真剣な雅と不謹慎な雅
私は雅さんに手を引かれ部屋に行った。言われるままにMistressの曲を何曲か聴いた。
雅さんの言う通り【君と僕】の詩をこのグループの人達が曲にして歌ったら似合うんだろうと思えた。
しかし、私はまだ駆け出しのペーペーだ。そんなすぐに採用になるわけじゃないだろうし、これから有名であろうMistressのリーダーの潤が私に逢いにくる…。
私はなにを喋ればいいんだろうか?パソコンに向かいながら溜息をついた。
雅さんは私を絨毯の上に座らせて向き合うように座った。
『ハニー?自分の実力を持て余して何もしないのは勿体無い。人が成功するには運と出逢いが必要。だから、俺はさ…ハニーの詩を心から気に入ってCrystal Roseの曲にもしたんだ。それに、Mistressにも紹介した。驚くのは当たり前だけど成りたいと思っても成れない世界なんだよ?ハニーは此処に来て俺達に出会えた事でチャンスに恵まれた。ううん、出逢ってなくてもチャンスは訪れていたのかもしれない。才能があっても恵まれない奴は山ほどいるんだから自分に素直に頑張ろう?』
私は彼の話を聞きコクンコクンと頷いた。
確かに幾ら才能があったとしてもチャンスに恵まれない人は山のようにいる…それを考えたら私は恵まれている。
ふと彼は私に対して両手を差し出した。
ん…?
『ハニー?手を伸ばしても届かない相手は誰だ?ハニーは全く鈍感だから教えないと分からないみたいだけど。俺達はハニーに手を伸ばしているんだよ?』
彼は私の頬に片手を添えると笑顔で頬をスリスリしている。
『ほら届くじゃん…?ハニーが気づいてないだけ…』
さりげなく彼を見つめると笑が無い。いつも以上に真剣な眼差し…こんな表情は見たことがない。いつもいつも笑顔で馬鹿な事ばっかり言って抱きついてきて、大暴れで私を犬の様に扱う。…でも今はそんな彼では無く、男としての雅さんなんだと想った。
いつもと違う彼に困惑をしているとゆっくり私の唇にキスを落とした。
…驚くこともなく、目の前に目を瞑ってキスをしている彼が居る。
しばしの間雅さんに委ねてしまった。唇が離れると雅さんはにっこり笑って私を抱きしめた。
『ハニー?これは仲間のしるしだよ』
彼はそう言うと部屋の外に出て行ってしまった。
雅さんは本当は真面目な人なんだ。他の皆が真面目だから面白くしているだけなのかもしれない…。
一番優しいのは彼なのかな…私は今できる限りの事を頑張ろう。
自分に正直にならないと…キスをされた事なんかすっかり忘れていた。
下から夕食を食べようと仁美さんの声が聞こえる。
なんだろうこの感覚…
数十分前の自分ならチャンスが目の前に降り注いでいても弱腰になって見逃していただろう。
でも今ならそのチャンスに挑戦できる気がする…自分が遥かに強くなった気分だ。
それは温かい雅さんの言葉を受けたというのもあるし…此処に居る全員のお陰だ。
できる限り作詞を頑張って、皆に認められ誰かの心を暖かくしたい。
だからこそ皆に成功して感謝をしなければならない…そんな事を考えながら階段を降りた。
キッチンに行くと既に皆が揃ってご飯を食べていた。
仁美さんは正月にツアーでお節を食べれなかった四人に色々とお正月料理を振舞っていた。
『柚ちゃん、伊達巻作ってみたの!食べてみて?』
何気ない会話をしながら皆に報告した。
『今、出来る事を最大限努力しようと決心しました。此処に来たのも…皆さんに出逢えたのも本当に嬉しいです。恥ずかしいですけど皆さん大好きです…』
小さな声でボソっと呟いた。
皆は無言だったけど、笑顔だった。それだけでも幸せだ…
横の席に居る雅さんが仲間のしるしのお陰かな?と何時ものように振舞う。
―― ッハ! ――
そう言えば…さっき雅さんにキスされたんだった…あの時なにも考えていなかったのか、思考回路が止まっていたからなのか…驚きと自分の不甲斐なさを感じた… 箸をそっと置くと…
一輝さんがしるしってなんだ?と聞いてくる。
いくら仲間のしるしといってもキスだよ…?度が過ぎるよ…恋愛が一輝さんとだけでよく分からない。
後で一輝さんに聞こう…
食後リビングでバラエティー番組を見て笑っていた。
『随分、この家に馴染んだな?』と誰かが声を掛けてきた。
『皆さん仲間に入れて幸せで嬉しいんです』
一輝さんは首を傾げて私の顔を覗き込んだ。
『なぁ、仲間のしるしってなんだ?』
私は首を傾げ、へ?と答えた。だって…皆仲間のしるしをしてるんでしょ?
『皆さんも仲間のしるししてるんでしょ?欧米的なキス…?あれは挨拶?』
雅さんを見ると他所を見た。
皆が私を見た。
一輝『鈍感な上に馬鹿だな…』
幸喜『同感だわ…』
はぃ…?
『あの…おかしな事言いました???』
私の横に仁美さんが座り溜息をついている。
『柚ちゃん?キスは大事な人にするものよ?仲間のしるしではないと思うわ…』
私は雅さんを睨んだけど、他所を見て歌を唄っている。
苦笑いするしかなかった。
『何かマズイ事言っちゃいましたね…ちょっと風に当たってきます…雅さんの馬鹿!!』
とりあえず庭に逃げた。
はぁ… どうゆう事よ… 一輝さんに怒られる… 庭の椅子に座りテーブルにもたれた。