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毛皮貿易、という言葉に惹かれて書き始めました。
筆者は雪が全く降らない県で育ったので、雪国の人からみたら森はそんなぬるくねぇ、と思われるかもしれませんが、そこはそれとしてお楽しみいただければと思います。
「おい、戻ってこいっ!!」
最後に聞いたリーダーの言葉が頭をよぎる。
もうあれから何時間たっただろう。
早速俺は後悔しはじめた。
でもやってやらなきゃならなかった。是が非でも大物を仕留めて、目に物見せてやらなければ。
そしたら妻にもレースを買ってやれる。生まれてくる子供にも、暖かい服でも作ってやれるだろう。
そうやって自分を叱ったりおだてたりしながら、黙々と足跡を追う。もう数時間になる。
森は静かだった。
耳が痛くなるほどの沈黙、などと洒落た言葉を使うインテリ野郎もいるが、そいつは分かってない。
耳は耳当で覆っているのだ。もともと小さい音なんて聞こえやしない。だから仲間はみんな大声でしゃべるし、しゃべれないときは手でサインするんだ。
だいたい今だって風が吹いてるだろう。お前の耳は風を切る音もしないのか?
静かな森、ってのは、目でわかるもんだ。
動く気配、変わる気配がない。日の上り下りで明るさが変わるぐらい。
今みたいに晴れていれば特にそうだ。
ふと気が付いて、空をみる。
まずい、もう少しで日が暮れる。
冬の日の入りは早い。
地元の婆さんの話じゃ、冬は太陽がブーツを履き替えるんだそうだ。
なんじゃそらと思ったが、仕方がない。
おれは勇者信仰者だ。爺さん婆さんのおとぎ話は、酒のさかなぐらいにしかならない。
それはともかく、野宿の準備をして、火を熾さなきゃならない。あっという間に暗くなる。そうしたら足跡どころか目の前の木すら見えなくなるし、欲張ったっていいことはない。
背負い袋からスコップを取り出す。
足跡から余り外れない位置で、大きな岩らしきふくらみを見つけた。
風下らしき部分の雪をスコップで掘って、ちょっとした窪地を作った。
そこに背負い袋とスコップ、それに魔銃を置いて、次は斧を取り出す。
こいつで細い木を切り倒して、薪にするのだ。
本当は薪にするなら長い間ほして、水の魔素を抜かなきゃならないんだが、今はそんなこと言ってられない。
コーンコーンと斧を振るって木に溝を掘っていく。
受け口なんて貧弱なものは作らない。
リズミカルに斧の柄をしごきながら、斧の刃を入れていく。
しばらくすると、雪煙を上げて倒れてきた。
ヒョイと避けて、その場で手早く、根元から腕ほどの長さを切り出す。明日の朝の薪だ。
残りの長い方を縦に二つに割った。楔という小さい矢印のような道具を3箇所ほど斧の背で打ち込めば、楽に割れる。
枝を払って、手元に集める。
背負い袋から熾し縄を取り出す。
それを二つに割った長い木材に枝と一緒に挟み込んでいく。
この挟み込んだ部分がなるべく地面にまっすぐな方がいい。じゃないと上になった木ばかりが燃えることになるだろう?
そうなるように、枝を使って、支えを作った。
そうすれば準備完了だ。
あとは熾し縄に火の魔法を与えれば火が付く。
雪の上でも長い間たき火が取れる。寝ても燃えてるだろうし、岩陰はあったかくなるだろう。
本当は反射板もつくればいいんだが、今は材料がないからあきらめる。
俺は作った木材にしゃがみ込んで、基礎魔法を構築した。
ここらで暮らす奴は、みんな基礎魔法を火の魔法にする。
働く奴は、強制的にそうさせられる。
俺もその口で、もとは風を起こす魔法を使ってたんだが、こっちに来て変えた。
手のひらを縄に近づけて、集中して、んーと力む。
しばらくすると、じんわりと温まってくるのを感じる。
凄腕の殺し屋なんかは魔法を瞬間的に出すらしいが、俺たちはそんなことできない。というか、やろうという気にもなれない。
包丁でジャグリングするのは大道芸の奴等だけだろ?だからあいつらはそれで金を稼いでる。俺たちだって、足跡を追っかけて金を稼ぐんだから、似たようなもんだ。
しばらくたって様子がおかしいことに気が付いた。
熾し縄に火が付かないのだ。
原因は知っている。
ここらに火の魔力が少なすぎるのと、水の魔力に邪魔されてうまく通ることができないんだ。
もちろんここらにいれば、そんなこといつものことだ。
リーダーなんかはいつでもすぐに火をつけていたが、そういう奴もいるって話だ。
こうやって火が付かないときのために、俺らは硬炭を持ち歩いてる。黒い石で、2つでワンセットだ。持ちやすいように布が巻いてある。
こいつを近くで、ガチンガチンと、打ち鳴らせば、そのあたり一帯は火の魔素がちょっとは強くなる。
それからもう一回試せば、たしかに、火はついた。
熾し縄がゆるやかに燃え上がっていく。
頭のいい偉いやつの話だと、この熾し縄が、火の魔素をたくさんだしてあたりの水の魔素を追い払うんだそうだ。
そうしていくと、物に火が付きやすくなる。
目の前ではまさにそうなっていた。
熾し縄は小さな火しかついていないが、枝につく時には大きくなっている。
俺は柄がついた器に雪を入れると、焚き火の上に置いた。
二本の長い木が、ちょうど支えになっている。
挟み込んだ部分から火は上がるから、一石二鳥だ。
湯が沸くまで、寝る準備だ。
といっても、先切り出した腕の長さのほどの薪を椅子にして、あとは防寒更紗を身体にまけばそれでおしまいだ。
この更紗は海を渡った遠くの国で作られるらしい。
使われている糸が火の魔力をちょっと放出しているおかげで、水や風などの魔素が入ってこないらしい。
つまり寒くなりにくいのだ。
これを毛皮の上から巻けば、完璧だ。マスクみたいにすれば、寝ているときも多少ましだ。
素人の中にはこれを毛皮の下に巻く奴がいる。それじゃあ意味がない。
俺は焚き火から暖を取りながら、溶けてきた器の中身に、干し肉と固形獣脂をなげこんだ。固形獣脂はもちろん、鹿の脂を食べるために加工したやつで、木の実が入っている。それと塩辛い干し肉を煮れば、スープになる。
これが俺たち猟師の行軍食だ。
これを飲むと力が湧く。
脂は火と地の魔素でできてるから、身体にいいんだ、飲め!と、グロッキーな新人にも無理矢理食べさせる。
科学者の御託を信じれば、それは正しいことになる。
あたりはすでにすっかり暗くなった。焚き火は安定してきている。
耳当をしていても、たき火が爆ぜる音が聞こえる。しかし、それしか聞こえない。
もう一度雪をとかして、器にへばりついた脂も飲む。
疲労感と心細さで、妙なことを考えそうだった。
こういう時はさっさと寝てしまうに限る。銀星狼に襲われる心配もないのだ。
俺は小さい方の水筒いっぱいに入っている酒を、蓋一杯分煽ると、更紗を巻き付けなおして目をつぶった。
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