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第二話:過去①

私たちは久しぶりのお休みで、宿のふかふかなベッドで羽を伸ばしていた。

窓から差し込む柔らかな朝の光が、部屋の中を暖かく照らしている。


「久しぶりにのんびりできるね、ナナ。」

私はのんきに窓から、ゆっくりと流れる雲を眺めていた。


ナナは手帳をパラパラと捲りながら、くすりと微笑んだ。

「いつもルルの負担が大きいですから、今日はゆっくりしてください。食事の用意とかは私がしますから。」

「まぁ実際、私が最前線で戦ってるもんね。でも、事務作業とかギルドでの仲介とか、ナナがいてくれるからすごく助かってるんだよ。ナナも休んでいいのに。」


ナナは手帳をパタンと閉じると、慣れた手つきで真っ白なエプロンを身に着け始めた。

「私が好きでやってるんです。気にしないでください。今朝は、オムレツにしますね。」

「オムレツ! 楽しみ!」


そんなナナの小さくて頼もしい後ろ姿を見ながら——私はふと、彼女と出会った頃のことを思い出していた。


***


——二十年前。


私は、数百年に及ぶ森での引きこもり生活に、心底飽き飽きしていた。

エルフとしての本能なのか、目立つことは嫌い。でも、外の世界がどうなっているのか興味津々だった私は、思い切って里を飛び出し、冒険者として登録した。


完全詠唱(パーフェクトキャスト)】のおかげで、出だしから順調そのものだった。

…でも、その分同業者から悪目立ちもして、何度も面倒な目に遭ったっけ。


エルフは魔法職でひ弱だと思い込み、路地裏で囲んで筋肉(フィジカル)で挑んでくる柄の悪い連中もいたけれど、身体強化の魔術で全員まとめて路地に沈めてやった。

わざわざ魔封じの結界が張られた遺跡に私を誘い出した、馬鹿なパーティーもいた。

でも、私の魔術は『スキル経由』で発動しているから、結界なんて無意味だった。


スキルに関する事柄や能力は、いかなる妨害も受け付けない。

これはこの世界における絶対のルールであり、どんなスキルにも例外はないのだ。


だから、魔術一本でも大抵の事態はどうにでもなったし、魔術が効かない特殊な敵には、強化した筋肉(フィジカル)で殴り飛ばせばよかった。

そんなこともあって、私の名前がギルドで売れるのは早かった。


けれど同時に、欲深くて身勝手な人間のことが少し嫌いになってきていた時期でもあった。

ただでさえ、私のスキルは詠唱のせいで異常に目立つ。目立つのは本当に嫌なのに。

それでも冒険者を辞めなかったのは、助けた人たちから向けられる「純粋な感謝」が、どうしようもなく好きだったからだ。


…それからしばらく経って、今から大体十年前くらいのこと。

私はギルドで、とある緊急依頼を受けた。


「村がジャイアントボアに襲われているんだ! 頼む、すぐに助けに来てくれ!」


泥だらけの服を着た村の男が、床に額を擦りつけるようにして冒険者たちに懇願していた。

だが、誰も見向きもしなかった。巨大な魔物相手なのに、村が貧しくて報酬が極端に少ないからだ。

…当然だ、冒険者は命がけの商売であり、慈善事業ではないのだから。

それでも、泣き崩れるその人の姿を見ていたら放っておけなくて、私はその依頼を引き受けた。


案内された村は、だいぶ酷い有様だった。

唯一の救いは、ボアの行動が野生による本能的なもので、悪意がなかったこと。

畑を荒らし、家を壊して貯蔵庫の麦を奪い、腹が満ちたら森へ帰る。その繰り返し。

幸い人的被害は少なかったものの、冬を越すための食糧事情はすでに逼迫していた。


私は村長と相談し、広大な森へ闇雲に探しに行くのではなく、村で待ち伏せすることにした。

私の魔術は威力が大きすぎるため、村の被害が多少広がるかもしれないと伝えたが、村長は「命と村が残るなら」と快諾してくれた。


そしてその日の夕暮れ時、地響きと共に奴が現れた。

家屋よりも巨大な牙を持つ、ジャイアントボアだ。


…あんな泥臭い獣と取っ組み合うのは、優雅じゃないからエルフとしては嫌なんだけど。

魔法で派手に倒すと、大抵は黒コゲになるか跡形もなく消し飛んでしまう。今回は、物理で戦おう。

そうすれば、あの巨大な肉の塊は、飢えに苦しむこの村の貴重な食料になるはずだから。

それに、村への被害もきっと抑えられる。

…別に村のためじゃないんだからね。私の評価のためなんだから。勘違いしないでよね。


私は一つ深呼吸をして、『詠唱』の準備を始めた。


「深淵より出でし原初の力よ。太古の血の盟約に従い、我が身の枷を今ここに解き放て!」

「【狂鬼暴走(ベルセルク・ドライブ)】!」


私の身体は見た目こそ変わらないものの、魔力によって大幅に強化される。


「穿て!」


ダンッ! と大地を蹴る。

超高速で飛び出した私の拳は、ジャイアントボアの分厚い脳天をあっさりと貫き、その巨体を一撃で沈めた。


***


ボアの巨体を提供し、村長から涙ながらに感謝された後。

私は一人、人目のない近くの森へと逃げ込んでいた。


「はぁぁ…今日もなかなか辛かった…」


木の根元に座り込み、深くため息をつく。

「でも…【狂鬼暴走(ベルセルク・ドライブ)】は、なかなか良かったかもしれないな…ふふっ」


誰も見ていないのをいいことに、私は先ほどの決めポーズを再現したり、別の詠唱の練習や新しい詠唱の創造などにふけっていた。

すると——。


「えっ。」


ふと気づいた時には、少し離れた木の陰に、一人の小さな子供が立っていた。


「ひっ!? い、いつからそこに!?」

「お姉さんが森に来て、『はぁぁ…今日もなかなか辛かった…』って言ってたあたりから!」

「最初から!!」


なんたる不覚…! こんな近くに子供がいて気づかなかったなんて。

うう、ごめんね。副作用は無いから許して!


「刻の歯車よ、逆巻く砂時計よ。魂に紡がれし我に関する記憶の糸を断ち切り、白紙の彼方へ消し去れ!」

「【絶対忘却アブソリュート・オブリビオン】!」


有無を言わさず放った魔法。眩い光が子供を包み込んだ。

これでよし。私は咳払いをして、優しく語りかける。


「お嬢ちゃん、ここで何してたの?」

「お姉さんのこと見てた!」


…あれ。なんで忘れてないの。


「猪倒した時もすっごくカッコよかったよ!」

子供は興奮気味に、私の先ほどの構えを、一寸の狂いもなく完璧に真似してみせた。


「深淵より出でし原初の力よ。太古の血の盟約に従い、我が身の枷を今ここに解き放て!」

「【狂鬼暴走(ベルセルク・ドライブ)】!」


「うわああああ! な、なんで…っ!」

その時、私の脳内に一つの絶望的な可能性が浮かんだ。


「お、お嬢さん…貴女のスキルは、何…?」

「私? 【完全記憶パーフェクト・メモリー】! ぜーったいに忘れない能力だよ!」


……。

『スキルに関する事柄や能力は、いかなる妨害も受け付けない。』

『これはこの世界における絶対のルールであり、どんなスキルにも例外はないのだ。』


私は、静かに天を仰いだ。

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