第一話 沢村弘樹の呪縛。1-6
一方、同じ受験日の前日に祐一は、美剣カンナという少女と携帯で会話をしていた。
カンナは弘樹に関する情報を定期的に入手するために、王の護衛でほとんど自分の時間がとれない中でも半ば強引に空きをつくり、こちらの世界に穴を開けては、このようにして祐一から情報を得ていた。
受験日の前日に関わらず何度も同じことを確認されるので、実にけだるい状態の祐一であった。
「またその話か……。みんな御浜北を受験すると何度も言ってるだろうが! 姉貴以外は全員変更だよ。へ、ん、こ、う!」
だが祐一は弘樹のためだけに、一途に繰り返し確認をする――そんなカンナを嫌いなわけではなく、むしろ彼女の性格を気に入っていた。
電話越しからでも透き通るような高い声が聞こえる。
「わかりました。セカイさんの進路を御浜西から北に変更させます。もちろん、あなたも合格するようにしておきますのでご安心を」
「そのことだけどよ。お前らはどうでも良いが俺に小細工は必要ねえから。むしろ何かしたらタダじゃおかねえぞ!」
「……ふふ、あなたの学力じゃ御浜北は到底無理でしょう。そのぐらいの知識は得ているつもりです」
鼻で笑うようなカンナの仕草が、その姿を拝見することができない祐一でも――伝わりそうな雰囲気だ。
「ハッ! その時は高校浪人するって、あいつらの前でも言ってやったよ! お前もそんなに気になるなら俺達の輪に入ってくればどうだ!? 素のお前さえださなければ、こっちも歓迎するぜ!」
そんな祐一の叶うはずがない皮肉もカンナは華麗に聞き流し、淡々と会話を進めていく。
「それより悪霊のように、いつもヒロ様の背後を追っている卑しいお方の振る舞いはどうですか? 何かヒロ様は迷惑に感じていませんか?」
さすがにその言葉には苛立ちを隠せない様子で祐一は否定する。
「ああ!? 逆も逆だ! あの二人は大の仲良しだよ! お前が嫉妬するのは勝手だけどよ。まだ時は選定前だ。それでもユキに何かするっていうなら……呪い殺すぞ」
濁りきった祐一の殺意もカンナにはまったく恐怖を与えることができない。なぜなら二人の実力は明白だからだ。所詮は一人の『全能人』と世界を滅ぼすことも容易い『化け物』とでは、比べることさえ滑稽だった。
「わたくしを? あなたがですか?」
さらにそのことを一番理解しているのがカンナだ。
「ああ……少なくとも殺すつもりで相対してやらあ」
語尾を強める祐一に、カンナはお門違いの質問をする。
「あなた、もしかして由紀様が好きなのですか?」
確かに祐一は由紀が好きだ。だがそれは友達としての好意だった。それに彼女が弘樹のことを誰よりも好きなのは、隣で見ていればよくわかる。そもそも彼が異性と認識して愛しているのは……。
「違げえよ! 俺は二人の親友だからだよ! ダチがピンチの時に助けられねえで、何が親友だよ!? って話なだけだ」
――頭の中でどうしても考えてしまう心の痛みを静めるのは得意だ。何しろ十年以上も彼女にそんな印象を与えていないのだから。
カンナの見当違いによって一瞬だけ跳ねあがった心拍数も、すぐに平静を取り戻す。
「わたくしには理解できません。わたくしが大事なのは一にヒロ様、二に自分です。それ以上の人間を気にかけるなど疲れるだけでは? 何より非効率です」
「…………」
機械的なカンナの返答に、祐一はあえて何も言わなかった。そして別れの言葉を告げる。
「じゃあな、もう切るぞ。ああっと、もう一度だけ言っとくが――御浜北ぐらい実力で入ってやるから絶対に根まわしとかはすんなよ」
「……わかりました。あなたの合格を信じています」
こうして弘樹や由紀とは対照的な、祐一にとって憂鬱な受験日の前日も、ようやく幕を閉じる。
葵はしっかりと熟睡していた。
そして受験日、不安が露骨なぐらい顔にでている由紀や祐一とは反対に、弘樹と葵には確かな自信の表情がうかがえた。
試験を受けるクラスはそれぞれ別になったが、まず弘樹に由紀と祐一の三人が手を上に重ねていき、そして最後には葵が一番上に勢いよく手を置いた後、優しく祈りを込めた。
それでも由紀の不安は、まだ解消されていない。
「ヒロくん。あたし、もし駄目だったら……」
いつも元気な由紀から弱気な言葉が自然と漏れる。身体も少し震えていた。その彼女の黒髪を、心もち乱暴に弘樹は撫でてやる。
「大丈夫だユキ。俺が保証してやるよ。お前は今日まで本当に頑張った。むしろ俺の方がやばいぐらいだ」
「ふふっ、ヒロくんなんてもうアオちゃんレベルの合格率だよ。あたし知ってるもん。でも、ありがとね。ヒロくん、にゃははっ」
二人が交わす微笑ましい会話が羨ましかったのか、祐一も愛する姉の声援を心から欲していた。
「姉貴。俺さ、もし駄目だったら……」
「来年も受験しろ! もちろんそれまではバイトもしろよ。お前は何かをやっていないとすぐ駄目になる」
「姉貴……。期待通りの励ましだぜ!」
祐一は親指を力強くあげた。
そうして各自、試験が始まった。
「――! ここ姉研ゼミでやったところだ!」
「君、私語は慎みなさい!」
「……すんません」
かくして四人の受験は終わりを迎える。
そして受験から結果発表までの時間は、本当にあっという間だ。
合格者の受験番号が張りだされている掲示板の前で、四人はそれぞれの番号を探す。一番初めに番号を見つけたのは、中学時代からトップクラスの成績を維持していた葵だ。次に終盤では葵と並ぶほどの学力に達していた弘樹も無事に合格していた。
そんな弘樹が自分の合格より驚いたのは、すぐ隣で嬉しさのあまり号泣している幼馴染と、自分の番号を目にしたと同時に昏倒する祐一の姿だった。
このようにして弘樹達は中学に続き、高校も四人揃って同じになるのであった。