第五話 スモールズ。1-3
――カズマ無事かな……。
昨日の古ぼけた一戸建ての家とは違い、ここらへんではかなり良い部類に入る豪華な一階立ての木造建築の内部で、メイドの格好をしているレイナが自分の仕事とはまったく関係のないことを考えながら標的がいるドアの前に立った。
ターゲットは八人。人数こそ少ないが、昨日とあきらかに異なる点は、彼らが射撃経験もそこそこある中で、弾も潤沢に持ちつつ拳銃を所持しているということだ。
――仕方ない。これ使うと疲れるけど早めに終わらせよう。
レイナが意識を集中させると左目に『Χ.キー』の文字が鮮明に浮かびあがる。
そして――
『全加早速領域』
短い祝詞を紡ぐと、レイナを中心とした半径三百メートルほどが加速の世界に満たされた。
これこそ浅斬レイナが使える領域。全ての生き物の動きが加速する必殺技。
弾丸は生物ではないので、拳銃を相手にするには非常に有効な『領域』である。
そこからは至って順調だった。
「宅配でーす。メイドハットのミックスピザのL二つお持ちしました」
その透き通る高音に中の部屋にいた全員がドアの方向に目を向けた。
「ピザなんて頼んでねーぞ! つか門番はどうした!?」
一人の男がドスのきいた声で啖呵を切るが……。
「門番の人はすでに首だけ転がってますよ。そしてミックスピザのトマトソースはあなた達なので覚悟の方をよろしくお願いします」
「「「――!」」」
数人が異変に気づいた時には、もう鍵がかかったドアが出したてのパズルのようにバラバラになり、部屋に入ってきた人狼と人間のハーフが太刀を右手に持ち戦闘態勢に入っていた。
「うおおおおッ!」
バン! バン! バン!
いち早く行動に移した一人の幅の大きい男が慣れた手つきで拳銃をレイナの方に向けて警告もなしに三回発砲するが、弾の速度などここにいる全員はすでに凌駕していた。
レイナの創り出した『領域』の『全加早速領域』によって。
その鈍い弾丸を首を捻るだけで躱し、その後は素早く壁を横から走り抜け、レイナは凶悪顔の男共を七人認識すると、その全員の首を遊戯のように刎ねていく。
その速さはまさに狼そのものだった。抵抗できる者など少なくともここには存在しない。
そうして七人をミートソースにすると、仕上げに机の上に華麗にジャンプし、その下に隠れている最後の一人と目も合わさず会話をする。
「全部で八人。これにて――解決!」
「……! お前は人狼の…………。人斬りレイナか!」
「うん、それでわたしが人狼だとして、貴方達はわたしを止められるのかしら?」
サシュッ!
こうしてレイナの仕事はいとも簡単に終わりを迎えた。
一方、浅瀬和馬は。
「お望み通り指名してやったぜ。和馬ちゃんよー。糞はちゃんとしてきたか?」
「してねえよ。お前を始末したらするつもりだ」
その浅瀬和馬の返答に、辻煎谷城は楽しそうな難色を示す。
「知ってるか? 人間っていうのは斬るとなー。血の臭い何かよりよっぽど糞尿の臭いの方がくせえんだよ」
「知ってるよ。だからレイナはできるだけ首を狙って斬ってるだろう。俺こそお前がしっかり便所にいってくれたか気になるよ」
「手前、言うじゃん。和馬ちゃんよ。だけどあまり強い言葉は使うなよ。弱く見えるぞ。クキックハッハハハハハハハハハハッ!」
「お前がそこそこ強いのは知ってるがな……。ま、いっか」
バン!
和馬は〝人間用〟のベレッタ92Fの9ミリ弾を何の躊躇もなく、獣を狙うように一発撃った。
しかし、
キインッ!
あり得ない話だが、和馬の目標だった人物は人間業を遥かに超えた動体視力と純粋な速さによって難なく弾丸を斬り伏せる。
「舐めるなよ、おチビちゃん。クヒャヒャッ!」
「チビ? 俺が?」
その単語一つで瞬間的に和馬の周囲の温度が、冷凍庫のように一気にさがる。
しかし、そんな威圧に屈するほど柔ではない。傲慢でもないが、自分の強さは
よくわかっているつもりの谷城は微風のように容易く受け流す。
「ここは荒野だ。手前以外にいるか? なあ、おチビちゃん」
そして、再度その言葉を口にした。
「悪りい。お前、殺すわ」
和馬は左の腰に差していたベレッタ92Fをホルスターに入れて、素早く右から〝化け物用〟のS&W M29を取り出した。
「バカが! 拳銃ごときで――」
ドンッ!
先ほどとは比較にならない轟音が響いた。
戦の合図だ。
「この俺様を止められるかよ!」
44マグナム弾が真っ二つに割られて空中で炸裂した。
「さすがに悪名高い『鬼斬り鎖天』、速いな。レイナより単純なスピードは確実に上」
「ハッハーッッ!」
ドンドンッッ!
刃渡り九十センチ以上ある野太刀を鬼神のごとき速度で谷城は振るうが、それをバックステップのみで華麗に躱し、そのまま二発続けて44マグナム弾を放つ。
「レイナを得るために自分のパートナーを簡単に殺す。器と残虐性も我が社でトップクラスは虚偽ではない……か」
血がぽたぽたと垂れ、土色の地面を紅に変えていく。
谷城の斬撃が和馬の左小指と薬指、さらに中指を斬り飛ばしたのだ。
「ヒヒッ知ってたー? あの女にはもう飽きてたからさ。それにレイナちゃん可愛いじゃん。こっちはずっと前から狙ってたわけよ。しかもあの子――こんな肥だめの世界で処女なんだろ!
無理やりやって泣き叫ぶのを想像するだけでたまらねえわ」
「だが悲しかな、品性は欠片もなし――と」
左の小指から中指を飛ばされても、和馬に同様は一切なかった。相手の価値を延々と見極めるだけだ。
「出血量が多いよー和馬ちゃん。弱すぎ、ダサすぎ、味気なさ過ぎ、ヒヒッ後一撃で終わらせてやるよ」
「俺も、もう飽きたな。お前の興味はたった今なくなった。レイナの仕事も済んだ頃だろうし、そろそろ終いにさせるわ」
――結構な出血をしてるが、こいつの余裕はなんだ? 気味悪いな、マジで一撃で決めるか。
そして谷城は両手で野太刀をかまえ、刃渡り九十センチ以上の凶悪な得物に全霊で殺意を込めていく。
「己の弱さを悔やんで死ね! 必剣、燕――!」
「お前――ぱにゃいな」
「!」
それは谷城にとって完全に予想外の攻撃、展開だった。なんと和馬はまだ弾薬が入っている自分の得物、S&W M29をそのまま投げてきたのだ。
「チ!」
谷城は容易くS&W M29を縦へと真っ二つに斬るが……。
得物を投げたと同時に走っていた和馬の方が一歩早かった。
「クソッ!」
それに対して一呼吸遅れた谷城は縦に振りおろした太刀を真横に一閃するも、その攻撃だけジャンプで躱すと和馬は彼の頭に負傷している左手を乗せ、そのまま倒立状態になる。
そして――
ドガンッッッ!
という爆音と同時に、谷城の左肩から股は花火のように吹き飛んだ。
「想像はつくけど、おしゃれな必殺技を意味もなしにわざわざ声にださなければ、もう少しやれたかもしれねえのにな」
和馬の右手には三挺目にして最強の中折れ式単発銃、コンテンダーが握られていた。
黒いコートの中に収められている初見殺しの、和馬の数多い隠し球の一つだ。
「ただの子供騙しだが、やっぱ慢心してる馬鹿ほど殺りやすいもんはねえわ。しかし……やっぱ臭え!」
こうして血潮と臓物に塗れた和馬の仕事もレイナと同様、簡単に終わりを迎える。
仕事の帰りに和馬とレイナはかち合う。
「――! 終わったカズマって、くさ?!」
「……言うな、鬱になる」
トマト色に染まった和馬はうんざりしながら答える。
その声で察したレイナはこれ以上、臭いの話題は避けることにした。
「谷城さん、強かったでしょ」
「まあ、お前なら苦戦したかもな」
「もーまたバカにして! でもカズマ、ケガはしてない?」
「なーんにも」
実際に吹き飛ばされた左指数本は、時間を巻き戻したように再生していた。しかしその指の色は、その部分だけは真っ白で、さらに幼女のように小さいため身体全体を眺めると、とても不釣り合いだ。
そしてあざとくレイナはそれを見つける。
「あー、やっぱり無傷じゃなかったんだね」
「バーカ、こんなのは俺にとっては何もないと一緒なの。どれだけ俺のパートナーを務めてるんだお前はよー」
「えへへっ言ってみただけだよ。じゃあ、改めてお疲れカズマ」
「おう!」
そうした和やかな雰囲気で終わりを迎えそうだったのだが。
「じゃあ、今日の晩ご飯は割の良い仕事をこなしてきたカズマの奢りだね」
「ちょい! おまッ! どれだけ俺が金欠かわかって――」
「わたし雷雷帝の海鮮らーめんで良いよ」
「……まったく。しゃーねえな」
螺旋カンパニー最強の切り札であり、稼ぎ頭のナンバー七『スモールズ』。
そんな二人の一日は、今日も血に塗れ、しかし穏やかに幕を閉じた。




