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魔法使いの主様っ!  作者: 三年寝太郎
魔法使いの主様っ!
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第14話 術師を惑わし、女神の神託。



 「……本当に今日は、まさかの連続です。いえ、これは必然だったのでしょうか。僕らはとしては、女神に遊ばされたとしか言い様がない結末、なのですがね」


 俺とマイがお互いの気持ちを確かめ合い、二人だけの世界に入っている内に、だ。


 どうやらお節が着ているコートの中から取り出された薄い短パンを穿き終えたらしい冬仁の姿と声に俺は気付いた。


 そう言えばそうだった。


 先程までこいつらと闘っていた間、意図せずとしても、舞にとんでもないモノを、この男は見せていたのだった。言うまでもなくそれは、男の象徴であるのだが。


 真冬に全裸の男の姿などこちらとしては見たくはない。見てるこちらが寒くなりそうだ。


 成る程、大人しそうな表情をしている方のお餅とやら、用意が良いようで。短パンを常備とは。これなら目も当てられない程では無い。


 寒そうなことには変わりはないが。


「言うまでも有りませんが、魔導陣が使えない以上、僕らの負けです。……ですが、魔法使いとなった貴方様がこの決闘に乱入した時点で、誉れを掛けた闘いは終わっています。僕らには、この場に拘束される義務は生じてはいません」


 今度はお餅が脱いだ白のコートを身に纏いながらそんな事を言う冬仁。お餅は冬仁にかなり従順なのだろうか。自分も寒いだろうに、この男に服を渡すとは。


 対して精悍で強情そうな顔立ちをお節は全く動こうとしない。双子の様だが、性格に大きな違いがありそうだ。


「……主様、こちらは、この場は条件付きで譲歩して置くのが得策です。私としては、こちらの世界に怨恨を残して置かない方が良いと思うのです。どちらにしても、恐らく彼らは秋也さんをこのまま置いて去ることは、出来ない筈ですから」


 腕の中の舞が、冬仁の方を警戒の目で見やりながらもそう俺に進言する。どうやら彼女の中で、俺の異世界行きは決定しているらしい。


 正直こいつらを許すつもりなど無かったが、舞がそう言うのならそうなのだろう、と思う自分が居るのであり。うむ、これは、これから俺は彼女の尻にしかれそうだ。


 まあ、舞と居られるのならそれもまた楽しいのかも知れないが。


 その舞の言葉を聞くと、冬仁は品定めでもするかのように舞を見た後、少し諦めたような表情を見せてそれに返す。



「はは、成る程。マイ・マイム・ベサソさん……いえ、先程の話を聞くに、魔法使いの従者、もとい、恋人といったところでしょうか。貴女は相当頭がまわるようですね。口調も先程と違うようですが、それはさて置きまして、その通りですよ。僕らはこのまま引けない。正直な話、撤退の為の後備も用意していない」



「……私が、秋也さんの、恋人……。こ、こほんっ。それは私達にとって好都合です。そちらの要求は、『魔導陣の修正』、ですよね。私の世界でもそうなのですから、こちらの世界でもそうなのでしょう。魔法使いに手を出し、魔法を捻じ曲げる原因を作った者は責任に問われる。そういうことです」



 舞の言葉を鑑みるに、どうやら魔術師にはそういった決まりがあるらしい。


 魔法使いとは魔術師統合の頂きに立つ存在。


 それに手を出すということは、実質魔の法に触れる禁忌、日本の法に言いかえれば、犯罪に手を染めた、と言った所なのだろうか。


「そうですね。その通りですよ。それに、灼熱炎と圧巻樹の魔導陣が変えられた以上、魔法使い様に元に戻して頂けない以上はこちらも今後困りますし。何より今頃活動している魔術師の方々が、生命の危機に陥っている可能性もありますから。それで魔術師が亡くなったりしたら、山内家の責任問題になるでしょうね……」


 舞を相手に有利な交渉を持ち出そうとするのは得策ではないと悟ったのか、冬仁は今の自分の置かれた状況を淡々と零す。


 成る程、魔の法律を俺が捻じ曲げ、灼熱炎と圧巻樹が治癒に変わった以上は今頃他所で何かしら魔術を行使している者が死ぬ可能性も出ているのだろう。


 魔法使いは、魔の法律を司る。


 今や全世界のどこかで魔導陣の書き換えに困惑している魔術師が居るのだろう。


 焼き殺す為に使用した灼熱炎が、相手を回復なんてさせた時には、驚くなんて程度で有るはずが無い。


 まあ、つまりは今の流れを汲みとれば、こういう風に解釈できる。


「成る程。その責任は書き換えた俺自身にでは無く、そもそも不可侵な存在に手を出した者に在るという訳か。俺が書き換えた魔法で今頃誰かが死んでいても、その全ての責任はそもそもそんな存在に手を出した冬仁に押し付けられる、ということだな」


 ……今自分で言って気付いたが、これはかなりマズイのではないだろうか。


 確かにその全責任がこの冬仁とお餅とお節という三人にあるとしても、実質俺が書き換えたことによって被害を受けている魔術師がいるわけで。


 条件付きの交渉にする必要性云々の前に元に、今すぐ魔導陣の効力を戻さなければ、今頃にもどこかで誰かが死ぬかも知れない、と言うことになるわけだ。


 そう考えると若干怖くなって、舞の方へ視線を向けると、腕の中の舞は俺の表情を見て、にこりと微笑んだ。


「秋也さんが心配されることは何もありません。いつもどこかで、人は死ぬものです。それが今この状況の時だとしても、それはその人の運が無かっただけの事。私たちは生きている、その人達は運悪く死ぬ。ただそれだけの事なのですから」


 それを笑顔で言い放つ舞の様子に、少し鳥肌が立った。


 それは、人の生き死にを知った者の言葉。


 平和な日本で育った俺としては、それ程人が死ぬことに関して慣れてはいない。


 だが確かに、産まれた場所、家、環境。それらが悪かった為に亡くなっている人など今この瞬間にも大量に居る。


 その見極めを一言で纏めるなら、運。確かにそれに尽きるだろう。


 恐らく、残酷にも、その世の常を身に感じた事がある舞だからこそ言える言葉なのかもしれない。


 それは、少し、やはり自分とは違う何かを感じさせた。


 自分とは違う見解を持つ彼女の、その点に惹かれたというのも、もしかしたら俺の中には有るのかもしれない。


「……主様、ここは私に一時、交渉の全権をお貸し下さい。きっと、悪いようには致しません。――といっても、交渉というよりは一方的な押し付けも可能な状況ですけれど」


 その舞の言葉に、俺は頷いた。


 俺自身が交渉に向いていないとは言わないが、その点は魔術師として生きてきた舞に任せるのが得策だろうと考えたからだ。


 俺が承諾したのを確認すると、舞は俺の腕の中から離れ、立ち上がった。


 一方的な押し付けも可能な状況、というのはそういう事か。


 魔法使いとなった今では以前よりも舞との同調を感じられる。


 その感覚からして、今の舞は、魔術を使えるというのが分かる。舞はどうやら、一級・灰燼炎による反動を克服したようだ。


 立ち上がると同時に舞は衣服に魔力を通し、そしてあのボロボロになった衣服を元の綺麗な状態へと戻した。


 それに倣い、俺も立ち上がる。


 ……舞の衣服が損傷し、下着が少し見えた状況も扇情的であったので、若干名残惜しさがあるなと思った俺は、所謂(いわゆる)変態なのだろうか。


 いや、まあ、冬仁にその姿を見せ続けるよりは百倍マシなのだけれど。


 俺が立ち上がると同時に、愛おしそうな表情で舞は俺の腕にその腕を絡めてきた。


 彼女の豊満な胸の感触が伝わってドギマギとしてしまうのだが、舞もホンノリと顔を赤らめているのがこちらから見ても分かるのであり。


 自分でやって置きながら、彼女も緊張しているらしい。


 多分、今は俺から少しでも離れたくない、という意識が彼女の中にはあるのかも知れない。


 組まれた腕に、舞の心音が伝わる。なんだかもう、俺としてはこれだけでノックアウトしてしまいそうな位にいじらしい。


 そんな状況でありながら舞は、冬仁とそれを取り巻く二人の方へ顔を向け真剣な表情をつくると、その内容を宣言した。


「ここから先は、契約です。書面にはよりませんので、諾成契約としましょう。こちらが行うのは魔導陣を元に戻す事、そして貴方達をこのまま見逃す事。その二つです。これ以上の提案は無い筈ですから、この内容そのものに文句はないと思います」


「――ああ、勿論です。それ以上は有りません。今の僕らの要求そのものです。さて、そちらの条件をお聞かせ願いたい」


「では次に、こちらが要求する条件を提示します。一つ。我が主、藤野秋也とその従者マイ・マイム・ベサソ、及びその元家族、現家族に対し、今後一切の直接的、並びに間接的攻勢行為を禁ずる。二つ。これ以降こちらが尋ねる事、質問に対しては嘘偽りなく応じる事。以上二つです」


 俺が聞く限り、この内容は限定範囲が細かく指定されていないが故に、抜け穴も多分に有りそうだが、一応この位は釘を指す必要があるだろう程度の内容である。


 取り敢えずは俺自身、自分の妹達に被害が及ぶのは避けたい。元家族云々のくだりを鑑みるに、その点も舞は考慮に入れているようだ。


 そして質疑応答の強制権。これは確かに、個人的に欲しい権利だ。


 こいつらに関しては気になることが多々有ったもので。


 そしてこの提案に対しては、冬仁も驚きを隠せないといった表情でそれに答えた。


「……本当にそれだけの条件で、良いのですか?敗北し、魔法使いに手を出してしまった事実を持つこちらに対して、かなり破格の提案ですし、そちら側には利点らしい利点が無いのでは?」


 確かにそうだ。いきなり言われも無い理由で人を殺そうとし、直前までは只の新米魔術師であったとはいえ、魔法使いに対して魔術を行使した事実。


 相手方の何かしらの犠牲、最低でも金銭の要求があってもおかしくは無さそうである。


 それで有りながら敢えて舞が提案するこの内容。


 個人的には舞を傷つけたこの冬仁に対して制裁を加えたい所だが、彼女自身がそれを条件とするなら何か考えがあっての事なのだろう。


 もしくは、かの有名な唱歌にも『昨日の敵は今日の友』とあるように、舞の世界にもそういった概念があるのかも知れないが。


 冬仁の言葉に対して、特に異存はない、と舞は示し、その様子を認めた冬仁は言葉を続けた。


「……では、こちらもそれで承諾させて頂きましょう。後は、僕らにこの債務の不履行があった場合の措置をお聞かせ願いたい」


「それに関しては、特に有りません。この国の、良心の自由というものに賭す、ということにでもして置きます。私達がするのは、あなた方が恩を仇で返すような真似はしないと信じることだけです」


 完全なる口約束。聞く限り、聖女のような慈悲に溢れた言葉に聞こえなくもない。


 だが、要するに舞の言う契約とは名ばかりで、山内家に恩を売る、という形になるのだろう。


 これが交渉として上手いと言える類のものかは知れないが、良心があるならば確かにこれに反する行為はし難い。


 舞のその答えに、冬仁はその場に正座し、平伏した。


 それに倣い、お節とお餅の二人も後ろで平伏を行う。


 小石の上での正座に平伏は中々に痛そうだなと呑気に俺は思ったが、この状況下であるなら、この三人はこの位の事はするべきなのだろう。


「これにて、ここに契約は成されました。あなた方がこれを順守して下さることを願います。……では、秋也さん。魔導陣の書き換えをお願い致します」


 その舞の言葉に頷くと、俺は先程の魔導陣の効力を書き換えた。


 先程の魔導陣を思い浮かべ、その情報が頭に過ぎった際にこう宣言するだけの簡単なお仕事である。



『三球、治癒と成した先程の魔導陣は、灼熱炎と圧巻樹と成すべし』。



 魔法使いとなった自分自身でも驚くほどに、本当にあっけなく俺は魔導陣変えることが出来てしまう。


 魔法使いという存在が魔術師において一体どれ程の影響力を持つものなのか、この要素だけでも計り知れない。


 その書き換えを終えた後、俺の腕を組んだままの舞が、上目使いで尊敬の眼差しのようなもの向けてきたのであり。


 何だか俺も少し得意げになってしまったのも無理なしからぬ事である。


「こちらは契約の内容を果たしました。これ以降はこちらの尋ねることに答えて下さい。……では、まずは秋也さんが気になったことを質問という形で。ここからの主導権は、我が主様に有りますから」


 こういう所でキチンと一歩引くのが舞である。この少女というものは、人を立てることを心得ている。


 俺としては、どちらでも良いことなのだが、案外とそういう舞の何気ない行動が嬉しかったりもするのである。


「ん。じゃあ、そうさせて貰おうか。三人とも、まずは(おもて)を上げろ」


 正座状態で平伏し、頭を垂れている人に対してこんな発言する人間も滅多にいないだろうなと思いつつも、若干の優越感と共に俺はそんな指示をする。


 その言葉を聞き、彼らは揃って面を上げた。


 今更だが、冬仁の後ろに控える二人の女性、お餅とお節とやら。これまで魔導陣の宣言以外に一言も言葉を発していない。


 その様はまるで忠実な犬のようである。


 俺を主と仰ぐ以上は立場としては舞が俺の臣下、もしくは従者であるように、彼女達も冬仁に対してそういう立場の人間なのだろうか。


 それもまた気になる所だ。


 だがそれは後回しにして置こう。取り敢えずは一番気になることから片付けていきたい。


「……聞きたい事は山ほど有るわけだが、まずはマイの命を狙った理由について答えて貰おうか。先程は山内家の家業やらなんやらと言って気がするが」


 その俺の問いに、その質問が来ることは分かっていたとでも言いたそうな表情で冬仁は応答する。駄目だ、どうにもこいつの態度は気に食わない。単なる相性の悪さだけで片付けられるものでは無い位に。


「ああ、それについてですか。そうですね、平安の世から代々魔術を受け継ぐ山内家は、妖怪、幽霊といったこの世ならざる者を滅するといった家業も受け継いでいましてね。その我らの家業の中でも、異界から来た者の排除に関しては最たるものなのですよ」


 その話によるならば、魔術の存在は千年以上も前の平安の世にも既にあったということか。


 魔術の歴史については俺は雅としてのマイに詳しく教わっていない。


 まあ最も、この世界における魔術の歴史など、異世界出身のマイが知る由などあるかと問われれば、勿論無いのだろうけれど。


 だが、この魔術の基本系統は五行という、いわば古来より伝わる陰陽道にも関わりを持つ構成となっている。


 かなりの昔の時代からそれらが存在していても、おかしくは無いかもしれない。


「ふむ。まあ、そちらの家業がこの世ならざる妖怪や幽霊を討伐するものだというのは理解した。だが、異界の者を排除しなければならない理由は何だ?」


「一つ目の理由としましては、異界の者が異界の魔力をこの世界で行使することによって、多少こちらの世界の魔力量が変動するという点があるからですね。こちらに関しては、まあ山内家は目を瞑っても良い程度な話なのですけれど。……それに、そもそも大抵の異界の魔術師は、世界の使い魔によって、魔導陣も使えないままに殺されますから」


 その言い分を聞くに、どうやら彼らにとっては舞のような異世界の住人を排除しなければならない理由としては、別の面の方が大きいようだ。


 そして世界の使い魔に殺される、という点。


 要は二週間前に俺達を襲った悪魔のような形容をした奴が、世界の使い魔に該当するということだろう。


 あの悪魔に関しては、舞の見解通りであったようだ。

 確かに、俺と契約を交わすことが出来なければあの時の舞は、成す術も無くあの悪魔に殺されたのだろう。


 世界を渡ることで生じる抵抗、記憶の喪失、魔導陣が使用不可という状況下で、あの化け物に対抗出来る魔術師など、居る筈も無い。


 そして、こちらが魔術師としての山内家における理由なのですが、と冬仁は合間に一言入れると、そのまま話を続けた。


「二つ目の理由としましては、魔術師の中では伝説上の存在である、『魔法使い』を。異界から現れたものが神隠しの如く異界へ(さら)って行くという事例が、過去の千数百年の間に幾度となく記録されている為です」


 となれば、今回俺が舞と共に異世界に行くことも、今後の魔術師の歴史的には異界の者に攫われたとして記録されるのかも知れない。


 その異界の者による魔法使いの神隠しを封じる為に、舞を殺そうとしたということか。


 何にせよ、舞が居る所が俺の居る場所になるのだ。そんな彼らの事情は、藤野秋也としては一切介さない。


 以前より契約による同調が強く感じられることもあり、さながら彼女は名実ともに俺の半身である心持ちさえ今はあるのだから。


「……まあ、僕としても魔法使いに関しては半信半疑では有りましたけどね。何しろ、かつて魔法使いが存在し、異界に攫われたという記述自体が、最も新しいものでさえ百十年前という古いものなのですから」


 千数百年に及ぶ神隠しの歴史。


 そして魔法使いが存在したという最後の記述が百十年前。


 それ程昔の出来事であるならば、確かに魔法使いという存在が伝説であるというのも頷ける。


 百十年前と言えば、未だ日本は明治時代。


 既に日本国が近代国家として清国と戦火を交えた後の時代であったとはいえ、俺達のような若い現代人にとってはやはり現実味が薄くなるほど昔の話である。


 成る程、冬仁自身も伝説上の存在である魔法使いに関して多少は疑いたくなる気持ちが分からないでも無い。


「そして、三つ目の理由です。これが僕の好奇心を大きく動かし、彼女に敵対するに至った原因といっても過言ではないですね。我らが巫女に託されし神託の内容の一部分に、こういったものが含まれていたのですよ。『――今代の魔法使いは、赤桃色の瞳と麗しき銀の髪を身に宿した異界の少女を召す』、とね」


 その内容を真に受けるのであればそれは紛れもなく、俺の最愛の少女、マイ・マイム・ベサソの特徴そのものである。


「さて。僕はそこで、二通りの可能性を考えた訳です。それが俗世の言葉で言う『天に召す』という意味であるなら、彼女を殺すことで僕自身が魔法使いになるのではないか」


 ……それは冬仁の独特な発想なのだろう。俺自身は、『召す』という言葉を、その様に連想する思考は持ち合わせていない。


「そうでないのなら、貴方が彼女を女性として召す存在であり、魔法使いに至るのではないか、と」


 その言葉を放った後、『……まあそもそも、多少興味があっただけの話であって、巫女の神託も、魔法使いの存在自体も。僕は余り信じていなかった訳ですけれど』と、冬仁は俺から目を逸らしつつ不満そうにぼやいていた。


 その態度を見るに、そこにいたのは年相応である、まだまだ無謀な行動を取ろうとする只の十代の一人の青年であった。


 ミステリーな話や心霊スポット、秘境の伝説や噂話があれば、必ずどこかにこういった者達は現れる。


 半信半疑ではあるが興味があるので、検証してやろうじゃないかという行動原理を持っていた冬仁のように。


 興味本位な考えで無謀な行動を起こす十代後半辺りの浮かれた若者が、現代にも絶えず存在している。


 心霊スポットに関しては後悔既に遅しな結果をもつれ込む者達がこの世には今でも多く居るわけだが。


 つまりは今回の冬仁も運悪くそれに当たってしまったという事であるのだろう。


 藤野秋也という名の、魔法使いという都市伝説並な存在と、だ。


 だが三十路に突入したおっさんの俺から言わせて貰えば、若気の至りとは言えども、それらは完全な自業自得としてその身で真摯に受け止めなければならない事である。


 言い訳など通用がしないのが、この社会であるからだ。まあ、これに関しては定職に付いてもいない俺が言える言葉ではないかも知れないが。


 だが先程の冬仁の(げん)を鑑みれば、どちらにしても彼はマイを殺す義務を負っていたという訳であるので、その責任の一端は山内家という集団に起因するものもあるわけだが。


 もしかしたらそういった面も兼ねて、舞は山内家に恩を売るという形を取ったのかもしれない。


「ただ、我らの巫女の神託に依れば、『魔法使いは深夜以降に現れる』との話でありました。もし僕か貴方のどちらも魔法使いに成るわけでも無く、第三者である魔法使いがここに現れるとしたら。異界の人間である彼女が魔法使いを攫っていく可能性があるので、その芽を先に摘んで置こうという考えもありましたけどね」


 その言葉を冬仁の口から聞いて俺はある程度納得した。


 深夜前に舞を殺そうしたのは、魔法使いを異世界に連れ去られないようにする為の措置を施そうという考えもあってのことだったようだ。


 半信半疑で神託に従って京都御所に来てみたら、本当に神託の通りの特徴を持った異界の魔力を扱う魔術師の少女が訪れた訳であり。


 その時点で山内家がこれまで成すことが出来なかったことを。


 魔法使いをこの世界に留めるという行為を、自分の代で成してみようと考えたという訳なのだろう。



「……しかし、実際はこういう結果になった以上は、僕らは女神の神託にただ惑わされただけだとしか言い様が有りません。どうにも女神とやらは悪戯が好きだと聞きますし、気まぐれ屋だとも言われてますから。……僕らは女神に弄ばれたのかもしれません」



 ……確かに、そう言われてみるとそんな気もしなくはない。



 魔法使いという存在を世に留めるという意味も含めて行った闘いが、蓋を開けてみれば全ての責任が彼らに存する事になり。


 実質魔法使いそのものと敵対する結果になったわけであるからして。


 何か運命というものに弄ばれたような気持ちさえするのも仕方のないことであり、若干彼らが哀れにも思えてきた節もある。


 しかし、それにしても、彼らの言う女神とは一体何なのか。


 今までの様子を見るに、神託に惑わされたのは彼らだけでなく、舞もまた同じなはずである。


 何故なら二週間前の時点でマイは、『神託によれば、魔法使いは既に存在している』と、その口で語っていたのだから。



 術師を惑わし、女神の神託。



 その信託を行う女神とは如何なる存在なのだろう。


「なあ、舞。さっきから言う女神って何なんだ?塀の角を曲がる際にも、舞は言ってたよな。道を切り拓きし鳩と女神がなんとか」


 未だに俺の腕に身体を預け、自らの腕を絡めている舞に向かって、俺はそれを尋ねてみた。


 段々と舞の体温に、身体が慣れつつある。


 今舞が離れたら腕が冬の外気による寒さで辛いことになるかもしれない、なんてことも俺は考えていた。一つの事に集中する精神力は、本日はもう先程の護球壁に使い果たしてしまったので。


 さて、その俺の問いには舞は少し困ったような表情になり、悩むような仕草を見せた後にその言葉を返してくれた。


「……えっと、『賢なる鳩と女神の御心を』のことですね。あの、主様の問いに明確に答えれず非常に申し訳ないのですけれど……。女神というのは、私の祖国であるジパングの神話に出てくる皇祖神で、悪戯好きな気まぐれ屋であった。――という事位しか、実は私も知らないのです。……その、お役に立てず、すみません、秋也さん」


「ああ、いや、舞。別に、何も気にすることは無いぞ。そこまで詳しい事を知りたいわけでも無いし、舞が知ってる範囲だけでも充分だから」


 そう返して俺は空いてる片手で舞の頭を撫でてやった。その俺の行動に恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに目を伏せる舞の姿を、俺はやはり愛しく感じてしまう。


 舞に知らないこともあって当然であるし、寧ろその情報だけでも一応は足りるとも言える。


 女神というからには神話も存在しているのだろうが、現代日本のようにそう簡単に一般人がその伝承について知れるものでは無いという事は取り敢えず分かったのだから。


 ジパングにおいては女神の存在は知られてはいるが漠然としたものである、ということなのだろう。


 ならば、こちらの国においての女神はどんな存在なのだろうか。


「じゃあ、冬仁。お前らが知り得る範囲でその女神とやらの詳細を尋ねたいのだが」


 ジパングにおける認識とこちらの認識で一致しているのは、気まぐれ屋で悪戯好きである事。そして、神託を行う存在であること。


 まあ、既にその情報だけでも充分なのだが、一応尋ねてみることにしたのである。


「……女神について、ですか。それに関しては、お餅が詳しかった筈です。お餅、説明を頼む」


 そう言ってお餅と呼ばれた女性に冬仁は説明を促した。


 お餅と呼ばれた女性は切れ長な瞳と細長い眉。そしてボブカットの肩辺りまで伸ばした黒髪、といった特徴を持っている。


 彼女はそれに頷くと、冬仁と同じく正座状態のままこちらを見据えて口を開き始めた。


「紹介が遅れました、わたくし、山守餅(やまもりもち)と申します。我らが(わか)である冬仁様の隣に控えるのが、同じくわたくしの双子である山守節(せち)です。ああ、そう言えば名前の前に『お』と付けて呼びますのは冬仁様の付けた愛称でありましてね――」


 そんな俺の質問とはずれた方向に語り始めようとしたお餅に、間髪入れずに冬仁は彼女の頭を軽く叩く。


 そして冬仁は呆れたように溜息を吐いて俺に謝罪の声を入れたのである。


 いや、俺も話が脱線するのかと少し焦りそうになったので、その対応は有り難い。どうにもこんな状況下でありながら、何かのコントのようである。


「……お餅、聞かれている事以外を無駄に話すなと何度言ったらわかるんだ。すみません、お餅は昔から少しずれた所がありまして、二十歳になってもこんな様子で。いいか、お餅。女神について知っていることだけをこの方に話してくれ」



 冬仁によって叩かれた頭を自分の左手で少し触れた後、お餅は再び頷いて話し始める。


 落ち着いたような様子の面持ちとは裏腹に、そういう一面も彼女は持っているようだった。


「申し訳ありません。では、女神について知っている事だけを。わたくしが知る女神の伝承では、その神は天之紗姫命(あめのさきのみこと)と呼ばれています」


 みこと、という響きからは日本神話を連想させるものがある。


 しかし、その名前そのものは初めて聞くものだ。一般に知られるものでは無く、魔術師のみに伝わる神の名なのだろうか。


「その名は、悪戯心を示す天邪鬼の話に由来する女神。日本神話における、国の過去の支配者である大国主神の娘であり、天照大神の神託を聞いた巫女である、天探女(あめのさぐめ)に由来すると言われています」


 天探女(あめのさぐめ)、か。そういえば昔、聞いたことがあるような気がする。


 天探女とは、この日本国の皇祖神である天照大神が遣わした者による神託を受けた者であり。


 その事を夫に告げ口して天の意思の妨げて、天の邪魔をした事から天邪鬼(あまのじゃく)と呼ばれる由縁になったという話を。


 しかしその事が原因で夫は亡くなったとも言われているが。


「その事から神託の女神とも解された天探女は、その後は自らが人間に対して神託を行うようになったと伝承には有ります。それが、私達に神託を告げた天之紗姫命(あめのさきのみこと)の、元であるかと」


 天邪鬼の如く悪戯な意味を持ち、気まぐれな性格をした女神。


 そして神託の女神として、弄ぶかのような神託を俺達に仕掛けたってことか、その天之紗姫命って奴は。


「天之紗姫命は、(みこと)ではなく『(みこと)』と称されるように、最上位の神では有りません。ですが、薄絹の意を指す『紗』を冠することから、人間に対しては最上位とされています。そして山内家に連なる方々は、長い歴史の中でこの女神を信仰しているのです」


 『それと、今回の神託の内容は、既に冬仁様がおっしゃられたことでしたが』、と言葉を添え、お餅はその語りを終えた。



 冬仁が知り得た、魔法使いに関する神託。彼がその神託に従ったことによって俺は魔法使いと成り、今ここに居る。


 考えてみれば、これは俺とマイを導く為の神託とも言えるのではないだろうか。


 まあ、その女神の真意は何にせよ、彼女を首謀者として見るなら今後もその神託は関わってくる可能性もあるのかもしれない。


 ……と、俺は思ったのだが、その考えは直ぐに覆される事となった。


「ああ、そういえば。僕らの巫女がこの神託を受けたのは十数年前で、確か僕がまだ一、二歳だった頃でしたけど、この神託というのも周期がいい加減で、数十年だったり数百年の開きがあることもあるそうで。はは、今回の出来事で僕も山内家次期当主として、女神の存在を後世に伝える必要が出来ましたね」


 冬仁は溜息を吐かんばかりの声色(こわいろ)で、俺が問う前にそう付け加えた。


 それだけ期間に開きがあるのならば、俺達にはもうその神託とやらの関わりは暫くない、もしくは全く無いのかも知れない。


 俺の取り越し苦労で終わる可能性もあるだろう。


 それと、山内家にて後世に伝わる内容に俺達の話が込みなのだと思うと、少し面白い。


 女神の神託は信じるに値すること、そして彼女は悪戯心を持ち得ること。更には、時に魔法使いとその伴侶を生み出し異界への導きを齎した事。


 ずっとそういった感じで千年以上も山内家は天之紗姫命との関わりを記録してきたのだと思うと、少し感慨深いものがある。


 兎にも角にも、一番知りたかったことはこれで知れた。


 此度の戦いも冬仁には彼なりの事情があり、絶対悪というわけでも無かった。


 これで俺が彼らから知りたいことは、後一つを残すだけとなったのである。


「俺からお前らに聞きたいことは、最後に後一つだけある。……何故今日は、御所に警備の者が居ないんだ?」


 これは以前、深夜にこの場所に訪れた者として個人的にかなり気になった。寧ろ誰一人として警備の者が居ない事に違和感を感じる。


 散歩をする人も深夜とはいえ偶にいるものだ。それすらも無いというのは、明らかにおかしい気がした。


「……ああ、それですか。それは魔術師としての山内家の繋がりと言いますか。僕の兄弟が率いる異能の組織に霊術が得意な者が居ましてね。不干渉を前提に、一般人に対する人払いの術式を張って貰ったのですよ。まあ、僕らは霊術に関してはさっぱりなんですけどね」


 成る程。それなら納得だ。いや、それにしても魔術以外の、霊術という単語が出てきたのは非常に気になるのだが。


 今しがたこれで質問は最後だと言った手前、聞くのも野暮というものである。


 それに、彼らも余り知らないというのなら聞く意味も余り無いだろう。


 そして舞には何か質問が無いかと横目で促してみると「何もありません」と答えて首を横に振った。これ以上の疑問は彼女にも無いらしい。



 そして俺達の此度の戦いは全ての終結を迎えた。



 結果として得た大きなものは、俺が魔法使いになったという現実。そして、これからも舞と一緒に居られる事実。


 これ以上の最高の結果は無いと言えるだろう。


 ……もしかすると、いや、もしかしなくてもだ。俺は女神とやらに感謝せねばならないのかも知れない。


 術師を惑わす女神の神託は、その実誰の死者も出さず、ただ俺達を導く結果を授けたのだから。


 天探女という女神は、その神託によって愛する夫を失うという結果を身に受け、そして神話の世界から姿を消した。


 その後、天之紗姫命という神になり、自らが神託を行う立場になったというのなら。


 もしかしたら夫を失った自分の時とは違う結果を、男女の愛には齎したかったのだろうと、解釈は出来るかもしれない。


 ……とまあ、これまた無駄にロマンチストな俺の思考が作ったただの幻想かもしれないけれども。


 寒々しい短パンと、お餅がかけた白いコートだけを身に纏った冬仁と。彼に連なる二人の女性の礼を受け、俺達はその場で別れる。


 俺と舞は御所の小石を踏みしめて、長い塀の脇道を歩んで来た道を戻り、いつもの我が家たるアパートに向かうべく、彼らとは互いに背を向けた。


 そして先程の塀の角を俺と舞が曲がろうとした辺りで、何かを思い出したかのようにこちらへと大声で叫んだ冬仁の声が聞こえた。


 この後に及んで、まだ何かあるというのだろうか。


「――そういえば、秋也さん。こちらも、一つ聞きたいことがありました!藤野椿という、若い茶髪の少女を、貴方は御存じですかっ!」


 遠くから聞こえる冬仁の声だが、確かに聞き取れた。


 その言葉俺は、同じく大声で返してやることにした。藤野椿だと?知っているも何も、それは俺の大事な、義理の妹だ。


「ああ、知ってるよ!椿は俺の大切な、大っ切な妹だ。それがどうした!手を出すようなら、殺すぞっ!」


 どうにも言葉は乱暴になるが、この位言う権利は俺にはある。俺はあいつが生まれた時からずっと一緒だったんだ。


 それに何だかんだで、俺に対しては憎たらしい態度の長女とは違って、椿は俺を慕ってくれている可愛い奴だ。


 冬仁がどこでその名を知ったのかは知れないが、何かしら悪い方面に持っていくというのなら、俺は奴らを先に討っておくのも(やぶさ)かでは無い。


 その俺の返事に、何が嬉しいのか納得したような、嬉々とした声で冬仁は返すのであった。


「やはりそうでしたか。それなら納得です!彼女の兄なら僕が勝てるわけもありません!彼女は僕より遥かに高位で、異端な魔術師ですからね!この恩に、彼女の給料を上げるよう、兄弟には伝えて置きますよ。それではっ!」


 そんな言葉を大声で残し、冬仁達は後姿に手を振り去って行った。


 一体何がなんだか分からなかったが、少し考えてみると、一つ合点がいくものがあった。


 まさか、二週間前に京都に訪れた時に言っていた、あいつが今やっているアルバイトとやらは、そういう魔術系統の仕事だったというのか。


 何より、そんなに強いのか、椿は。そう言えば以前、舞も椿には勝てないって言ってたな。どういう潜在性を持っているんだ、あいつ。


 ……全く、良くやるよな、椿は。それをバイトにしてるとは。何にせよ、恩を売りつつもお前の上司の兄弟に、コネを作ってやったぞ、妹よ。


 それをあいつが喜ぶかは分からんが、これから異世界に行く兄からの、内緒の贈り物としようか。


 色々あった夜ではあったが、これで締め、というわけか。


 そして、俺の腕にその自らの腕を絡めて幸せそうな表情をする舞と共に、俺はその温かな彼女の体温を片手に感じながら、


 月夜だけが照らす御所の、寂寥とした静かな二人だけの空間を歩んでいくのであった。


 そして最後に、俺の大切は最愛の少女が恥ずかしそうに顔を赤らめながらも。


 決心したような声でこんな事を言ったものだから、幸せな気持ちと緊張感が混同するような形になってしまったのだけれど。



「……あ、あの、主様。その、私達は、お互いに愛を誓い合った仲なのですから、今夜は……。私を、腕の中に抱いて下さいね」



 照れた表情とその幸せそうな舞の声に、俺はもう完全にノックアウトだった。


 任せとけ、と揚々と返せない俺の情けなさは尋常では無かったが。


 ドギマギしながらもしっかりと頷いた俺の様子に、それでも嬉しそうな表情を見せてくれる彼女がいるものだから。


 俺はきっとこれからも舞の隣りに居る限り、彼女の為に何でもしてしまうんだろうな、と考えてしまう。


 俺はそんな事を思いながら、その照れ隠しに。


 初めて舞と出会ったあの日以上に輝いているであろう、綺麗な満月が浮かぶ夜空を――。



 俺は笑って、見上げてみせるのであった。










 次章が、『魔法使いの主様っ!』(現代ファンタジー編)の最終話となります。拙い物語ではありましたが、何とかここまでやってくる事が出来ました。ここまで閲覧して下さった読者に感謝っ!




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