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罪滅ぼし 2択

<回想視点・飯綱一紀>

 恋の始まりは妖精のいたずら。終わりは妖精がいたずらを止めること……。




「好きなんだ、付き合ってくれ」


 宴会が終わりすっかり静まり返った屋敷の中、薄暗がりの向こうで北条は確かに自分にそう言った。

 宴会が終わった後、満は江崎の介抱に向かい、眞白は具合が悪いと自室に戻り、先輩たちは各々の判断で散っていった。北条と飯綱は二人残って宴会の後片付けをしていたのだが、今し方それも終わり、電気を消して立ち去ろうとしていたところだった。


 北条に問い直す前に、北条は飯綱の両手を強く握ってきた。


「見ていれば分かる。満との関係がこの頃冷え込んでいるんだろ。アイツにはやっぱり君を幸せにすることなんてできないんだよ。飯綱には自分がふさわしい」

「え……けど、そんな」


 唐突な北条の告白に飯綱は動揺を禁じ得なかった。

 

 北条と飯綱と満は小学校時代からの幼馴染であった。何をするにも一緒、どこに行くにも一緒、仲の良い三人組みであった。

 しかし、その関係も、三人の中に恋心が芽生えることで崩壊した。

 三人で同じ高校に進んだ年の冬、満は飯綱に告白し、飯綱はそれを受け入れた。飯綱はなぜかそれを北条に後ろめたく感じていた。自分と満の関係が親しくなるほどに、北条が遠く、ぼやけた存在になっていく気がしていた。

 

 北条は何も感じない風にして、自分と満の関係を素直に肯定してくれた。だから、飯綱は勘付けていながら、ずっと騙されていたのだと、今気が付いた。

 北条は決して自分と満の仲を良く思っていなかったはずだ。きっと粘り強く機会を伺い、今日、この時を今か今かと待っていたに違いない。


「満なんかより自分の方が運動も勉強もできる。顔だって負けてない自信はあるんだ。なのにどうして、どうして飯綱は自分を選んでくれなかったんだ……自分は飯綱のことをこんなにも愛しているのに」


 彼の腕が自分の背中に回されて、飯綱は彼の体に全身を包まれた。暖かさが服を介してじわじわと滲みこんでくる。不思議と拒む気は起きなかった。心臓が不規則に高鳴り、耳が真っ赤になっているんじゃないかと思うほど熱くなる。それは去年の冬に満に告白された時に感じた体の変調と同じものだった。あの時も、なんとも思っていなかった満のことが急に愛しく感じられた覚えがある。

 自分は流されやすい性質なのかもしれないと飯綱は思った。


「飯綱、拒まないってことは……自分を受け入れてくれたと解釈していいのかな」


 飯綱は固く縮こまって動けなかった。ただ目線を北条の喉元に固定したまま、熱く浅い息を続けた。


 北条が彼女のおでこにそっと口付けをした。飯綱はそれを闇との契約のように感じた。もうこの一瞬から、満と自分との関係は崩壊してしまったのだ。後に残されたのは、底抜けた罪悪感と虚無感。なぜかその悪徳が、甘美な毒蜜のごとく芳しく鼻をくすぐり、飯綱の唇を濡らした。


「……もう、戻れないのね」


 そう呟いた唇を北条がそっと塞いだ。飯綱は目を瞑り、身を任せた。

 人の気配がしたのはその時だった。薄闇の中で、二つの音が時間差で鳴った。一つは出所を特定できなかったが、もう一方は背後の廊下から聞こえてきた。

 飯綱は咄嗟に恐ろしくなり、北条を手で押しやり、体を無理やり離した。

 電気が付き、辺りが明るくなる。


「……飯綱、北条……お前ら、今、何してたんだよ」


 部屋の角、廊下と部屋がつながる影から歩み出してきたのは、江崎を介抱しているはずの満だった。暖色系の光の元でも彼の肌は雪のように真っ白に見えた。


「どうして満がここに……」


 声を上ずらせる飯綱に、満は唾を飛ばしながら問い詰めてきた。


「飯綱、お前の口から言ってくれ。お前たちは今、いったい何をしていたんだ!」


 飯綱が何も言いだせずに肩を震わせていると、満の顔はみるみる内に青くなっていった。それを見て飯綱は恐怖を感じた。今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られ、いても経ってもいられずに、そのまま満がいるのと反対側の出口へ走り出した。


「待ってくれ、飯綱。まだ話は終わっていないんだ」


 すると北条が笑いながら満に呼びかけた。


「見苦しいぞ、満。俺が勝ってお前が負けたんだ。もう諦めろ」 


 北条の勝ち誇ったような声が広間に木霊した。飯綱は立ち止まらずにそのまま廊下の暗がりを駆けていった。自分の部屋まで辿り着くと厳重に鍵をかけた。北条や満が追ってきそうな気もしてまだ安心はできなかった。ベッドにもぐりこむと、ノックの音が聞こえないよう祈りつつ、頭から布団をかぶる。ひたすら体を小さくして震えることしかできなかった。


 しばらくしてから誰かが扉を叩いてきたが、飯綱は無視して目を瞑り続けた。



<回想視点・飯綱一紀 終了>







 アンケート№⑥『罪滅ぼし』 二択

この塔から出た後、あなたは残りの人生をどう生きますか。

①死んでいった者たちの分まで悲しみに暮れて生きる。

②死んでいった者たちの分まで喜びに溢れて生きる。

残り時間 四分五十九秒。

一度投票した場合、やり直しは利きませんのでご注意ください。





「いいのか? 願ってもない、受けて立つぞ」


 そう言うと、満は真っすぐ北条を睨みつつ、リモコンを掲げ、①番のボタンを見えるように押した。


「さあ、飯綱、選んでくれ。自分か、満か」


 北条は腕を広げながら飯綱に声を飛ばした。その様子は自信に満ち満ちており、自分が飯綱に選ばれるという絶対の確信を持っているようだった。

 飯綱はリモコンを持ったまま、北条と満の顔を交互に見比べていた。汗が額に浮かんでいる。選択に迷いがあるのかもしれない。当然だと満は思った。どちらかを選ぶことはまたどちらかを殺すことに直結するのだから。


 じりじりと時間が経過していった。眞白は俯せたまま体を小刻みに痙攣させている。もう長いことは持たないだろう。早くゲームを終了させて手当をしなければ手遅れになると満は思い、飯綱に語りかけた。


「飯綱。昨晩のことを気にかけているのなら、きちんと謝ってくれればいいんだ。それで俺はいいから」

「……そんなこと言われたって、もう、満との関係は終わりだよ。信用ならない。満はいったいどこまで見ていたの?」


 飯綱は満の真意を確かめるように満の目を見てきていた。満は正直に答えなければいけないと思った。この答え方次第で飯綱の投票先が決まるように思われた。


「暗い広間の中で、お前と北条が抱き合っているところが見えた。それ以上は暗くて見えなかったんだ」

「じゃあ……」

「いや、希望的観測に入るのは良くないよ、飯綱。自分が満にあの後説明しておいたんだ。飯綱は自分を拒まなかったとね」


 飯綱は信じられないといった表情で北条の顔を睨みつけた。


「あんた、なんで、そんなこと言ったの?」

「自分だけ良い子で居ようとするのは良くない。君と自分はもう、共犯者だろ?」


 北条は核心を突くように飯綱の目を見つめて言った。

 残り時間はもはや二分を切っていた。

 その言葉には二人だけに通じる意味も込められているようで、みるみる内に飯綱の顔が青くなっていった。


「なあ、満、おかしいとは思わないか? さっきの五回目の投票『運命の選択』で自分はなぜ一ヶ所に投票なんて不安定なことを提案しにいったのか?」

「それは……江崎さんを吊るためだろ。みんなの力を合わせないと江崎さんは連れなかった」

「いいや、落ち着いて思い出してほしい。あの時、四つの選択肢に対して投票者は五人いたんだ。そして、眞白ちゃんは実質どこに投票しようが吊られない。だから、自分、満、飯綱、江崎で票を一票ずつばらした後、眞白に江崎のところへ投票してもらうのが、江崎を殺すのには一番面倒がないんだ。票ずらしなんかの可能性を防ぐことができる。なぜさっきみたいに票を固めるのが危ないかっていうと、一人でも裏切り者が出た場合、即座に固めた者たちが全員吊られて、江崎とそいつの生き残りが確定するからなんだよ」


 北条はそこまで言うと突如、高笑いをしながら飯綱を指差した。満はいぶかしんで北条の顔を見つめた。


「結局、裏切り者は出ず、うまくいったわけだろ。それで何が言いたいんだ?」


「裏切り者は出た! 飯綱と自分だよ。飯綱も自分も、仲間全員を殺すつもりで①番の『自分』に投票していたのさ。まったくあんな茶番にお前も眞白も乗ってきてくれて本当に助かったんだが、飯綱が自分と同じ項目に投票してくるなんて運が悪かったなあ」


 満の背に冷や汗がぶわりと噴き出した。何を言われているのか俄かに信じがたくなる。


「狐につままれたような顔をしてるな。もっと簡単に説明してやる。お前から見たらさっきの投票は


①番 零票

②番 江崎

③番 北条、飯綱、満、眞白

④番 零票


に見えているんだろうが、裏切った自分から見たら、


①番 北条

②番 江崎

③番 飯綱、満、眞白

④番 零票


 に見えているんだよ。これはもう③番に投票した奴らがみんな吊られるから、自分は生き残りを確信して興奮したよ。しかし、さっきは江崎一人だけが吊られた。これは仲間にもう一人裏切り者がいることを示している。自分はお前と眞白がリモコンを触ってから③番に投票する様子はしっかり確認しているから、票をずらした人間が居る場合、もう飯綱しか考えられない。よって


①番 北条、飯綱

②番 江崎

③番 満、眞白

④番 零票


がさっきの真の結果なんだ。これでなければ合理的な説明がつかない」

「北条も飯綱も確かにリモコンを見せて③番に投票していただろ。……どういうことだよ」

「自分は見えないようにしてあらかじめ①番に投票しておいたんだ。飯綱も同じだろう。再投票は無効だとウサギは何度も口にしているから、これはやりやすかった。リモコンの番号を後から何度いじっても入れた票は変わらないんだよ」


 北条は悪魔のような笑みを浮かべた。その笑みを見て、飯綱は挙動不審に目を右往左往させ、リモコンを持ったまま立ち尽くしていた。その様子が満に、今の話が全て事実であることを伝えていた。


「なんで……俺を殺そうとしたのか、飯綱」

「だって仕方ないじゃない。目の前で人が段々吊られていくのよ。これはもう人間として他人を裏切ったってしょうがない。だってそうしないと殺されるんだもの。あたしは悪くないわ、全部全部このゲームのせい」


 飯綱は両手を耳に当て、茶色の髪を振り乱して首を振った。混乱する彼女に満は声をかけたが、もうその言葉すら彼女には届かないようだった。


 北条が確信した口調で飯綱に囁きかける。


「もう飯綱は満とやっていけない。アイツはきれいなままなんだ。もう汚れた手の自分らからしてみたら、相容れない存在なんだよ。一方、自分なら飯綱の痛みを分かってあげられる。しょうがないんだ、誰かを裏切りたくなる気持ちは。それを自分と飯綱なら共感し、互いに傷を舐め合って、これから先も生きていけるんだよ。死んでいった者たち全員のことを悼みながらね」


 満はそれを聞き、はらわたが煮えくり返る激情に駆られた。開いていた五本の指が知らず知らずの内に拳を形作っていく。


「北条、勝手に自分を肯定してんじゃねえぞ……。どんな理由があろうとも人を殺していいことになるわけがねえんだよ。じゃなきゃ、中村先輩や坂東先輩が体を張って俺たちを助けようとしてくれたり、城之内先輩や江崎先輩が悩みながら死んでいったことが全部、どうしようもなく、無意味になっちまうんだ」


 満は北条を睨みつけながら吐くように言った。それが自分の思いの丈であり、北条の否定であり、死んでいった先輩たちへの弔いであり、殺した江崎への懺悔であった。

 飯綱の投票先を考えると、北条の否定は飯綱の否定にもつながり得るため最悪なのかもしれない。しかし、満はどうしても言わずにいられなかった。


 残り時間は三十秒となっていた。


 飯綱は無言でリモコンのボタンを押した。カチリと終焉の音が鳴った。そして、飯綱は北条の方を向くと媚びたように歪な笑い顔を見せた。


「これからも、よろしくね」

「ああ、それでいいんだ。人間は弱い。だから強く生きる必要がある」


 北条も飯綱に笑いかけた。満は視界が暗転していくような虚脱感と極度の疲労感に襲われた。


 城之内や江崎も死ぬ間際に、この感覚を味わったことだろうと満は察した。手や足の先が痺れ、徐々に体幹へと麻痺が広がっていくような感じだった。景色が色褪せて見え、周囲の音が遠ざかっていく不思議な感覚と言えた。


 満は左隣の眞白に顔を向けた。彼女は先ほどからもう一切の動きを止めていた。顔を白くし、瞳孔を開き、口を半開きにして地面に横たわっていた。もう絶命していることは誰が見ても明らかであった。


「……不甲斐ない。ごめんよ、眞白。救えなかったよ」


 もはや彼女の体を葬ってやることもできないのかと思い、満は悔しくて目から涙が零れ落ちた。


「はあーい。投票時間が終了しました。これから先はいかなる理由があろうとも投票を受け付けません」


 ウサギは中央の机の上でヘッドスピンを決めながらそう言った。


「今回の結果は、どうぞ」


 画面に白い文字が映し出される。


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