屍を愛する王子 1-3
周囲がばらばらに粉砕された骨だらけだったために場所を移した彼らは、シルヴェニアラントの森の大きな湖に二人座り込んでいた。
たくさん泣いてぐずぐずと涙と鼻水で顔面を汚した真澄は彼に手を引かれたままこの場所へとやってきたのだ。
その間にゆったりとだが、説明も聞いたし、鼻声での質問もしたし要望だって捲くし立て、この地にたどり着いた時には陽は傾いていた。
顔を洗った真澄はごまかしようがなかった泣きはらした目でファルーシュを見つめる。
「じゃあ、この国はシルヴァーニ王国って言って、ヨルクは12州都のうちのひとつ、ここはその郊外のシルヴェニアラントっていう森ね」
「そうです」
彼はにこりと笑って頷いた。
死人特有の顔色の白さだけはどうにもならないが、やはり美形だ、眼福だ、と思う真澄は恐怖が突き抜けて豪快に泣き、彼に関してはほんの少しだけ恐怖心が薄れつつあった。
ぐちょぐちょのあれやカラカラカタカタ動くあれがファルーシュと同類だと思ったら、彼がいかに目にも心臓にも優しい存在か思い知ったのだ。
まだ完全には心を許したわけでも、恐怖心が完全に薄れたわけでもなかったが。
「私は国王と屍……つまりこの手の刺青……」
「『屍を愛する王子』ですよ」
「そうそれ。それで死体を操ってる金髪との戦争に巻き込まれて、劣勢で死にそうだったあの男からそれを移されたわけだ」
しかもキスで。
この『屍を愛する王子』という死体を操る力はこの世界では特別らしい。
能力はそれぞれ違うもののこの世界には24個のこのような力―――レギナと呼ばれる能力が存在し、国々の脅威となっているらしい。
「何せ軍隊が総出でも敵うかどうか」
「それより私、元の世界に戻りたいの」
自分が違う世界から来たこと、どうやって来たのかまったくわからないこと、戻りたい、とにかく帰りたいと涙ながらにここに辿り着くまでの道中、彼に涙ながらに訴え続けた。
こんな事態が起きなかったら涙ながらに男(?と言えるのかは謎)に訴えるなんてことが自分に出来るとは思わなかったと真澄は思う。
そういう手段を取る女性を嫌悪したことはないが、そういう手段を取れる女性が凄いと思っていたし、自分には絶対無理だとも思っていた。
子供のように泣き喚いて今更だが、見栄っ張りが邪魔をして人前で泣いたことなんて幼い頃を除いたらなかったからだ。
今頃になって恥ずかしくなってきた真澄はきれいになった指先をもじもじと動かし、ファルーシュの様子を探った。
ファルーシュは難しい顔をして湖面を見ていたが、真澄と目が合うと微笑んだ。
ほっこりとする優しい笑顔だ。
笑顔を浮かべると人形のように美しく精巧な顔が一気に優しくなる。
美形になりたいと思った事はないが、やはり美形はいいと十人並みと称されることが多い真澄は思った。
「確かではないのですが……」
「あるの!?」
急き込んだ真澄にファルーシュはおそらくと前置きして続けた。
「レギナの一つに『界を渡る少女』というのがあって、その能力はどんなところにでも行けるそうです」
「どんなところにも!?」
どんなところにもというのならば、もしかしたら元の世界にも戻れるかもしれない。
真澄は心が浮き立つのを感じた。
「ねえそれはどこに!?誰が!?どうしたらいいの!?」
「それが……まったくの不明なんです」
申し訳なさそうに続けたファルーシュに真澄は肩を落とした。
「じゃあどうすればいいのよ~」
「探すしかないでしょうね」
「探すって言ったって」
どこをどう探すのか皆目見当がつかなかった真澄は頼りなさげな表情になってしゅんと落ち込む。
だいたいこの世界の常識も地理もわからないし、金だって持っていないというのに、どうすればいいのだろう。
「私もよろしければ手伝いますから」
「ファル……」
真澄は彼を見つめ、抱え込んだ膝に視線を落とし、頷いて顔を上げた。
「決めた!こうしてても何も変わらないもんね。私、帰る方法を探す」
こうして動く死体の青年と女の旅が始まった。