つに分かれ、狼は肉を食べることを選び続け、熊は木の実なんかも食べるようになったと。なら仲良くすりゃいいのに、とおもうが、決定的に仲が悪いらしい。
たまに熊と狼で大げんかが起こるらしいのだ。
それで去年負けたのが狼。
狼が過ぎ去ると、狼の好物である、鹿の群れがやってくるようになる。
そこを狙うのが我ら人間様、というわけだ。
その情報を複数の毛皮基地から入手した会社は、大規模な遠征団をいくつも編成した。
俺も勇んで参加した。
焦るように鹿を狩っていく。
腕前を認めてほしかった。
今回一人で行動しているのも、リーダーとの意見の食い違いからだ。
俺の経験とその勘が正しければ、この足跡は大物の牡鹿だ。
が、リーダーは頑として首を縦に振らない。
俺が臆病者、というと、呆れたような顔をした。
俺の大嫌いな、あの顔だ。
じゃあ一人で行け、という売り言葉に俺は相場の3倍で買ってやる勢いで啖呵を切ると、ここまで来てしまったのだ。
でも仕留めればわかってくれるはず。




