神のまにまに
強く純な願いが聞こえ、彼は動いた。ここまでの強さはいつ振りだったであろうか。人が来なくなり、供えもされなくなってからずっと動かなかった彼は、その声の元へと走った。
「お前はどうして哭く」
一人の娘が涙も流さず泣いていた。心が叫びを上げているのが、嵐の音の様だ。
「動物ですら欲求の為に、伝える為に鳴くのに、何故貴様は【何も無い】と心で哭くのだ」
言葉に出さずに、心が叫ぶ。ここ以外のどこかへ行きたいと。渦巻く叫びの嵐が集束し、一つのものになろうとしていく。後は言霊があれば完結する。人の姿を取ると、自らの黄金の眼でしっかと見詰める。
「真の願いを鳴け」
「私は……私は……! 私を必要としてくれる世界へ行きたい!」
心得たと、彼――白き4尾の狐は、言霊によって形を成したその願いを飲み込んだ。
狐のチカラを得て、社へと走る娘。彼はやってくるそれを眺め社の前で尻尾を振るう。池が現れ、紫陽花の華が咲き誇る。それは娘の心の風景そのもの。あちらへと移る為の池の水が辺りに吹き上がり、霧雨の如くにけぶっていく。
彼はつと、人の姿になると雨傘を渡す。娘に似合うだろう、紅い雨傘を。それは彼からの婚礼の祝いの品にもなる。
「こちらに来るという事は、人を捨てる事。よいのだな」
「はい、私を娶って下さいませ」
口吻をした端から、眷属へ成るチカラが流れゆく。もうすぐ、自分と同じ狐になるであろう。その前に、娘の血族がやって来る。
そのまま二人で話す姉妹を見やって思う。娘の想いは妹の祈りの裏返し。妹が姉を想えば想う程に、姉を縛り付ける。その祈りこそ裏返った呪い。それこそが、願いが純となった理由。それが分からずとどめようとする妹の哀れなれ。
人は願いを想う。口にした事は自分を縛る、思った事は心を縛る。それを反転すれば自らに幸いの縛りを、祝福を与えられんものを。――それが分からずして、失うのだ。連れて行こうぞ我が嫁を。我が巫女を。
彼は娘の妹には、何も語らず一瞥もせず、狐へと変化した娘を連れてあちらへと。
後に吹いた風は娘の嵐の残滓であったか。
紫陽花の花言葉
平和・団結
移り気・変節・無情・冷淡・知的・涼やか・神秘的
色々な意味があります。
三話、お読み頂きありがとうございます。