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第二話 恋との約束により、愛にきたけもの。1-6

 図書室での手伝いが一時間ぐらいで終了した帰り道。弘樹は夕日で真っ赤に染まる地面を歩いていた。


 いろんな光景が目の前を通るが弘樹の頭の中は、やはり一人の少女のことで支配されていた。


 ――雪? 優希? 優季? 柚木? 由季? 由紀……。やっぱり名前は由紀だ。

 ――由紀は、いつも俺の後ろをとことこついてくる犬のような奴で、それでいて猫のような仕草が多くて甘えるのが上手で、いつも楽しそうで『ニャハハッ』と、向日葵のような笑顔を俺に見せてくれた。


 ――中等部は同じ。高等部は……由紀だけ御浜西にいったのか? あの由紀が俺や葵達と離れることに何の躊躇もなしに? 何の足掻きもせずに? そもそも俺は、なぜ御浜北に変えたんだ? 最初の希望は御浜西だったはずだ。その方が都合が良いから? 誰にとって都合が良かったんだ?


 いろんな感情が弘樹の心を支配する。


 ――由紀の苗字は……。

「…………わからん」


 どれほど由紀のことを考えても頭痛はしなくなったが、苗字は……やはりわからない。


「……ヒロ様」


 地面に顔を向けながら歩いていた弘樹がふと前を見ると、そこには誰が見てもわかる不安な表情を隠していないカンナの姿があった。帰りが遅い彼の帰宅を、ずっと待っていたのだろう。

 考えごとをしているうちに、どうやら自宅まで到着していたらしい。


「カンナか……。どうした?」


 弘樹の問いに、カンナが即答する。


「私用が思っていたより早めに終わりましたので、ここでヒロ様のご帰宅を、お待ちしておりました」


 指の先端を両手に合わせるとカンナはその全ての指を順番にくるくるとまわしながら、いつ帰宅するかもわからない弘樹を――ずっと待っていたらしい。


 弘樹は由紀という少女のことを一時的に頭の片隅に置いて、カンナのことを考えた。


 ――思えば、カンナは用事がある日でも俺の帰りが少しでも遅いと、こうやってずっと俺の家の前で、俺のことを待っていてくれたりしてるんだよな……。


 弘樹の頭の中で、一つの妙案が浮かぶ。


「カンナ、少し商店街の方にいかないか?」


 自宅に帰るまでずっと悩んでいて、弘樹は疲れていた頭を癒したかった。


「えっ、それって……、あの、で、デー」


 カンナの返答を聞く前に、弘樹は商店街に向かって歩き始めた。どうしても、たった一人の少女の名前に支配されている頭を、リフレッシュしたかったのだ。


 別にカンナがいかなくても自分だけでいくつもりだったが、弘樹の袖を彼女は優しく掴んできたのだった。

 そうしてカンナは言うのだ。


「あの、ヒロ様のお邪魔でなければ――ぜひお供させていただきます!」と。


 夕日で染まる真っ赤な道路を、弘樹とカンナは二人で歩いた。


 弘樹は別にどこでもよかった。頭の中をカラッポにできたら、それで満足だった。


 初めは腹ごしらえにと、地元で人気のクレープ屋にいった。普段は女子高生を中心に行列のできる人気の店。『ダイナマイト・クレープ』も、さすがにこの時間になると人はまばらであった。


 ――これなら並ぶ時間も少しですみそうだ。


 クレープ屋で並んでいる時も、まわりはチラチラと弘樹達の方を見ている。いや、厳密に言うと弘樹達ではなくて、皆カンナを眺めていたのだ。


 幼馴染に対する弘樹の贔屓目なしでも、カンナは同年代の男女共に見惚れてしまうほど美しかった。


 碧色の瞳を輝かせながら、カンナは最終的に苺クレープを選ぶ。加えて弘樹はバナナクレープを選んだ後、二人分のお金を払うと二人ですぐ側にある外のベンチに座った。


「カンナは苺が好きなのか?」

 弘樹は嬉しそうに小さな口を開けてクレープを頬張るカンナに問うた。

 カンナが弘樹からの質問を聞いて慌てながら答える。


「はにゃっ! はい! え……と、駄目でしょうか? ヒロ様が〝苺を食べるな〟と言われるのなら、わたくしはこれから先――永遠に苺を食べるのをやめますが……」


 カンナのその顔は少し残念そうだ。


「いやいや! 食べて良いし! それに俺も苺は好きだしな」

「そうなのですか! それは嬉しいです!」


 顔をそのまま苺のように真っ赤にさせて、カンナは声を弾ませながら喜んだ。どうやら本当に嬉しいようだった。


「ヒロ様はバナナクレープなのですね」

「ああ、カンナも一口どうだ」


 弘樹はカンナが、こちら側の顔をうっとりとした眼差しで眺めているので欲しいのかと思い、彼女に食べかけのクレープを差し出した。


「えっ! こ、こ、こここ、これを頂いてもよろしいのですか? えと……わたくし……その」


 てっきりカンナはバナナクレープを食べたくて、こちらの顔を見ていたのだと思っていた弘樹は、予想外な反応をする彼女に戸惑った。


「いや……、バナナは嫌いだったか? 嫌なら別に良いんだが」

 弘樹がそういうと、カンナは飛んでいきそうなぐらいブンブンと首を横に振る。それから、

「大好きです! 大好きです、バナナ! あの太くて長いのが大好きです!!」

 と、速攻でバナナ嫌いを否定した。


 そして逆の意味で、この世の終わりとでもいうような幸せそうな顔をして、弘樹が食べかけていたクレープを凝視し、まだ彼が齧っていないところを選んで一口食べた。


 するとカンナは、おずおずと自分のクレープも弘樹に勧める。


「もしよろしければヒロ様もわたくしのクレープを、一口どうぞ……」

「まじで? サンキュー」


 その言葉に遠慮なく、弘樹は一口だけ頬張った。


「ひゃっ!」


 苺のクレープを弘樹が頬張った後、カンナの驚いた声が聞こえた。


「うん、苺も美味いな。って……ちょっと一口が多かったか?」

 カンナは、そんなことはまったくないといったふうに口を開くが……。


「いえっ! そのようなことは! ただ、よく考えると……。これでは、わたくしはこれから先どうしてもヒロ様と……」

「俺と?」


 弘樹は頭の上に? を浮かべながらカンナに尋ねた。


 するとカンナの苺のように真っ赤になっている顔が、ますます赤くなる。そのうちボンッ!と、頭の上から湯気がでそうな感じだった。


「か、か、かかかっ、間接キスになってしまいます……」


 この時に見せたカンナの表情は、さすがの弘樹もクラッときそうなぐらい可愛らしかった。


「そうか? カンナが嫌なら俺がそれを食べるから、新しいの買ってこようか?」


 弘樹の提案にカンナは否定! 否定!! 否定する。


「いえ! わたくしはこれで! これが食べたいのでございます!」


 そしてカンナは、本当に申し訳ないといった顔で口を開いた。


「ヒロ様、申し訳ありません。わたくしは、カンナはこんなにもふしだらな娘でございます。あうう……、真に申し訳ありません…………」


 カンナが立ちあがり、弘樹に深く頭をさげて謝る。


 その姿はあまりに大袈裟過ぎた。カンナのリアクションまでいれた謝罪に、弘樹もつい笑ってしまう。


「そんなので〝ふしだら〟とかありえないって! カンナは可愛いな」


 弘樹の中では自然とでた言葉だった。

 しかしカンナにとっては、生涯でもベストスリーには確実に入る。最高に嬉しい言葉だったらしい。


「可愛いとか……。あ、あの、その……あうぅぅぅ」

 もうカンナの言葉は支離滅裂になっていた。




 その後は、地元でも有名な大きさを誇るゲームセンターにいった。

 カンナはゲーセンという場所が初めてらしくて、チカチカ光るいろいろなゲームに綺麗な碧色の瞳を、より一層に輝かせていた。


 そしてカンナの目が、UFOキャッチャーの前で止まる。

 景品は虎のような縞模様が入っている猫のキーホルダだった。

 するとカンナが期待の目を弘樹に向け、


「ヒロ様! あの猫はいくらでしょうか!?」


 と、自分の財布を見せて弘樹に聞いてきた。

 新品同様の長財布の中には小銭は一切なく、一万円札が数十枚入っているだけだ。


「あっ! 先ほどのクレープの代金も受けとってください」


 合計で三十万円ほどある財布の中からカンナは二十万円ぐらいを手にして、弘樹に渡そうとした。


 だが弘樹は慌てて、それを拒否する。


「クレープ代ぐらい別にいいって! あれは俺がつき合ってもらったお礼だ。それに札じゃこのゲームはできないしな。まあ、ちょっと見てろよ!」


「はっ! はい!」


 弘樹が見てろと言うのでカンナは微動だにせず彼を見ていた。


 両手の指と指を絡ませて、弘樹は一回それを反対にすると大きく伸ばし、そして自分の財布から硬貨を一枚投入した。

 すると――。


 カンナにとっては魔法のように、スルスルとアーム部分がしっかりと猫のキーホルダをキャッチし、そのまま出口まで向かった。


 そして弘樹は出口から現れた景品を、カンナに手渡した。

 カンナは、いまだに信じられないという顔をしている。


「これが欲しかったんだろ。祐一と昔はよくやってたからな。まだカンは鈍ってなかったみたいだ」


 その猫のキーホルダをカンナは自分の命のようにそっと両手で持ち直し、心臓の部分に重ね合わせた。


 それからカンナは今にも泣きそうなぐらいの満面な笑顔で――弘樹に感謝の気持ちを伝えるのであった。


「ヒロ様、ありがとうございます。わたくしはこの子を永遠に、わたくしの命と同等に扱うことを誓います」


 あまりにも誇大に見えるカンナの感謝に、弘樹は少し照れながら口を開いた。

「喜んでもらえたなら嬉しいよ。それじゃー、そろそろ帰りますか!」


 そうしてゲームセンターの出口へ向かう弘樹にカンナは深く礼をして、彼に聞こえないように呟くのだった。


「ヒロ様……。わたくし今日のことは、一生忘れません」




 帰りにカンナがスーパーマーケットに寄りたいというので最寄のマックドバリュにいき、ようやく弘樹の家が見えてくると、急に彼女がソワソワし始めた。

 指の先端を両手に合わせると、カンナはその全ての指を順番にくるくるとまわしている。言いだす決心がつかないのだ。


 カンナが頬を赤らめる。そしてモジモジと身体をくねらせながら、ついに意を決したのか両手の指と指を絡ませて、祈るように弘樹を上目遣いで見ながら、自身の心中を吐露する。


「ひっ、ヒロ様! 今日の夕食のご予定はありますか!?」

「いや……、特に考えてなかったな」

「もしよろしければ夕食を――おつくり致しましょう……か?」


 疑問系で聞いてくるのは良いが、その手にはすでに材料を買い込んでいるであろう袋があった。


「えと、あ、あうぅ……。い、いけません……か?」


 さすがに材料がどっさりであろう袋とカンナの上目遣いの哀願を見ては、無下には断れない弘樹だった。


「別に駄目なわけじゃないけど……それじゃあ、お願いしようかな」


 弘樹の回答を聞いた途端、カンナの顔に神聖な極上の笑顔がはじける。およそ彼にしか見せない表情だ。

「――ありがとうございます!」



 弘樹の了承に深々と頭をさげるカンナであった。

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