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犯人捜し 8択

全6話です。

 筒のような塔に収容されていた。

 上代 (みつる)は起き抜けでふらつき、その場に腰を付こうとすると喉が絞まった。


「縄……」


 ぼんやりと首元を触る。そこには荒縄が巻きつけられていた。頭上を見ると縄の先は暗く先の見えない頭上から下りてきている。

 目の前には、①から➉の白いボタンが付いた黒い直方体が置かれていた。


「どういうことだ?」


 薄暗い塔の中を見回せば、他七人が満と同様にして辺りの様子を確認していた。誰の首にも縄が巻き付き、誰もが円柱状の高い鉄の柵に閉じ込められていた。柵は三メートルは高さがあり、鋭い棘がびっしりとついている。鉄の棒は細いが隙間は狭かった。一センチくらいの等間隔ごとにようやく外の様子が縦に覗けている。

 

 そこにいるのは、見知ったボランティア部員の面々だった。

 八人の中心には、一つのテーブルがあり、一匹のウサギのぬいぐるみがその上に座っている。テーブルの中央には黒硝子が取り付けられていた。


「ここはどこだ?」

「暗い」

「塔の中か」

「怖いよ」

「みんな落ち着け」


 満の右隣にいる、部長の中村が騒ぐ皆を制した。


「今、あのウサギの人形が、動かなかったか?」


 部長は震える声でそう言った。ピンクのもふもふしたウサギは突如立ちあがり、大きく跳ねた。


「これからみんなにはあるゲームをしてもらうんだぴょーん」


 満は目の前の出来事を、夢を見るような気持ちで眺めていた。跳ねるウサギ。薄暗い塔。自分はまだ、メルヘンチックな夢を見ることができたんだなあと感無量になる。


「その名もハンガーエイト」


 かわいらしい声でウサギはそう言った。くるくると丸い机の上で踊りを踊る。


「あ……あの、これって夢なんでしょうか?」


 副部長の江崎がしずしずと手を挙げてウサギに尋ねていた。その右横の坂東が「人形なんかに尋ねんなよ」と江崎を嘲笑っている。


「夢じゃないぴょん」


 そう言うとウサギはシシシと口を押さえて笑った。


「痛みも死も生も、まごうことなき、リアル」


 ウサギは天に腕を突き出し、それを合図に塔の壁中の蝋燭が一斉に灯る。同時に落下音がした。

 ウサギの遥か頭上に、首を縄で吊られた男の姿が現れた。口の端に血のあぶくを溜め、目を見開いて痙攣している。満は目を見開いて唾を飲んだ。


「あれは、屋敷の管理人だぞ」


 北条がそう叫ぶ。皆口々に悲鳴を上げた。満の背筋に震えが走っていく。


「静粛に、静粛に。これくらいで騒いじゃダメぴょん。これからもっともっと死体は増えるんだからね」

「どういうことなんですか」


 汗を垂らして、城之内が呟く。


「あれれ、気づいているんじゃないかなあ、みんな首に縄がついてるよねぇ」

「それって、まさか、私たちが死体になるってことなの……」


 飯綱がそう尋ねると、ウサギはぷぷぷと笑い、


「ご名答。首を吊るのさ」


 と手をパフパフ叩いた。

 愛くるしい仮面の裏に、邪悪な素顔が見え隠れする。


「あたし、怖い」


 眞白が怯えたようにそう言った。


「静粛に。そうしないと聞こえないよ。生き残るために大事なルールが」


 ウサギは眞白の方を向くと、ビーダマの目を歪めて笑った。


「これからルールを説明します。今から皆さんにはアンケートの項目の中から好きなものに投票してもらいます。その投票結果によって首を吊られる人が決まります。

項目に一人しか投票してなかった場合、それを孤立票と呼びます。同じ項目に対する二人以上の投票は多数票と呼びます。


では誰が吊られて死ぬのか見ていきましょう。


孤立票が一つだけの場合、孤立票だった人が吊られ、多数票だった人は生き残ります。

孤立票が二つ以上あった場合、多数票だった人全員が吊られ、孤立票だった人は生き残ります。

孤立票が零だった場合、その回は誰も吊られません。ただし全員が同じものに投票した場合はペナルティとして全員が吊られます。また、ペナルティとして四回誰も吊られないいわゆる引き分けが成立した場合、その時点で全員が吊られてゲームは終了します。


吊られずに生き残ったものが二人以下になった時点でゲームは終了です。


投票時間は五分です。その時間内に投票しなかった人はペナルティとして吊られます。投票結果に関わらず、その回に他の人は吊られません。


最後に。投票後の変更は無効です。よく考えて投票しましょう」









<回想視点・中村光太郎>


 ボランティアに来ていただけだった、それだけだったのに……。


「みんな、そろそろ宿に行こう」


 日も暮れ、雑木林の中は暖かな赤い光に包まれていた。部長の中村の声に気付き、ボランティア部の面々は、ちらほらとゴミ拾いを止めて顔を上げ始めた。


「部長、こんなに集まりましたよ、見て見て」


 一番年少の眞白が無邪気に笑って中村に、大きく膨らんだゴミ袋を見せてきた。


「おお、たくさん集めたな。その分、山もきれいになったろう」


 眞白ははにかんだように頬を赤く染めた。

 少女の名は上代眞白。背が低めの高校一年生だった。人懐っこい性格であり、彼女がまるで妹であるかのように中村は親しく接していた。

 彼らは都会にある楠木高校のボランティア部員である。三連休を生かして地方の里山を手入れするボランティアに参加していた。ゴミや木の枝を拾うのが主な仕事だが、知識と技術のある者は枝を選別して伐採する作業も行っていた。


「こんなイイもんが落っこちてたぜ」


 三年生の坂東あきらが黒いごみ袋を片手に中村と眞白の方にやってきた。彼は色白の中村と対照的で、色黒の体育会系で坊主頭に髪を丸めている。眞白の方をじろじろ眺めつつ、さも嬉しそうに近づいてくる。

 中村は咄嗟に嫌な予感がした。坂東とは一年生からの付き合いだが、いたずらが好きで部員はよく泣かされたものだった。


「いいものってなんですか?」


 眞白は無邪気に笑いながら、興味津々とゴミ袋を見つめている。


「坂東、変ないたずらは止めろよ」

「ひひっこれだけだよ」


 坂東がゴミ袋の口を開くと、中にはウジの湧いたタヌキの死体が入っていた。顔の半分が腐敗して青緑色に液状化していた。途端に眞白は小さく悲鳴を上げて中村に抱きついた。

 眞白の震えが服を介して伝わってくる。中村は部長としての責任感から坂東を諌めた。


「おいっ、坂東!」

「へぇへぇ、すんません」

「眞白ちゃんは心臓が悪いんだぞ。こんなことして止まったらどうするんだよ」

「ちぇっ、頭が固い部長だぜ。いいなあ、俺も眞白ちゃんに抱きついて欲しいよお」


 坂東は肩をすくめながらゴミ袋を担ぐと、バス停の方に歩いていった。

中村は心臓が強く高鳴った。眞白は二歳下の女の子で、中村から見たら可愛い子だった。大きく澄んだ黒い目も、艶やかに光るおかっぱの黒髪も、すり寄ってくる無邪気さも低い背も甘い声も何もかもが中村の好みに合致していた。


――僕って自覚なきロリコンなんですかねえ。


 眞白の姿を見たり、眞白と喋ったりすると、中村はしばしばそう自問してしまう。

 自分はこの子のことが好きなのかもしれない。


「部長、どうしたんですか?」


 眞白が上目遣いに中村を見上げた。その仕草に、また、臆病な心臓は踊ってしまった。


「いいや、なんでもないよ」


 眞白はふと気づいたように体を離し、顔を赤らめた。


「あの……ずうずうしかったですね。ありがとうございます。先輩に抱きついたら、その、震えも収まっちゃいました」

「まったく坂東の野郎も困った奴だよ。ぼかぁ、一年の時からずっとあいつとボランティア部にいるんだが、奴は昔っから悪ふざけが大好きでねぇ。もちろん根は良い奴さ。なんか困ったことがあったら、副部長の江崎や僕に相談するんだよ。君は僕らが守るからね」

「頼りにしてますね」


 眞白はジャージの裾の泥を払うと、バス停の方に小走りで駆けていった。饒舌になってやしまってないかと、ふと中村は不安になった。

 中村は創立十年の歴史を持つボランティア部を愛していた。部の仲間とは家族のような信頼関係を築いていきたいと思っているし、築くために努力もしているつもりだ。だからこそ、眞白に抱くこの甘い感情と期待は胸の内に秘めておきたかった。


 今の関係上での距離感が一番心地よい。中村は何より部員全員との距離感に気を使っていた。自分は愛される先輩であり、頼れる部長でなければならなかった。


「部長、私で最後です。他の部員はみんなバス停に向かいましたよ」


 落ち葉をざくざくと踏み鳴らし、一番遠くにいた三年副部長の江崎東が中村に声をかけた。中村は彼の労をねぎらうと、ゴミ袋を担いでバス停に向かった。




 片田舎のせいかバスの車内は部の八人と車掌以外誰もいなかった。皆、適当に座席に座り、今日あったことを語ったり、これから行く宿のことについて話をしたりしていた。


「横、いいかな」


 中村は顎をついてぼんやり外の景色を眺める男子、上代満の隣に座った。


「いいっすよ」

「今日はお疲れ。コーヒー飲むかい」


 ナップサックから缶コーヒーを取り出すと、上代に渡した。


「ども」


 上代は顎をついたまま頭を少し下げてそれを受け取った。


 彼は上代眞白の兄である。高校二年三月生まれであり、四月生まれの眞白とは約二歳年が離れている。眞白に似て目元がさわやかな色白の美青年であるが、性格はおおよそ反対であった。群れて過ごすより一人の時間を好み、喋るより考える時間の方が多いように中村には見えた。青空を仰ぎ見る薄幸の美青年はなかなか絵になる。


 中村は社交性の少ない彼が気がかりで積極的に声をかけるようにしていた。


「どうした。今日はあんまり元気がないように見えるぞ」

「いつものことですよ」


 満は外を見ながら気だるげに答えた。すると、後ろの座席から黒髪の麗しい女性が身を乗り出して、二人の頭に言葉を浴びせてきた。


「間違ぁいない! 恋の悩みじゃ。みつるんは恋の悩みをしてしまったのじゃあ!」

「そんなんじゃ……」

「顔に書いてあるんじゃよ、お主」


 そう言って彼女、城之内香住は満の頬を両手でむにぃと引っ張った。満の眉が寄り、しかめっ面になる。


「何すんらよ」

「恋人の一紀ちゃんとの仲がよくいっていないものと思われる」

「なんでそんなことが先輩に分かるんすか?」

「あたしも、江崎と上手くいかないときに鏡を見ると、そういう顔をしてるの。あの人、神経質っていうか、繊細で、自分を否定されるとすぐ怒る人だからしょっちゅうよ」


 顔に出るものなのだろうか、と中村は、ポケットから取り出したグミを食べながら思った。ボランティア部には現在二組のカップル、二年の上代満&飯綱ペアと、三年の江崎&城之内ペアが確認されている。


「それより、今日泊まる場所はどんなとこなんすか? 中村先輩」


 話を逸らすようにして、満は言った。


「いいところだぞ、豪華な屋敷だ。晩御飯も出してもらえるし、一人一つの部屋ももらえるし、何しろ、宿泊費が格安ってとこが魅力だな」

「……それ、旨い話過ぎて危なくないですか? どこで紹介してもらったんです?」

「新聞の広告欄に小さく載ってたんだよ。顔見知りの学生八人で宿泊するっていう妙な条件付きでね。僕も不思議に思ったんだけど、下見をしたら、すごく人の良さそうな男性が対応してくれたよ。僕らが山の整備で合宿することを伝えたら、今どき奇特な学生だってことで値段を下げてくれたんだ」

「へぇ、俺にはその人の方がよっぽど奇特に思えますね」


 上代はコーヒーの缶を傾け、中身の残りを一気に呷った。


「そんないいとこ見つけ出すなんて、さすが部長。我らの部長じゃ!」


 城之内はそう褒めて中村の黒髪をわしゃわしゃと掻き撫でてきた。中村は内心まんざらでもなくなり不器用に笑った。彼にとって誰かの役に立てることは間違いなく至福の喜びであった。

 

<回想視点・中村光太郎 終了>







「アンケート№①『犯人捜し』は八択です。次から一つ選び、目の前のリモコンで投票してください」


 ウサギがそう言い放つと同時に、テーブルの黒硝子に白い文字が現れた。


アンケート№①『犯人捜し』 八択

このゲームの原因となる犯人だと思う人を次から一人選んでください

①坂東 あきら

②江崎 東

③北条 冬獅郎

④飯綱 一紀

⑤城之内 香住

⑥上代 眞白

⑦上代 満

⑧中村 光太郎

 残り時間 四分五十九秒。

 一度投票した場合、やり直しは利きませんのでご注意ください。

 なお、自身への投票だけは禁止とします。




 満は唖然として画面を見つめた。そこにはボランティア部八人の名前が書かれていたからである。


「この中に、犯人がいるのか」


 満は顔を上げもう一度周りの人間の顔をよく観察した。恋人の飯綱と、妹の眞白はまず犯人ではないだろう、いや犯人であって欲しくない。他のメンバーはどうか。全幅の信頼を置ける人間が一体この中に何人いるのか……。

 

 気づいたことが一つあった。

 

 八人は塔の中に円形に並べられているが、その並び順は番号順に左回りとなっていた。上代の右横から順に、中村、坂東、江崎、北条(正面)、飯綱、城之内、眞白(左横)となっているのだ。この並び順が恣意的なものか、そうであるかは満には判断がつかなかった。


 数字の残り時間は刻々と減少していき、すでに四分を切っていた。鉄柵の向こうでは誰の顔もみるみる内に青くなっていった。特に眞白と江崎の顔色がひどかった。江崎に至っては発汗して両手がぶるぶると震え出している。


「嘘だ……これは夢でしょう、そうなんでしょう……誰か夢だって言って下さいよ」

「ラララ、残念ながら、夢じゃありません。時間は段々過ぎていく」


 ウサギは先ほどからスキップして中央の丸机の上を跳ね回っている。


「これって、絶対に誰かに投票しないとダメなの?」


 眞白は泣きそうな顔をしてウサギに言った。満は、それを過酷すぎると思った。彼は眞白が優しい子であることを知っていた。弱った動物がいれば介抱し、人の血を見れば泣き出してしまうような繊細な子であることを知っていた。そんな子がこんな残酷なゲームに参加できるのだろうか。


「胸が……痛い」

「大丈夫か、眞白」


 眞白が胸を押さえたので、満は慌てて声をかけた。彼女は心臓に持病を持っている。普段は薬で抑えているが、強いストレスがかかると脈が不規則になり危険だと聞いていた。

 江崎は今まさに、リモコンに手を伸ばしていた。すると、突然、右横で顔を伏せていた中村が声を上げた。


「みんな、まだボタンを押さないでくれ。特に江崎は絶対押すな」


 江崎の肩がびくりと震えた。気の毒なくらい顔に油汗が浮かんでいる。

 中村は眼鏡の奥の瞳を輝かせ、ウサギを睨みつけた。この空間の誰もが動揺し、怯える中、中村だけは目に見えない敵と戦っているように満の目には映った。


「みんなの命を守る義務が部長の僕にはある。このゲームの管理者はきっと僕らが互いを疑い合い投票で殺し合うように、こんな馬鹿げた選択肢を用意したんだ。この中に犯人なんているものか」


 中村にそう断言されると、満の心に落ちつきのようなものが広がった。


「そうですね、まずは冷静になるべきだ……眞白、深呼吸するんだ」


 満は左隣りの妹に優しく声をかけた。


「うん……」

 眞白は軽くうなずくと、胸を反らして大きく呼吸を始めた。

 

 残り時間は三分弱となっている。


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