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魔法使いの主様っ!  作者: 三年寝太郎
魔法使いの主様っ!
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第10話 送りに贈る、髪飾り。



『魔法使いの都市伝説』



(諸説あるが、これらはこの物語上の見解である。)



・30歳まで童貞を守護し続けた者は、魔法使いになることが出来る。



・必然的に守ることに特化し、使える魔術もそれに傾倒している事が多い。



・童貞すら守れぬ者に、何が守れるというのか。



・人間の三大欲求を抑え込む、まさしく諸行の悟りを開かんとするその人柄こそ、魔法を担うに相応しい。



・童貞→魔法使いという言わば転職であり、悟りを開いた後は貞操を失っても問題は無い。



・ただし、これらは全て、人が創り出した概念武装。いわば単なる妄想である。故に、精神を主軸とする人に最大の効力を発揮せんとす、究極思想なり。






「……今日が、最後の日か」


 あれから時は過ぎ、本日がマイ・マイム・ベサソと居られる最後の日となった。


 今日の深夜、御所に現れる魔法使いと出会えば、それが俺と雅の最後の瞬間となるのかもしれない。


 だが、唯一の希望はまだ胸に抱いては居るのだが。いつもの如くカーテンの隙間から漏れる光が明かりのついていない部屋を僅かに照らす。


 ただ、俺が起きた時間は通常よりも一時間ほど早い。寝たには寝たのだが、少し脳が興奮して早起きしまったという感じだろうか。


 ああ、修学旅行の朝とかもそういう感じなのかもしれない。


 コンコンと、俺の部屋の扉がノックされた。毎度の如く雅だろう。


 俺が答えるまでもなく、雅は扉を開けて部屋に入ってくる。要するに、今回は俺が寝ていようが起きていようが変わらないってことか。


「……あ、あれ、起きてたの?秋也。いつもより、早いじゃない」


「ん、まあ……俺も色々と考えることがあったんだよ。今日が雅と居られる最後の日だしな。多少は時間を有効に活用しようと思った訳さ」


 そうだ。今日が最後なのだ。


 俺が舞と出会い、そして雅と出会い。一カ月が過ぎる丁度その日。


 名残惜しさは強く残る。だが、それを最終的に受け入れられないのでは、この藤野秋也という人間余りの醜さを残す結果となってしまう。


 最低限の、この少女に見せる矜持(きょうじ)位は持っていたい。


「そう、よね。今日が、最後の日なのかもしれないのよね。魔法使いが、京都御所に現れれば、……ね」


 雅は複雑そうな声で、そう答える。彼女も彼女なりに、思う所があるのかもしれない。


「なんだ、魔導陣と巫女の神託を完全には信用していないってことか?……それとも、俺と離れるのが名残惜しいか?」


 俺がそんなことを冗談まじりに、けれど心の奥では真剣にそんな事を尋ねると、雅は息が詰まったような表情を見せた。


 雅が舞に取って代わってから二週間、分かったことが色々ある。


 だが、最も分かり易いのは、やはり舞と同じくその表情であった。


 最初の頃はかなり固い雰囲気だったが、段々と豊かになっていき、今では舞に近い位に分かり易い表情を見せてくれるようになっていた。


 恐らく本人は、それに関しては無自覚なのだろうけれど。


 ただ、この雅という少女も、俺との別れを少しでも寂しいと感じてくれているのなら、それはとても嬉しい事だと俺は思っている。


「魔導陣と巫女は、信用に足りているわ。……そうね、最後だから正直に言うけれど、多少は秋也と別れるのは名残惜しい。でもね、私は舞じゃないの。責務を捨てて、貴方と一緒に居るだなんて選択を、取る気なんてものは起きないわ。感謝の情は、勿論あるけれどね」


 最後だということで、多少は雅も素直になると決めたらしい。聞き取れる言葉に柔らかさを感じる。


「いや、そう思ってくれているだけで、充分さ。それに、感謝で言うなら俺の方にも十分にあるしな。魔術ってものを習得出来たし」


 そう、俺は魔術を習得した。


 魔導陣の使用には魔力の相性があるらしく、五つの属性系統がある内で。火の魔術系統や金、水が使用できる雅とは違い、俺は『金属性』の魔術しか覚えられはしなかったのだが。


 そもそも魔力や魔術の素養というものは限られた者にしか無いものらしいので、使えるだけで充分に凄いとのことだったのだが。


 俺が魔術を習得するという事の発端は、俺が何故、世界から拒絶された舞の姿を見る事が出来たのかという疑問に始まった。


 雅の見解では、魔力というものを多少は所持していても、実際に使用するには至らない、つまりは魔術師たる素質を持っていない一般民衆にはその姿を見る事は出来なかったということらしい。


 そして元々魔力を所持し、それを使用に至る程の素養のあった俺と。


 それを実際に使用することの出来る相当な力を持った椿という少女になら、見る事が出来たのだろう、というものだった。


 実際は契約を交わした後に一般人にも姿が見えるようになった上に、他の魔術師がどうだったのかを検証することが出来なくなってしまった為に、それが正しいのかは分からないけれど。


 取り敢えず前提の素養云々を確かめる為に魔術を教えてくれないかと頼んでみると、雅は快くそれを承諾してくれた。


「私が秋也に返せる、数少ない恩返しだもの。それが秋也のお願いなら、出来る限り教えてあげるわ。けれど、魔導陣の習得や理解は一朝一夕で出来るものじゃないわ。十数年かけて完璧に仕上げるものだから、良くて五級が一つか二つ、不完全に覚えられる位だと思うけれど」


 そういう制限付きであったが、俺はその雅のその発言を(ことごと)く覆したのである。


 確かに俺に対応している属性というものは、金属性しか無かったものの、三日ほどで雅の扱う金属性の魔術の半分を習得してしまい。


 そして昨日の時点で雅が習得している分の魔術は全て覚えてしまっていた。


「正直、これは有り得ないことよ。いくら属性の性質に魔導陣の正確さが反映されるとはいえ、この速度は……。多分、これは、契約魔術による恩恵ね。そういう意味も、この契約魔術にはあったんだわ」


 そう、雅と俺に交わされた契約魔術には、更なる効果があった。


 魔導陣の知識、感覚を共有することが出来たのだ。


 魔術には、上から一級(ひきゅう)二級(ふきゅう)三級(みきゅう)四級(よきゅう)五級(いつきゅう)の五つの段階がある。


 その内、火の属性に最も優れた雅は火の属性に関しては最大の強さを誇る一級まで扱うことが出来る。


 あの悪魔との戦いの時に見せた、一級・灰燼炎(かいじんえん)が火属性最高峰の魔術に当たるという事になる。


 ただ、使えるとはいえ、雅としてはそこまで金属性は得意ではない。取り敢えず雅が三級までは完璧に扱えるので、俺はそれを正確に覚えた。


 一応雅も二級までは使えるようなのだが、それでも正確に魔導陣が刻めるわけではないので、二級の金属性に関してはうろ覚えのものを伝授して頂いた。


 それでも、この世界から未だに拒絶の抵抗を受ける魔導陣を扱う雅よりも強力な金属性を扱うことが俺には出来ていた。


 因みに悪魔の襲撃を受けた際に雅が振袖に施した「三級・硬化」も金属性である。


 金属性は物質や魔術そのものの硬化など、生成や防御に適している属性と言えるだろう。


 そんなこんなで完全に一般人とはかけ離れた力を手に入れてしまった俺だが、これには、俺としての意味があった。


 雅の話によると、例え魔法使いであっても、異世界を渡る魔導陣を変えることが出来ないらしい。


 そもそもが莫大な魔力を使用しない限りは世界を渡ることが出来ないものは、魔法使いであっても別の魔力消費量の少ない魔導陣から、異世界渡航の魔導陣に変えることは出来ないという話を聞いた故に。


 俺も魔法使いと雅と共に異世界に渡るという考えは既に捨てている。


 とまあ、そういうことであるからして、俺が魔術を学ぼうとした理由は、異世界に備えた為ではなく、他にある。


 これは、椿の為に学んだものでもあるのだ。


 椿と同じ場所、とまではいかないが、あの妹もそういった力を手に入れて、家族に話せないことも有るかも知れないと思うと、俺も覚えて置いて損は無いと考えたのだ。


 そして、もう一つ。俺の勘が告げているのだ。


 今回、ただ魔法使いに会って、それで終わり、とはいかないような。


 もっと大変な事が起きるような、俺なりのそんな勘が。


 それならば、覚えて置いて不測の事態に備えて置いてもいいだろうという考えもあった。


 ただ、一番大きなものは、ただそれを使ってみたいという子供のような好奇心だったことも否めないが。


 さて、この一週間の話はここまでにして、そろそろ流れを今に戻すとしよう。



「さて、一応聞くが、こんな朝早くに俺の部屋に来たわけだけれども、雅。なにか話でもあるのか?」


「え?あ、ええっと、特に、無いのだけれど……。――…………どうせなら……寝てくれてたら、良かったです……」


 最後に小さくぼそっと呟いたらしい雅の言葉は俺の耳には届かなかった。


 何か重要な事を言ったような雰囲気があったが、わざわざ小さく呟かなくてもいいだろうにと言いたくもなる。


「ああっと、まあ、今日が雅の目的を果たす日だから、俺と同様に落ち着きが無いってことでいいんじゃないか?俺と同じようなもんだ。この時間帯だ。まだ朝食、作ってないだろ?最後の日くらい、一緒に作ろうか」


 俺がそう提案して雅の詰まった言葉を誤魔化してやると、雅はそれに頷いた。


 テレビを付けて朝のニュースを後ろに、料理を作る。といっても、やはり味噌汁や漬物といったいつも通りのものなのだけれど。


 エプロンを付けて、味噌汁を鍋の中で溶かしている、自分より20センチも低い身長の雅の方を見やりつつ、俺はまな板の上でキャベツやレタス、トマトを切っていく。


 こういう場面も、今日で見納め。まるで夫婦のように過ごしてきた舞との生活も、同居人雅との生活も。


 今日で終わりなのである。


 作り終えた料理をテーブルに運び、いつものようにお互い隣の椅子に座る。


 頂きますの掛け声と共に、朝の空腹感を補っていく。


「なあ、雅。今日で、恐らく俺といる最後の日になるわけだけど。今日は魔法使いに会う為の準備とかはないのか?」


 俺がそう聞くと、右手に持つ箸の動きを止めて、雅はそれに答える。


「いえ、特に無いわよ。後必要なのは、その時の交渉だけだもの。私の国に来て頂けますようにってね。だからそれまでは、今日は自由に動けるわ」


「そっか。じゃあ、雅。朝食を終えたら、街でも回ろうか。これはデートのお誘い、だな」


 俺がそういうと、雅は俺に向けていた視線をまん丸くし、顔を真っ赤にして、少し困惑したように答えた。


 やはり、面と言われるのも恥ずかしいものだよな。言ってみた俺も少し恥ずかしい。


「で、デートって……!それは好き合う男女が色々な場所を回るっていう……。だ、だから、私は、舞じゃないって、何度言えば……」


「舞じゃない。俺は、雅と。マイ・マイム・ベサソという、可愛い女の子と街を周りたいんだ。嫌なら嫌と言ってくれれば良い。俺は君自身に聞いてる」


 その言葉を聞いて、雅は今度は凄く悩むような顔をして、俯くと、どうしよう、どうしようと小さく呟くのが聞こえた。


 そこまで悩まれると中々傷つくものがあるのだが、ガラスのハートの俺としては何か事情が有るものとして割り切りたい。



「……私は貴方と、デートには……行きたく……ない、わ」


 ようやく考えが決まったかと思うと、今度は悲痛そうな表情で、声を絞り出したように雅は言った。


 本当に嫌がっているのか、どうなのか。


 もう、俺には分かる。一カ月も過ごしてきたんだ。舞も雅も、本質は変わらず結局は嘘をつくのが下手だ。


 これは、俺の経験上からして、雅の本心じゃない。嘘だ。


「そうか。なら、使わせて貰う。初めての『命令』だ。雅。俺と一緒に、街を回ってくれ」


 命令は、使えば使う程その効力は減っていく。しかしこれは、俺が出す最初の命令。


 ならば雅が、主である俺の言葉に逆らうことなど出来ないし、この際逆らう事もないだろうと俺は思う。


「……主様の命令なら、仕方ないわね。本当は行きたくはないけれど、それなら、行かせて貰うわ」


 そう言って呆れたような声を出しつつも、雅のその顔は存外嬉しそうに見えたのは、俺の気のせいでは無いと思う。


 殆ど12月の中旬である。外は大分寒い。俺は厚手のコートに、マフラーを付けている。


 雅もいつもの赤いチャイナ服の様な服の上に振袖の着物やらを着てはいるが(魔術によって耐寒性も付いているらしい)、それでもやはり寒いようなので俺が少し前に買ってあげたマフラーと手袋を身に着け、外へ出た。


 俺たちはバスに乗って様々な場所を周った。折角なので奮発して、途中、人力車にも乗ってみた。


 銀髪に桃色の瞳という珍しい雅の容姿に、街行くたびに多少の視線を浴びはしたが、流石は京都。


 外国人には慣れたもので、見向きもしない人は多く、そこまで気になることも無い。


 この時期の京都にしては珍しく、薄らと雪も降っていた。


 折角のデートであるので、俺は雅と手を繋いで街を歩く。


 しぶしぶといった感じで雅は繋いでくれたが、その顔はやはり赤く染まっていた。


 きっとこれは、寒さによる火照りではないと思う。そんなことを提案する、俺の顔も少し熱くなっていたから。


 それにしても、だ。この二週間を通して、俺はとあることに、心に引っ掛かりを覚えていた。


 マイ・マイム・ベサソという少女が創り出した別人格が舞だとしても、俺にはどうにも、舞と雅が被ってみえて堪らなかった。


 最初の方こそ、そのまま雅が本来の人格だと考えていた。


 しかし、一週間前辺りから、やはり舞と同じように、表情も段々と分かり易くなってきたことも有り。


 俺は、舞と雅を単純に振り分けられないでいた。だからこそ、今回もそういう形で誘ったという面もある。


 それまでは、魔法使いであれば、舞の人格を取り戻せる筈だと、そう思っていた。

 けれど、どうだろう。


 態度や言葉遣いに違いはあれども、ここで俺の隣に居るのは、舞そのものにしか見えなくなっていたのである。


 駄目な考え方だとは思う。けれど、どうしても、その思いは拭えなかった。


 今は二人で祇園の古風な街並みを歩く。探索の際に前にも通った道だが、雅が以前感動した表情を見せた場所でもあるからして、俺はそこを通ることを決めていた。



 さて、そこで俺は何気なく呟いてみた。



 先ほどから気になって堪らなくて、どうしても舞にしか見えなくなっていたからこそ、その舞と雅との違いで、聞いてみたかったことを。


 やはり、大きく関わるのは口調のことだ。どうしても、これだけは今まで気になっていたのだが……。



「――なあ、雅のその口調ってさ……なんか、椿に似てるよな」



 俺のそのちょっとした呟きに、雅は俺の手を握る左手にびくっと力を込めたのを感じた。


「なっ、ななな、なに、を。言い出すの、主……様。そんな、そんなことない、です、……わ。つ、椿さんと、口調は、偶然似ただけだと……お、……思う、の」


 雅のその声は震えていて、その表情も余りにも動揺し過ぎていた。


 その狼狽ぶりに、俺は最早、確信しつつあった。


 もしかして、だ。


 今俺の隣に居るのは、雅という別人格なのではなく。――俺の知っている、『舞』なんじゃないだろうか。



 そうだ。どうして口調についてそこまで慌てる必要がある。


 たまに主様と俺を呼ぶのはいつものことだからいいとして、たまに飛び出す舞の口調。


 そして、椿の口調に似ていると聞いて動揺しだすこの事態。


 最初の頃こそ、舞が今まで使っていた口調が抜けないとのことだったが、今でも治っていないのはおかしい。


 それならば誰かの口調を真似しようとしていたという考えでも通るのでは無いだろうか。この場合は、そう、俺の妹、椿の口調を真似ていると仮定して。


 それに、最初の方は気が張っていたとでも言えばそうかもしれないが、舞の様に分かり易い感情表現を見せるその様子。


 だがもし今俺の隣にいるのが舞だとして、何故雅として振る舞う必要がある?


 その答えも、考えてみれば直ぐに出てしまうようなものなのかも知れない。


 俺は舞を好きだと言った。舞も俺が好きだと言ってくれた。


 けれど、舞がここに来た目的は、魔法使いを見つけて元の世界に帰ることだ。


 魔法使いでもない俺と一緒に帰ることが、出来るわけではないのだ。


 聞いた話では、異世界を行き来する魔導陣の発動等、相当な魔力と労力がなければ成し得ないことらしい。


 それを差し引いてでも、俺と一緒には居られない理由が、この少女にはまだ有るのではないだろうか。


 それならば、雅として俺に嫌われようとしていたことにも納得がいく。結局俺と居られないのなら、最初から近づけさせたくなかったのだろう。


 これが俺の勘違いだったら笑いものだが、しかし確信めいたものが俺の中にはあった。


 けれど、俺は既に雅と約束している。夜は手を出さないこと、目的の遂行と、元の世界に帰ることを止めないということを。


 なれば今更、その真偽を聞いてどうこうするものでも無い。この少女が舞だったとしても、それは決心をした上での行動なのだろう。


 道行く中に立ち並ぶ多彩な店。観光客が多く賑わう京都ならではの和風な商品もこれまた多い。


 今の俺が彼女を笑顔にする方法なんて、たかが知れてるかもしれない。


 女の子との経験も、交際も一切なかった俺だ。一体何をすれば喜んでくれるのか分からない。


 けれど、今考え得る出来る限りのことは、してあげたいものだ。そういった風に、心から思う。


 立ち並ぶ店の中、雅が一瞬足を止めた。


 和風な装飾品や、扇子などが陳列する店の前だった。


 少し立ち止まって呆けた後に、はっとした表情になって俺の方を向いて歩きだそうとしたので、俺はそこで歩みを止める。


「この店に入ってみたいのか?じゃあ、入ろうか」


「え、あ、その、べ、別にそんなわけじゃ……」


 誤魔化そうとする雅の姿に、俺はそのまま彼女の手を引いて店の中に入っていく。


 昔はこんなシチュエーションを夢見てみていたこともある。だから、こんな些細なことでも俺は充分に楽しんでいたりする。


 それに雅も楽しんでくれていたら、一番嬉しいのだけれど。


「……すごい!見たことの無い模様っ!彩色も良いわ。…………えあ、えっと、私の世界では、持ちうる扇子の色や柄で身分を示す事があるの。だから、少し興味があるのよ」


 入った途端にそんなことを言いながら、飾られた扇子を楽しそうに眺めて店内を歩く雅。


 趣味のモノを道端で見つけた人が取ってしまう反応もまた、こんな感じな気がする。


 京都の扇子は匂いも良い。割合高価な為に、自分用の土産物として買っていく人も多いと思う。


 そんな京都の扇子には、雅も惹かれるものがあるらしい。


 それにしても、扇子で身分が分かったりするという雅の故郷、皇国ジパングがどんな国なのか改めて気になるところだ。


「なあ、雅自身も、専用の扇子とか持ってるのか?」


「私?勿論持ってるわ。ベサソの称号を冠しているのだもの。……でも、秋也には見せてあげないけどね」


 そういって何が嬉しいのか笑う雅の様子に、俺もつられて笑ってしまう。


 別にそこまで気になるわけでは無かったので、見せてあげない宣言はスルーしておいた。


 そんな感じで10分位店内の物を眺めて回っていると、雅がとある物の所で目を止めた。


 それは一つの髪飾り。小さな(かんざし)のような作りで、桃色の桜を模したようなもの。


 そしてそれを見るなり、手に取って、付けたそうな顔を俺に向けてきた。試着しても良いのかと俺に聞きたいのだろう。


 売り物では無さそうな小さな鏡がそこに立てて置かれているので、試しに付けてみても大丈夫だと思われる。


「よし、俺がつけてやる」


 そう言って雅の手からその髪飾りを取ると、俺は雅のさらりとした銀の髪に触れる。


 少しくすぐったそうな表情をしているのが凄く可愛い。


 自分にそういうのを付けるセンスがあるかどうかは知らないが、中々に良さげな感じでくくってあげることが出来た。


 正直似合いすぎていて、見間違えるほどに可愛く見えてしまう。


「わあ……。これ、可愛いかも……」


 本人も小さな鏡を見て、そう思ってくれたらしい。凄く嬉しそうな顔で微笑んでくれていた。


「うん、凄く可愛い。桃色の瞳とその銀の髪に、かなり映えてる感じがする。まあ、雅が可愛いのは元々だけどね。それでも、更に三割増しに可愛く見える」


 そんな恥ずかしい言葉を本心から口に出してしまえる程に、本当に今の雅は新鮮で、可愛かったのだ。


 本当に可愛すぎると息が詰まり過ぎて言葉が出ないなんて事が有るらしいが、俺はそんなことはしたくない。


 今日で居られるのが最後だというのなら、どこまでも思ったことを伝えたいのだ。


 俺のその言葉を聞いて、恥ずかしさの余りか顔を真っ赤にして、雅は面を伏せてしまった。


「ば、ばかっ。そんな事、真顔で言わないでよ……!」


「いいや、言ってやるさ。今日はデートだ。何だって俺も言いたいように言うよ。言わないままで……後悔なんてしたくないしな」


 そしてそのまま店員を呼び出すと、その場で勘定をつけてその髪飾りを俺は購入した。


 そんな俺の行動には雅も流石に驚いたようではあったが。


 そのまま手を繋いで店を出ると、雅は悩んだ表情をした後に。


 名残惜しそうにその髪飾りを外して、俺に渡してきた。

 流石に思いがけないこの行動には、俺も少し動揺してしまう。


「……秋也。気持ちは凄く嬉しいけれど、これは……受け取れないわ。この世界に着いてから、私は貴方に頼りっぱなしだったけれど、私が返せたものなんて魔術とはしたお金位。もうこれ以上貴方から受け取っても、……何も、返せないじゃない」


「――何も返せない、ね。何を言ってるんだか。逆に俺が貰いっぱなしだったと思うけどな」


 俺がそう言うと、鳩が豆鉄砲を喰らったような、すっとんきょんな表情で雅はそれに返す。


「……何を言っているの?私が秋也にあげたものなんて何も……」


 いいや、くれたさ。色んな気持ちを。恋を。寂しさを。楽しさを。


 この一カ月は、そう。こんな俺が、まるで物語の主人公にでもなったような生活だったんだ。そんな俺が、何も貰って無いだなんて、それこそ有り得ない。


「わからなくてもいいさ。取り敢えず、これは受け取ってくれ。……そうだな、これも『命令』だ。思い出の品にでもして欲しい。異世界に昔渡って、藤野秋也っていう変な奴に出会ったことがあったなって。いつかそれを見て、そんな風に思い出したりするのも、将来きっと楽しい筈だ」


 そういって俺はまた雅の髪に髪飾りを付けてやる。やはり、これは雅に凄く似合っている。


 これも命令となれば、雅も反抗は出来ない筈だ。


 そして正直な話、俺は今の内に命令を出来る限り使っておきたかった。


 命令は使えば使う程効力を失っていく。ならば今の内に使っておかなければ、俺は雅が――舞が、元の世界に戻ろうとする際に命令で動きを止めてしまいかねない。


 回数を経て置けば、そんな間違いを俺が起こしても、舞自身が精神力で踏破できる可能性になるはずだ。


 今の俺は、雅が帰ってしまうのを絶対に止めないかと問われても、100パーセント、イエスと答えられる自信は無い。今は、彼女が舞だと知ってしまったから。


 当然、そのような事をして、雅との約束を破るなんていう事態を起こすつもりは今の俺には無いけれど。


 最後のその瞬間に、俺が血迷う可能性を考慮しての事ではある。


 もっとも、魔法使いとやらがこの契約を消してしまえばその命令の効力そのものが失われるのかも知れないが。


「命令なら、仕方ないわ。主様の好意、有り難く受け取らせて貰うわね。その……ありがとう」


 最初はその命令の言葉に複雑な表情をしていたものの、どこか吹っ切れたように、俺の方を向いて、笑ってそう言ってくれた。


 ただ、その瞳は潤んでいて、少ししたら一筋の涙が頬を伝わり始めていたのだけれど。


 それがどんな意味を持っているのか。


 彼女が舞だと既に知ってしまった俺には、伝わってしまう。



 ――全く、相変わらず涙もろいよな。舞は――。






 彼女の様子から、舞と雅が同一人物だと考える様になった秋也。彼はこれから、どんな行動を取るのでしょうか。


 次章は、京都御所が舞台となります。

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