飛べない鳥、走れない獣
あなたは出来た姉よ。そう言われるのが嫌だった。
他の人と同じ事がしたかった。自分たちで汗水流して作った作物を頂く。そんな実感がしたかった。
妹や両親の様に陽に焼ける事も無く白いままの肌、荒れない手を見詰める度、私は[もらわれっこ]なんじゃないかと、いつも思っていた。
「いつかお姫様になっちゃうんだね、姉さんは」
誰かに決められた人生は嫌だった。だけど、私は選ぶ事も出来ず、どんどんと私の世界は私を埋めた。
見た目が何なのだ。見目が麗しいと言われるのが苦痛だった。それがあるから私は息が出来ない。私は私だからどこにもいけない。
大事にされるのも、まるで違うものとして扱われるのも嫌。私は、自分で選んで、私が納得する道を行きたかった。
「お殿様に見初められたよ。お前は本当に自慢の娘だ」
そう言われて笑顔に囲まれた時に、私の人生は完全に身動きが出来ないまでに固められた。じわじわと私を埋めていた泥は焼かれて陶器になって、私を留めようとした。
どうにか許されていた針仕事。決まった婚姻の為に、私の心は重い。いつもは簡単に出来る事、唯一の楽しい事なのに、針ですら私に牙を剥く。
「痛い……」
指から流れていく血。私の白い肌に流れていく紅い血。それですら流れていけるのに、私はどこにもいけない。妹の様に野山で動物を見たり、川のせせらぎも聞けない。
「お前はどうして哭く」
気付けば庭に狐がいた。その白い狐は、たまに見掛ける普通の狐とは明らかに違い尻尾が4本もあり、そして金色の眼で私をじっと見詰める。
「動物ですら欲求の為に、伝える為に鳴くのに、何故貴様は【何も無い】と心で哭くのだ」
私は……私は、行きたい。ここ以外のどこかに。
それが願いかと、白い狐はぱたりぱたりと尻尾を振りながら私に近付き形を変える。白い狩衣、白い尻尾、頭の上に三角の耳。そして金色の眼が私をとらえて離さない。
「真の願いを鳴け」
私は……私は……!
身体が軽い。山がこんなにもこんなにも綺麗。私は風の中に。嗚呼……私は、私は今初めて生きた!
山の下の村から嘆きが聞こえる。そう両親の、妹の嘆きが。
「そうね……あなたには分からないでしょうね……」
私の周囲に広がっていく紫陽花。私に似合うだろうとあの方が下さった雨傘。見たことが無い美しさ。
「姉さん……」
私の可愛い妹。可愛かっただろう妹がいた。私を見詰め境界で止まる。そう、そこから先はやっと私が掴んだ世界。
「あの方はね、私になーんにも求めないの。あるがままでいいと」
だから私はついていく。形が変わるのはあちらに行く為の必要な事。あの方は私の心を魂を求めてくれた。
「私は巫女になるの。だから人も辞めるの。だから……」
さようならと私が吐いた言葉は風に流れて、私は行った。
あの方の世界へ。
私を真に求めてくれた世界へ。