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第二話 恋との約束により、愛にきたけもの。1-1

 それが当然だと思っているから、口にださない人がいる。

 そういう人を徹底的に――遊んであげるのがあたしの趣味です。

 水瀬 由紀



 現在、高校生の沢村弘樹や水瀬由紀に親はいない。


 親代わりの叔父さんや叔母さんもいない。

 親戚のような人も存在しない。

 二人がそれを不思議に思ったことは、幼い頃〝日本にきてから〟一度もなかった。



「ユウ社長は一兆円の負債を抱えました。全ての物件を売却します」

「うわああああああっ!」


 弘樹家の二階の自室で四度目になる絶叫を、弘樹と由紀は聞くことになった。

 その絶叫の主は、テレビゲームを本体ごと持って弘樹の家に現れた神道祐一だ。


 健康そうな浅黒い肌に短髪で長身と、いかにもスポーツマンといった風貌の少年である。

 望まずに、またしても祐一の叫喚を耳にする弘樹はもうげんなりしていた。


「さて、次は落ちゲー対戦といきますか」


 ここで祐一が一度立ちあがり背伸びをすると、ただでさえ背丈がある彼がさらに高くなる感覚を弘樹は受けた。


 祐一は弘樹や由紀と同じ御み浜はま北学園高等部に在籍する生徒の一年生で、十五歳にしてすでに身長が百九十センチを超えていた。彼の双子の姉である神道葵も百七十センチ以上あり、弘樹と比べてもほとんど変わらないため、背の高い家系であることは学園内でも周知の事実となっていた。


「もう十時を過ぎたぞ。そろそろ解散しようぜ。大体お前には姉がいるんだからゲームなら葵とやってろよ。ユキもいくら家が隣だからって、こんな時間まではさすがにまずいだろ」


 弘樹の発言に祐一がもとから二重になっている目をさらに大きく開き、その視線を由紀の方面へと向ける。


 そして――。

「ヒロがなんにもわかってくれねーよ! ユキちゃーん! うえーん!」


 祐一は大袈裟でわざとらしい泣き声をあげ、由紀に助けを求めた。


「よしよし、うんうん。今のはちょっとヒロくんが言い過ぎだよね。にゃははっ」


 利害が一致したのか満面の笑みを浮かべて、由紀が祐一の味方をするように優しくその頭を撫でた。


 まだ二人とも帰りたくないだけのようだった。


「だろ! だろ!! さすが俺のユキちゃん、わかってルゥー!」


 ――こいつら、うぜえ!


 行き場のない怒りを感じながらも、先刻のやりとりを弘樹は黙って見ていた。


「大体、少し考えたらわかるだろヒロ! なんで俺がクソ重い据え置きの本体まで担いで、携帯ゲームすら持ってないお前の家まで対戦ゲームをやりにくるのか!?」


 鼻息を荒くして、祐一が興奮気味に弘樹の肩を揺らす。


「いや、だから相手が俺じゃなくても今のゲームなら……」


 そんな反論の暇を弘樹に与えずに怒濤の勢いで祐一が、


「ネットの見知らぬ奴らとじゃ味気ねえし、だからって姉貴と対戦ゲームやってもクソつまらねえーからだよ! お前だって知ってるだろヒロ! あいつ全部のマップイベントを一回で覚えやがるチートだし、落ちゲーだってそうさ! フィーリングなしの七連鎖以上を速攻で組まれたら勝てるわけねえだろ! こちとら二連鎖までが限界だってのによ。第一まったく手加減してくれねえんだぜ。まあ、手加減されてるのがわかっていて勝たせて貰うとか、俺だってそんな偽りの勝利は御免だがな。へへ……」

 と、自信満々に勝てない理由を語った。


「だ、か、ら――ゲームを一緒に楽しめるのはヒロリン達しかいないんだよぉおおおっ!」


 泣きながら祐一はタコのように、弘樹の右腕にしがみついて離さない。


 さらにそれに便乗して由紀までもが弘樹のもう片方の左腕にしがみつき、祐一同様に懇願する。


「あたしだって、もっと、もっと、もーっと――ヒロくんと一緒にいたいよ! そんなあたし達に帰れだなんて残酷な言葉……。ヒロくんが口にしないで!」

「お…………」


 二人の行動に弘樹は絶句しそうになるが、ようやく言葉を搾り出した。

「お前らの友達は俺だけかよ……」


 結局、祐一と由紀の気の済むまで弘樹がつき合っていると、二人が満足する頃にはすでに時刻が午前をまわろうとしていた。


「それじゃー、邪魔したなヒロ。あっ、本体はもうお前の家に置いとくから好きに使っても良いぞ」

「俺は普段からゲームしないんだよ。それより邪魔し過ぎだ。少しは遠慮しろ」


 最早いつも通りである解散の会話を二人は定例のようにこなし、そうして祐一は満足げな顔で帰っていった。


「にゃはは。あたしも帰るねー」

「ああ、家まで送る――って!」


 餌を食べ尽くした犬のように人懐っこい笑顔を浮かべると、由紀は東側の窓を勢いよく開けて、健全な男子なら誰もが憧れるであろう純白の布地を隠しもせずに、ひとっ飛びで水瀬家のベランダへ華麗に着地した。


「いつも危ないって言ってるだろうが! ちゃんとお前の家まで送るから程々にしろ」


 お互いの家が隣同士のため度々このショートカット技を披露する由紀に、弘樹は注意を促す。


「はーい、ごめんねヒロくん。でも、こっちの方が幼馴染って感じがしない?」


 ――幼馴染のような感じってなんだよ……。


 弘樹は真面目に幼馴染について考えて見るが、すぐに可愛らしい猫撫で声が由紀の方向から聞こえてきたので、思考を停止させた。


「えへへっ! もうすぐ誕生日にゴールデンウイークだね。ヒロくん、御浜北の受験前にあたしが言ったこと覚えてる?」


 それは高校受験の前日に交した盟約だったが、もちろん弘樹は覚えていた。


「当たり前だろ。最初はどこにいくか、ちゃんと考えておけよ」


 その盟約を弘樹が覚えていることを知ると、由紀の顔が向日葵のように明るくなる。


「うん! それじゃー明日また学校でね。ヒーロくん。にゃははっ」

「ああ、また明日な」


 黄色いヘアバンドで装飾し、丁寧に肩の辺りで切り揃えられている黒髪を揺らしながら、由紀が自分の部屋へとベランダから入っていったのを確認した後、弘樹も窓の鍵をかけてカーテンを閉め、スポーツニュースを視聴してから着替えを用意し、風呂場に向かうために二階から階下に降りていくと。


 ピンポーン!

 その時、唐突にチャイムがなった。もう日付は午前になっている。


 少しの違和感と恐怖を感じながら、弘樹は玄関へと向かう。


「ヒロ……様……」


 そこにいたのはカンナだった。さきほど窓から別れたばかりなので不思議な気持ちになりながらも、弘樹はドアを開けた。


「どうしたカンナ? 忘れものか?」

「とっ、突然申し訳ありません! 少しだけお顔を拝見させていただきたかったので……」


 弘樹が軽くスポーツニュースを視聴している間に入浴でも済ませたのか、カンナの腰の辺りで切り揃えられた誰もが羨むような美しい金色の長髪は、しっとりと濡れていた。


「うん? 突然とかお前さっきまで三人で……って顔が赤いぞ!」

「――!」


 苺のようにカンナの顔が真っ赤だったので熱でもあるのかと思い、弘樹は艶やかな長髪に隠れている額に手を当てようとしたが彼女は素早く後ずさり、それを拒否する。


「申し訳ありません! その……大丈夫ですから! ありがとうございます。ヒロ様のお心遣い、胸に深く染み入りました。それではまた明日、お会いできることを願っています」


 その後、すぐにカンナは玄関のドアを閉ざして、暗闇の中へと消えていった。




 

 深夜の照明は都会のそれヽヽと比べるまでもなく薄暗い。いくつかの街灯が並んでいるだけだ。


 月明かりと街灯がわずかに照らす路地を、一人の『人間』が歩いている。


 それは呪術の名門として〝あちら〟の世界では有名な神道家の長男、神道祐一だった。

 祐一は愛する姉と連絡を取るために、『領域』を創りだすことに全神経を集中させた。


 すると獣のような力強いブラウンの色をしていた両目に、『Ι.イオタ』の文字が浮かびあがった。

 そして祐一は祝詞を紡ぐ。


「人を呪わば穴二つ。さすればそこに入れましょう。あなたの身体を入れましょう。そして、もう一穴にはあなたの魂を。『呪呪のの禽とり領域』」


 自分の『領域』を創りだせる人間。『ラン・アサイラム』でいかなる時も、二十二人以下しか存在できない『全能人』。

 その一人にして『Ι.イオタ』の称号を持つのが、神道祐一である。


 一つの穴には自分の細胞を、もう一つの穴には姉の細胞をあらかじめ入れてある。これにより間に合わせだが、姉弟限定で電話のような伝達ができた。


 祐一の領域そのものが元来人間を呪い殺すものであり、本来の使い方とは大きくかけ離れているので面倒な手順を踏まないといけないのが玉に瑕だが、不満は言っていられない。


 それから右手に宿らせていた呪いの刃を今度は細く糸状に変形させて、〝こちら〟の世界から事前に呪いの刃を使って繋いでおいた『ラン・アサイラム』に放り込むと、目にも止まらぬ早さで呪いの糸はぐんぐんと伸びていき、意中の相手を求めて駆け出し始める。


 そうして数分間まった後、


「祐一!」


 ようやく葵と連絡を取ることに成功した。頭の中に直接姉の声が流れて、祐一は射精寸前にくる独特の幸福感に満たされながらも、正気を失わずに意識を高めた。


 自分の気持ちを悟られないために――。


「姉貴か!?」

「もちろんわたしだ! 他に誰がいる。祐一、こちら側で由紀を無事に保護した!」

「それより姉貴! そっちにカンナがくるぞ。気をつけろよ」

「むっ! そうか、助かる」


 水瀬由紀だけなら結果は最悪な形でも良かった。むしろ祐一にとっては好都合だった。しかし『ラン・アサイラム』は美剣カンナの世界。これでいまだに葵が危険な状況に身を置いていることは確かになった。


「まあ、くれぐれも無茶はするなよ」

「わかっている!」


 葵の言葉など祐一は上の空だ。


 ――もし葵に危険が及ぶくらいなら…………。


 そのような想像をしてしまう祐一だったが、必死に感情を悟られまいと平静を装う。


「姉貴! 絶対にもう一度、ヒロとユキを会わすぞ!」


 いくら回線の主導権が自分にあろうとも、あまりに不埒なことを考えるのは駄目だと、祐一は気を引きしめた。



 こうして相手の姿が見えなくともしっかりと、「もちろんだ!」という濁りがなく澄んだ声を祐一は聞いた後、姉弟専用のチャンネルを切ると同時に呪いの刃を消失させて、開いた空間が閉じるのを数秒ほど待ってから、明確な目的と意思をその身を宿らせ、神道家に向けて全速力で走りだすのであった。

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