006:王都パルドブルム
「痛い! 刀で小突くなんて酷いです!」
エーファは頭を押さえてノアを睨みつける。
それを無視して彼は先へ進む。
三人は地図に書かれていた地点を周り、何とか迷わずに地下水路の入り口へと戻って来た。
「一通り片付いたか。後始末はまた別動隊に頼んである。私たちはこのまま屋敷へ向かおう」
鈍い銀色に輝く鎧と大剣は、魔物の血で赤く染まっている。
事情を知らぬ者が見れば死神か冥界の使者と見紛うだろう。
「随分歩き回ったが、結局”穴”は見つからなかった。いいのか?」
「仕方ない。大鼠の繁殖力が並外れているだけで、もしかしたら外部から流入しているのでは無いのかもしれない」
「そうじゃないなら、一体どこから入ってきたって言うんだよ」
青年と鎧騎士は議論を交わしながら歩く。
後ろをついて行くエーファが、不意に零した。
「誰かが意図的に魔物を放した……?」
「結論を急ぐな。この場所に入ることができる者は限られているし、地下水路に魔物を放ったところでその者が得られる利点も、今は想像がつかん」
扉を開けると、入った時と同じように金髪の女性が立っている。
「お帰りなさい。上に馬車を用意してあります」
端的に伝えた彼女は鉄扉に錠をかけ、そのまま三人を先導するように階段を上り始める。
「彼女は一体誰なんだ?」
ノアは小声で前を歩く鎧騎士に尋ねる。
彼は振り返ることなくその問いに答えた。
「彼女はマドレーヌ・カルネ。執務官として政治に疎い私の補佐をしてもらっている」
「ガーランド家の人間ではないということか」
「その通り。そもそも、ガーランド家に属しているのは当主の私だけだ」
当主しかいない貴族家などありえない。
――とは言い難いのが、現在の中央大陸国家の実情だ。
各国、今でも貴族が実権を握っている場合が多いものの、年々没落貴族や爵位だけの貴族が増えているのも事実である。
一行は久方振りの新鮮な空気を嚙み締めつつ、コーネリアスの屋敷へと向かうため馬車に乗り込んだ。
街の中央通りをずっと進み、途中で脇にある、ゆるやかな折り返しの続く坂を上る。
高低差がほとんど無いこの街で、おそらく一番高いであろう場所。
そこに、槍のように先の尖った鉄柵に囲まれた、こじんまりとした屋敷があった。
「御主人様、お待ちしておりました。エーファ様、ノア様、ようこそいらっしゃいました。皆様が御無事で何よりでございます」
馬車の扉を開け、老齢の執事・ルイスが恭しく頭を下げる。
片眼鏡に口髭、後ろに撫でつけた髪も白髪だが、微塵も衰えを感じさせない所作と姿勢だ。
「風呂と食事の用意、客間の準備、ノアの魔導結晶も受け取ったか?」
「全て滞り無く、完了しております」
「結構。二人を風呂へ案内しろ。服は洗って乾くまで使用人のものを貸してやれ」
そう告げると、コーネリアスは屋敷へ入らず何処かへ行ってしまう。
「さあ、此方へ。申し訳ございませんが、風呂場はひとつしかございませんのでご了承頂きたい」
「とんでもない。お招きいただいただけでありがたいです」
自分が浸かった湯に入られるのは恥ずかしい、と言うエーファに従い、ノアは先に風呂場へ来る。
大理石で造られた大きな浴槽に、獅子の口から湯が注がれ、数種類の木の桶が置かれている。
脱衣室には綺麗に畳まれた服と体を拭く為の布、何やら良い香りのする石鹸まで用意してあった。
「笑っちゃうくらい豪華だな」
彼は独り呟くと、風呂に入った。
風呂から出ると用意されていた服に着替える。
それは明らかに着慣れぬ執事服であったが、選り好みできる状況では無い。
「風呂入った後に着たい服じゃないな。……どうやって結ぶんだこれは」
ボウタイを結ぶのを諦め、手に持ったまま客間へ向かう。
途中、顔を顰めながら彼の着物と肌着を洗濯しに行く女性使用人とすれ違い、彼は複雑な気分に陥る。
客間で居心地悪そうに縮こまっていたエーファに風呂が空いた事を告げ、代わりにノアはソファに座った。
しばらくの間、彼も居心地悪く綺麗な客間でじっとする。
「はぁ~さっぱりした!」
退屈そうに天井を見上げていた彼の元に、エーファが戻って来る。
まだ少し髪の湿っている彼女は女性使用人の恰好をしていた。
「じょ、女性用の服がこれしかないらしくて……。へへ、どうです?」
黙って自身の姿を見ている青年への気恥ずかしさから、可笑しなにやけ顔をしたまま服の裾を持って膝を曲げる。
「どうって、似合ってるんじゃないか。普段のローブよりは幾分な」
「そんな死んだ目で言われたって嬉しくないです」
「俺は普段からこんな目でこんな顔だよ」
窓から差し込む茜色の日が眩しい。
夕食の席に呼ばれ、二人は食堂へと向かった。
既に席に着いている鎧騎士は、やはり花冠の載った兜を被ったままだ。
鎧は綺麗な銀色を取り戻している。
「好きに座れ。食事中も、特に礼儀作法は気にしなくてよい。私を閣下と呼ぶ必要も無い」
そもそも片方は一度たりとも礼儀作法に気を遣ってなどいなかったが、頷き席に着く。
エーファがコーネリアスの右隣、ノアが正面に座った。
料理が次々と運ばれる。
赤身肉のステーキ、彩り野菜のサラダ、付け合わせの芋とスープ。
しかしそのどれも、この家の主人の前には置かれなかった。
「どういうことだ? 食べないのか?」
ノアが尋ねる。
「私は食事に制約があってな。いつもは部屋で、一人で取っている。だが人が美味しそうに食べている姿は好きだから、遠慮せず思う存分食べてくれ」
「お招きいただいた主人がそう仰るのであれば、遠慮なく」
ぐるる、と鳴る腹の音を誤魔化すように咳払いし、エーファは手を合わせる。彼も笑いを堪えてそれに続いた。
いただきます。
鎧騎士は黙って彼らのその姿と、心底幸せそうに夕食の一口目を噛み締める様子を眺めていた。
◇
泊まっても良いと言うコーネリアスの言葉を固辞し、二人は柔らかな花の香りのする己の服を着て、送りの馬車に乗り込む。
帰り際、ノアはルイスから再加工した魔導結晶と1万テラの紙幣十枚を手渡されていた。
「結局、最後まで素顔を見せない不思議な方でしたね」
「そうだな。良い意味でとても貴族とは思えない人物だった」
手のひらの魔導結晶を眺めながら、青年は意味深に呟いた。
宿屋に到着し、御者に改めて礼を告げ、彼らは建物の中に入る。
入ってすぐの受付兼食堂となっている場所で、リンクス商隊の面々が夕食を取っていた。
彼らは何やら話し込んでおり二人の姿には気付いていない。
しかし、早くもリンクスがこちらを向き手を挙げた。
「おう、あんたらどこまで行ってたんだよ。今、明日からパルドブルムへ向かうにあたっての打ち合わせをしてたんだ。あんたらも参加してくれ」
呼ばれるがまま席に着く。
先程までの豪華な食事の席とは打って変わって、酒と雑多な煮物、乾きもののつまみ。座るのはボロボロの木の椅子だ。
だが、これもまた良いなと二人は考えていた。
「ここから王都だと、竜車でどれくらいだ? 流石に五日くらいはかかるよな?」
「順調にいけば、そんくらいっすかね~。隊長の見立てでは七日かかるらしいっすけど、ピピとペペにかかりゃもっと速く進めるんじゃ――」
「こういうのは余白を設けるもんなんだよ。希望的観測だけで予測を立てるのはよくねぇ」
「馬をかなり酷使しても六日はかかる距離だ。ピピとペペが如何に優秀でも、不測の事態を考えるならば七日か八日は見るべきだ」
普段口を開かないギルの言葉は、彼らの中で中々に重みを持っている。
一週間。それが打ち合わせでの結論だった。
経路はなるべく最短距離を通り、ブレス王国最大の河川であるラケル河に差し掛かり次第、そのまま王都へ向けて北上する。
「おっしゃ! 行くぜ王都!!」
翌朝から、再びリンクス商隊と二人の護衛の王都を目指す旅が始まった。
一日目、彼らは生憎の雨の中をひたすらに進み、野宿で夜を明かす。
二、三日目は魔物との戦闘や車輪の故障で予定より少し遅れ、四日目にピピとペペがその遅れを取り戻す走りを見せる。
そして五日目――。
「どうする? 迂回するか?」
竜車から顔を出し、前方を眺めるノアが聞く。
彼らが通っていた山道の途中で、大きな落石が道を塞いでいた。
「迂回するってなると、一旦引き返して山を回り込まなきゃならねぇ……。せっかく今のところ予定通りだってのに」
「でもこの岩、とてもどうこうできるとは思えません」
「俺の魔導ならあるいは。だが、壊せたとしても衝撃で新しい落石が上から降ってくるかもな」
三人が一号車で頭を悩ませていると、不意にロビンが二号車から彼らの元へやって来る。
「隊長、なんか変な音が聞こえねぇか? 地響きみてぇな」
言われたリンクスが集中して耳を立てる。
見習いの少年も、真剣な顔で周囲を観察している。
「確かに言われてみればな、嫌な感じがする。やっぱり引き返そう」
隊長の号令で二台の竜車が回れ右で来た道を戻る。
しばらくの後、ノアたちの耳にもはっきり聞こえるように、ガラガラと岩が山肌を転がる音がした。
これが獣人族の強みのひとつである。
彼らは他の種族より遥かに優れた五感を持ち、特に聴覚、嗅覚、視覚は野生動物並みにはたらくこともある。
一方、この違いが未だに根強く世界に残る、差別や偏見の一因ともなっているのだが。
「すごいな、落石の予兆を聞き取ったのか」
「ロビンの奴は若さゆえの能力の高さもあるが、そもそもの才能がオレとは違う。ただ、あいつは自分に流れる獣人の血を嫌っている節がある」
「純血種のあんたの前でこんなこと言いたくはないが、時に純血より混血の方が厳しい視線を向けられることもある。数が多いだけで威張ってる人間族の純血種からな」
リンクスが瞳孔の小さな瞳を見開き、片方の眉を上げる。
「おかしな言い方をするんだな。まるでノア、あんたも混血みたいじゃねぇか」
「それは勘違いさせたな。俺が知る限り、両親どちらも普通の人間族だった。俺が言いたかったのは、人間族の純血種ってだけで偉ぶる奴が嫌いだってことだよ」
世界で最も数が多く一般的な種族。
これと言った特徴も無く、あくまで普通、全てが平均。
しかし、ノアは自分たちの種族を表す際に、使われる言葉に見え隠れする傲慢さと残酷さが嫌いだった。
”物差し”は常に、人間族が持っている。
人は皆、知らず知らずのうちにその物差しを使っているのだ。
「普通という”幻想”に、皆、囚われている」
エーファは小さく呟いた。
六日目、一行はブレス王国の中心部を縦断するラケル河に到達し、河沿いを上流に向かって北上して行く。
主要な街道を通るため、すれ違う馬車や竜車、人の数も段々と増えてきていた。
そして七日目の朝、彼らは遂にブレス王国の王都へと到着する。
「結局、七日で着いたな。ピピとペペがどれだけ優秀か身に染みたよ」
「だろ? そんで、オレの的確な指示があってこそだ」
リンクスは得意気に顎を撫でている。
自身や仲間の優秀さを度々口にする彼だが、不思議と嫌味な感じはしない。
「やっと帰って来たぜ! 愛しのパルドブルム!」
ブレス王国のほぼ中央に位置する、王都・パルドブルム。
石造りの構造自体は『花の街』ガーランドとよく似ているが、主な違いは大きさ、形、人の数。勿論、飾られている花はずっと少ない。
巨大な六角形状の街を、これまた大きな外壁が取り囲む。
東、西、南に門が配置されており、北側中央の高台に、立派な城が居を構えている。
驚くべきはその人の数。
国の中心地だけあり身なりも様々、ちらほらとではあるが、獣人族や探鉱族の姿まで見える。
「流石は『自由の国』だな。圧巻の光景だ」
「すごいですね~。街を眺めているだけでも楽しいです」
ブレス王国への入国時と同じく、リーヴ商会の顔パス(と賄賂)で身分証提示を誤魔化し、竜車は王都の中央通りを進む。
南門を抜けてすぐの場所にリーヴ商会本部はあるらしく、一瞬で辿り着いてしまった。
中央通り沿いの、赤茶色のレンガ壁が特徴的な、三階建ての建造物。
ガラス窓も多く付けられており、豪華ではあるが何となく可愛らしさも感じさせる。
「お疲れさん。中見てくか? 報酬も渡さねぇとだしな」
「せっかくだし、見学させてくれ」
到着早々、積荷下ろしや手続きをしているギル、チャーリー、ロビンと一週間の長旅の労を互いにねぎらいつつ、建物に入るリンクスの後について行く。
建物内もとにかく人が多い。
全員が商人という訳では無いのだろうが、事務員と思われる者たちに奇抜な恰好をした客人、子どもから老人まで揃っている。
内装は品が良い印象で、お洒落で落ち着いている。
商隊を率いる隊長格には、小さいながらも本部の個室が与えられるようだ。
ノアとエーファは二階の一室に招かれる。
「悪いが、茶を出したりはできねぇ。商隊ってのは無事帰ってからもとにかくやることが多いんだ」
そう言って、リンクスは懐から取り出した鍵で部屋の隅にある金庫を開ける。
執務机には獣人族猫人種の、柔らかな笑顔の女性と、幼い少女の写った写真が飾ってあった。
「これ写真か!? また随分と珍しいな」
「でかい商会で商人やってると、最新技術ってのに触れる機会も多い。無理言って一枚撮ってもらったんだ」
「奥様も、娘さんもとっても可愛らしいですね」
「ありがとな。伝えておく」
札束を数えながら、彼は照れくさそうに一瞬だけエーファに目をやる。
「じゃ、これ報酬な。気持ち上乗せしといたぜ」
彼がノアに手渡したのは7万テラとアルバ金貨二枚だった。
アルバ金貨はかつて、中央大陸で使われていた、魔力を込められる硬貨である。
紙幣でのやり取りが主流となった現在、使用できる場所はあまり無い。
「ありがとう。けど、何で金貨なんだ?」
「すぐにわかるさ。失くすなよ」
リンクス商隊との別れは想像以上にあっさりとしたものだった。
二人は、冒険者協会の本部を目指し、リーヴ商会の建物を出る。
「何だか、しばらくずっと一緒に居たから、急に居なくなると慣れませんね」
「気持ちはわかるが、そういうもんだ」
中央通りを真っ直ぐ北に向かって進む。
途中、露店の立ち並ぶ場所があり、その先の広場に冒険者協会本部がある。
「それにしても本当に人通りが多いな」
本来ならば広い通りの筈だが、道の両側に並ぶ露店とそこに来た客で道はごった返していた。
「あ、ちょっと待ってください。歩くの速いんですから」
「悪い。俺が後ろを歩くべきだな」
人混みに紛れないよう背伸びをしているエーファを一旦待ち、ノアは今一度、自身の護衛という立場を思い返す。
彼女は星竜教の聖女という重要人物であり、現在彼女は〈七罪源の魔女〉の一人に命を狙われているのだ。
「このところ、目立った危険がなくて気が抜けてた。気を引き締めないと」
再び歩き始めたその時、前方からひと際目を引く、白銀の鎧に身を包んだ仰々しい集団が歩いて来る。
一番前を歩く長身の青年は、絶世の美女と見紛う程の端麗な容姿で、燃えるような真紅の髪が肩まで伸びている。
切れ長の目と琥珀色の瞳が神秘的な雰囲気を漂わせる。
その背丈と体格で、辛うじて男性だと分かるくらいだ。
「な、何者なんでしょう、あの美人さんは」
「あの鎧、もしかして公国騎士団か? でもなぜここに……」
すれ違う瞬間、真紅色の髪の美青年は立ち止まり、ノアとエーファを一瞥してすぐにまた通りを歩いて行った。
彼の正体は分からぬまま、二人は冒険者協会本部に到着する。
大きな広場を取り囲むように石造りの建物が並ぶ。
広場には冒険者と思しき者たちが集っている。
各々がそれぞれの目的を果たすべく、活気に満ち溢れていた。
「一応、顔隠しておけ」
呟きと共にノアは本部の扉を強く押し開いた――。
いつも読んでいただきありがとうございます!
良ければ、評価・リアクション・感想等いただけると励みになります。
なんかここに小話とか裏設定的なの書くとか言って最近忘れてますよね。
キャラクターの事とか、魔物の事とか、書こうと思えば色々あるんですけど、結構悩みます。
(ここが気になる、ここが知りたいみたいな感想も、送ってきてもらっても良いんですよ?(´艸`*)




