第四話 水瀬由紀の憂鬱。1-2
カンナが『真加早速領域』を使用した同時刻。
「翔太殿! それに祐一殿と葵殿も……」
疲れていた弘樹が一足先に就寝したので、度々自分を襲う変化の恐怖を和らげるために外を歩いていたセカイは驚きの声をあげた。消息不明となっていた翔太がいきなり、祐一や葵をつれて現れたのだ。
だが驚愕しているセカイに、祐一は急いで用件を伝える。
「なあ、セカイ。お前が今もヒロの奴に何かをしていることはわかってる……。どうか、それを解いてはくれないか?」
「――!」
祐一の願いにセカイの身体がビクッと揺れた。そして表情を硬直させながらも、彼女は口を開く。
「われの心情を知っているのですね……」
「ああ……。悪いが俺の『呪呪禽領域』で、あらかじめ覗いていた」
「……われもヒロ様のことが好きだったでござるよ! だから力になりたかった! 王は常に一人だと! そしてそれはヒロ様だと! それが崩れてしまえば変化が起きる。われはそれが怖いのでござります……。恐ろしくてたまらない……」
「……確かに変化はあるかもな」
「だからわれは――」
パチンッ
不意に祐一は両手で、セカイの両頬を軽く叩いた。
「あの、えと、これは……」
セカイは困惑していたが――。
「だけどさ、安心しろ。セカイ! 俺達が変化は変化でも、最高の変化を見せてやるよ! そしてこれは本当のお前の望みでもあるだろ。だから頼む! セカイ!」
祐一の力強い言葉にセカイの精神は立ち直り、もう彼女の目線はしっかりと眼前を見詰めている。
「われに……、最高の変化を見せてくれるのでござりますか?」
その言葉に祐一は胸を張って、セカイに返答した。
「ああっ! 誰もが幸せになれる最高の変化だ! だからもう怖がるな!」
祐一に続き葵や翔太も、セカイに願いを託す。
「わたしからも頼む! セカイ!!」
「セカイ……。次の王は由紀様だ! カンナ一人のために隠されてきたけど、これが先代の王が残した真実なんだよ」
「祐一殿。それに葵殿に翔太殿……。われは、われは……。――――われは!」
セカイは、その祐一達の言葉に後押しされる形で決心を決めた。
――誰もがわれに変化を求める。皆がわれを利用する。全てがカンナ殿の敵となる。
――ならばわれは祝詞を紡ごう。
――ヒロ様を守るために。カンナ殿と同じ、近衛騎士としての責務を果たすために。
「我が左には、平等の象徴である天秤を。我が右には、その理を崩すものに与える神罰の神剣を。真の平等とは、我が主を守ることとしりたまえ。『不平利領域』」
そして、皆の前にカンナが現れるのであった。
「常に主を守る美しい剣であれ。それでセカイさん。結局は全員が裏切り者だったと?」
突然のセカイからの召還にも、カンナは何事もなかったかのように美しい艶やかな長髪をなびかせ、現状をセカイに問うた。
そしてセカイも、すぐにその問いに応じる。
「そうでござる。我々の他はしばらく誰も信じない方が良いでござるな。さあカンナ殿、この不届き者達に神罰の神剣をお願いするでござります」
「上々です。由紀様には印をつけたので問題はありません。面倒ですが先にこちらを片付けましょう」
「セカイ……てめえ…………」
祐一の怒りがこもった声に、セカイは嘲笑う。
「さきほどから都合の良い言葉だけを詐欺師のようにぺらぺらと。祐一殿、あまり近衛を見くびらないでほしいでござります」
「お前も俺達をあまり舐めるなよ。翔太! 使え!」
「『蛇』――お前が喰らいたかった者がそこにいるぞ!」
土と同化して迷彩となり、まったく見えなかった『蛇』が姿を鮮明に現し、今
はダラダラとヨダレを垂らしながら、カンナを凝視していた。
「ギジジ……。美剣カンナを捕獲、活用、または殺害。捕獲にかかる時間。活用するための説得。そして殺害……。一番の早道はお前を喰らうこと! ギジ……ギジジ」
「なるほど……わたくしを。これで全ての謎が解けました。セカイさん、あなたはヒロ様のお側に」
「了解でござります」
カンナとセカイが余裕でそんな会話を交す中、誰よりも早く『蛇』が祝詞を紡ぐ。
「ギジッ! 我は現時の時を持ちて、十色に染まった色を白に戻す者なり也! 『領染白色領域』」
右目の『ο.オメガ』に左目の『α.アルファ』と、偽りの領域を持つ『蛇』の、他の非常に強力な領域を持っている者を喰らうための切り札だ。
その効果は百八十秒間の領域キャンセル。自分が選んだ対象の領域の開放を止める。即ちカンナはその間、『常人』より上の力を使えない。
しかし、それは布石にすぎなかった。
つまり本命は――。
「自我の創造を領域へ。人を呪わば穴二つ。さすればそこに入れましょう。あなたの身体を入れましょう。そしてもう一穴には、あなたの魂を。『呪呪禽領域』」
カンナが持つ本物の傑作。主の脅威からは自動で発動する。いかなる物も通さない見えざる神の大盾、『不の禅壁』の解除であった。
「うっ…………」
初めてカンナがその端正な顔を歪ませ、苦しそうな声を出した。
「俺の呪いは強力だぜー。いくらお前でも領域が使えない『特禁人』未満の今なら、カップ麺ができる頃には間違いなく死ぬぞ!」
「ウガアアアアアアアアアアアアアッ!」
尚且つ二メートル前後の細長い身体をした『蛇』がまさに今、カンナに喰らいつかんと咆哮をあげ、彼女めがけて大口を開けたが……。
「――!」
その『蛇』の顔半分が真っ二つに割れた。
「『双刀の真理掌握』」
ナイフのような形と長さの刃物を二つ逆手に持つと、カンナは祐一を見やる。
「俺を――」
祐一が言葉を発する前に、カンナはすでに彼の真正面へと歩み、
「――ちッ! 『邪殺! 斬!』」
「無駄」
祐一が持つ呪いの刃を一瞬で砕いた。
「ばかな!」
「これは『腐癌石』という失敗作の材質で片手間に創りあげた不良品です。一分ともたずに腐食してしまいますが、そこにある物を混ぜると」
「がっ――」
カンナの逆手に持つ双刀の一つが祐一の顎にあたった。刃はすでにボロボロに腐食しているので斬れないのだが……。
「それでは、わたくしにかけた呪いの解除を――お願いします」
「…………!」
祐一の意思とは真逆に、唯一カンナを追いつめることができた呪いは、実にあっけなく解除されるのであった。
「我は領域を創る者なり。その領域を我の求める形へと、我が力は強大なりて、対峙に至る者、全てが畏怖する者なり也。『大大宍』」
祝詞を紡ぎ、見る間に巨大化していった翔太は、その体躯が最大の十五メートルまで伸びたところで、神道姉弟に指示をだす。
「ここは俺が時間を稼ぐ! お前らはヒロ様を連れていったん逃げろ!」
「時間を稼ぐうー? ふふックック」
『蛇』を一撃で亡きものにしたカンナの目には、『Σ.シグマ』と『Χ.キー』が戻っていた。そんな彼女が、喜劇の芝居を見た時のように楽しく笑う。
「うらああああああっ!」
そんな様子のカンナにめがけて翔太は強大な両拳を重ね、それを豆粒のような彼女に向け、全力で振りおろした。
「『不の禅壁』」
ドーンッッッ! という雷鳴のような凄まじい轟音と共に、翔太の全身全霊の拳が弾かれる。
「――! これが偽りなしの『化け物』か……」
カンナにダメージを与える目的から力の及ぶ限り放った一撃で、逆に翔太の両腕の骨が発泡スチロールのように容易く砕け散った。
そして今度は、カンナの番だ。
「大型の化け物には、それに対するふさわしい神器があるのですよ」
それは線でも点でもなく、面での攻撃だった。
カンナが高々と右手を掲げると、殺意が極限まで濃縮された一本の神剣が出現する。
「……コれ……ハ…………!」
――これはまずい!
間抜けな声を出した後、翔太はそう直感したがもう遅い。
「お父様が創りあげた大傑作の、神をも羨む神剣です。『嵐を束ねる風剣』」
その刹那、竜巻が踊った。
「あ、あ、あぁぁ……」
翔太は『大大宍』で巨大化した両腕を十字に交差させて必死に防ぐも、十五メートルもある自慢の巨躯が紙のように吹き飛ばされた。さらに、その胸から下にかけては完全に原型をとどめていなかった。
足が吹き飛ばされたので無様に転倒する。『大大宍』の再生によってその凄惨な姿が徐々に戻るも、しばらくは立つことすらできそうもない。しかし、カンナの攻撃はその間にはなかった。
どうやらカンナは久し振りの戦闘を楽しんでいるらしい。これまで戦闘部分は烈火など他の者に、ほとんどを任せてきたのだ。
「さすが翔太さんの『大大宍』。素晴らしい自我ですね」
翔太の眼前に立つ美しい化け物は、優雅に手を叩きながら喝采し、ケラケラと笑っていた。
「あら? 祐一さんに葵さん。まだそこにいたのですか?」
「…………」
『全能人』と『多全能人』の戦い……。ではなく、カンナの一方的な脅威によって葵は人形のように固まってしまい、その場を動くこともできなくなっていた。最早そこに普段の凛とした彼女はどこにもなく、膝はガクガクと震え、制服のスカートからはチョロチョロと液体が漏れ出し、それが太ももを伝っていた。
そして『全能人』である祐一も、すでにあきらめが入っていた。
――『アサイラム』でも戦闘力だけ見れば確実にトップ五には入る翔太が、まるでゴミじゃねえか! これは選択を間違えちまったかな……。
まさに圧倒的なカンナの力を見せつけられて、祐一は自分が決めた選択を後悔してしまうのだった。




