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屍を愛する王子 3-3




怖い。

日はとっぷりと暮れ、辺りを照らすのはささやかな月明かりのみ。

平地に建てられた5~6軒密集した建物の影が真っ黒で足元はとても危うく、この目の前の建物の中に入ったらどうなるのだろう、通り過ぎて曲がり角には一体、何が待ち受けているのだろうと思うと怖くて仕方なかった。

痛みで妙にぎこちない歩き方になるものの、もはや恐怖で痛みは吹き飛んでいる。

怖かった真澄は前を歩くファルーシュの白っぽいローブを見つめて進んだ。

前を見たくなかった。

けれど、がら空きの後ろも怖かった。

有り得ないけれど、何かに腕を掴まれて引っ張り込まれたらどうしよう。

真澄の脳裏にはありとあらゆる心霊物の失踪パターンが渦巻いていた。


「暗いですね」


ファルーシュはそう呟いて、懐から魔物を退治して手に入れた小粒の魔石を取り出すと、それを掲げた。

すると光が灯って狭い範囲だが、ファルーシュと真澄の周囲を明るく照らした。


「あ」

「これで少しはマシですね」


後ろを振り返ってファルーシュはにっこりと笑うと、草原の中に密集した5~6軒の一番手前にある家に向かう。

照らされた庭は綺麗に整えられ、荒れた様子はなかった。

ドアを押せばかんぬきは掛かっておらず、かすかに軋んだ音を立てて扉は開かれた。

ゆっくりと開かれる扉に合わせて室内に魔石の灯りが差し込んで陰影を作り出す。

影になって見えづらい部分が相変わらず怖くて真澄はごくんと息を呑んで、ついつい怖いもの見たさで室内へと向けてしまった視線をファルーシュの背中に向けた。

板張りの床に靴のまま踏み入れる彼に続くが、土足で室内に踏み入れる習慣がない真澄にはどうしても違和感があった。

ぎぃっと板張りの床が軋んだ音を上げたので、思わず「うひぃ!」と奇声を上げて飛び上がった。


「マスター?」


ファルーシュが振り返って不思議そうな表情をするのが憎い。


(微塵も怖さを感じていないだろう。貴様!!)

「な、何でもない」

「そうですか?何かあったら言ってください」


前に向き直ったファルーシュにホッとして、彼女はこわごわとファルーシュの背中から室内へと視線を向けた。

木造の家でここは台所とダイニング兼リビングのようだ。

大きなテーブルと食器や食料が収納された棚、水瓶があり、キッチンの隣の扉の奥には大きなベッドが主張する寝室、そして別の扉にはトイレが存在する。

田舎ゆえに風呂は完備されていないらしく、おそらく外の井戸を使って体を拭いているのだろう。

窓はガラスが普及していないのかもしれない。

風雨から家を守るために木で出来た鎧戸が付けられており、天気のいい日はともかく、天候が悪い日には日中でもランプを使って生活することを余儀なくされるだろうなというのが察せられた。


(これって)


室内を見て真澄は首を傾げる。

二人は平地に存在する5~6軒の家を全て調べたがやはり人はおらず、全てに妙な違和感があった。

次に緩やかな丘に建てられた点在する9軒の家に向かう。

その中で雑貨屋を見つけ真澄は売り物の服を手にとって迷った。


(どうしよう)


今着ている制服は得体の知れない汁や汗、土ぼこりが染み付いて汚れて気持ち悪いため、服は欲しいけれど店の人がいない。

勝手に持っていくのは抵抗があった。

悩んでいるとファルーシュが気を利かせてくれて、「魔石をお代に置いていきましょう」と言ってくれたので、どうしても衣服と着替え数着が欲しかった真澄は戸惑った表情のまま頷いた。


「魔石は高価なのでおそらくその服と引き換えにしてもたっぷりお釣りがきますよ」

「……そっか」


少しだけホッとして真澄は光を発す魔石をテーブルの上に置いてもらい、ファルーシュに後ろを向いてもらって着替えた。

彼と一緒の空間で着替えるのは抵抗があったが、暗くて何が出るかわからない出そうな場所で1人になるのはまっぴらごめんだった。

着込んでいたグレイのベストと白いブラウスを脱いですそに花の刺繍がされている白いシャツを頭からかぶる。

伝線してしまったストッキングと黒のタイトスカートを脱ぎ捨てて、ゆったりとした草染めのスカートに足を通す。

足は血が滲んで固まった擦り傷だらけで、青あざも出来ていたが、それを無視してスカートの腰紐を解けないように結ぶ。

ゴムやボタンで留めるタイプではないため慣れないが、おそらくこれでいいはずだ。

上からくすんだカーマインの上着を羽織り、ようやく人心地ついた真澄は息を長く吐いた。

赤系は似合わないのだがこの際、仕方ない。

ファルーシュにこちらを向いてもいいと声を掛けると、彼は真澄の服装を見て褒めた。

下着も替えたいがこの場ではさすがにはばかられたので、脱いだ衣服を雑貨屋のカウンターのすみに小さくまとめてその上に対価の魔石の粒を置いて、同じく店の商品だった麻の袋に着れそうな着替えの衣服を詰め込んだ。

そのまま二人で他の家の捜索をしたが、やはり人はおらず妙だった。

最後に調べた大きな屋敷―――おそらく村長のものであろうそこで二人は休むことに決めた。











「これって物盗りよね?」

「おそらく」


翌朝、寝ぼけ眼で目を覚ました真澄は結局、肉体的な疲れからか、それとも怖さによる緊張疲れからか、ぐっすりと村長の家のベッドで睡眠を取り昼間で熟睡していた。

井戸で顔を洗い、昨日森から出る最中に取ったアケビのような白い果肉を持つ果物をほうばる。

村長の家から拝借したカップを使って、魔石で煮沸した井戸の水を飲んだ。

村には情報と食料と着替えを当てにしてきたが、結局叶えられたのは一つだけというのはとんだ誤算だった。


「どの家にも食料がごっそり無くなってた。店も他の品物に手をつけず食べ物だけ」

「ですが金品にも手をつけているはずです」


ファルーシュの言葉に真澄はこくりと頷いた。

入った家は全てかんぬきがかかっておらず、草原に囲まれた家々は貴重品が隠されていそうな戸棚だけ2~3個引き出しが開けられたままで放置され、食料が入った戸棚の中身とおそらく芋や麦が入っていただろう木箱の中身も綺麗サッパリ中身が消えていた。

だがそれだけだ。

椅子が倒れている家はあったが、激しく争った形跡はない。


「それで人が1人もいない」

「丘の上……それも上のほうは扉が開け放たれている家が2~3軒ありましたが」

「う~ん」


さっぱりわからない。

わからないといえば……、真澄は床に視線を落とす。


「何軒か床や壁、家具に焼け跡があったのよね」

「そうですね。ですが、延焼しているわけではない」

「見つかったもの全てね、木造の家なのに」


焦げた床はそれぞれ大きさも形も違った。

それは一体何を表すのか、真澄はじっと床を睨みつけた。







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