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屍を愛する王子 4-1




真澄は真っ白の中に立っていた。

ここはどこで自分は何をしているのかという疑問は浮かばなかった。

ただ何を思うでもなく突っ立っている彼女はふと何気なく視線を足元に向けた。

意図があったわけではない。

ただそうするのが、その時の彼女には自然だっただけだ。

視線を向けた瞬間、それまで硬かったとも柔らかかったとも言えない足元が急に柔らかく崩れ、真澄はバランスを崩してその場に膝をつく。

咄嗟についた手の平に柔らかいものが触れてぐちょりと嫌な音を立てた。

尻の下にも手の下にもあったのは死体の山、腐敗したそれは動き出して真澄の視界を遮る。

確かに真澄は叫んだはずなのに、悲鳴は音にはならなかった。

必死でもがいても押し退けても蠢くそれが、真澄を押えつけ押し潰した。

隙間から見えたのは真澄を嘲笑う金色と紫の色彩を持つ男。

高笑いが真っ黒になった世界にいつまでも響き渡った。











「……っ、は!はぁ、はっ」


目を開けるとぼんやりと灯りに照らされた土壁が見えて真澄は自分がどこにいるのかわからなかった。

心臓がドクドクと激しく脈打ち、呼吸は自然と浅くなる。

汗が額にじっとりと滲んで前髪が張り付いているのを真澄は感じて腕で前髪をかき上げた。

パチパチと火が爆ぜる音が聞こえて、自分たちが今、崖のせり出した土壁のくぼみで野宿していることを思い出す。


(夢……そっか)


自分は今、森から村までやってきて空振りだったから、次の目的地に向かって南下しているのだ。


「大丈夫ですか?」


優しい声に体を寄せていた土壁から振り返ると、獣避けの焚き火のに照らされた白っぽいローブが背後の闇夜に妙に浮いて見えた。

やっぱり彼は夜でもローブのフードをかぶりっぱなしなのか。


「まだ、夜明けまで遠いです。休んでください」

(とは言っても夢見が悪い。ああ、私は……夢を見るのが怖いんだ)


真澄はけして声も態度にも出さずにまた元通りに彼に背を向けて横たわる。

目の前の土壁をぼんやりと眺めていたが、ファルーシュが微笑んだ気がした。


「大丈夫ですよ」


怖い夢はもう見ません、囁くような優しい声音でそう言われ、真澄は目を閉じた。











真澄は再び旅に出ることを余儀なくされた。

村にはごっそりと食料もなく、情報を提供してくれるだろう村人の姿もなかったからだ。


「この村が駄目だとすると……」


ファルーシュは少し黙考すると南に2日歩いたところに街が存在する、実際には女性の足だから3日くらいはかかるだろうと真澄に告げた。

けれど、どうしたらいいかなんてこの世界についてよく知らない真澄は、ファルーシュに頼るしか手段はなく、2~3日掛かるとしても嫌だけれど仕方ないとしか思えないし、この時点では着替えも手に入れたし、筋肉痛も動いたせいか多少軽くなっていて、気分の良し悪しも多少、向上していた。

今ならやれる気がする。

空を見上げれば曇っているが、雨が降りそうな感じではないのも真澄の気分を向上させるのに一役買っていた。

そのまま降らないで曇りを維持してくれれば幸い、気温はちょっと風が冷たいくらいで、まるで春先のような感じで、それよりも真澄にとっては日焼けのほうが辛い。

何せ、日焼け止めを所持していないのだ。

そんなに美肌にこだわるほうではないし肌は強いほうだが、一ヵ月後には漁師もビックリというほどの焦げっぷりは嫌だ。


(馬車とかあればなぁ……幌つきの。早いし、日陰だし)


ペーパードライバーだったが、車社会で生きてきた真澄はついつい楽な方向にいってしまう。

そうして、ふとしたことに気づく。


(そういえば、あの村って馬いなかったなぁ。厩あったのに)


人や馬だけではなく、野良犬や野良猫も見かけない静寂に包まれた村、家畜の姿も全然いなかったのはやはり異常だと思う。


(何があったんだろ?)

「マスター!下がってください」

「へ?」


ぼうっと考え事をしながら歩いていた真澄だったが、鋭いファルーシュの声にハッと意識を取り戻す。

草原に土ぼこりを舞い上がらせながら、前方から疾走してくる角が異常に多い2メートル近くもある猪は、針のような銀色の硬い毛並みを持っている。

猪突猛進、まさにその言葉のごとく突っ込んでくる銀色の猪に真澄は慌ててファルーシュの後ろに引っ込んだ。

ファルーシュも剣を抜き放ち、真澄の前に出て構えるが、彼にも真澄にも予測不可能なことが起きた。

真澄が慌てて逃げこもうとしたファルーシュの後方、その草むらに先客がいたのだ。

細長いそれを彼女は踏んづけた。


「……は?」


嫌な感触、真澄は見たくないと思いつつも下を向くと、そこには踏んづけた蛇。

魔物ではなく普通の蛇だが、真澄にはそんなことは関係ない。


「んにあああああああああ、やああやだやだやだ!!!」


彼女が奇声を上げて飛びのいた瞬間に、お約束のスケルトンやゾンビが地中から彼女を守るために出現し、蛇や魔物、ギョッとしたファルーシュに襲い掛かった。


「ちょ、マスター!」

「やだああ!!」


大量のアンデットに押し倒されて、ぷぎいいぃぃとけたたましい声を上げて地に沈む猪の魔物。

覆いかぶさって生きながら肉を噛み千切られるという凄惨な光景に真澄は目を瞑って耳を塞いで顔を背けた。

このような出来事が街につくまでに何回か起こることになる。

蛇やムカデに蜘蛛のような魔物に襲われ、その度にアンデットが出現し、そのたびにファルーシュに暴走しているアンデットを退治して貰って助けて貰う。

気持ち悪い、苦手という感情でパニックに陥っているために、未だコントロールはまったく身に着かないが、身に着ける予定もない。

だが、何度もこういう事態が起きるのならば『屍を愛する王子』のレギナの使い方を覚えた方がいいのではとも思うが、どうしても気持ち悪さ、屍を操るということへの嫌悪感や躊躇が先に立ってしまう。


(怖い人……か)


ファルーシュは前マスターをそうやって称したが、真澄はその時、屍に囲まれるように蹲っている彼を思い出して、とても怖いと思った。

あの状況で笑っている男がとても怖かった。

けれど今は、人ならざる者を躊躇もなく使役していたということが何よりも怖いと思った。

あんなにもおぞましいアンデットを操って、生み出すなんて簡単に出来ることではない。

猪の上に折り重なったアンデットが視界に入らないように足を踏み出した。

ファルーシュが言うにはゾンビやスケルトンといった下級のアンデット系魔物は単純な知能しか持たないため、噛み付く、押し潰すといった単純な攻撃方法しか持たないらしい。

稀に剣を振るうスケルトン亜種であるアンデット中級種もいたりはするが稀だ。

他者と意思疎通して迎合して迎え撃つということは出来ないので、一対多数では強いが戦場などの数対数には向かない。

だからこその『屍を愛する王子』のレギナ、アンデット種に加護を与え、単純な思考しか持たないはずの彼らを意のままに操る。

しかし、レギナを持っていても命令をしなければ、彼らは真澄には襲い掛かることはないけれど、自然と本能に従ったまま外敵に襲い掛かるという行動を取る。


(あれ?じゃあ……)


真澄はちらりとファルーシュの横顔を盗み見た。

アンデットは本能に従って、猪の魔物とファルーシュに向かっていったため彼も剣を取ってゾンビを駆逐している。

剣を振るって魔物も、真澄がパニックになって出現させたアンデットも屠る彼は冷徹な表情を浮かべていて、真澄は彼だけが戦うことに感謝するよりも、どうしても怖いという感情が先立ってしまうのを抑えられなかった。

いつも真澄には微笑んでいてくれるからかもしれない。

戦いが怖いのか、戦う彼が怖いのか。

真澄は答えがわかっている。

わかっているから必死に恐怖を押さえ込むのだ。

自分のために。

全てを屠り終わって、剣を腰帯に引っ掛けた鞘に仕舞った彼は真澄の元へと戻って来た。

近づいてきた彼に思わずビクリと体を揺らしてしまった真澄は、そろりとファルーシュを窺った。

怯えた自分に気づいてしまったのだろうか?

気づかれたくない。

表情を見るといつもの笑顔を浮かべていて、真澄には彼が何を考えてるのかまったくわからなかった。

怖いと思っていることを知られるのは嫌だ。

それは元の世界でもそうだった。

見栄っ張りで小心者の自分が心底、嫌になる。


「怪我はありませんか?」

「う、うん」


魔物はファルーシュがけして真澄には近づけなかったから、怪我なんてしようもないのに、彼は優しい笑顔を浮かべて言葉をかけてくる。

それがいたたまれない気分にさせるのに、真澄が頷けばファルーシュはホッとした笑みを浮かべるのだ。


「よかった。私はあまり剣が得手ではないので……」


怖いのに、いたたまれないのに、彼の笑みを見たらホッとした自分がいて、真澄は内心じたばたしてしまう。


(何でホッとしてんのよ!たっ、確かに無事なのはいいことよね!だからホッとしたのよ、うん、そう!怖かったし、気持ち悪かったし、またやらかしたし、ね、そう!)


そうに決まっている、と言い聞かせて真澄は先ほど心の中に浮かんだ疑問を思い出した。

命令しなければアンデットは本能に従う。

じゃあこの死人の青年は?

何故、動く死体リビングデットの青年には人間のように自我が存在しているのだろう。


(ファルは何なんだろう?)


真澄は再びファルーシュの後について歩きだしながら首を傾げた。







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