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SEVENTH HEAVEN  作者: 夜凪霞
第一章

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007:冒険者協会


 大きく重い扉を押し開き、冒険者協会本部に入ったノアとエーファの目には、活気に満ち溢れたロビーの光景が飛び込む。


 顔立ち、体格、恰好も種々様々な冒険者たちの会話で、辺りは騒々しい。

 時たま怒声も響くが、それは瞬時に笑い声へと変わる。

 入口すぐのロビーとその奥にある受付では、受付嬢や職員が目の回る忙しさで働いている。


「すごいな。想像以上の活気だ」

「皆さんとても強そうで、持ってる武器も色々なものがありますね。あの、棘の付いた鉄球が棒に付いているのは一体何の武器ですか?」


 ここへ来た目的を忘れてしまったのか。

 そう思う程、エーファは興味津々の様子で前方の冒険者を指さしている。


「いや、わからないな。戦棍(メイス)の一種じゃないか? そんなことより今はどうやって会長と会うかだろ」

「そうでした……! でも、私たちがいきなり会うなんて無理ですよね」

「とりあえず受付で聞いてみるか」


 二人は人混みの間を通り抜けながら、受付カウンターへと向かう。

 

 しかし、その途中で背後から何者かに声をかけられる。


「そこの、白銀髪で着物を着た方とフード付きローブで顔を隠した方、少しこちらへ」

「なんだ? 俺たちに何か用でも?」


 見たところ、声をかけてきたのは受付嬢の一人である。


 剣と羊皮紙の意匠(デザイン)――冒険者協会の紋章が金の刺繍で入れられた臙脂色の制服を着ている。

 他の受付嬢たちと違い、首元のリボンが白ではなく深緑だ。


 言われるがまま、ロビーの端、二階へと続く階段の下までついて行く。


「わたし、こちらの冒険者協会本部で受付嬢をしているミントと申します。実は、ぜひお二人に会いたい、と仰る方がお待ちです」


 彼女は階段を手で示した。

 これは、二階へ行けということだろうか。


 一見柔らかな笑顔のような気がしたが、張り付いたように変わらないのが、段々と不気味に思えてくる。


 続く言葉を待つノアとエーファの前で彼女はずっと同じ笑顔でいる。


「に、二階へ行けば良いんですかね……?」


 沈黙に耐えかねたエーファが問うも、ミントは答えない。

 仕方なく二人はそのまま二階へと上がる。


「気味が悪いなあいつ。まるで人形みたいだ」

「変な事言わないでください! きっと、受付嬢の心得、みたいなので決まっているんですよ」

「自分の言いたいこと言ったら後は笑顔で動くな、って? そんなわけないだろ」


 階段を上がると、廊下の右側奥にある一室の前で、白く長い髪と頬髯をたっぷりと蓄えた老人が立っている。


「え……、ウェルズ様!?」


 思わず漏れ出た声が聞こえたのか、老人はパッとこちらへ振り向き、にこやかに手を振って招いている。

 どうやら、二人に会いたい人物と言うのは、冒険者協会”会長”――ウェルズのようだった。


 なぜ、俺たちがここへ来ることを知っている?

 なぜ、彼から声をかけて俺たちを呼んだ?


 ノアの頭に幾つかの疑問が浮かんだが、好々爺の挨拶に遮られる。


「お久しゅうございます、エーファ殿。息災でありましたかな?」


 近付いて来た聖女に、穏やかかつ丁寧な物腰で皺だらけの手を差し出す。

 彼女は両手で感慨深げにその手を取った。

 

「御無沙汰しております、ウェルズ様! お会いできて嬉しいです」


 あっ、と何かに気付いたように慌てて手を放し、彼女は被っていたフードをとる。

 その様子をウェルズは優しい笑顔で眺めていた。


「さて、色々聞きたいことも、話したいこともありましょう。どうぞ部屋にお入りくだされ」

「はい。失礼します」


 彼に促され、エーファが先に、ノアが後から会長の部屋へと入る。

 

 振り子時計や木彫りの動物の置き物、高価そうな茶器が目に入り、彼の趣味が窺い知れる部屋だ。

 部屋の真ん中にあるテーブルとソファも、派手さは無いが見るからに質が良さそうである。


 ふと部屋の隅に目をやると、人の背丈程の止まり木が置いてあり、鳥が何羽かとまっている。

 だがその鳥たちは、人がやって来たというのに微塵も動く素振りが無い。


「どうぞ座ってくだされ。そこの青年も」


 無意識に集中して部屋を観察していたノアは、その言葉で我に返ってエーファの左隣へ座る。

 ウェルズはポッドからティーカップに紅茶を注いでいた。


 茶菓子と共に紅茶が出され、落ち着きを感じる心地良い香りが広がる。


「ありがとうございます。とっても良い香りで――何だかお花みたいな香りがしますね」

「フレーバーティーというものでしてな。ヴェスタ帝国で人気の、矢車菊をブレンドした一級品ですよ」


 自己紹介するより前に二人が紅茶の話題で盛り上がってしまい、しばしノアは手持無沙汰に陥る。

 やはりロンズデール公国のローズティーは別格、という結論に話が落ち着き、やっと会話は本題へと入っていく。


「それで、そちらの青年は何者ですかな? ご紹介いただけますか」

「こちらはノア・ヴェルト。森で遭難していた私を救ってくれた恩人であり、現在は私の護衛を務めていただいております」

「ふむ、ヴェルトか……なるほど。わしは冒険者協会で会長をしているウェルズという。どうぞよろしく」


 二人は握手を交わし、その僅かな時間で互いの力量を推し量っていた。


 武の達人。

 それ以上のことは、ノアには分からなかった。


「えっと、ひとつ疑問だったのですが……ウェルズ様は私たちがここに来ることも、貴方を訪ねて来た目的もご存じなのでしょうか?」


 エーファも彼が抱いていたのと同様の疑問を投げかける。


「知っておりますとも。聖女殿が国を出ることになったのは〈七罪源の魔女〉の一人、〈傲慢の魔女〉が原因でしょう? そして、わしを頼るためにここへ来なさった」

「ええ、仰る通りですが、ウェルズ様がそれを知る(すべ)は無いはず」


 聖女は困惑した顔で答える。

 完全に信頼しきっていたところに、ほんの少しの不信感が湧き上がる。


 目の前の老人は全てを見透かしたようにただ己の髯を撫ぜていた。

 

「この世界、情報が宝であり命でもあります。知る術など幾らでもある。人脈と情報を適切に使えば、自室に居ながらして他国の要人を連れて来ることもできるのですぞ」


 想定外の御守も一人ついて来たようですがな、と零し、彼は紅茶に口をつける。


「つまり()()が今回のリンクス商隊の”別仕事”――本当の任務か。釈然としないが、俺たちはあんたに導かれてここまで来られたってことだな」

「まだよく理解できてないのですけれど……。初めから全てを明らかにして、私たちを連れて来れば良かったんじゃ?」

「そのつもりでしたとも。当初のわしの計画では、エーファ殿が【黄昏の森】へ入る前に、リンクス商隊に拾わせる参段でした。まさか護衛と共に徒歩で森を抜けてしまうとは……。仕方なく、護衛の力量と信用を確かめつつ、表面上は物資輸送の護衛として送り届けてもらったのですよ」


 ウェルズ曰く、作戦の協力者は三人。

 

 元冒険者で、古くからの知り合いであるバウム村の村長・フレデリク。

 冒険者協会の出資元である商業ギルド、そこに加盟するリーヴ商会の商隊隊長・リンクス。

 そして、面識のある国王経由で協力を取り付けた、『花の街』ガーランド領主・コーネリアス。


 彼らは全て、エストレア聖教国を亡命したエーファを無事にウェルズの元へ送るべく、彼の指示で動いていたのだった。


「皆、君を信用のできる人物と言っておったよ。面白い魔導を使うとも」


 ノアの方を見て、会長は微笑む。

 

 底の知れない爺さんだ。

 そう思っていることさえも、目の前の老人には筒抜けな気がした。

 

「想定外はあったものの、とりあえず目標の第一段階は無事完了。次に、件の魔女をどうするかですが――」


 よっこらせ、と腰を上げ、ウェルズは窓際へ歩く。

 一瞬だけ外を眺めると、彼は振り返って告げた。


「今はどうにもできませぬ」

「何故です!? 魔女の力は確かに強大ですが、S級冒険者の力を借りることができればあるいは……」


 今一度、窓の外を眺めながら会長は続ける。


「状況は極めて複雑なのです。エーファ殿、魔女は今、一国を()()に立て籠もっているようなものですぞ。そこへ強引に攻め入るというのは非常に勝算が低い。しかし、奴は奴なりに何か目的があるらしく、一応今のところ国内は平穏無事だと聞いております」

「なるほど、少し安心しました……。ウェルズ様には、エストレア聖教国内の情報を得る手段があるのですよね」

「その通り。そして、今はまさに好機。諸国の協力を取り付け、情報を集め、万全を期する時間があるのです」


 ウェルズの言うことが正しいのなら、急いで魔女討伐の為に舞い戻る必要は無さそうだ。

 

 だが、今この瞬間はそうであっても、この先も国民が安全とは限らない。

 そもそもエーファが言うには、大聖堂内で〈傲慢の魔女〉の力によって操られている人々がいるようだし、目に見えないところで誰かの命が奪われるかもしれない。


「とりあえず大丈夫そうだからと言って、魔女を野放しにしておくのか? エストレア聖教国内の人々の首元に、刃が向けられていることには変わりないだろ」

「大局を見ることが大事なのだよ。本格的に魔女との戦いになれば、結局、数え切れぬほどの人が死ぬことになる。仮に一対数万であっても、それは”戦争”であるぞ」


 現実とはいつも非情なものだ。

 平和を願う心や人を助けたいという想いは、いとも簡単に打ち砕かれる。


 この世界にいる全員を救うことなどできない。


 会長の言葉は、二人に対して暗にそう伝えていた。


「魔女のせいで、大勢が危険な目に晒されていて、命を落とす可能性がある。それは魔女を倒そうとしても、しなくても同じこと……。一人でも多く助かる道を選んで進むしかない」


 話しかけるというよりは、自分に言い聞かせるようにエーファが呟く。


「酷ですのう、弱冠二十歳の聖女が背負うには、あまりにも酷。それでも、味方はたくさんおりますぞ。貴方が旗頭になるのです」

「話をまとめよう。冒険者協会は”魔女狩り”に協力してくれるんだよな? エーファは、俺たちはどう動けばいい?」


 魔女を倒すという選択に変わりはない。だが、それは今すぐには不可能。

 

 ならばどうするか?


 冒険者という身分を隠れ蓑に、中央大陸諸国を巡り、魔女の情報と協力者を集める。

 来るべき時に備え、戦力を増強する。


 ――つまりそれは戦争の準備だ。


 三人の会話は、その後もしばらく続いた。


 ◇


「共有すべき事柄は、概ねこんなところでしょうか」

「貴重な魔女の情報ですな。大変助かりました。では、実際これから二人がどう動くかについて、計画を立てましょうかのう」


 昼下がり、会長の部屋は朗らかな陽気で暖かい。

 全員が集中しており、昼食をとるのも忘れていた。

 

「先ほども申した通り、魔女の追手については一先ず手を打っております。国内の事も気にかかるでしょうが、一旦はわしを信じてお任せくだされ」

「分かりました。それで、これからの私たちの動きとは?」

「まずは冒険者となるため、数日後にある冒険者登録試験を受けなされ。その後に、近々行われる『猪頭王(オークキング)討伐作戦』に参加するのです」


 会長が、部屋を行ったり来たりしている。

 彼は考える時に歩き回るのが癖なのだろう。


「エーファが()()()()を得るために冒険者登録試験を受けるのは分かる。ついでに俺が受けるのも問題ない。けど、その討伐作戦ってのに参加する理由は?」


 ノアはその姿を目で追いながら尋ねる。


 正義はエーファにあるわけなので、彼女が身分を隠す必要は本来無い。

 しかし、大っぴらに聖女であると喧伝するのも危険だろうということで、冒険者として行動することで話はついている。


 ただ、冒険者協会の大規模な魔物討伐作戦に参加する意図は、まだ理解できていない。


「これは、魔女の情報を得ることに繋がるとわしは考えておる。エストレア聖教国に潜伏していた〈傲慢の魔女〉だけではない。近年、各地で〈七罪源の魔女〉に関するうわさが流れておって、此度の猪頭王(オークキング)もその一件だ」

「〈暴食の魔女〉の眷属か……。魔女の眷属の伝承は、別に今に始まったことではないと思うが」

「重要なのはタイミングなのだ。〈傲慢の魔女〉が国を奪ったのと同じ頃、〈暴食の魔女〉の眷属が動き出したというのが単なる偶然だと? それも、まるでブレス王国の領土を奪い取らんとするかのような動きだ」


 ウェルズは止まり木にとまったまま動かない、ムクドリの頭を優しく撫でる。

 隣に座るエーファは少し疲れた様子だ。


「ふう、頭をよく使うと疲れますね。こんな反省無意味だと分かっているのですが、今までどれだけ私が何も考えずに過ごしていたのか、身に染みて感じます」

「考えて動くことは大切ですぞ。しかし、考え過ぎて頭でっかちになるのも良くない。要はバランスです」


 好々爺の笑い声が部屋に響く。


「偶然か、はたまた必然か。根拠は無いが確かに陰謀めいている気もする。まさか、〈七罪源の魔女〉全員が結託してるなんてことないよな?」

「わしは結託しとると思っておるよ。物事は常に最悪を想定しておくが吉、である」

「そうか……。いやまあ、その考えには俺も同意だよ」


 溜息をつきノアは天井を眺めた。


 端から分かってはいたものの、とんでもないことに巻き込まれたと感じる。

 

 いや、自ずから巻き込まれに行ったのだ。

 ひとえにそれは困っている人(エーファ)を助ける為だったが。


「やるしかないんだよな」


 その呟きに、エーファも真剣な顔で頷く。


「君たちならきっと大丈夫。これを渡しておきます。なるべく非常時以外は使わぬつもりですが、遠隔通信用鳥型魔導機巧――通称、魔鳥というものです」


 何か呪文を唱えたような文字の羅列が聞こえた後、ウェルズはエーファに止まり木の鳥を一体手渡す。

 手のひら大のそれは、一般人は知り得ない、大陸でも最新型の魔導機巧だった。


 魔導機巧――魔導具の発展形で、ヴェスタ帝国で急速に研究が進んでいる科学技術と魔導技術の融合。


 魔導銃が魔導具とされるのに対し、小型から大型まで、精密かつ精巧な”絡繰り”をそう呼ぶ。

 魔導結晶(クリスタル)がエネルギーコアであり、魔力で作動する点は同じである。


「可愛いですね。寝ているみたいに目を瞑っています」

「そやつは受信用機器のコムクドリ。わしが持っているオヤムクドリから発信された伝言を、あくまで受け取るだけのものです。同時に会話するには複数のオヤムクドリが必要で、用意するのは極めて難しいのですよ」


 さて、と会長は一息つく。


「話そうと思えば話題は幾らでもある。けれど時間は待ってはくれぬもの」


 その時、ノアはふと思う。

 先程から彼の一挙手一投足はどこか見覚えがあった。その所作は、師匠(センセイ)――引いてはその出身国である露渦国(ロカノクニ)を思い起こさせるのだ。


「あんたキリュウ・ヤクモを知ってるか? 東方の侍、八雲霧龍を」

「さあの。わしは何も答えを持ち合わせておらんよ」


 唐突な質問をのらりくらりと躱し、彼は言葉を続ける。


「この先、如何なる困難に遭おうとも、君たちは共にそれを乗り越え強くなれ。エーファ殿、貴方の身分はしばらく()()に置いて行きなされ。自由に己の人生を歩んでみなさい」


 会長の話し方は親や保護者のそれである。


「ノアよ、君の使命を全うしなさい。なるべく悔いの残らないように。強さとは己の為ではない、誰かの為に動くことだと君はもう知っているであろう」


 彼らを促すように真っ直ぐと目を見て話す。


 部屋の扉が、別の世界の入り口に思えた。

 ウェルズはその扉を開け、再び二人を見る。


「君たちはきっと冒険者登録試験に合格して、冒険者となるであろう。そうなれば最早わしの子も同然。他の冒険者()らのように、君たちの無事と成長も祈っておるよ」


 言葉に背を押され、ノアとエーファは部屋を出る。

 別れの挨拶は何故だかどちらもしなかった。


 ただ、彼と目を合わせるだけで良かった。


 振り返って、前を向き、新しい旅への一歩を踏み出す。




 魔女狩りの旅が今、始まる――。



 

いつも読んでいただきありがとうございます。良ければ評価、リアクション、感想など是非お願いします。

ここで一旦、一区切りという感じですが、勿論まだまだ物語は続きます!

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