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第三話 モンスター・ホリック。1-2

 光と音が収まると同時に、由紀と狩矢は床に足をつけた。


 狩矢とエリスだけが知る。由紀を守るために建造された隠れ家だ。

 それは『ラン・アサイラム』の国土で最も南端の街である『床砂』の中でも、さらに僻地から近い場所に建てられていた。


 内装は決して豪華ではないものの『ラン・アサイラム』の国土でも、特に辺境とされている『床砂』にある建物なら、充分な部類だった。


 しかし外観は『床砂』で多く建っている廃屋寸前の家々と同じなので、それがまだこの場所を特定されていない理由だろう。


 無論、『ラン・アサイラム』もろとも全て焼き尽くされたりすれば、場所の特定など無意味になるのは明白な事実だが。


 この場所には本が数多く床に積まれていた。本棚もあり、そこにも本が所狭しと並べられている。どうやら狩矢と由紀が飛ばされたのは書斎のようだ。二人の直下には円形の幾何学模様が描かれている。


 そして目の前には、百五十センチにも満たない小柄な少女が立っていた。


 淡い琥珀色の瞳に、栗色の長髪を結って後ろ髪を二つ渦巻状の縦ロールにしている可愛い少女だった。そして身体全体に大きな黒いローブを着用している。歳はまだ、十二から十三歳といったところだろう。


 その少女が狩矢に向かって恭しくお辞儀をする。


「お帰りなさいませ、狩矢様」

「――!」


 まだ幼さが残る少女だというのに、自分でもしたことがないきちんとした挨拶だったので、由紀は驚いてしまうのであった。


「ご苦労。エリス、何もなかったか?」

「はい」


 エリスという名前を聞いて狩矢が円形の幾何学模様に手をつけ、誰かと会話をしていたのはこの子だったということを、由紀はようやく理解する。


「あの……お腹すいたけど何かある? サンドイッチがあると嬉しいな。後チョコレート!」


 しかし今の由紀が、一番知りたいことはそれだった。

 由紀の問いに狩矢は即答する。


「もちろんです。エリス、頼んでおいたサンドイッチとチョコレートを」

「……はい」

「えっ? ぇぇええええー! あたしがサンドイッチ好きなのどうしてわかってるの!? エリスちゃんっていう女の子がいるのは聞いてたけど、あたしからは特に何にもしゃべってないんだけどなぁー」

「近衛騎士として当然です」


 由紀が驚愕した後、狩矢は彼女の気持ちが落ち着くのを待ってから書斎とは隣の応接間に移り、彼女に望みの物を供給した。

 ――――。

 ――――――――。


「つまり今のあたしはヒロくん……。そのヒロくん直属の美剣カンナちゃんに命を狙われていると? そういうことかな」


 その由紀の言葉に、狩矢が苦々しい顔になる。


「わたしから見れば『Ω.オメガ』の刻印しかもたぬ半目の者こそ偽の王! わたしは断固として認めるわけにはいきません! ですが先代の王は由紀様を、お選びにならなかったのです。先代の視呂様は、自分の息子を次期王に……」

「それは確かに自分の息子だもんね。ヒロくんを選びますよねー。にゃははっ」


 由紀から弘樹を選んだという言葉を聞いた狩矢は自信の笑みを見せ、事実を彼女に伝える。


「いいえ、真相は逆です。先代の視呂様は由紀様を選んだのですよ! そのためにあのお方は自らの『創聖そうせい領域』で『蛇』を創り出しました。建て前は由紀様を喰らうという名目ですが内心は打倒カンナのために動いています」

「『蛇』?」

「カンナの領域を一度だけ止めることができる切り札といえばわかりやすいでしょうか。奴の『悲劇的結末カタストロフ』を目の当たりにして虚偽の継承を……。本来あってはならないことです! 王たる『オメガ人』が、たぜ……『全能人』に威圧されるなど! そういう意味では視呂様は王失格ですね。力も精神も何もかも全て由紀様に劣ります」

「ふむふむ。お父さんは弱くて怖がりだったと」


 途端に狩矢の顔が青ざめる。


「――! 失礼しました! 父君の印象を悪くしてしまい……」

「別にいいって。実際に意気地なしだもん。にゃははっ」

 サンドイッチを頬張り、由紀は楽しそうに狩矢の話を聞きながら疑問を口にした。

「じゃあさ、『オメガ人』のあたしが直接いけば良いんじゃないかな、かな?」

「そ、それは……」

「それともなに? カンナちゃんはあたしより強いの? 他には『アサイラム』の聲が聞けるから? あっと! いつから『オメガ人』は『アサイラム』の聲を聞くことができなくなったんだっけ? 前はずっと『オメガ人』だけが聞けてたんだよね」

「……先代の視呂様からです」


 苦虫を噛み潰したような顔をして狩矢は答える。


「なーる。それじゃあ片目も関係ないし、カンナちゃんが生まれるまでは誰も『アサイラム』の聲は聞けなかったんだね」

「……はい」

「じゃあ、問題ないね」

「はっ?」


 目を丸くして狩矢は、一人で解決してしまった由紀の顔を眺めた。


「『アサイラム』の聲なんて聞こえなくても問題ないってこと」

「そっ、そうです! 問題などありません! それに由紀様は全ての民の象徴! 希望なのですから!」

「はいはい。きぼうきぼう。ふわあー」


 狩矢の崇拝ぶりに由紀は眠くなってしまう。

 その姿を見た狩矢は「申し訳ありません」と、由紀に非礼を詫びた。


「とりあえずはヒロくんに会いたいな。でもカンナちゃんからヒロくんをすぐに盗っちゃうのも可哀想だよねー」

「はあ……」

「にゃははっ」


 笑いが自然と由紀からこぼれた。


「ヒロくんは今もうカンナちゃんと一緒に行動してるの? なんだっけ? 『多全能人』だっけ? ほら、車の中で言ってた奴」

「はっはい! 美剣加奈……。美剣カンナは〝神の贈り物(ギフト)〟と呼ばれています。それはこれまで『全能人』同士のかけ合わせでも、決して両方の領域を受けつぐことができなかったからです。しかし彼女は『Σ.シグマ』と『Χ.キー』の二つを完全……、いえ、完全以上に受けついでいるのです。ああ! 『Ι.イオタ』を持つ彼から――」

「話しながーい。もういいよ。とりあえずは様子を見ましょう! それはそうとエリスちゃんだよね! かわいー!!」

「――!」


 狩矢の説明を中断させて、由紀はいきなり直立不動で二人から間を空けて立っていたエリスを抱きしめた。


 すると二人の会話が終わるまで人形のようにずっと黙っていたエリスは、両手で由紀を押して自分から離す。


「わたしは由紀様が、あまりお好きではありません」

「ばっ! ばかもの!!」

「君は黙れ、狩矢くん。それはどうしてかな? にゃははっ」

「……由紀様は、狩矢様を危険に晒すからです」


 もっともな意見だった。

「はあ? まあ……そうだね。ごめんごめん」


 でもこればかりは仕方がない。狩矢が本意でやっているのだから。


「本当、狩矢くんが好きなんだね。エリスちゃんは」

「なっ! なななっ! わたしはただ尊敬の念を込めてですね! 好きとか嫌いとかそういうのではなく! わ、わたしは尊敬の念を! って、それはさきほど言いましたが……。えと……尊敬が…………」


 由紀は何気なく言っただけだが、どうやら図星のようだ。エリスは顔を真っ赤に染めて、肯定にしか聞こえない否定を繰り返していた。


「よし! 狩矢くん。今から女の子だけの話し合いがあるから、君は外でも見張ってなさい」

「……仰せのままに」


 男を追い出した由紀は、口元を緩ませてエリスに座るよう促した。

 さきほどまで狩矢が座っていた場所にエリスは腰をおろし、改めて由紀と対面する。


「エリスちゃんにとっての狩矢くんってどういう存在なの?」



「…………狩矢様はわたしにとっても騎士なのです。わたしは何度も、あのお方に命を助けていただきました。わたしは死にたくない。まだ死にたくないのです。あのお方が生きてるまでは、ずっとわたしも側でお役に立ちたいんです! 初めてわたしに名前を与えてくれた、大切な騎士様ですから――」

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