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魔法使いの主様っ!  作者: 三年寝太郎
魔法使いの主様っ!
7/34

第7話  逢瀬の情は、雅と共に。

 


 マイ・マイム・ベサソ。


 それが、彼女の名前だと言う。


 これが、記憶を完全に取り戻した舞の、本来の意識なのだろうか。それに、主様、だと?俺が?


「……君は、舞、なのか?それとも、そうでは無い、完全な別人格なのか?」


「私の名前はマイだって……ああ、そっちの『舞』か。そうね、私は舞じゃないわ」


 やはり、そうなのか。それなら、今まで居た、あの舞は――?


「あの娘はこの世界の障壁による人格破壊から、自我を保つ為に私自身が創り出した別人格なの。……本来の私が戻った以上、舞は私にとって、もう不必要な存在」


 そんな、馬鹿な。舞が本来は、不必要な存在だと?


 それなら、舞は。舞はもう、居ないというのか。俺と一緒に過ごした、俺が好きになったあの子は。


「……それなら、舞は、消えたのか?君が居ることで、舞の存在は無くなってしまったのか?なあ、……なあ!どうなんだよっ!」


 その俺の剣幕に多少たじろいだ様に一歩後ずさる、マイ。


 叫んだ後に少し冷静になったが、全く、大人気ないと言われても仕方が無いだろう。

 自分でも分かる程に、その時の俺は混乱していた。


「……ほ、吠えないでよ。貴方らしく無い。……余程、舞の事が大切だったみたいね。ええと、結論から言わせて貰えば、舞は私の中に、まだ存在はしているの。それが、貴方の言った『契約』の条件だったからよ」


 そうだ。契約。あの時舞は、契約だと言っていた。


 そして俺は、この世界に居る間で構わないから、舞と一緒に居たいと願った。


 それが、舞の存在を繋ぎとめている……?


「取り敢えず、踏み込んだ話は後にしない?恐らくは、既に私の姿も他の人に認識されるようになっているわ。血だらけの服を着た女の子が歩いてたら、この国じゃ怪しいってレベルじゃないでしょ?」


 そういって目の前の少女は苦笑した。


 確かに、それが本当なら人目に付くのは非情によろしくないだろう。


 血まみれの服を白い着物を来た異国風の少女に、その血を服に着けている二十代後半の男。

 確実に事件の匂いがする組み合わせだ。


「……わかった。取り敢えずは、俺の住まいに戻るとしようか。それで、君はその状態で普通に歩けるのか?先程治癒の魔術を使ってはいたみたいだが」


「ああ……そう、ね。傷自体は塞いだのだけれど、血はまだ生成されてないから、少し無理かもしれないわ。悪いけど、背負ってくれないかしら、主様」


 そう言うと同時に、緊張の糸が切れたかのようにその場にペタンと座り込むマイ。まさに脱力に近い。


 そうだ。いくら魔術師といえども、この少女が舞ではないと言えども、身体そのものは普通の少女であることに変わりは無い。


 相当に負担がかかっていたのだろう。


「了解だ。じゃあ、俺の背中に捕まってくれ。……それと、何なのかは知らんが、舞の姿で俺を主様と呼ぶのは止めてくれ。せめて名前で呼んでくれないか」


「あら、そう?なら、秋……秋、也。め、迷惑かけるわね。そんなに重くは無いから大丈夫だとは思うのだけれど。……それと、私の胸が大きいからといって、欲情したら、怒るわよ」


 それを否定はしない。正直言って無理だ。


 元々女性との関わりが妹以外には無いような俺だ。


 先程告白した、好きな女の子の身体を持つ者の胸の感触に、何も思わない筈がない。


 俺は黙ってマイの前にかがむと、マイは俺の首に腕を軽く回してきた。


 舞の胸から伝わる、バクバクと脈打つ心臓の鼓動。あれだけの闘いを終えた後だ。簡単に動悸は収まらないのだろう。


 そして俺は立ち上がり、少女のか細い足を両手で支え、自分の住まいへと歩き始めた。


 周辺の住人に見つかって通報されないようにと、その時点ではそれはもう、切に願いながら。


 その後、逃げる際にあれだけ走った距離を歩いて帰宅したというのに、奇跡的に誰にも咎められずに家路に着くことが出来た。


 いや、本当に奇跡と呼ぶ他あるまい、と言いたいところだが、別段そうでもなかった。

 道行く人はこの時間であっても数人はいたし、大学生らしき者も通った。


 しかし誰にも止められることもなく、通報されることもなく。


 割合と普通にマイを背負ったまま住まいに辿り着けた。


「ほらね、言った通りでしょ。こんな状況でも普通な感じで喋ってれば、全然誰も気にしないの。人間、自分が思っているより、人は自分の事を見てないものよ。後ろめたい事が何も無いような様子を見せれば、誰も気にしないわ」


 得意気に語るマイだが、電灯に明かりの灯る室内ではその口元に付着している血がどうにも気になって見えてしまう。


「ん、ああ、そうみたいだな。まあ、とにかく無事に帰れて良かったよ」


 実際の話、服が血まみれになっているとはいえ、暗闇故に街灯が無ければその痕もファッションの一部として見られたりしてそれ程気にならないようで。


 それに加えて仲良く話してる男女の姿は、遠目では気になって見てしまうものの、近づいてきた時には余り目を合わせたくないものである。


 いや、確かにこれは俺の主観的見解ではあるかもしれないが、実際横を過ぎた大学生らしき年齢の青年もそうだったのだ。結果オーライだ。


 そもそも楽しそうに会話しているなら、わざわざ警察に連絡をしようとする者も居ないだろう。


 マイが俺に提唱したのは、そういう心理であった。


 マイから先に玄関で靴を脱ぎそして次に俺が靴を脱いで台所へと進んだ。


 そしてやはり目に留まるのは、先程の騒動の傷跡。


 倒れた椅子、舞の血がこびり付いた板の床。

 そしてあの悪魔の西洋剣の抉った床の跡。


 マイとお互い世間話をするようなフリでここまで歩いてきて少し和んではいたのだが、ここでまた。


 先程まで命の掛かった闘いがあったのだと、改めて認識させられなければならない現状を見せつけられてしまった。


「これは、少し掃除が大変そうね。剣の跡は業者に来て貰うとして、流石に私の血位は、後で自分で拭くとしようかな」


「……いいや、違う。それは君の血じゃない。俺を、命を賭して庇ってくれた『舞』の血だ。それを間違えないでくれ」


 自分が言われたら本気で殴ってもおかしく無いような陰気な様子で俺がそう言うと、苦虫を踏みつぶしたような神妙な表情で、マイは答えた。


「……もう、良いじゃない。一々そういうのに拘るのは止めてよね。今ここに居るのは舞じゃないわ。この私、マイ・マイム……ああ、もう、紛らわしい!秋也さ、……んんっ……秋也。なんか、私にも名前を付けて!」


 一々こだわるな、だと。いいや、それは無理な相談だ。

 俺にとっての大切な少女は、今目の前にいるマイじゃない。『舞』だ。


 それをはき違える事など出来ない。女々しい執着と言いたければ言うがいい。


 だが俺が好きになったのは舞だ。


 そして、命をかけて俺を守ってくれたのは舞意外に他ならない。


 人格が違えば、それは違う者だ。そうでなければ何だと言うのだ。


 ……いや、違うな。ただ単に、俺が受け入れたくないだけだ。


 舞の姿をした別の少女の存在を受け入れてしまえば、本の数時間まで俺の側で笑っていた舞の存在を、俺が。


 自ら消してしまうような気がしてしまうからだろう。


 それが怖いからこそ、俺がそういう所に拘ろうとしているの理由かもしれない。


 この年にもなれば、多少は自己分析も出来るようになったということだろうか。

 いや、そうでもない。ただ現実を直視したくなくて、ただ冷静になろうと躍起に思考を巡らせているだけだ。


 俺がそんな風に思考に意識を散らして黙りを決め込んでいると。先程の言葉に何も反応しないその様子では会話が続かないと判断したのか、マイはそのまま言葉を続けた。

 

「……ああ、それとね。さっきみたいに舞の口調が偶に出てきてしまうかもしれないけれど、それは今まで身体を舞に取られていたからだと思って。人間、身体が慣れてしまった動きは無意識にしてしまう事は良くあるでしょ?」


「ん、まあそうだな。そういうものだと思って、せめてそこは割り切るよ。……で、名前だったか。ふむ、今数秒考えて決めた。『(みやび)』。それが君の名前だ」


「雅、ミヤビ、ね。中々良い響きの名前じゃない。優雅って感じの意味だったかしら。うん、良いじゃない。その名前、どうやって決めたの?」


 どうやって決めたのか?逆に理由を問われるとは思っていなかった。

 この少女を見て頭に浮かんだ印象をそのまま口に出しただけである。


 だが敢えて理由を付けてみるならば……。


「雅ってなんか、日本の偉い貴族っぽいものを指すイメージが俺にはあるから、舞とは思えないその偉そうな口調から、決めた感じかな」


 さらっと言い終わった後に、これは流石に酷い名付け方過ぎるなとは思ったが。


 しかし疲れすぎたせいか遠慮するのも億劫な気がしたので、有りのままでも良いかと結局俺は開き直った。


 さて、これはこの娘も怒るかなとは思ったが、また神妙そうな顔つきになり、その少女――雅は眼を伏せるだけで、特に文句という文句は言わなかった。


「……それなら、いっか。うん、良いわ。私は今日からこの国に居る間は、基本的に雅って名乗ることにするわ。理由はともかく、響きは良いから気に入ったかな。今後は秋也も、私を呼ぶときは雅って呼んでよね」


「ああ、そうさせてもらう。その方が俺としても都合がいい。君なんかと舞とを混同したくは無いからな。そんな即席の適当名が気に入ったのならこちらも光栄だよ、雅」


 舞と同じ顔をした少女が、自分を別の名前で呼べと言う。どうにも苛立ちが先行し、俺は刺を含む言い様をしてしまう。

 

 そんな俺の言葉に、雅は不安げな表情を見せた。


「……ね、ねぇ。私なにか、貴方に嫌われてる?舞が居なくなって苛立っているのは分かるけど、そういう刺のある言い方は……。流石に、ちょっと傷つく……かも」


 そう言った後、雅は自分の胸に手を当て、目を伏せた。


 その伏せた瞳から見て取れたのは、ほんの数十分前に舞が見せた悲しい瞳によく似ていて。


 俺は、自分の発言の余りの大人気なさを再び自覚した。


「……ううん、ごめんなさい。そう、よね。そう思うのがきっと、当たり前なんだわ。好きな人の在処も、存在も、どうなっているか分からない上に、この容姿をしている意識が『私』なんだものね」


 顔を伏せ、そう呟く雅。駄目だ。やはり俺はダメな人間だ。自分という者を律することが出来ていない。


 ここに居る少女も、別人でありながらまた一人の女の子なのだ。

 それを表だって比較し、貶すような発言はいくら精神的に疲れているからとはいえ控えるべきであった。


「……別に、君を嫌ってるわけじゃない。すまん、雅。俺も、人間なんだ。そんな簡単に、割り切れるものじゃないってことは……分かってくれとは言わないけれど、せめて心には留めて置いてくれないか」


 俺がそういうと、雅は俺の方に視線を向け、そして暫く静止した後にこくりと頷いた。


 その瞳に彼女が何を思っているのかはわからない。


 けれど、ただその瞳には、やはり舞のものとは違う、強い意志が宿っているように見えた。


 今回の騒動で付いた血や身体の汚れを雅と俺は順番にシャワーで洗い流した後、再び台所の椅子に腰を落ち着けた。


 俺には、この雅という少女に聞きたいことが山ほどある。


「さて、まず一番聞きたいことから聞かせて貰おう。今、舞の意識はどうなっているんだ?先程、『存在はしている』と言ったな。それはどういう意味だ」


「舞の意識は今、私の中に眠っている状態よ。そして舞の見たものは、全て私が記憶として受け継いでいる。確かに、舞は存在はしているわ。けれど、私の意識がある以上、彼女が表に出てくることは無いということよ」


「……それなら、雅の意識を刈り取れば、舞は出てくることが出来るとでも?」


 俺がそう言うと、雅は目を瞑って首を横に振り、それに答えた。


「いいえ、それも無理よ。そんなことをしても、ただ気絶するだけ。そもそも、その場しのぎとして生まれた舞が今も存在していることの方がおかしい状態なの。これもまた、契約の力の恩恵があってこそ」


 そう言った後、躊躇いがちな様子を見せ、そして少し悩んだ後。


 決心したような表情で俺の目を真っ直ぐに受け止め、雅はその言葉を放つ。


「――正直に言うわ。舞はもう、戻って来ない。貴方の前に姿を現すことは、もう無いわ」


 彼女の口から俺に突きつけられたその現実は、俺にとっては絶望的なまでに残酷であった。


「舞は、その事を知った上で秋也と契約を交わしたの。だから最後に言い残したのよ。……『さようなら』ってね。それは、あの娘の決意よ。そんな風になってでも、契約の通りに貴方の側に居て、私の中で生き続けることを選んだの」


 俺は何も答えられなかった。何も言えなかった。


 舞は、そんな非情な選択をしたのか。自分にも、俺に対しても。


 ――舞には、もう会えない。


 その事実が、どこまでも俺の心に暗い影を落とし始めた。悲しくて、苦しくて、仕方が無かった。


 気付いたら、俺の頬には涙が伝っていた。


 もう、嫌だった。舞が居ない。目の前に居るのは舞なのに、舞じゃない。


 俺が生まれて初めて本当に好きになったあの娘は。


 そして俺のことを大好きだと言ってくれたあの少女は、ただ彼女の心の奥で眠っているだけで。


 もう、会えない。



「……今日の話は、ここまでで良い。契約の内容や君についても、明日聞くことにする。俺は少し、疲れた」


 そう言い残して、何か言おうとした雅の方には目もくれずに、俺は覚束ない足取りで自室へと向かった。


 部屋に入ると、いつものベッドが目に入る。


 ああ、そうだ。昨日は、舞はここで寝ていたんだ。

 ほんの十数時間前まで、舞は確かにここにいた。記憶を取り戻す前の、あの舞が。


 ベッドに入り、布団を被る。そこにはまだ、舞の香りを感じた。


 俺が舞と一つになれる場所があるとしたら、それは思い出の中だけでしかない。


 だから、どうにも辛かった。涙が、止まらなかった。


 半時の間その中で嗚咽を漏らした後、ついに涙は枯れてしまった。


 茫然とした中、俺は仰向けに天上を見上げる。


 特に、そこに何を思うわけでも無い。ただ、一陣の虚しさと共に、寂しさを感じてしまっていた。


 舞と出会うまでは、ずっと一人で暮らしていた。


 特別な友人関係も無く、適当に日雇いでお金を稼ぎ、たまに訪れる椿と会話して、ネットで株を稼いで、納税して、たまにお酒を買って飲むだけで。


 物足りなさを感じながらも生活そのものには満足していた。

 けれど今は違う。舞と、出会ってしまった。


 人の暖かさを、ありがた味を、この身一杯の恋を。俺は知ってしまったのだ。


 『人は、孤独には耐えられない』。


 舞の言葉が頭をよぎる。そう、耐えられない。


 一人が、寂しいと。怖いものだと。一度人に触れ合ってしまった俺は、気付いてしまったのだ。


 そして怖くなった。


 舞は居ないといえども、今は隣の部屋に、同居人の少女が居る。


 そう、この雅という少女もきっと、直ぐとは言わずとも、いずれは俺の前を去ってしまうのだろう。


 俺は、舞が記憶を取り戻して俺の前を去っても、仕方のないことだと思っていた。


 その時は暖かく見送ってやろうと決めていた。


 だが、今の自分を見れば、そんなのは無理だったと分かる。


 身体だけ大人になっても、仕事も適当で家庭も持ったことないままの俺はただの餓鬼で。きっと子供のままなのだ。


 俺は今でもどうしようもなく寂しがり屋で、我が儘で、幼稚なただの、一人の少年ようなものだったのかもしれない。


 思考の海に囚われている中、ふいにコンコンとノックの音が響いた。


 尋ねなくてもわかる。雅が来たのだろう。


「入って良いぞ。まだ俺も、起きてるから」


「そう、良かった。じゃ、じゃあ、失礼するわね」


 そう言って扉を開けて小蛍光灯の明かりしかついていない暗い俺の入ってきたのは、それまでいつも舞が寝巻きとして使っていた花柄のパジャマの姿のマイ・マイム・ベサソ。


 少しきょどきょどとした様子で、腕には枕を抱えていた。


「何か、まだ話があるのか?疲れたから、出来れば明日に回してほしいのだが……」


「う、ううん。違うわ。ただ、その、そう!け、契約の代償で、出来る限り今日は近くに居た方が良いのよ。だから、その……私と、一緒に寝て欲しいの」


 契約の代償、か。確かに、何かおかしな一体感があの契約の時はあった。


 そういうことの繋がりで必要だというのなら、断りは出来ない。


 この部屋で寝ていた舞を忘れたくないから等という情けない受け答えをするつもりも無い。


 何より、寂しさを一心に感じてしまった俺は、人肌が恋しかった。


「ああ、いいよ。少し狭くて、悪いけどな」


「え、あ……いい、の?私、舞じゃないのよ?秋也はその、嫌じゃ、ないの?」


「契約の都合上だっていうのなら仕方ない。それに……俺も今日は、一人は寂しく感じてな。だから……今だけ、君を舞だと思って良いのなら、俺は一緒に寝ることは構わない」


 本当に女々しくて、情けないことこの上ない俺だが、今日だけはその位は許して欲しかった。


 そうでもなければ、心を保てられる気がしなかったから。


「……そう。わかったわ、それなら今日だけは、私を舞と思ってくれても構わない。それと、その、……行為に及ぼうとするのは、絶対に許さないから。そうなった時は、魔術で徹底的に抵抗することになるから、やめて置く事ね」


 そう言うと、雅は俺の布団の中に入ってきた。


 面と向かい合う形で、俺の視線は雅の視線とぶつかる。


 今はこの部屋が暗いから良いものの、もし電気が着いてしまえば、俺の涙の痕がくっきりと見えてしまうことだろう。


 男として、それは少し情けなく感じることだ。涙で枯れた姿など、見せたくはない。


 今日だけは。今だけは、今目の前に居るのは舞だと思いたい。思っていたい。


 余りに恋しくて、俺はそのまま彼女を腕の中に引きいれた。


 ん、と呟くも、そのまま雅は俺の腕の中に収まってくれた。


 とても、温かった。その柔らかな髪の香りが、俺の心を落ち着かせてくれた。


 きっと、世の男ならこのまま襲いたい感情に駆られることだろう。

 俺も、少しはそういう情がないとは言えない。


 けれど、それよりも何よりも。赤子が母親に抱かれて安心するように、俺は舞の……雅の心音を聴いて、心の安らぎを感じたのだった。


「舞、今の君には、この言葉は聞こえないかも知れない。でも、最後だから、言わせてくれ。……本当に、好きだった。一緒に居てくれて……ありがとな」



 片方の手で少女の頭を撫でると、彼女は暗がりでも分かる位に顔を真っ赤にしながらも気持ちよさそうな表情をしていた。


 そんな様子を見て、俺は安心し、激動の一日の疲れを癒すために目を閉じた。


 そのまま眠りについてしまった俺は知らない。


 その時、この少女が小さく放った呟きを。


 もしもそれを俺が聞いていたのなら。


 もしかしたら、俺の未来は。この少女の未来は。大きく、とても大きく変動したであろうことは。この物語を最後まで見届ける者にとっては言うまでも無いことなのかも知れない。






「私が貴方の前で『舞』としていられるのは、これが最後です。私も……貴方が、大好きでした。……良い、夢を。私を好きになってくれた、大切な人――」





 ……私の想いなんて、関係無い。こんな慣れない下手な演技でも。道化師と呼ばれても、私はこの道を選ばなくてはいけないのです。



 私の全ては、『魔法使い』の為にあるのですから――。





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