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魔法使いの主様っ!  作者: 三年寝太郎
皇国世界の主様っ!――皇国入り編――
23/34

第22話 ベサソの扇子と、母の想い。(後編)




 俺は自分の身に纏っているピーコートの内側に手を入れ、そして内ポケットからとある物を取り出した。


 それは魔術師としての記憶を取り戻すまでは、その存在場所すら意識の外に追いやられていた……魔術を使えない者は気付く事の出来ないように特殊な設計と細工の施された物。


 それ故に、先程記憶を取り戻してようやく上着の内ポケットにそれが入っていたと俺も気付いた訳なんだが。


 もしも記憶と魔術を取り戻す前に俺がどんな人物かと疑いを掛けられていたら。それすら対抗の手段にならなかったのだと思うとぞっとするものがある。


 それを思えば、俺の記憶を取り戻すのを早めてくれた舞とカグラと彼女らの鼓舞神楽に、やはり感謝をしたくもなるわけだ。


 そんなこんなで俺が取り出したのは、そう。舞から貰った『マイム・ベサソの扇子』だ。


 人に見せる時には、片手で扇子を開いて見せるのが流儀だと言うのは舞から聞いている。


 その為、彼女から教わった通りに、俺は片手で勢いを以てその扇子の面を開いてみせた。


 意外にもこの動作は重要な事らしく、「主様、もっと手首のスナップを利かせた方が良いですよ」と舞の言葉を直ぐ傍で耳にしながら、貰ったその日に一時間に及ぶレッスンがあったのが思い出される。


 くだらないと言えばそれまでだが、その成果を発揮出来た事で、今現在、若干したり顔の俺であった。こういうのも、威厳を示すには大事なことらしい。


 そして、ばっ、と音を立てて俺の手で開かれた扇子が、静まりを見せた部屋の空間に心地よくその音を響かせ、そして俺は言葉を紡いだ。


「これが、俺の身分の証明になるはずだ。本来の持ち主はマイ・マイム・ベサソ。真に信頼の置ける者にしか、魔術師は代理権を持ち、自身の身分証明足り得る扇子は、渡さないとの事だろう。それを俺は持っている。つまりはこの俺、藤野秋也は――高名な魔術師に認められるに、値するという者であるということ」


 これで今回の証明には、事足りるだろう、といわんばかりに。


 紅蓮の炎の中に駆ける朱雀を模したその文様の中に刻まれる、片仮名で下部に刻まれたマイム・ベサソの文字を、俺は村長に向けて見せつけた。


 マイム・ベサソという名を出した瞬間は半信半疑の様子ではあったが、俺の手の中にある扇子の詳細を見て認めると。


 村長のその表情は、みるみる蒼白さを増して行き、怯えを持った様子を帯び始めたのが、暗がりに見て取れた。


「……た、確かに、マイム・ベサソ様の名に、その象徴となる朱雀の紋で、ございます……。そ、それに、名の側に刻まれておりますのは、お、おおお恐れ多くも、皇家の権威を示される、桜椿の、八重御紋(やえごもん)――っ! ほ、本物に間違い御座いません……。と、とと、とんだ御無礼ををを、お、おゆる、お許し下さいっ……!」


 どうやら舞の言う通り、所持者本人でなくとも、代理権力としてもこの扇子の意義はしっかりと通用するらしい。


 先程とは打って変わったような、悲壮めいた声色と共に、村長は俺の目の前で直ぐ様床に膝をつき、平伏を行い、謝罪の意を見せた。


「も、申し訳が御座いませぬ! ま、まさ、まさか、ベサソ様の縁者であるなどとはいざ知れず、御ぶ、御無礼を……! 皆、村の者! な、何をしている! 早く、控えるのだっ! ベサソ様の縁者の御前なるぞ!」


 背後に控える村人に泣くような声でそう指示すると、村長自らもその場で平伏を行った。


 扇子の紋を確認するや否や、先程までの威厳も何もない位にガタガタを身体と口元を震わせた村長のその急変具合は、驚嘆に値する程に激しいものであった。


 いきなりの村長の声に、カグラの家の外に控える者達も驚いたように一斉に地に膝を付き、手を着け、慌ただしくその場で頭を垂れる。


 扇子一本で余りの騒々しさである。


 しかし村人達自身、村長の言葉を不審に思うよりも早く、即刻従う姿勢を見せるのであるだから、この村、ひいてはこの国そのものも、中々に統制が取れているものなのかもな、と。


 そんな情景を前に、俺自身も妙な関心を覚えてしまった俺は、どうにもおかしな所で能天気なのだろうか。


 さてここからどう収拾を付けるべきかと、ふと視線を横へ流してみれば。


 俺の腕に抱き着いていたカグラ、それにその様子を見ていたカグラの母であるナツミさんも、村長の言葉に従い平伏し出していた。


 権力とはかくも無情に人をあざ笑うか、村長以下、外で控える村人含めカグラでさえ、心なしか恐怖で震えているようにさえ俺には見えた。


 唯一この場に平然とした態度で地に手を付けているのは、ナツミさん位だ。


 彼女は公的権力に対してであろうと余程肝が据わっているのか、もしくは舞がマイム・ベサソである事を知っているのかも知れない。


「いや、平伏する必要は特に無い。皆、(おもて)を上げてくれないか。取り敢えずこれで、虎妖鬼とカグラの件、それから俺の身分証明にはなった筈だ。こちらにも話したくない事情もある。今日はもうこれで、お引き取り願いたいのだが」


 パチンと音を立てて扇子を閉じながら、俺はそういった発言を呈した。


 平伏した者達を見下ろせば、自らが上の立場の人間であると錯覚してしまいそうだが、これは舞自身が句を労して得た称号を、俺が借りただけのものだ。


 必要な手助けに使う事はあれども、あたかも自らの功績のように振る舞い、ただ愉悦に浸る為に使うものではない。


 恐る恐ると面を上げた村長に倣うようなタイミングで、村人やカグラ達も顔を上げてこちらへと視線を向けた。


 パンダでも見る様な目、というよりかは、俗に言う魔王でも見てるかのような、五十代付近であろう村長の怯えた瞳に、どうにも痛ましさを感じてしまう。


「しょ、承知致しました……。その、まさか、この様な村に貴方様程の魔術師たる、ベサソ様の縁者であらせられる御方が訪れている等とは私共も露にも思わず。ぶ、不躾な問いをお掛けしてしまった此度の責任の在処は、全て私に御座います。この様な事を申し入れる事が出来ぬ立場であるとは存じ上げておりますが、ただただ、何も知らぬ私以外の村の者への処断は、どうかご容赦を頂きたく……!」


 それでも尚食い下がり、そう提言する必死な村長の姿がそこにはあった。


 彼は中々に村人思いな人格者であるようだが、先程の問いも村の者を背後に控えながらでの発言であったのだ。


 村の総意であり全体の責任者たる村長の発言によって引き起こされた事であれば、通常は村に一切の影響を無しとして村人が被害を被らない可能性の方が、こういう場合は低いと思われる。


 そういう観点からの村長の追った申し出なのだろうが、そもそも俺にどこまでの権限があるかなど知ったものではないし、実際の所そこまで謝られる筋合いも一切無い。


 彼はその職務を全うしようとしただけだ。ただ、村人から得られた情報等が若干足りなかっただけの話であって。


 寧ろあの程度の事でとやかくと気にしなければならない理由が何だというのだろう?


 考えられるのは、この国は身分差にそれ程厳しいのか、或いはこのマイム・ベサソという名が余程恐怖の対象として認知されているか、であると思うのだが……。


「あの程度の事で御咎め、などという事態を持ち込むつもりはこちらには全く無いから、安心してくれ。それは保障する。だから、もう一度言わせて貰うけれど、この辺で今日はお引き取り願いたいのだが」


「あ、は、はい。有り難きお言葉、その御身の懐の御深き事、まことに感謝致しまする。……このような、目ぼしき所も何も無い侘しき村ですが、どうか御寛ぎ下さいませ。で、では、これにて失礼致します……」


 そういって立ち上がった後に深々と一礼加えると、村長は慌ただしい様子で家から外に出る。


 それから家屋の外、土の上で正座をしていた村人達を立ち上がらせて皆に礼をさせ、彼は村人を引き連れて漸くそそくさと去って行った。


 それにしても、土の上に、外に居る村人までもを平伏させるって。


 江戸時代の大名家ならいざ知れず、現代日本で育った俺個人がそれをやらせたとなると、異様な違和感が……。


 まあ、良いか。余り日本の常識感覚に囚われ過ぎても、この世界ではやっていけないだろう。


 彼等が去るのを見送った後、何事も無かったかのような態度を俺は見せ。


 さてそれでは、食べかけていたご飯に手をつけ直そうかと御椀を手に持った辺りで、横の少女から強い視線を感じた為に。箸を持とうとした俺のその手もそこで止まった。


「ふ、藤野さん。いえ、藤野様。その、とんでもない身分の御方なのてはと今まで幾度となく思ってはおりましたが、まさかマイム・ベサソ様の扇子を持ち得たる方とは、思いもしなかったものでして。あの、正直私これまで不敬すぎまして、どうすれば良いのか分からなくてで御座いますっ」


「いやまあ、俺自身がマイム・ベサソってわけじゃないんだから、さっきまでみたいな態度で接してくれると有難いわけで。今この家に住んでる俺は家族だって言ってくれたじゃないか。今更そんな垣根は要らないはずだろ?」


 言葉使いもさることながら、今度は若干の震えも含んだカグラの声とその態度への対応に、そろそろ俺も本格的に疲れそうになってきていた。


 その原因を作ったのは俺自身でもあるのだから、仕方のない事ではあるのだけれど。


 それに加えて、そもそも代理権を行使可能な扇子を持ってる時点で。いくら当人では無いと言えども、その名を借りた事には変わりはないのだ。先程の俺の言葉は、矛盾を含んだ発言として捉えらえてしまう事にもなろう。


 だが俺としては、カグラやナツミさんには今まで通りの自然体で居て欲しいのだ。


 そして何より、カグラの理解不能な敬語紛いな言葉使いも、疲れた俺の耳には痛かったのである。


 いや、それはそれで凄く可愛いんだけどな。


「カグラ。藤野さん自身がそのような扱いを拒んでいるのです。それに、藤野さんの言う通り、今の私達は家族同然なのですから、いつも通りの貴女で接すれば良いのですよ。私もそのように致しますから。ね? 藤野さん」


 あわあわとしていたカグラに対して、おっとりとした普段の様子でナツミさんはそう進言し、俺の方へとニコリと微笑みかけてくる。


 こういう所で相手の意思を汲み、融通を利かせれる心使いの在り方は、舞のそれと良く似ている感じがした。


 いや、こういう時にも改めて思うが、俺の思考って完全に舞が中心な気がする。否定は出来ないし、するつもりもない。


 俺にとって、舞以上の女の子なんて、この世には居ないのであるからして。……うん、やっぱり俺、重症かな。


「ええ、そうしてくれるなら、嬉しい限りで。それよりカグラ。完全に冷めない内にナツミさんが作ってくれた料理を食べないと、折角の美味しさも半減してしまうからな。カグラも俺にまた敬語使ったり、早く食べ終わらなきゃ……俺がカグラの分も貰っちまうぞ?」


「うえ!? そ、それは困るよ、藤野さん!私だって、今日の神楽舞とかですっごく疲れて、お腹が減ってるもの!食べられる位なら……私は遠慮というものを捨てる覚悟を持つよ!」


 敬意より食い気である。若くて結構、コケコッコウ。


 こういう所で素直なのが、カグラの可愛らしさだと俺は思う。言いかえれば、騙されやすい一面も持っている、とも取れるのが心配ではある。


 「あらあら」、と声をもらしながら口元に当てて、くすりと笑うナツミさんのおっとりとした様子を前に、その後俺達は再び夕食にがっついた。


 三十代に入ったとはいえ、俺もまだまだ若いものだな、と。そう思える位に早食いだったような気がする。


 結果的に年齢的若さの分か、育ち盛りのカグラの方が幾分か早く食べ終わった訳だが、それ以降は先程の件のしこりも消えたのか、俺に対しての態度は普段の自然な感じに戻っていた。


 因みに風呂に関しては、最早灯篭が無ければ薄い月明かりのみに頼るしか無い時間帯であるので本日は入るのを諦める事となった。

 

 まあ、流石にそれは仕方ない。


 それから昨日、というか三日前に借りた寝間着に着替えると、二階に上がって本日はもう就寝という事になった。


 二階の部屋は二十畳くらい有りそうな広い部屋であるので、そこに三人分の布団を敷いて、左側からナツミさん、俺、カグラの順に床に就く。


 この俺の配置に何か意味はあるのかと問われれば、特に無い筈ではあるが。


 しかしそれを指示したナツミさんの視線に、どことなく何かの意が込められているような気がしたのは……俺の気のせいでは無いと思う。


 それから布団包まった俺は、銀髪黒目の女性二人の寝る布団に囲まれながら、その布団の中で天上を仰ぐ。


 俺にとっては馴染みの無い木製の家屋に、畳に敷かれた布団。


 アパートや実家に居る時も俺が寝る際はベッドであったのであり、下にクッションのような感覚も無い、畳の独特の固さの感覚に不慣れな俺には、斬新な思いがしていた。


「……藤野さん、まだ起きていらっしゃいますか?」


 不意に、横から聞こえてきたナツミさんの声。


 床に就いてから十数分が過ぎて、少し微睡み始めていた俺の眼は、漕ぎ始めの船のオールを落としたかのようにそこで意識を取り戻した。


「ええ、まあ」


「そうですか。カグラは……もう寝ていますね。お時間を頂けるのなら、少し、貴方とお話したい事があるのです」


 首を傾けて右方を見れば、既にすぅすぅと寝息を立てているカグラの姿があった。余程疲れていたのだろう。


 それを確認して頷き、了承の意を見せると、ナツミさんも布団に寝転がったまま顔をこちらに向け、枕元に両手を置いて柔和に微笑んだ。


「藤野さん。カグラを助けて頂いた事。本当に感謝しております。もしも貴方が傍に居てあの子を助けて下さらなかったら、今頃はきっと、虎妖鬼の腹の中だったでしょうから。それから……。それともう一つ。貴方に、お尋ねしたい事が有ります」


「どうぞ、なんなりと」


 柔らかな顔つきから、今度は真剣そうな面持ちで。しかしどこか、悲しげな視線の中にそう加えたナツミさんの言葉に、俺も思わず身が引き締まるのを感じた。


「マイは、……私の娘は、元気でしたか? マイム・ベサソの扇子を持っているという事は、貴方とマイは信頼に長ける仲なのでしょう。藤野さん、貴方にとって、あの娘はどんな存在なのですか? ……自分自身の今の立場で、貴方にこのような事をお訊ねするのが、不敬だと分かってはおります。ですが、それでも。それ以上に私は、あの娘の事が心配なのです……」


 瞬間、息が詰まりそうになった。


 この問いからするに、やはり彼女は、舞がマイム・ベサソという称号を冠する魔術師で有る事を知っていたのだろう。


 それもそうか。今になって思い返してみれば、俺が舞と出会って二週間目の夜。


 舞が寝言で呟き、ジパングでの記憶を取り戻す事になったきっかけのその言葉の中にも、彼女の母との会話が含まれていたのだから。


 だが、俺は未だに、その辺の事情を詳しくは知らない。


 俺の伴侶となった少女がどんな生立ちで、どんな境遇で、どんな風に育ち、俺と出会うに至ったのか。


 彼女と出会うまでの殆どを知らない。俺はまだ、本当に舞の事を分かってあげられるステージに、立ててはいないのだ。


 そしてナツミさんは彼女のルーツを知る人。そして、これから家族としての(えにし)を結ぶ事になるであろう人である。


 襟を正すような心持ちで俺は布団から出ると、布団の上で俺はその場に正座し、寝ているナツミさんに真剣な眼差しを向けて答えた。


「マイは、とても元気でしたよ。寝言で、貴女の事を口にしていたりもしました。俺にとっての舞は、……そうですね。無くてはならない存在です。それに、今や俺とマイは、お互いを夫婦と認め合う仲ですから。……俺は、あの娘の笑う顔が、とても好きです」


 思い出すだけで、俺も温かい気分になれる。そんな舞の笑顔を思い出しながら、俺は言葉を続けた。


 そう言えば、いつから俺は彼女に牽かれたのだろう、と。その答えがあるとするならば、それはきっと出会ったあの日。


 月夜に酒を呑み、あの娘が俺に微笑んでくれた、その時からなのだと思う。


「……朝に弱くて、時折変な事を言いだすお茶目な所も可愛くて。聡明で、非の打ち所の無いような振る舞いも見せていても、そんな彼女だって弱さを見せる事を知っています。それに、マイの作ってくれる温かな料理が、俺にとって、最高の幸せなんですよ。……マイと出逢えた事は、俺にとっての何よりも掛替えのない宝物であって――。舞は、俺にとって。世界で一番大切な、本当に可愛い女の子なんです」


 崩した過ぎた言葉など使わない。ただ率直に、舞に抱いてる想いを、俺はナツミさんに伝えた。俺は今、目の前のこの人に、ただただ感謝をしたかった。


 ナツミさんが居なければ、舞はこの世に生を受けることは無かった。俺が舞と出会えたのは、この母が居たからだ。


 彼女と同じ面影を持つ、少し幼げな優しい顔立ち。綺麗な色を放つ、銀の髪。


 それを目にすると、まだ俺とさほど年も変わらぬように見える、若い母であるこの人が。俺の大切な伴侶の紛れも無い産みの親なのだと、改めて認識させられた。


 いきなり正座をし始めてそんな言葉を言い放った俺を見て、驚く表情を見せるナツミさんであったが、舞と唯一違う彼女のその黒い瞳は、大きく揺れているように見えた。どんな言葉でも良い。


 俺はこの人に、意思を伝えなければならない。


 先走り過ぎてる事は否定できない。だが、いつ言えるかも分からない。機会があるのなら、今、覚悟を決めて言うべきだ。


 俺の中の何がそれを突き動かしているのかは知れない。だが、何故か俺はこの時そう思ったのだ。だから――。


 息を呑んで、言った。



「貴女の大切な娘さんを、俺に下さい」



 手を付き、土下座にも近しい程に頭を下げ、俺は精一杯の誠意をそこで表現した。


 一体何を言い出すのかと、どつかれても良い位に勢い余った行動なのかも知れないが、それでも、俺は言って置きたかったのだ。


 マイ本人の預かり所も知らぬままに、勝手に思い切った告白ではある。


 だとしても、これは彼女に惚れた男として、いつかは付けなければならないケジメだ。


「あ……えっと……。顔を、上げて下さい、藤野さん。貴方の想いは、私にも充分伝わりましたから……」


 俺のそんな奇天烈な言動に驚きつつも、その言葉には嬉々とした声色が含まれているような気がした。


 俺がその言葉に顔を上げると、ナツミさんも俺と向かい合う形で起き上がっており、その場に正座をしてこちらに微笑んでいた。


「私の娘は、とても幸せですね。貴方のような素敵な殿方に見初められるだなんて、私が羨ましく思ってしまう位です。魔術師として育てられたマイを、一人の女の子として好きになってくれているというのは……きっとあの娘にとっても大きな救いとなっているのでしょうね」


 どこか遠い目をしてそう答えたナツミさんのその言葉に、俺は軽く頷いた。彼女にとって、俺の存在がそうであるならば、俺としてもそれは嬉しい事だ。


「……私は、あの娘が元気で居てくれさえすれば良いと、ただそれだけを思っておりました。私には想像もつかないような荒事に挑んだ生活が、マイにはきっとあった事と思います。それでも、そんな中でも。あの娘はあの娘なりに、自分の幸せを見つける事が出来たのですね……」


 そう言ってナツミさんは、小さなその手を俺の手に沿えると、その瞳に涙を浮かべ。


 首を(もた)げて、こう紡ぐのであった。


「……私の娘を愛してくれて、有難う御座います、藤野さん。幼き頃しかこの手で育てる事は叶いませんでしたが、それでも産みの母として、本当に嬉しく、そして、とても誇らしく思います。……藤野さん。私の娘を、どうか、宜しくお願いします」


 そして、絞り出すような声で俺にそう伝えたナツミさんに、「任せて下さい」と力付強く俺が答えると。


 俺の手の上に乗せた、自身の手の甲に(こうべ)を垂れて、感情が溢れ出したように彼女は突然その場で泣き崩れてしまった。


 涙に震える小さな嗚咽と、時折鼻を啜る音が、静かな部屋の中に響く。


 自分も子を持ち、親になれば、この気持ちは分かるのだろうか。


 同じく三十代であろう彼女の苦労や、娘への思いは、俺の知らぬ所にある。


 それでも俺と、数歳しか違わない彼女がこれまでにずっと抱いてきた思いが、ここで溢れ出たのだろうというのは。


 そんな俺にも、何とはなしに伝わるものがあった。


 それから、少し時が過ぎて、彼女が落ち着いたであろう時から、また俺達の会話は始まった。


「……みっとも無い所を見せてしまって、ごめんなさいね。私にも、どうしても色々と溢れてくるものが有りましたから……」


 と、そう呟き晴れやかな様子で笑う彼女の姿に、俺も連られて微笑んだ。


 聞いた話は、カグラを産んで間もない頃に、夫が亡くなった事。


 巫女として、幼い頃からマイに神楽舞を習わせた事。


 まだ六歳の時に、魔術師としての才能を見初められた舞がナツミさんの手元を離れ、神託の巫女の下で魔術師として育てられるようになった事……。


 それは今日の疲れも気にならない程に、俺にとってそれは貴重な時間で。


 開けた窓から見える、少し欠けた月の綺麗な輝きを明かりにして、俺はそんな会話のひと時を、彼女の母と共に過ごしたのであった。


 そして、夜も更ける頃まで俺達の話は続き、一区切りついた所で彼女の話は終わりを告げた。


 存在の同調によって、俺にもマイの居場所が漠然として分かる今。


 彼女がこちらに向かって居るのが今の俺には分かっていた。


 地理も分からぬまま下手に動くよりは明日もこの村に居た方が無難だろうとも思い、待ち遠しさを感じながらも、ナツミさんとの会話を終えた俺は眠りにつく。


 他の人には理解も出来ぬであろう、何を根拠として居るかも分からない俺の勘が、舞との絆が。


 何か確信めいたものとして俺にこの事実を感じさせていた。


 ――明日には、舞に会える、と。


 果てさて、そんなこんなで眠りの世界に旅立ってしまった俺には、結局気付かなかった事ではあるのだが、俺達がそんな会話をし終えた一方で。


 実は途中から目が覚めていたカグラが心臓をバクバクとさせながらこんな言葉を呟いていたなんて事は……。暫くは本人のみぞ知る事であったのだけれど。


「む、娘さんを俺に下さいって……。私の事かと思って、び、びっくりした……!!」


 皇国において畏怖の象徴たるマイム・ベサソが、自分の姉であると知ってしまった事以上に、当時まだ若い少女であったカグラにとっては、それが一番の衝撃だったらしいことを話に聞いて。


 俺達の笑いの種になるのは――それからずっと、後の話だ。









 熱意を込めて、外堀も埋めて置く秋也さんの章でした。ナツミさんも、なんか可愛い気がしてきました。親子姉妹丼とか美味しそうですね!()


 次章は『再会、二人の小さな痴話喧嘩。』です。こうご期待!



 

 ところで、先程小説情報を見てみました所、この小説のお気に入りが半年前と比べて10も増えてました!お気に入り登録して下さった方、本当に有難う御座います!


 感想だったり評価だったりも、参考になったりモチベーションに繋がったりもするので、して下さると凄く嬉しいです><


 では、次章にて!



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