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第一話 沢村弘樹の呪縛。1-1

 でるものはいずれ逃すか殺すこと。

 あいするものは――決して逃さぬこと。

 水瀬 由紀     



 沢村弘樹さわむらひろき水瀬由紀みなせゆきに親はいない。二人がそれ(ヽヽ)を不思議に思ったことは一度もなかった。


 ただ二人が十三歳になるまでは、両家の鍵を所持していて早朝から毎日上がり込み、彼らが寝ている間に掃除や料理に洗濯までして、帰っていくまで一言も話さず、また聞かずの、名前も知らない老婆の姿があった。


 もちろん二人は不思議には思っていなかった。

 それこそが当然の日常だと認識しているのだ。


 弘樹は死んだことがない。さらに死というものを明確に連想したことすら、彼は一度もなかった。


 だから自分では理解できない悩みを持つ由紀を慰めるのにも、相当の苦労を弘樹は経験させられた。


 弘樹と由紀、それに親友の神道姉弟の四人でよく集まる場所といえば、決まって弘樹の家というのが通例だった。


 その頃に交わされた弘樹と由紀の盟約は、いまだに彼の心に深く残っている。



 小学校三年生の春。


 とある早朝に自室の南窓を小石で誰かに叩かれて、弘樹は浅い眠りから強制的に目覚めた。 弘樹は寝ぼけ顔で窓まで歩く。そこから外を覗いてみると道端から涙目の由紀が、必死に小石を集めて投げている姿が見えた。


 すぐに弘樹は窓を開けて由紀の存在を確かめる。


「どうした!?」


 大きな声を出して弘樹が呼ぶと、由紀は大粒の涙を流しながら悲鳴をあげた。


「ヒロくん! あたし――死んじゃうかもしれないの!」

「……! すぐいくから動くなよ!」


 救いを求める由紀の姿がとても冗談に見えなかったので、弘樹は眠気を強引に吹き飛ばし、慌ててハンガーにかけてあったジャンパーを着ると、二階の自室から階段を駈け降りて玄関のドアを開けた。


 午前六時。五月といえど乾燥した冷気のせいで肌寒い。


「いったい何があった!?」

「あたし……あたし…………」


 弘樹が外に出て由紀の側に駆け寄る。

 小石を投げる行為に疲れた由紀は、地べたに座り込んでいた。


 しかし由紀は弘樹の姿を発見すると、道路の真ん中にいるにも関わらず彼の身体に強くすがりつき離そうとしない。


 やがてそこに4tトラックが迫ってくるが、

 グシャン!

 

 当然のようにトラックの方から避けてくれる。

 それは世の中〝不平等〟だからだ。


 トラックは弘樹達の先に見えるガードレールに突っ込み拉げていた。

 唯一の救いは運転手が無事なことぐらいだろう。

 

 弘樹はこの出来事を気にせず、泣き顔の奥で少しだけ笑顔になる由紀を強引に自分の家に招いた。



 二階建てで七部屋もあるが、弘樹は十歳にも満たない年齢で一人暮らしをしている。親はいないが、それを不思議に思ったことは一度もない。もとより由紀にも親はいないし、まわりの住民もその異常性を、一欠片の疑問すら感じずに受け入れていた。


 怯えた子犬のように震えている由紀をリビングルームまでつれていき、毛布と温かいココアが入ったマグカップを握らせ、彼女が落ちつくのを気長に待ってから、弘樹は改めて少女の言葉に耳を傾けた。


「ユキは大人になる前にどうせ消されるって……」

「なんだそりゃあ? 誰から聞いたんだ?」


 あまりにも突飛な話に弘樹は唖然とする。しかし、由紀の表情は真剣だった。いつもの元気な少女とは真逆で、細い声から不安が漏れていく。


「今日はなんだか眠れなくて、その時に偶然聞いちゃったんだ。おばあちゃんの一人言……。あたし、もうどうすれば良いのかわからなくて……。ヒロくん、怖いよ……。あたしは死んじゃうの!? この世から消えていなくなっちゃうの!?」

「本当かよ……?」

「うん……。不憫だ、不憫だって繰り返してたし……」


 全てを話し終えると、由紀はまた泣き始めたので弘樹は困り果ててしまう。彼には死という恐怖が欠落していた。それにいつも複数の誰かに守られていた。

 この世界を敵にまわしても勝てる〝誰か〟に――。なので弘樹も死という恐怖が理屈ではわかるのだが、感情では理解しにくいものになっていた。


 だからその時は、どうにか少女に泣き止んでほしくて、少女の悲しい顔が見たくなくて、いつも向日葵のように明るく笑っている少女が大好きで、そんな少女を守りたくて弘樹は小さな由紀の身体を抱きしめる。


「安心しろユキ! どんな悪い奴がきても、どんな怖いことがあっても、ずっとぼくが守ってやる! ぼくは正義の味方――ダイタマンだからな!」

「……うん!」


 ダイタマンとは、この時期に放映されていた特撮ヒーロー番組だ。


 この頃は由紀がどんなにつらく悲しい思いをしていたのか、そして根拠もないただの励ましの言葉が、少女にとって不安を全て吹き飛ばすくらいに強大で温かな希望を与えていたことを、まだ弘樹は知らなかった。


 由紀の顔が、いつもの向日葵みたいな明るさを取り戻す。


「ヒロくん。ずっと、ずーっと、あたしのダイタマンでいてね! 絶対に、絶対の盟約だからね!」

「盟約ってなんだよ? 約束じゃないのか? うーん……?」


 弘樹は脳の中で辞典を開くが、聞いたことのない言葉であり、唸り声をあげながら意味を考えていると、由紀が得意気に説明をする。


「盟約っていうのはね。約束よりも大事な大事な約束ってことだよ! にゃははっ」

「なんだ、そういうことか! いいぜ、盟約な!」



 こうして弘樹は、由紀だけの正義の味方になるのだった。

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