第9話 魔法使いと、都市伝説。
国を統べるは
当今の帝
魔術を統べるは
童帝
――なのかもしれない。
魔法、使い?それが、雅の目的?なんだそれは。ゲームやら小説やらファンタジーでなら誰もが耳にするような存在じゃないか。
それが伝説とは、これいかに。一体、魔術師と何が違うというのだろうか。
「……なあ、正直、俺には魔法使いとやらのその凄さが全くわからないんだが……。魔術師の頂きに立つ存在が魔法使いっていうのは、どういうことなんだ?」
「うーん、そうね。この世界、いえ、秋也が住んでいるこの国で、最も大きな力を持つモノは、何だと思う?」
最も大きな力を持つモノ。
改めて聞かれると、それは何なのだろうかと自分でも疑問を抱いてしまう。
日本国で最も力を持つ者のイメージであれば、天皇陛下、もしくは総理大臣と言ったところだろうか。
「権限で言えば、内閣総理大臣だと思う。理由は、大臣を束ねて陸海空軍(自衛隊)の最高指揮監督権も持っているから、かな」
「確かに、それだけの権限があるなら、人としての最高権力はこの国ではそうかもしれないわね。けれど、よくよく考えてみて。その総理大臣とやらを総理大臣たらしめているのは誰?国民?お金?親の七光り?違うわ。それよりも、もっと根本的な所から考えればわかることよ」
ならば一体なんだと言うのだ。いや、思考を放棄するのはよくない。まずは考えるべきか。
この質問の意図を一度咀嚼しなおしてみよう。
魔法使いを説明する為の問い掛けなのだ。それが関係しない筈がない。
そして人としての最高権力はそうだと言った。ならば、それは人では無い存在となる。
人ではなく、人の最高権力を最高権力たらしめるもの。そして根本的なもの。
それでいて魔法使いに関わる、となるとそんなものは……。
ああ、そうか、成る程。あった。総理大臣ですら総理大臣の域を超えさせない制限力を持つ、身近で強力なモノが。
「『法』か。全ての国民、そして国民の頂きに立つものでさえその域を超えられない実質的な、人でないこの国の支配者。それは法以外に有り得ない」
その俺の答えを聞くと、雅は明るい表情を見せてくれた。
どうやら俺の答えは的外れではなかったようだ。
「その通り。法がこの国の国民の生活を地位を築く地盤になっているわ。どれだけの権力を持つ者も、全ては法によって定められた機関として以上の働きは出来ない。目に見えない国の支配者。それが法よ」
と、なるとだ。雅の言う魔法使いというのは俺が今までイメージしてきた存在とは一線を画するものであることは間違いないだろう。
「魔術の世界では魔導陣が魔術を魔術たらしめているわ。それは全て、世界の作り上げた法によって定められたことにより、初めて魔術を顕現する効果を備えている。さて、もしそんな世界の定めた『魔の法律』を、恣意にして、思いのままに変えられる存在がいたとしたら?」
「……間違いなく、脅威だろうな。魔術師にとってそれ以上に恐ろしい存在はいないだろうよ。それはつまり、魔法使いは、魔術師の扱う魔導陣の効力を勝手に変えられるってことなんだろ?」
そういう事よ、と雅は相槌を打った。
「だからこそ、それは魔術師の頂きに立つ崇高な存在なのよ。魔の法を担いし奇跡の使い手。それが、魔法使いよ」
それを、雅は嬉しそうに、そして誇らしそうに言ってくれる。
成る程、そんな存在がいるとしたら、それは魔術師の憧れであり、畏怖の象徴であり。
そしてそれを見つけ出して国に招くという役割はあちらの世界の国の感覚では名誉なことなのかもしれない。
「成る程、魔法使いの凄さはよく分かった。雅の目的はそれを探すことにある、と。まあ俺の側から離れられない以上は俺もそれに関わる必要があるのはわかる。乗りかかった船だ。どこまでも付き合ってやるさ」
どうせ他にやることも無い。
定職に付いていない俺にとって、時間等有り余るものだ。ここまで関わった以上は、この少女に最後まで付き合おう。
「……本当に、秋也には迷惑ばかりかけているわね。ごめんなさい。でも、それほど時間は縛らせることもないと思うわ。神託によれば、魔法使いは既にこの世界に存在していて、私が探していれば、自ずと今から二週間後位には私の前に姿を現すそうだから」
今から二週間後。となれば、俺がこの少女と居られるのもあと十数日というわけか。
既に存在しているということは、探す分には手がかりもあるということか。
ただその前に、その神託という不確定過ぎるものの信頼性が俺には分からない。
だがそれが全て真実を映した神託だと言うのなら、本当にその通りになったりするのだろうか。
「神託なんて信用ならないって顔してるわね。大丈夫。今回の巫女の神託は決して外れない。彼女は神託を外したことが無いの。だから、きっと魔法使いには出会える。そして……秋也とは、お別れになるわ」
人生には出会いと別れは付き物だ。それは生きている限りは必然である。この少女に出逢ってからは幾度となく感じたことだ。
俺は二週間程前、舞と出会った。出会って二週間後に、その少女は俺の前から消えた。
そして昨日現れたこの雅という少女も二週間後には俺の前から去っていく。時で考えればなんと短期な出会いと別れなのかと思う。
だが、今回は期限も明確だ。突然のお別れよりは、まだ覚悟もし易いというものだろう。
それでも寂しく感じることには、変わりないとは思うが。
これで彼女の為に割り切れないようであれば、俺は自分を一生許せなくなるかも知れない。
「ただ、この世界での魔術師の事情には私は疎いわ。もしかしたら、異質な存在の私達に襲い掛かる魔術師もいるかも知れない。そういう時は私が全力で秋也を守りきるわ」
守りきる、か。この国に生まれた男としては、逆に言ってみたい言葉なんだけどな、それは。
少しその言葉は雅にとって嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな。そんな言葉にも聞こえたのだけれど。
「これから二週間、よろしくね、主様――」
▼
あの日から一週間が過ぎた。既に暦は十二月に入っている。
急激に冷え込む京都の寒さが身に染みている。
寒さの余りに家に籠りきっていたくなるのだが、それは余りに怠惰であるのでこの一週間というものは雅と共に京都の街を回っていたのである。
魔法使いを探すと称したただの観光のような気もしたが、実際雅も半分はそう思っているらしい。
歩くだけ歩いてまずは土地の把握をすること。そしてこの街の現状把握が大事だと考えた雅は、この京都市内一帯を把握することにこの一週間を費やしたのである。
大分呑気な気もするが、雅の信じ切る神託によれば、『探してさえいれば』出会うことが出来るということらしい。
探し出すとは言っても、しかるべき行動を取って然るべき手順を踏んで生活をしていればどんな導きであっても魔法使いに出逢うことが出来るというのだ。
そんな馬鹿なと一蹴したいところだが、どうやらそれが雅の信じる信条らしいのであまり深く突っ込むのは止めた。
本日は竜安寺周辺を巡り、帰宅後、今現在我が住居で食事を終えた所である。
一応は遠すぎることもないので今回はバスは使わず、徒歩であった。
「……なあ、本当にこんなことで魔法使いとやらに出会えるのか?ただ歩いて観光してるだけのような気がしてきたぞ。まあ、俺としてはかなり楽しんでいるわけだけれど……」
「秋也が楽しんでるならそれも一興。と言いたい所だけれど、大丈夫。意味はあるわ。この一週間、京都の所々を周った際に魔術師の気配が所々にあったの。魔法使いがこの土地を訪れる可能性は充分にある筈よ」
魔術師の気配、か。
雅と存在が同調しているとはいえ、まだまだ魔術というものに関わってから身体に馴染んでいない俺には全くわからない類のものである。
だが、雅がどこにいるのか、という事くらいは多少感覚でわかるようになっていた。
これは、俺と雅の存在と魔力が同調していることの証なのかもしれない。
「これだけ回れば、この道具を使っても大体の把握は出来そうね」
いつもの様に台所の椅子に座る雅がそう言って取り出したのは、一枚の古めかしい羊皮紙。
その中央には、赤い文様で刻まれた複雑な魔導陣が刻まれており、いかにも魔術を使う為の道具だという印象をみせている。
そしてその内に上下左右にそれぞれ刻まれた、玄、雀、龍、虎の文字が、目に入る。
俺の知識としては、これは風水と共に東西南北を表す生き物の文字だった気がする。
「雅、何に使うんだ?これは」
「これ?これは、探知に使う道具よ。今代の巫女が作り上げたもので、未来予測の力を付与された魔導陣なの。探す者の現れる場所、時刻の大まかなイメージを術師に伝えてくれるの。ただし、使えるのは一度きりなのだけれど」
机の上に広げた魔導陣に手をかざし、深呼吸をして全神経を集中するように目を閉じた雅の様子を、俺は隣の椅子に座りながら見守る。
雅の魔力の流れを感じた。この一週間で多少学んだ知識によると、それが魔操というものなのだそうだ。
自身の魔力と、魔導陣によって顕現された魔術を操る力。それが魔操。
これは、椿の説明と完全に一致していた。
つまりは、マイ・マイム・ベサソという存在も、椿の言う『一般的な魔術師』に相当するようだ。
寧ろ雅に言わせて貰えば、その椿の言う『例外な魔術師』というイメージがそもそも魔術の世界では理解出来無いということらしい。
興味深い話だとは思うとも言ってはいたが。
さて、目にその変化を認めることは出来ないが、実際にその魔操によって羊皮紙には魔力が今循環されている。
雅の魔力がその羊皮紙に刻まれた魔導陣を駆け巡ること二分。
雅の額に汗が伝い始めたその時、雅がその桃色の瞳を開き、魔操を止めた。
「……大体分かったわ。魔法使いが現れるのは、今から七日後、深夜。そして現れる場所は、位置的に……そう、恐らく、京都御苑」
「へぇ、京都御苑、御所か。一昨日行った、あのだだっ広い場所だな。なんったってそんな場所に魔法使いが現れるのか知らないが、中々面白い所だな」
京都御苑。市民はそれを御所とも呼ぶが、かつて天皇が京都でこの国を治めていた時世は公家屋敷を形成していた場所である。
63ヘクタールにも及ぶ広大な面積を誇る場所であり、都会化した京都の大通りとは一線を画する古風な雰囲気を纏う土地。
明治時代に天皇が遷都した後に一時期荒廃したが、御所の保存が決定して以降、現在は市民が自由に使える憩いの場として開かれている。
ただし塀の中は基本的に侵入が禁止されており、塀の中に入ろうとするものなら、常に見回りを続けている府警や皇宮警察に捕まってしまうので要注意。
歴史的威光を持つ場所であり、一度ちょっとした観光目的で深夜にあの場所を訪れたことがあるが、昼間とは全く違う闇の雰囲気を纏う圧倒的存在感に畏怖というものをそこには覚えたものである。
そこに、魔法使いとやらは現れるらしいのだ。
「これで私のしなければならない、しかるべき探索の手順は終えたかな。後はそれまで自由に過ごせるわ」
実際に地を踏んでの探索の後に、特別製の魔導陣で場所と未来を予測する。
それが雅の探索手順だというなら、実際にこの土地を周ることが一番の困難な要素だったかもしれない。
いや、同じ場所を行ったり来たりする為に、本当に市バスという移動手段があることは有り難いことこの上なかった。
「正直探索に関しては相当手間取るものかと思ったけれど、この世界には車やバスといった移動手段があるお蔭で助かったわ。徒歩と楽に兼用出来るだなんて、信じられない」
何度も利用したというのに、その点に関しては未だに驚きを隠せないといった表情を見せる雅。
俺が雅から聞いた話では確かに皇国ジパングと比べれば文明力は天と地ほどの差があることになる。
その話による見解で言えば、中世というよりは近代に近いレベルの工業発展率の世界といった所だろうか。
現代の技術力とは、比べるべくもない。
その後はこの一週間のいつもの通り、雅が風呂に入って出た後に俺が風呂に入るという形式である。
舞が居た頃は、『秋也さんより先に入るだなんてとんでもない』という考えのもと、先に入らせて貰っていたのだが。
住居人が雅になってからはその立場は反転。雅は先に自分が入ると言って聞かないのである。
そう言いつつも最初の頃は辛そうな顔でそんな事を言うものだから、一体なんなのかと訝しがりながらも結局そういう形になってしまった訳で。
この一週間の様子を見ていると、どうにも雅は俺に『嫌われたい』と思っているような行動を取っている気がしてならない。
雅が俺のことを嫌っているとは俺自身余り思っていないのだが、どうにもその言動が右往左往としているようで、『本当に嫌われたくはないけれど嫌われたい』という意味の分からない印象を俺に抱かせてくれていた。
複雑な乙女心だと解釈して良いものなのかは俺には全くわからない。
俺の勝手な考えだが、これはもしかしたら雅の中に眠る舞と、今居る雅との拮抗の結果なのかも知れない。
……まあ、そうだとしたら俺は雅自身には大分嫌われているということになるので余り考えるのは止めたけれども。
言ってみれば俺も単なるおっさんであるし、もうすぐ年も三十になる良い年齢だ。誕生日は大分近い。
さよなら二十代!と、色々思う所はあるが、舞と出会うまではただ無為に時を過ごしてきた自分にはお似合いな対応なのかも知れない。
さてどうやら雅は今日はもう寝るつもりのようで、既に自分専用の部屋で寝ているらしい。
風呂場に出て台所を見てみると、雅の姿は無かったのでそう判断できる。
俺は隣の自室に行き、そして布団の中に入ると自前のノートパソコンを開くなんともまあ身体に悪い体勢であるのかと思うのだが。
こうすることでついでに節電にもなるので良しとする。しかし節電する意味は、俺には特に無いけれど。
無線で繋がる便利なインターネット機能を使い、いつもの如く株のチャートを調べていく。
と、ここでふと、何気なく。本当に何気なく頭に何かがよぎった。
なにかとてつもなくどうでも良いような、しかし、とんでもなく大事なことのような何か。
そう、俺は何かを忘れている。
それは、俺の年齢に、境遇に繋がる事。大分前、見聞きしたことのある筈な、一つの事柄。
一体、何だったか。そう考えだしてしまうと、気になって堪らなくなってしまった。
何か頭につっかかる、そんなこと。
昔自分に、ささやかな嘲笑と自虐と、ほんの少しの希望を与えてくれた何か――。
今の俺を繋ぐキーワードを、俺はそこへ打ち込んだ。
『30歳、童貞、魔法使い』
なんてふざけた単語だ、と思いつつ、その後検索結果によって表れた画面に、俺はそれを思い出すに至った。
そうだ。不甲斐なく虚しくも、これだった。
それは都市伝説。
ネットに存在する、誰が言い出したかもしれない不思議な話。数年前に知り、有り得ないと一蹴したただの御伽話。
「人は『30歳まで童貞を貫けば、魔法使いになれる』……ね。一体誰が言い出して広まった都市なんだろうな、これは。そんな馬鹿なと言いたい所だが、実際俺はその状況に差し掛かっているんだよな……こりゃ笑えない」
つい口から言葉が漏れ出す。それもそうだ。なんとも虚しいことではないか。
だが、実際、ここまで俺は女性と体験することなくここまできている。
気付いてみれば、自分の誕生日まで、後残すところ一週間である。
ここまで来たら本当に魔法が使えるものかと最早30歳まで貞操を護り通そうという気分にもなってくる。
だが、ここで最大の事実に気付いた。
『――俺が誕生日を迎えて都市伝説の魔法使いになるのが七日後なら、雅が京都御苑で魔法使いと出会うのも、七日、後……?』
それに気付いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。
まさか、そんな馬鹿な。いや、だが雅の信じる神託の話よれば、既に魔法使いが存在しているとされているではないか。
第一魔術の事など知りもしない俺に、魔法使いになる素養があるとでも?
そこで冷静になる。
……馬鹿らしい。一体何の都市伝説を信じている。
そんなのは、俺と同じような境遇の者が、自分を慰めるために考えた、ただの作り話だ。そうやって理屈では否定するが、それに期待している自分もそこにはいた。
それは突然サンタからプレゼントを与えられたような子供のような思考で。
しかし、確実に俺の中では希望を抱かせ始めていた。
先程雅が言っていたことを鑑みる。
『魔法使いという存在は、魔の法律である魔導陣の効力を変えられる』。
それならば、俺が雅と交わした契約魔導陣の内容を変えてみたらどうだろう。
それが出来れば、俺は『舞』を再び取り戻すことが出来るのではないだろうか。
そして、マイ・マイム・ベサソの目的は魔法使いに他ならない。
ならば、俺が彼女の隣に立ち続けることも出来るのではないのだろうか。
有り得ない筈だ、そう思いつつも、しかしそれを一つの希望として胸に抱き、本日の俺は眠ることにした。
一週間後に。全てが分かる筈だから。
魔法使いという存在についての説明の章でした。
基本魔術師が魔法使いに優位と言われていますが、
この物語では『魔の法』を扱う者として、魔術師に優位としています。