第六話 ハーフモンスター・ホリック。1-2
学生達は決して立ち入らないような、いかにも不気味で薄暗い喫茶店。しかし内部の至るところに『ここは禁煙! 店内で喫煙したものは死罪』という文面の紙が貼ってあるので、タバコが大の苦手な和馬には最高の空間だ。
そしてそれは鼻がきく『猫』にとっても布団の中のように優しいお店。
一人でホットコーヒーを飲みながら、置いてある雑誌を流れる滝のごとき速さで読んでいく和馬の体面に子猫がちょこんと座ると、「うにゃにゃーん」と独特な一声を店内に響かせた。
すると――。
ついさきほどまで〝ぶち〟が所々に混じった白猫だったものは大きな煙と共に、黒がモチーフのゴスロリ衣装を可憐に着こなした、野性味溢れるウルフカットで小さく可愛らしい少女の姿に変貌を遂げた。
彼女の名はリゼット・キャンメル・ニャデル・ゴーイング。略してリゼット。
職業、猫娘伝書ハイターである。
「呼ばれて走ってニャニャニャニャーン!」
ようやく一年は遊んで暮らせる仕事の許可がおりたのを、和馬はすでに察していたので久々に胸が躍った。
店内には主人を含め、他の客も数人いるが、さしてこの光景を珍しいとは思わず、相手がリゼットだとわかると皆それぞれの責務に戻った。
言うまでもなく二人も仕事の話を進めようとするが、和馬は前から疑問に思っていたことを口にする。
「なあ、リゼット」
「なんにゃん?」
リゼットは可愛らしく小首をかしげた。
「リゼット、ご注文は? いつも通り『猫』の姿で抱きしめさせてくれたら無料で――」
「ああ、いらないにゃん。カズマも断る時は〝いいです〟じゃ駄目にゃんよ。ちゃんと〝いらない〟と言うにゃんよ。箕智子、あきちはいつものカフェオレで」
「……かしこまりました、カフェオレぬるめですね。少々お待ちください」
リゼットに〝抱きしめ無料〟をやんわりと断られ、しゅんっ……と小人のように膝を曲げて縮こまっていた箕智子と名札がついている、一本だけの腰より長いおさげが特徴のウエイトレスだったが、やがて気を取り直すとマスターに注文を伝えた。
「なあ、リゼット」
「なんにゃん?」
和馬とリゼットは再度、仕切り直す。
「なんでお前、人間の姿になると服きてるんだ? その服はいつもどこから出してるの?」
その何気ない一言でリゼットは彫刻のように固まった。
「…………」
「おーい」
「……………………」
「聞いてるか?」
「パ……」
「あ?」
「ぱにゃいのー。可憐な女の子にそういうことを聞くのは実にぱにゃい!」
「ぱっ……ぱにゃい?」
「やばいってことにゃん! これはあきちも参加してる社内の女子会で最近流行ってる言葉にゃんよ。返答不可能なことは可愛い子&イケメンに限り、とにかくやばい、ぱにゃいって言っておけば良いのにゃん」
「なるほど、つまり企業秘密と」
「さっすがカズマ! 察しが良いにゃん。それでは待望の長期仕事の詳細を説明するにゃんよ」
「カフェオレぬるめ、お持ちしました。ではどうぞごゆっくり」
いきなり音もなく現れると、そこからは終始無駄のない動きで箕智子はリゼットにカフェオレぬるめを提供した。
「ありがとにゃん」
「――! ――マスター! 私ただ今ぱにゃいので暫し休憩を頂きます」
リゼットのお礼が可愛すぎたせいで自我を失いかけた箕智子は、マスターの許可も待たずに従業員だけが使える専用の扉へとスキップで入っていった。
そんな自分勝手なウエイトレスを無視して、二人は改めて仕事の話に戻る。
――――。
――――――――。
「ふむふむ」
「にゃんにゃん」
「なるほどね」
「そうにゃんよ」
「ああ、だからこれからは二人一組にしようという働きか。ふーむ、確かにリスクは減るが儲けがな……」
「長期の滞在仕事はもうほとんどないにゃんよ。そこでこの業界も、もち我が社も、質より量を求めることにしたにゃんよ」
「不景気だねー」
「本当、霞を食べていかなくてはにゃらないとはこれいかに」
「でだ、リゼット」
「なんにゃん?」
「なんで先に張ってたうちより向こうの方が早いんだよ!」
リゼットは和馬の疑問に、前足を招き猫のように振りながら虹色の笑顔で返す。
「一緒にゃんよ、一緒」
「時間見ろよお前コラ! こっちは一時間目が始まってからだぞ! 下手すりゃもう終わってんぞ……」
「あー、それにゃんねー」
リゼットは眼球だけ上にあげる。
そして――
「奪い取っても許す。社長の伝言にゃ」
途端、和馬の瞳孔が開いて殺気が漏れだす。
店の温度が一気に二、三度さがり、他の客達も唾を飲み込んだ。
「相手会社との軋轢は?」
「つぶれかけの会社だにゃ。所詮は弱肉強食だからそこは気にせずことにあたれにゃ」
先ほどのようなのんびりした会話とは真逆に変わるが、リゼットも難なく合わした。
「向こうの相手、お前ふうに言うとかなりぱにゃいぞ」
「カズマはどうにゃ?」
「……世界最強の男だ」
その瞬間、和馬の顔が夕日のように赤く染まった。
「どうしたにゃ?」
「他人から言われるのは快感だが……、自分で言うのは恥ずかしい…………」
リゼットは和馬の本音を聞くと目を細める。
「でもあきちも信じてるにゃんよ。だからあの時もあきちは――」
「もうやめてくれ」
和馬はついに、テーブルに身を預けてしまった。
「わかったにゃ。まあ、とにかくそういうことにゃ」
「…………」
「できないなら諦めるしかないけど、もちカズマはやるにゃんね」
「クソッ」
和馬は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。




