第十話 謝肉祭。1-3
石橋は叩いて壊せ。
不可視は――跨いで殺せ。
白鷺 那奈
――相手の慢心をついて『全加早速領域』からの連撃、は無理か。
――姫月さえあればいずれは相手の得物を折ることも可能だが、野生の本能が逃げを選択。
――まあ、こいつも後々は良い経験になる。
和馬は今後のことを冷静に分析していた。
――もう勝負は決している。
「選手、交代だな」
――美剣カンナの勝ちだ。
「初めましてと言ったところか。美剣カンナ」
「ええ、久しぶりの空気は埃っぽくて……美味しくないですが」
――!
「美剣……カンナ。カンナは……殺す。コロスコロスコロスコロスコロス!」
「あらあら、いきなり物騒ですね」
白鷺菜奈の瞳孔が開いて、何事もなかったように立ち上がったレイナを凝視する。
両目からは『Ψ.プシー』の文字が鮮明に浮き出ていた。
さらに機械的に、白鷺菜奈はレイナに死をもたらすための祝詞を唱える。
「我が望み手にしたもの。それは殺意の一切ない完全なる斬なり也。赤子のように無垢であり、ただ疾走する刃は、その自らの技量によって寸分の狂いのなしに、難攻不落の斬撃を可能にすることであろう。遠投無垢疾殺領域『えんとうむくしっさい領域』」
そして今までの余裕は一切なく、この広場の空間を真横に斬った。
「『不の禅壁』」
だからそれは。
物語の最後を飾る一撃は。
不敵に笑いながら「『不の禅壁』」を発動した神の盾をすり抜けて――首を飛ばし……。
「浅い」
無慈悲に聞こえる和馬の言葉通りに、首は皮一枚で繋がっており、そこからは血管がそのものが生きているように癒着し、再生されていく。
「素晴らしい一撃です。犠牲の精神と行動をまだ創っていなかったら面白いことになっていたかもしれません」
首の再生と反比例していつの間に持っていたのかもわからない、短剣がボロボロと崩れていった。
「コロ、コロ、コロ、…………」
続けざまの一撃をするつもりでいた那奈だったが、
「美剣カンナ! 私は! 完成品! 和馬さんと共に母様……、琉璃母様の……最高傑作だ! くるがいい。お前など、最早時代遅れということを教えてやる!」
正々堂々と次撃をレイナに譲る。
その精神にレイナは一言だけ告げた。
「素敵」
――しかし祝詞を紡ぐ前に聞きたいことがある。
「『真加早速領域』の特性が変わっていますね」
さっそくその疑問を和馬に聞く。
「ああ、かなり弱体化したな」
「全てが速くなるみたいですね。範囲は分かりますか?」
「あいつは視界に映ったものとか言ってたが、まあ百メートルほどだろう」
「そうですか、ですが自分の速度が落ちないのであれば問題ないです。速度もそのうちあがるでしょう。『速神領域』より遅くなってますので、これでは葵さんに笑われてしまいますね。まあ、領域番号は同じですし、構いません」
葵という単語に和馬は反応する。
そして葵の領域番号『Ν.ニュー』が和馬の左目に輝いているのをレイナは見つけた。
「あら、葵さん」
「葵は亡くなったよ。親父は生きてるがね」
「まあまあ、それではあなたは――」
「早くこいよ! お前の領域を止めて今度はきちんとぶっ殺してやるからさー!」
優雅さが崩れきってしまい血眼になっている那奈が吠えた。
「クフフ、別に攻撃しても良かったんですよ。ほら、そんな怯えていないで、白鷺さんでしたっけ?」
「私が怯えてる!? 舐めるな。完成品だぞ! 私は!!」
「それではお言葉に甘えて、踊りなさい姫月」
ギャギャギャギャギャギャギャギャッ!
ギャギャギャギャギャギャギャギャッ!
二つに分かれた日本刀が雄叫びをあげて形を変えていく。
刃が鱗になり、やがて分裂し、増殖し、彼女達本来の姿になる。
それは、双子刀の飛竜。
「さあ、遊んであげなさい姫月」
「その六、姫月は竜の宝玉から創られた刃のドラゴン……か」
レイナはだらりと姫月を持っているだけだが、彼女達ふたりが那奈に襲いかかるので、なんの問題もなかった。
彼女はいろんな話をしたかった。
祐一の息子である浅瀬和馬と。
「祐一さんはお元気?」
「知るか!」
「あら、そう。ひとまずは現状の把握が必要ね。後二百秒ぐらいが限界だから」
「それよりレイナの心は――」
パンッ
周囲に手を叩いた音が響き渡ると、それまで那奈の相手をしていた二匹のドラゴンがばらばらに砕けて再び日本刀に戻る。
「どこも負傷はしていないようですね。優秀です」
「うるさい! さっさと領域を見せろ! 私が貴様の自信を全てへし折ってやる」
「ふふ、わかりました」
――姫月との連携もできたはずだが、それをしない。この目で拝めるのか!? 美剣カンナ専用の真打ちを!
終始ドラゴンに変態した姫月と格闘していた菜奈には最早興味はなかった。
和馬が注目しているのは一つだけ。
美剣カンナの神剣だ。
「この本数ではまだ祝詞は必要ないですね。『神恢領域』、発動です」
するとその声にあわせて計十二本の剣が彼女の前に並べられた。
「こちらにきなさい。雷斬り、蜘蛛斬り」
レイナが呼び出し手に収めたのは姫月と酷似した二本の日本刀だ。
結論からいうと、白鷺菜奈は死んだ。




