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未来への投票 3択

完結編です。ここまで読んでもらい本当にありがとうございました。

<回想視点・上代眞白>

 願うのは、悪ですか。それともあたしが。



 兄への思いの募りは中学時代に感じていた。いつもは冗談を言ったり、ふざけ合ったりするはずの兄がある日ある瞬間に、男の子から男性に変わった。眞白は蠱惑的な背徳感に胸を焦がされたことを覚えている。

 

 兄と飯綱の関係を知ったのは、眞白が高校に入ってからだった。ぼんやりと下校していた時に、たまたま道端に、飯綱と満が手を繋いでいるのが見えて、ふーんそうなんだ、と知った風に一人納得して、そのまま家に帰って、その日は枕を涙で濡らした。

 

何かしら兄は勘付いたのか、それ以来、家にも飯綱は満の恋人としてたまに来訪するようになった。両親は温かく飯綱を迎え、眞白も本心を気取られないように必死にそれを真似した。飯綱が姉だったらどれだけ素敵なことだろうかと、本人の前で惜しみなく主張した。虚飾と嘘は自分でも驚くほどすらすらと口から流れ出た。


 眞白はせめて満の妹で在り続けたいと思っていた。もしこの恋慕のほどを満に話し、拒絶されたら、自分は生きていけなくなると思った。妹なら、妹であるだけで兄の寵愛を受け続けることができる。兄との関係を維持するために、眞白は自分の気持ちを長い間抑え込んでいた。

 

 その気持ちはある日、堰を切ったように噴き出した。


 きっかけは合宿の夜、飯綱と北条の密会を目撃してしまったことだった。ちょうどその時、広間とキッチンを繋ぐ廊下を歩いていた。持病の薬も飲み終わり、宴会の後片付けを手伝おうと広間を覗いたら、飯綱と北条が抱き合っているのが見えた。

 

 飯綱の顔には既視感があった。その顔は罪悪感を感じつつも、背徳的な恋に酔う女性の顔であった。眞白は兄に気を引いてもらおうと懸命に鏡の前で化粧をしている時、よくそんな表情になっていた。

 

 息を呑んでその様子を角から見つめていたら、広間を境に反対側の廊下から物音がした。眞白は覗き見ていたことがばれるのが怖くなり、スカートを翻すと廊下を逆に駆けて行った。

 

 手近な部屋に飛び込むと、そこはキッチンであった。今にも走りこんでくると思った追っての影に怯え、眞白は戸棚の影に隠れた。体操座りで小さくなって震え、誰も追ってこないことをひたすら祈った。広間の方から人の怒鳴り声や走り出す音が聞こえてきた。


 眞白は爪を噛みながら飯綱を呪った。飯綱は兄を自分から奪うでは飽き足らず、その兄を捨てたのだ。自分がどれだけ欲し、恋焦がれ、手を伸ばし、掴むことさえできなかった兄を、飯綱はものにしながら捨てたのだ。悔しくて悲しくて、眞白は歯茎が痛くなるほど歯を食い締めた。


「殺してやりたい」


 幾度も枕を濡らして思っていたことを、眞白は初めて言葉に移した。一度口に出すとその思いは津波のように押し寄せてきた。


 両手の爪が噛んでボロボロになるくらいの間、眞白は闇の中でその言葉を吐き続けた。怨念は形にならない圧力となって周りの空気を澱ませ、濁らせ、腐らせていく気がした。


 その時、天から声が降ってきた。


「やあ、鳥肌が立つくらいの悪意だね」


 見上げると、食器棚の上にウサギの縫いぐるみが立っていた。


「欲しい者は何かないかい? 望むものがいれば、それに応える。それがこの屋敷の決まりであり、しきたりであり、呪いなんだ」


 ウサギの声は眞白の耳に心地よく響いた。人形が動いている事実に驚きもしたが、ウサギの魅力に憑りつかれ、次第に気にならなくなっていった。


 ウサギは食器棚の上から飛び降りて眞白の腕の中へ滑り込んできた。眞白はそれを大事に大事に抱え込んだ。


「ウサギさん、眞白のお願いを聞いてくれる? 眞白は、お兄ちゃんとの愛を証明したいんだ。他の誰も入り込む余地がなくて、邪魔をするのが危険だと思わせるくらい、強く強く、お兄ちゃんと繋がっていたいの」

「叶えてあげるよ。舞台は私が用意してあげよう。ただ、君は記憶を失ったうえで、自分一人でその願いを叶えにいかないといけない。できるかい?」


 眞白は首肯した。その顔には薄い笑みが湛えられていた。

 彼女の意識は徐々に揺らぎ始め、体はキッチンの床に倒れていった。


<回想視点・上代眞白 終了>








 ウサギが腕を指した先には、画面に引き分けと表示されていた。


「どういうことだ……」


 北条は目を見開いてそう呟いた。驚いたのは満も同じだった。②番に投票したのが北条、飯綱で、①番に投票したのが満だけなら、この回は満が吊られるはずであった。


「飯綱、ちゃんと投票したのか?」

「したよ! あんたこそ、まさかまた裏切ってなんかしたの?」

「するわけないだろ」


 北条と飯綱はいがみ合って口論を始めた。ウサギはやれやれと言った風に腕を泳がせ、皆に向かってこう言った。


「時は金なりだよ、みんな。うだうだしている人間に成功は訪れないのさ」


 途端に、画面にアンケートが表示された。

 


アンケート№⑦『未来への投票』 三択

あなたは生き残りたいですか?

①はい

②いいえ

③その他

残り時間 四分五十九秒。

一度投票した場合、やり直しは利きませんのでご注意ください。





 北条はそれを見てしばし視線を落としていた後、飯綱にこう言った。


「おそらく、さっきのは眞白がまだ生きているうちに兄の方に投票していたんだろう。彼女は死ぬ前にあがいたんだ。満を生かしておきたいなら①に投票しておけば、

 飯綱が①を選んだ場合、


①に投票が飯綱、満、眞白

②に投票が北条


になり、自分が吊られて満の生き残りが決まる。また、飯綱が②を選んだ今回のような場合だと、


①に投票が満、眞白

②に投票が北条、飯綱


になって一回は引き分けになるんだ」


「いったいいつ投票していたっていうのよ」

「おそらくは、満が投票した後だろ。指さえ動かせれば、うつ伏せに抱えたリモコンを操作できるからな」


 北条と飯綱はそれで納得できたようだった。しかし、眞白の隣に立っている満にはそれは到底信じられなかった。満が投票をした時に、眞白はすでに危篤の状態で意識があるかさえ怪しかったのだ。


「何にせよ。もう一回機会が増えたのは厄介だ……満、頼むから変な気は起こさないでくれよ」


 北条は額から油汗を流しながらそう言った。飯綱も気の毒そうな、気まずそうな表情をして満を見やってきている。二人の協力関係は罪の意識で強く成立し、瓦解の余地はないと満は思った。第一、もう抵抗する気さえ起きなかった。体には虚脱と疲労が張り付いている。先ほどまで強烈に拒んでいた死は、一度向こうから拒絶されると妙な近しさを感じた。


「安心しろよ。お前ら二人と同じ項目に投票して、ペナルティで三人で死のうなんて思わねえよ……」


 そう言うと、満は二人に見えるように②番に投票した。

 北条と飯綱は嬉々として歪んだ笑いを浮かべると、揃って①番に投票していた。二人が満に感謝し、媚びる声が聞こえてきたが、雑音としてしか耳に入ってこなかった。

 残り時間が零になり、ウサギは高々と両腕を掲げた。


「全員の投票をありがとうございました。皆さん、今回の投票結果がどうであろうと、これを以ってして今宵のハンガーエイトは終結を迎えます。GMとして皆さんとゲームできたことを私は誇りに思います。どうか、最後のその瞬間をしかとその目で見届けてください!」


 ウサギは大きく一礼すると、そのまま画面を指差した。

 そこには、北条冬獅郎と飯綱一紀の名前が表示されていた。


「え……」


 二人の笑みが崩れた瞬間、二人の体は宙に消えていった。

 呆然とする満の耳に、遥か上から縄が揺れてきしむ二つの音が聞こえてきた。抵抗する音はしばらくして徐々に小さくなっていき、遂には途絶える。更に十数秒経って、汚物の滝が降り注いできた。

ウサギはその様子を見届けると糸の切れた操り人形のように崩れ、その場に体を横たえた。

 

 突如、魔女のような陰惨な笑い声が塔内に響き渡った。倒れている眞白の口からそれは漏れていた。満は恐怖で顔が引き攣り、思わず眞白の方を向いた。

 

 眞白はゆっくりと立ち上がっていった。土色の顔のまま、その手にナイフを構えたまま、満の方を見つめてきた。その表情は眞白のものとは思えないほど歪に変容していた。


「ねえねえ、頑張ったの私。兄様、これでようやく、兄様と一つになることができます。ようやく兄様と一緒に永遠に飛び立てるんですわ」

「眞白、何を言っているんだ……なんで生きているんだ……いったい誰に呼びかけているんだ」


 眞白はナイフを逆に持ち替えて握ると、息を切らせ、目を見開き、興奮したように口走った。


「私、兄様のところに今から行きますからね!」


 眞白は次の瞬間、自分の喉にナイフを突き立てた。そのままナイフを横にスライドさせ、自分の首を半分ほど切断した。死にかけの身体とは思えないほどの血液が飛び散り、隣の満にかかっていく。


 壊れた声帯から人間には出せないような歓喜の声を上げながら眞白の身体は床へと倒れた。倒れた拍子にナイフが更に鋭く刺さり、鈍い音を立てて喉を貫通するのが見えた。

 満は身体を引いて震えあがった。一歩でも眞白から身体を遠ざけようとして、柵の棘にぶつかり苦鳴を上げた。


「どういうことだ……」


 頭が混乱して、状況の整理が追いつかない。

 その時、中央の机に座っていたウサギが突如、体を持ち上げて喋り出した。


「あたし、ようやく全部思い出した……お兄ちゃん、やったね! ようやく二人きりになれたよ」


 ウサギがバタバタと手を振りながら満に笑いかけてきた。その声が眞白とそっくりで満は動揺した。


「眞白、頑張ったんだよ。最後の投票はその他③に投票したんだ。心臓が止まっててもなんとか指くらい動かせたよ。死なんて安い壁があたしとお兄ちゃんの愛を邪魔できるわけないもんね……」

「おい、ウサギ、どうして眞白の声が出せるんだ……」


「うふふふふふ、お兄ちゃん、まだ気が付かないの? あたしが眞白なんだよ。この屋敷ではね、永遠のループが繰り返されているんだ。結ばれ得ない兄妹が最後に行き着く試練の門。二人で共に生き伸びることで永遠を約束され、二人が死ぬことでそれが履行される。あたしたちも上手に次の人をエスコートして、永遠を誓って死のうね」


 眞白を名乗ったウサギは画面を叩いて操作しながらそう言った。


 次の瞬間、満の頭上から大量の液体が降り注いできた。液体がかかったところから鼻や腕や髪の毛が溶けていき、毒が混ざっているのか立ったまま意識が削られていく。縄が溶けてちぎれ、満は顔を抑えてその場に倒れて悶え狂った。液状化した体の表面が薄赤色の液体となって流れ出していった。

 朦朧としていく意識の中、満は眞白の声を確かに聞いた。


「お兄ちゃんが悪いんだよ。飯綱さんなんて悪い子にひっかかるもんだからこんなことになるんだ。……もう大丈夫。お兄ちゃんをこの屋敷の中に閉じ込めて、悪い虫が寄りつかないようにしてあげるから。記憶と見た目をいじるけど、なるべく痛くしないようにするね。今度は二人でお屋敷を管理していこうよ。次のゲームが始まる前にお兄ちゃんを吊るんだけど心配しないで。あたしもすぐに死んであげるから」



すみません、無限ループ感を出したかったのですがどうだったか…

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