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姉の雨傘

 姉さんは私の誇りだった。

 楚楚(そそ)として、立ち姿は凛としていて、妹の私ですら見惚れる位だった。畑仕事をしているはずなのに、荒れもしないたおやかな色白の肌、カラスの濡れ羽の様な髪。まとまりの無いボサっとした髪に日焼けした肌の私とは似ても似つかない。

 内面もそれに合わせるかの様に、誰にでも分け隔てなく優しく、村の皆からも慕われていた。


 だから、お殿様の側室にとお話が来た時には、誰もが当たり前の様に思い、歓迎したのだった。


 でも……私は見てしまった。姉さんは、はにかんだ笑顔をしながら、どこか浮かない顔をしていたのを。どうしてなんだろう。とても名誉な事なのに。私には望むことも出来ないとても名誉な事なのに。




 姉さんが神隠しにあったのは、お殿様の迎えが来るその日だった。花嫁衣装の見たことがない位綺麗な白い着物を着て、紅をさして待っていたはずの姉さんは消えた。村人も、お殿様の家来の人達も必死になって探したけど、姉さんは影も形も無く消えてしまった。みんな酷く哀しんだのに、私は泣かなかった。泣けなかった。


「なんでだろうね……姉さん」


 綺麗な姉の妹から、ただの村娘になった私は、誰も見向きもしなかった。優しさよりもよそよそしさがあった。でも、それよりも私は姉さんのあの顔が忘れられなかった。理解出来なかった。


「そうね……あなたには分からないでしょうね……」

「姉さん!?」


 茅葺き屋根の隙間から、いや……もっと遠くから声が。私は声を追った。


 何もなかったのよ……私には……。


 風の様に聞こえてくるのは確かに姉さんの声。それを追っていつしか、山あいに私は入り込んでいた。急に池が目に入る。場違いに綺麗な紫陽花が咲き誇り、まるで貴族様の御屋敷の様な庭に繋がっていた。なんでこんな所に……と思った時、姉さんがいた。


「綺麗でしょう……雨傘」


 くるくると、雨傘を優雅に回しながら笑う姉さんはこの世の人には見えなかった。淡くて綺麗過ぎた。

 紫陽花の様に鮮やかな青で染められた着物は、白い蝶が描かれ、それがまた今にも飛び立ちそうに見える。黒めの帯には赤の飾り紐が綺麗に彩られ、昔ちらりと見掛けたお姫様よりもずっとずっと綺麗だった。


「あの方が下さったのよ……」


 愉しそうに笑う顔は見たことが無い淡さ。音にならない私の呼び掛けに反応した様に私を見詰める目が、目が金色に変わる。


「あの方はね、私になーんにも求めないの。あるがままでいいと」


 姉さんの腰から目と同じ色の尻尾が生え、頭の上にも三角の耳が。


「だから私は言ったのよ。私を連れてってと」


 ぱたりと動く尻尾もまた、雨傘と合わさって淡さって美しく、それはもう神さまみたいに。


「でも、あちらに行くにはケンゾクにならないとって」


 変わっていった姉。それでも、それでも私は姉を引き止め……られなかった。触れてはいけない美しさだった。そこにあるのは狐だった。


「私は巫女になるの。だから人も辞めるの。だから……」


 さようならと言った声だけは昔の姉さんの様で私は手を伸ばしたけれど、そこには小さな朽ちかけた社が1つあっただけだった。


 風が静かに流れていった。

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